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こんにちは、ノムーラはん~外伝

『こんにちは、ノムーラはん』外伝~新コロ奇譚・5Gの怪

作者: すのへ

「こんにちは~! ノムーラは~ん!」




「モルーカスは~ん! なんや、そんな遠くから~」




「ソーシャル・ディスタンス! でんがな」




「話でけんがなァ~! 行間ひらいてるしィ~!」




「へ。ほな。すたこらさと。あらためて、こんにちは、ノムーラはん」



「こんにちは、モルーカスはん。まだ行間あいてるでぇ」



「やっぱ、このくらいは離れてまへんとな。安心できまへん」



「こんなん、ライトノベルみたいやん。わてらガチの硬派やのに」



「そんなこと言うてたら、新コロにやられま」



「これからは漫才も、2メートルくらい離れてやるんかな」



「けど、そんなんしたら大声でやらなあかん。よけい飛沫が」



「シールド着けたらええんちゃう? ドクター中松の」



「あれは表情わかりまっからな。マスクよりやりやすいわ」



トそこへカブト神社の神主が通りかかりました。いつもとちがって、ぱりっとした装束に烏帽子えぼししゃくまで持ち、足には木靴をはいています。背後には巫女さんを従えて三方さんぼうに御神酒やぬささかきを載せて運ばせています。



「お、神主。なんや、その格好は。正月でもないのに」



「へぇ。お祓い、頼まれましてな」



「ふーん。わてとこで頼んでも、いつもサンダルつっかけて来るくせに」



「あ、いや。きょうのはお得意さんっちゅうか。上客っちゅうか」



「ほおお。どこぞの大会社がコロナ退散祈願かいな」



「詳しうは言われへんのやけど、五爺をなんとかしてほしいて」



「え。5Gかい。それはまたタイムリーな」



「そう。それで早うお祓いをて、実績豊富なわてに白羽の矢が立って」



「ふうん。口コミいうもんは当てにならんもんやなあ」



「へ。かなんな~。ほな、わて去にますわ。急ぎますさかい」



ト神主はアルバイトの巫女さんをうながして先を急ぎます。ノムーラとモルーカスは顔を見合わせ、互いにうなずくと神主の後をつけていきました。株の商いのほうはロボやAI、アルゴが取り仕切っているので、ヒマなのです。のこのこついて行った先はといいますと



「ここ、超大型株がならぶ大通りやん。こんなとこから依頼されたんや」



「5Gがどうたら言うてましたからな。あ、あれはドコモの板や」



「わ。ぎょうさん、人がいてるがな。ザワザワして三密やん」



「真ん中に祭壇がでけてますな。しめなわ張ってありますわ」



「盆踊りの会場みたいや。神主、壇上に登っていきよる」



「はじまりまんな」



はらいたまえ~ 清めたまえ~ かむながら守り給い~

ここに集う善男善女の願い かなえたまえ~

オンバラヤ マハマハ ホマレンカ ヤレンカァ~

カムヤラヒ ソノヒロキンキンカン チムヤラワンニャン

出でたまえ ここな良き地に 恵みたまえ 我らの前へ~

五の爺 いまやぁ いらはれ給え お出でたまえェ~

カシコミカシコミ カシコミマオスゥウウウウ

オミオミ イヤサ ホイサ ホノホノホノホォオオオオ


ト神主は、烏帽子が飛びそうになるのも構わず激しく幣を振りまわします。バイトの巫女さんが斜め後ろにひかえて、しゃくと榊を載せた高杯を捧げ持ち、神主の合図があると榊を高く掲げました。


イエエエエエィ! キエエエエエエィ! エヤッ! ヤレッ! ホイッ!


ト神主が最後の力を振り絞って幣を振ると、ボンっと鈍い大きな音がして、祭壇のちょい上あたりに大きな穴がひらきました。そこから真っ白な煙が一条、真っ直ぐ立ち昇っていきます。


 「あれこそ、悪霊退散の狼煙のろし。さすがカブト神社の神主だ」

 「やれやれ、これでひと安心。5G基地は安泰だな」


トDocomoの株主連中が口々に言いながら安堵のため息をつきます。


 「5G基地がエゲレスみたいに焼き討ち遭ったら、たまんねえからな」

 「まったくでぇ。電波でコロナ伝播とか活性化とか。いつの時代なんだ」

 「まあまあ。新しい技術への過剰反応は仕方ないです」

 「そ。欧州のCERNのときもブラックホールできて地球お陀仏みたいな」

 「ほぼスピリチュアルの領域ですからね。ま、モチは餅屋てことで」

 「けど、くそ高い玉串料、ふっかけやがったぞ、あの神主」

 「まぁ、霊験あらたからしいので目をつぶりましょう」

 「これで5G基地が守られるのなら安いってもんだ」

 「あの白い煙、すんごい勢いで吹いてやがるけど、あれが効くのかァ」


ト株主連中が見上げていると、噴出するその白い煙の中から、おや、あれは? うーん。もちっと近くへ寄ってみましょう。わ。なにか出てきました。わ。わ。わ。人です。人が次々と出てきます。


 「うわあ。なんだ! あれは!」

 「へんなのが出てきやがったぜ」


ト見る間に異様な風体の人、老人ですか。お爺さんですね。いち、にィ、さん、と、五人、出てきました。白煙の穴から祭壇に降りてあたりを見まわし、それぞれが思い思いの格好で伸びをしたり、あくびをしたり、あるいは座り込み、あるいは寝転び、祭壇の縁に腰をかけたり、ぼーっとしたりしています。


 「なんだ、あのお爺さんたちは。なんで出てきたんだ」

 「呼んだんじゃないですか。神主が」

 「召喚てやつか。またまたライトノベルみたいな」

 「あの神主、召喚上手らしいですよ。ドン・キホーテも呼んだとか」

 「ふ~ん、架空の人物も呼ぶのか。て、いま呼んでどうするんでぇ」

 「あ、降りてきますね。本人に訊いてみましょう」


ト神主はバイトの巫女さんを従えて、やれやれといった表情で階段の下に立ちました。ひと仕事終えて疲れたようすです。


 「よお、神主よォ。あの爺さんたち、なんで呼んだんだ」


「へ? いや。わて、『ごじい』ていわれましたさかいな。呼んだんです」


 「ああ、確かに。5G基地局のお祓いで来てもらったんだ」


「せやさかい、わてな、『ごじい』てなんかなァ思て」


 「5Gは新しい通信規格だぜ。迷信で壊すやつが居やがるから」


「そしたら、auのTVコマ-シャルで『五爺』て出てますやん」


 「あれはシャレだぜ。5Gでほんとはファイブ・ジーて読む」


「ああ、そうなんですか。早よ言うてくれたらよかったんに」


 「CMに感化されて『五爺』かよ。勘弁してくれ。祈祷はムダだったか」


「そんなこと、あらしまへんがな。おーい爺さんたち、降りといで」


ト呼ばれると、爺さんたちはノソノソ、バタバタと降りてきました。なかにはひらりと飛び降りる者もありました。あ、居残って降りてこないひねくれ者もいます。


 「なんでぇ、この爺さんたちは。使えそうにねえ連中だぜ」


「まあまあ。一人ずつ紹介しときまひょ」


ト神主に召喚された爺は、子泣き爺、百々爺(ももんじい)山爺(やまじじい)海爺(ウミジジイ)雪爺(ユキジジイ)の五人でありました。


 「爺といやあ、花咲か爺さんとコブ取り爺さんだろう。いねえのかい」


「いやそれが、auのほうで押えられてましてな。急きょ、この五人を」


 「ふ~ん。で、その五人で5G基地を守ってくれるってぇのかい」


「そんな効率のわるいことしまへん。あらためて、お祓いさせてもらいま」


 「ほぉ。爺さんたちとお祓いやってくれるのかい」

 「ただの爺じゃねえ。いちおう妖怪だからな。霊験ありそうじゃねえか」

 「おう。じゃ、景気よくやってくんな。謝礼ははずむからよ」


ト話がまとまり、神主とバイトの巫女さん、降りて来た爺さんたちは再び、祭壇の上へ登りました。ノムーラとモルーカスは祭壇の下までやって来て囃し立てます。



「よ! 神主、しっかりやれよォ! わてら見てるでぇ!」



「神主はーん! ここは気張りどころでっせ~ 応援してま」



ト神主はちらと下を見おろし、笑みを返して姿勢を正しました。榊を大きく振りかぶって、エイヤっ! と大音声で儀式に入りました。ピンと空気が張りつめます。


はらいたまえ~ 清めたまえ~ かむながら守り給い~


トふたたび祝詞が始まりました。巫女さんは神妙な眼差しで脇に控えます。爺さんたちは祈祷などそっちのけで、めいめい思うことがあるのかないのか、呆けたようにぶらぶらしていましたが、一人がふと巫女さんに近づいていきます。


「あら、お爺さん。ご祈祷中よ。いっしょに精神集中しましょう」


ト巫女さんが話しかけると同時に、わ、とその爺さんは巫女さんの胸めがけて飛び込んでいきました。


「きゃ。なあに、お爺さん。ダメよ。こんなところで」


どんなところならいいのか。それはともかく、巫女さんに抱きついたお爺さんは、子泣き爺でありました。


「おんぎゃー! ぎゃああ~! おおおおんぎゃあああー!」


「わあ。あ~れ~」


ト見る間に子泣き爺は重くなり、巫女さんはのしかかられて身動きならず虫の息です。異変に気づいた神主はとっさの判断で、『おっぱいオバケ』を召喚しました。子泣き爺はおっぱいにでれ~と引き寄せられ、巫女さんは息を吹き返しました。ほっとする間もあらばこそ、だれかが祭壇からぴょーんと飛びました。


「うわあああああ。なんや、これ。わわわあ。助けて」


ト祭壇の下で叫んだのはノムーラです。その顔にはなんと、百々爺(ももんじ)がぺたと張り付いているではありませんか。ノムーラは息ができなくて両腕をばたばた振り回します。


 「おい誰か。助けてやれよ。死んじまうぜ」

 「そいつ、ノムーラだ。クソ空売り機関め。ほっとけよ」


トまあ、普段の行いが行いですので、こういう場合に助けてくれる者はいません。自業自得です。しかし神主だけは、お得意さんでもありますので、とりあえず『ねこ娘』を召喚して百々爺にけしかけました。百々爺はモモンガと類縁関係にありますので、猫は苦手なのではないかと思ったのです。


 「フギャー!」

 「おっとっとっとっと。とと」


ト、ところが百々爺はねこ娘に気づくやノムーラから離れ、すっくと立ってねこ娘を見すえます。ねこ娘はフアアアと叫んで百々爺をひっぱたこうとしましたが、身軽くさっとかわされてしまいました。


 「うおっほほほほっほ」


ト百々爺はひらりとねこ娘の背にまたがりました。ねこ娘は降り落とそうと跳ね回りますが、百々爺はバランスを取りながら乗りこなし、あげく、立ちあがっての曲乗りさえ披露します。


 「うお、すげえな。おっと危ねえ」

 「おーい、ねこ娘もガンバレ~。それっ! ジャーンプ!」


などト見物から声がかかります。目を転じますれば、祭壇の上でもまたひと騒動はじまったようです。


 「おめェなんぞ、海ぃ帰れ」

 「とろくせぇ! くそたわけ。おみゃーこそ、山へ引っ込んどれ」


ト山爺と海爺がけんかはじめています。睨み合いから取っ組み合いになり、くんずほぐれつ、祭壇上をリングに見立てて投げたり打ったり蹴ったり、あっちへゴロゴロ、こっちへビューンと、飛ぶわ、跳ねるわ、もんどり打って倒れるわで祭壇が壊れそうになります。


 「お、いい勝負じゃねえか。山のヤツ、良いパンチだぜ」

 「海のヤツのキックもなかなか。おーい、どっちもやっちめえ」


ト注目を浴びる乱闘を尻目に、雪爺はひとり取り残されて祭壇のかたすみでしょんぼりしていました。神主はそれを見ると不憫に思い、『雪女』を呼んでやることにしました。お化けシーズンだと雪女は引っ張りだこで順番待ちですが、さすがに今はオフシーズンなので、すぐやって来ました。


 「まァ、雪のお爺さん。こっちにいらっしゃいな」

 「へ。あ、お雪。お雪、おめえ、こんなところにいたのけェ」

 「ずいぶんと久しぶりだこと。まあ一杯おやんなさいよ」

 「おう。すまねえなァ。おめえには苦労ばっかかけちまってよ」

 「そんなこと、お言いでないよ。辛気くさくて酒がまずくなっちまう」

 「すまねえ、すまねえ。歳くうと涙もろくなっちまってよ」

 「さ、一つ。わっちもきょうはいただこうわいなァ~」


トのろけ始めたものですから、祭壇の下からヤンヤの喝采とともに、「いよッ、越後屋!」などと声もかかります。祭壇は格闘と、しっとり濡れ場の二本立て、祭壇の下では百々爺のねこ曲乗りでヤンヤの喝采の嵐です。神主はほっとひと息、も一度、巫女さんをうながして祈祷にかかろうとしました。そのときです。おっぱいオバケにむしゃぶりついていた子泣き爺がなにがあったか、ひと声(おめ)いて一気に加重し、ズドンと床を抜いてしまいました。みんな地面に真っ逆さまです。


 「わああああああ」

 「げへへへへへへっ」

 「うおおおおおおお」

 「痛てててててて」


トもうもうたる白煙あがるなかから、うめき声が聞こえます。どの爺も神主も巫女さんも、おっぱいオバケも雪女も、みな真っ白になってゆらゆら出てきました。ドタバタの果てのひどいありさまです。祭壇のまわりから笑い声が沸き起こりました。


 「わっはははっは! おもしれえ出し物だぜ」

 「おう、ほんと笑わせやがるぜ。なんでぇ、そのざまは」

 「けど、久しぶりだぜ。心から笑えるの」

 「ちげえねえ。このころ、とんと笑えねぇことばかりだからな」

 「なんだか元気が出たぜ。ふっきれた感じだァね」

 「ぎゃっはっはっはっはっはははははは!」

 「わあはっはっはっはっははは!」


トうけにウケています。神主がうううとうめきながら這い出てきます。株主代表らは神主をねぎらいました。


 「ありがとうよ。なによりのお祓いになったぜ」

 「おれたちに必要だったのは、お祓いなんかじゃねえ」

 「おれたちが欲しかったのはほかでもねえ、お笑いだったのさ」

 「ひと笑いしたら気持ちが清々したぜ」


ト意外な反応に、神主は苦笑いを浮かべるしかありませんでした。



「上出来でしたなァ、神主はん」



「いやあ、お恥ずかしいかぎりやわ。とんだ顚末で」



ト再びソーシャル・ディスタンスを取って話しながら、一行は帰途につきました。神主の装束はズタボロになって烏帽子は折れ曲がり、木靴もひび割れています。巫女さんも袴が破れ、草履の鼻緒が切れかかっていました。ノムーラとモルーカスの後ろには、五爺とねこ娘、雪女、おっぱいオバケがついて来ます。



「この人たち、どないしまんの。ついて来はるけど」



「みんなケガしてますさかい、神社で手当てしてやろ思て」



「わて、エエこと思いついたでェ」



「なんでっか? ええことて。ノムーラはん」



「みんなでお笑い道中するんや。そこらの板まわって」



「へ? 外出自粛要請でてまんのに。叱られまっせ」



「そこはそれ。きちんとソーシャル・ディスタンス守ってやな」



「はあ。板の中庭でパフォーマンスして、お賽銭投げてもらうんでっか」



「それならYouTubeで間に合いますがな。わてとこチャンネル開設してま」



「神主はん、いつの間に、そんなハイカラなこと」



「IT関連の氏子のみなはんがな、神社もテレワークの時代やいうて」



「ふうん。遠隔祈祷かいな。なんかありがたみがうすいんちゃう?」



「そんなことあらしまへんがな。通信でも霊験れいげんあらたかでおます」



「5Gも光と同じ速度でるんでっしゃろ。リモートの時代や」



「けど、お笑いはナマでないとな。板のみなはんに喜んでもらうんや」



「喜んでもらうんやったら、ノムーラはん、あんさんが」



「わてが? どないすんの」



「射的の標的になるんだす。みなはん大歓喜でっせ。大繁盛や」



「あちゃ~」



     了

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