異動
「異動ですか?」
もうすぐ桜が開花する季節、唐突に上司から告げられた。
「きゅ、急なんですね」
そもそもなぜこんな急なタイミングで辞令が降りたのか、考えられるのは自分の能力不足による異動。いや、この会社の営業として成績は悪くない。むしろ良いぐらいだ。
「異動先の部署で欠員が出てな、早急に人手がほしいと」
他部署の問題をこちらにまわさないでもらいたい。
「会議の結果、うちの部署から人材を出すことになった」
ちなみにこの会議は部署会議と呼ばれ、こういった急な人事異動や緊急事態の時に開かれるらしい。
今回は前者な訳だが、その結果何かが切り開かれることはなく、愛の無い押し付けあいが淡々と繰り広げられる。
「すまないな」
俺は以前部長との飲みの席でその話を聞いた。その事があっての謝罪なのだろう。
「わかりました部長……」
少し間をおいて
「ただ、お聞きしにくいのですがなぜ私なのでしょうか?」
先にも言ったが成績功績としてこの部署に迷惑をかけるようなことはしていない。
「言いにくいんだが、切りよく仕事が溜まっていないのが轟くんだけで……」
「……先方も急いでるから仕方なく……ってそんなことある!?おかしいでしょ!」
俺は不満の丈を目一杯伸ばして妻の楓にぶつけていた。
「しかも営業一貫でやって来たのに急に事務!事務!?畑違いもいいところだよ」
不満が湯水のように溢れていた。
「あらあら、大変ね」
楓はあまり物事に動じない。俺が愚痴を溢す時は何事もまず聞いてくれる。しかも、毎回上手いこと丸め込まれ納得して話が終わっている。
「部署は変わっても同じ社内でしょ?それに残業とかあるの?」
「そりゃ同じ社内ではあるし、残業は基本無いって聞いてる」
「うんうん、それからお給料は?」
「今と変わらない」
「んー、なら今のところプラスしかないね」
にっこりと笑う楓。これだよ。
「でも事務作業って、今まで営業しかしたこと無いし」
「何事も慣れだし、真面目なこうちゃんならどうってこと無いんじゃない?」
楓はなんの疑いもない瞳で僕を見る。そんな目で見られてはこれ以上愚痴の溢しようがない。
「ま、まぁ決まったことだしやることはしっかりやろうとは思うよ」
現に前準備のために書類を持ち帰っている。
「それに、楓と居れる時間が増えるのは嬉しい事だし」
少し気恥ずかしくなり目を逸らしたが、楓が笑顔であるのはよくわかった。