新人です。
タクシーの自動ドア。
バスの扉のようにボタン一つで自動開閉するのかと思っていたら、実は手動のレバー操作だったことに驚いた。
しかし、手動のレバー操作だからこそ、微妙な開閉具合を調整できるので、壁や他車に当たらないように出来るのだ。
あと、全てのタクシー会社がそうかは分からないが、釣り銭はドライバー個人が用意するというのも驚きだった。
朝から一万円札を出された時の事を考えると、始業の時には数万円分の千円札と小銭を用意しなければならない。
これが中々負担になる。
しかも、地震の後の自粛ムードの影響で売り上げが上がらないような状況で、実質的な給料が手取り十万円程度だったので、釣り銭を用意するのは大変だった。
家賃と光熱費を払ったら残らないのだ。
長年勤める先輩達でさえ売り上げが上がらず苦労しているようだった。
俺は研修が終わり、独り立ちするとお客様を乗せるためにドアを明けたときに、
『こんにちは。新人です。よろしくお願いします。』
と、挨拶するようにしていた。
大抵の人は好意的に受け止めてくれ、中には会社の部下らしき人と一緒に乗車したお客が、『おー、いいねー、年が言ってても、新人ですって挨拶出来る。お前も見習えよ。』などと言ってくれた事もあった。
しかし、中にはあからさまに嫌な顔をする客もいた。
とある駅で乗ってきた夫婦らしき客。
『新人です。』と挨拶すると、旦那の方が『チッ』と舌打ちしたかと思うと、『何だ、新人かよ。』と言った。
その後、行き先を告げるが、そこは新しく出来た施設らしく聞いたことがない場所だった。
『申し訳ありません。場所が分からないので教えて頂けますか?』
と言うと、また『チッ』と舌打ちをして、
『何だよ。知らねーのかよ。とにかく出たら真っ直ぐ行け!』
俺は『はい。』と言うと、駅のロータリーを出て、真っ直ぐの道に入ろうとした。すると、
『どこ行くんだ!』
『え?真っ直ぐでは?』
『真っ直ぐっつったら、こっちだろ!』
と、ロータリーを出て右側の道を指さす。
俺は『すいません。』と言って、そちらに進み、
『次はどちらですか?』
と聞いた。
『突き当たりを右だ!』
言われたとおり突き当たりまで真っ直ぐ行こうと思い、幹線道路を直進しようとすると、
『どこ行くんだ!突き当たり右って言っただろ!』
『え?でも突き当たりって……』
『だからここが突き当たりだろーが!日本語分かんねーのか!』
この場所は幹線道路と交差してはいるが、十字路で直線の道もかなり広いので、突き当たりと認識する人はほぼいないと思う。
それが証拠に、隣の奥さんが、
『あなたの言い方が悪いのよ。』
と言った。しかし、
『お前は黙ってろ!』
と、聞く耳を持たない。
こんな人間もいるんだ。と、呆れると同時に奥さんも大変だなと同情してしまった。
路線バスの仕事もそうだったが、タクシーはより一層人間観察の仕事だなと思った瞬間だった。
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