冷やし中華
「あー、神様になりたい」
夏を思わせる日差しにうんざりしていた時に奴が言った
「なんで?」
興味なんてなかったが、暑さを紛らわしたくて尋ねる
「なんか、こういう時ない?
想像してみてよ
例えばさ、今、貴方は知らない街を1人歩いています
ふと、横を見ると、どこにでもあるような小さなビル
歩き様に中を横目で見ると、掲示板があって、ゴミ出しについてとか、検診のお知らせとかの貼り紙が出てる」
「うん」
「また、ある時は仕事先からの帰り道
橙色に染まる沢山のアパートの中の、何処かの誰かの一室」
「うん、で?」
「なんかさ、そういうのを見ると、自然ともっと知りたいな〜って思っちゃう事ない?
中に入ってどんな人がどんな風に生活していて、そこにはどんな思い出があるんだろうな〜って
でも、実際俺がビルに入ろうとしたり、その知らないおうちにピンポンしたら、不法侵入者だし、ただの怪しい人じゃん」
「そりゃな…お前やめろよ」
何の話をしていたんだっけと思っていた頃、奴が表題に戻った
「だからさ、神様になれたら、当然姿を見えなくしたりできるだろ、多分
そしたら、好きなだけ知らない所に入って色んな物見て回れるじゃん」
こいつ、変わってるな
会社爆発させるとでも言うのかと思ってた
「でも、そんなん知ったって面白いか?
もしかしたら、その何処にでもあるビルでは不正な取引が横行していてどいつもこいつも自分の保身ばかりで、その知らん奴の家では旦那か奥さんかどっちでもいいが浮気相手を招いて楽しくやってるかも知んないだろ」
案外、現実なんてそんなもんだぜ
と奴の幻想めいたそれを叩き潰してやる
こう言うところが俺に友達の少ない所以だ
が、熱でイライラしている俺の八つ当たりを奴は意に解せず、全く気にしてないかのようにニヤリと笑った
「甘いな〜、だから神様がいいんだろ?
神様だったら、人がいくら酷い目に遭おうが、どんな馬鹿なことしてようが、別に気にしなくて済むだろ
俺だったら嫌だとか、昔、俺もこんな目に遭ったなとか思うことないだろ、神様なんだし、万能なんだし
なーんも考えずにただ客観的に観察できるじゃん」
「……でも、お前が神様だったらきっと俺が今何考えてるか分かんないだろうな」
奴は俺の返答に少し黙った
「……いや、神様じゃなくても分かんないんだけど?」
「腹が減った」
「笑」
「神様は空腹なんて感じないだろ、多分」
「そうだな笑ーー冷やし中華はどう?」
「あー天才、くそ、それしか食いたくねぇ
麺買ってくる」
「おっしゃ、俺最高に繊細な錦糸卵作っといてやる」
これからまだまだ暑くなるであろう日差しの中、自転車を漕ぎ出す
ふと、あいつの戯言を思い出す
俺は神様じゃないから、嫌なことはやっぱ嫌に感じるし、辛そうな人を見たら自分に置き換えちまう
ペダルに勢いをつけると、顔の横を過ぎる風が暑さに対抗してくれて心地いい
神様じゃないから、腹が減るし、神様じゃないからクソ暑い中の冷やし中華を堪能できるわけだ
ついつい、顔に笑みが綻ぶ
なかなか悪くない
あとは、きゅうりとトマトが瑞々しければ言うことなしだ