それクレームですか?
配属当初、俺は全く休憩も取れずに一日中走り回っていた。
当時の○川急便は、『13時間労働の徹底!』というのをスローガンに上げていた。
ということは、到底13時間労働では終わらないということだ。
朝六時半頃から積込を初め、俺が帰ってくるのは夜10時半頃になるのが常だった。
俺が帰ってくる頃には、同期の連中はみな、風呂から上がっていた。
同期はみんな会社の寮(とはいえ二段ベッドがズラっと並んでいるだけの部屋)に泊まり、週末だけ帰るという生活をしていた。
なので、睡眠時間で言えば、なんとか5~6時間は取れていた。
同期で一番楽なコースに配属されたSに、俺がヘロヘロになりながら帰ってきて、
『今日はどうだった?』
と聞くと、
『今日は楽だったな。』
というので、
『今日はって、昨日も楽だったって言ってたじゃん。』
と言うと、
『……昨日も楽だったな……』
と言う始末。
しかし、そんな彼も相対的に楽だというだけで、以前の仕事に比べたらやはりキツイのだろう。
毎日風呂も入らずベットに入り、眠る事を優先していた。
単なる風呂嫌いなのかも知れないが……
そんな時、事件が起きた。
○川急便では、朝出庫の際、事務所に入ると、免許証を顔の横に掲示し、
『○課○係、○○○○です!免許、体調異常ありません!今日も元気で言って参ります!』
と大声で宣言して出ていく。
そして、帰ってきた時も同様に免許証を掲示して、
『ただいま帰りました!○課○係○○○○。今日も無事故無違反、異常ありません。。お疲れさまでした!』
みたいな感じで報告をする。
その日は珍しく、俺はいつもより早めに帰ってきていた。
通常通り、報告をすると、事務所にいた他の課の名物課長から、
『お前はSの同期か?』
と聞かれた。
『はい!』
と言うと、
『今日は参っちまったよー!』
と事務所中のみんなに訴えるように一人語りが始まった。
名物課長たる所以だ。
『今日、事務所の女の子が電話受けてるの聞いて耳を疑っちまったよー。
お前、なんだと思う?』
と言われても全く分からないので、
『分かりません。』
と答えた。
『俺も長年この仕事してるけど、こんなの初めてだぞ。
電話出た女の子が、『……え?……臭いんですか?
……何が臭いんですか?……うちのドライバーさんが臭いんですか?
……それってクレームですか?……』
って言ってるんだよ。そんなクレーム初めてだぞ。そのやり取り聞いて笑っちまったよ。『何が臭いんですか?……うちのドライバーさんが臭いんですか?……それってクレームですか?』って、お前笑わずにいられるか?』
『いえ……』
と、俺も想像して笑ってしまった。
すると、そんなやり取りをしている最中に、当の本人が鍵を返しに事務所に入ってきた。
『おい!S!お前、風呂入ってるか?』
突然大声でそう聞かれたSさんは意味も分からず戸惑っていた。
すると、課長はさっきと同じような語り口で顛末を伝え、最後に『ちゃんと風呂入れ!』と言っていた。
しかし、わざわざ電話してきてクレーム入れるなんて……よっぽど臭かったんだろうな。
.




