小説完成
電気工事の仕事は、運転手と違って休憩時間も決まっているので、休み時間の度にとある行動をしていた。
昼休みは長いので相変わらず小説を書いていたのだが、15分休憩の時は仕事で使う大きめのハンマーでスネを叩いていた。
高校時代はスネを鍛えるためにビール瓶で叩いたりしていたのだが、仕事柄身近にハンマーがあったので、職場のみんなと話しながら、叩いていた。
すると、ゴン!ゴン!と床づたいに振動が伝わるらしく、先輩から『見てるとこっちまで痛くなるからやめてくれよ。』と、クレームが入ったりもした(笑)
そして仕事終わりや休みの日は、最寄りの駅のミスタードーナツで、想いを伝えるための自伝的小説の執筆に精を出していた。
大体決まった席に座り、コーヒーとドーナツを頼んで原稿用紙に執筆していく。
やがてそれは、400字詰原稿用紙1800枚ほどで完結した。
それをちゃんとした形の本にして渡したい。
今は自費出版のハードルも大分低くなったみたいだが、当時はどうすればいいのかすら分からず、その原稿用紙をバックに積めて都内の出版社や印刷所を回って歩いた。
俺としては、彼女に渡す分と、自分の手元に置いておく分の二冊で良かったのだが、本にするとなると最低でも100冊からと言われた。
印刷するための原版を作るのに時間と費用がかかるので、10冊刷るのも100冊刷るのも対して変わらないとの事だった。
また、原稿用紙で1800枚となると、一冊では収まらず、かなり厚くしても上下巻にする必要があるとのことで、その場合百冊作るには700~800万はかかると言われた。
その後何社か巡り、同じことを聞いて回ったが、どこも答えは似たり寄ったりだった。
そして、とある出版社。
やはりそれくらいの金額が必要と言われ、
『そうですか……』
と、意気消沈していると、対面して話を聞いてくれていた人が、
『あー、でも君みたいな一所懸命な人の願い叶えてあげたいなー。』
と言い出した。
そして後ろを振り向くと、事務所で仕事をしていた男性に声をかける。
『おい、○ジテレビの○○ちゃん、なんかいいネタないかって探してたよな?』
『あー、そう言えば……』
すると、再び俺の方に向き、
『君、これドラマにしてみる気ない?』
と真顔で言われた。
『え?ドラマですか?』
『そう。セリフ多くてシナリオ形式だし、こういうストーリーって今までになかったから、イケると思うんだよね。』
俺はそう言われて一瞬考えたが、すぐに答えは出た。
『いえ、これがドラマになると迷惑かかる人がいるので……』
今考えると勿体ないことをしたとも思うが、当時は絶対に世間にさらす事は出来ないと思っていた。
彼女は、風俗店で働いていることを回りには隠しているのだから、それがバレてしまう可能性が一ミリでもあるのなら、迷惑をかけてしまうかもしれない。
答えはすぐに出たのだ。
その800万を稼ぐための仕事を探さなきゃ。
この時の俺は、そういう結論に行き着き、折角就職した電気工事の仕事を一年でやめることを決意したのだった。
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