エドワードという男3
こうしてエドワード少年は父と兄から離れて暮らす生活が始まった。
だが、母は隠れ暮らすような真似を良しとせずに、勇者と共に魔王を討伐した大聖女ミリアが、魔王討伐でもらい受けた褒章で運営をしている貧窮院で働きながら暮らし始めた。
そこには、体を壊し働けなくなった者や乳飲み子をかかえた寡婦など、さまざまな事情を抱えた者たちがお互いを支え合いながら暮らしていた。
当時9歳であったエドワードも、まだ小さい子供ではあったが人並外れた魔力を制御するための基礎訓練として、身体強化を使い力仕事などを手伝っていたのだが、ある日母が
「エドワード、今日は小さい子達のお世話をお手伝いしてくれるかしら?」
と言って来た。
「わかりました……」
エドワードは育ってきた環境から他人と係わるのが苦手になっていた、それを察していた母が少しづつ改善を試みたのだ。
「まずは赤ちゃんのお世話をするから、お手伝いしてちょうだいね」
「はい母様」
こうやって、毎日少しづつ小さな子供の世話をしていく毎日。
その中で母は『子供という存在は何より大事なものであり、大人が守らなくてはいけないのだ』
と教え諭した。
しかしエドワードは想う、ならばなぜ父は自分を疎むのかと。
やはり兄達の言った通り自分は父母の子ではないからなのかと自問自答を繰り返していた。
物憂げな表情で日々を過ごすエドワードに母はどう接していいのか段々分からなくなっていた、そんなある日転機が訪れた。
「ほう、お前がエドワードかい?」
「どちら様ですか?」
「アタシの事は大魔導士様とお呼び!」
尊大な物言いに、胡乱気な表情をするエドワードであったが、ハッと
「貴方様が【名を秘したる大魔導士】様でいらっしゃいますか?」
「ほう?そこらの鼻水たらしたガキ共とは確かに違うようだねぇ……それにいい魔力をしている」
「え……」
エドワードは、育った環境のせいで自身の膨大な魔力についてあまり良いものではないのだと思っていた。
だがそうではないと大魔導士は言ってくれる。
「どうだい?アタシの弟子にならないかい?今なら勇者の鍛錬もオマケでついてくるよ」
それはオマケと言っていいものなのか?
と思いはしたが、エドワードにはとても魅力的な申し出であった。
「よろしくお願いします!」
そう言いながら深々と頭を下げるエドワードであった。
母もエドワードがそう決めたのなら頑張りなさいと背中を押してくれ、こうした経緯をもって彼は大魔導士の一番弟子としての人生を歩み始めたのだ。
こうして弟子として住み込みで教えを乞う事になった勇者宅には、すでにもう一人子供が居候していた。
それがアドルファスとの出会いである。
「なんだお前?ババアの弟子になったのかぁ?あのババアめちゃくちゃ怖いから、なんかあったらすぐ逃げろよ!」
初対面なのに、ズケズケと話しかけてくるアドルファスに対してエドワードはどうしていいか分からずについ
「余計なお世話ですよ!」
と言い返してしまった、すぐに後悔するエドワードであったが
「そうかよ!まぁヤバイ時は一緒に逃げようぜ」
とニコリと笑いかけられた。
そこからの毎日は、エドワード自身の価値観がすべてひっくり返るような毎日だった。
大魔導士の魔法理論の素晴らしさに感動したり、勇者の力に脅威を感じながらも、中身のトンデモっぷりに呆れたり。
アドルファスのイタズラにキレて説教したり。
そんな毎日を過ごすうちに、心の中に巣くっていた父や兄に対する思いも少しづつ、どうでも良くなっていった。
『たとえ家族であっても、分かり合えないのは仕方ない事なのだ』
と割り切れたのも、アドルファスの置かれた環境を知ったおかげなのかもしれない。
第八王子という立場にもかかわらず、城に居場所がない王子。
貴族共が、こぞって王子達を担ぎ上げて勢力争いを激化させている現状、下手に城にいては暗殺の危機もある為、緊急避難的な意味もある勇者への弟子入りであった。
本人は、自分で飛び出してきたと言っているが連れ戻されないということは、《《そういうこと》》なのだろう。
そんな従兄弟でもあるアドルファスは、自分の置かれた環境など一切気にする様子もなく、毎日勇者とアホな事ばかりしている。
そんな様子を見て、ウジウジ悩んでいる事が馬鹿馬鹿しくなったのもあった、だから今日もエドワードはアドルファスへ感謝の気持ちを込めつつ、王族としての最低限のマナーを躾けるのだった。
「アンタ王族なんですから、もう少しキチンとマナーを覚えなさいよ!」
「うるせぇ!そんなメンドクサイ事やってられっかよ!」
「へぇ?いいんですか?お師匠様の話では、確かミカさんは粗暴な男はキライだっていってましたけどねぇ?将来素敵な王子様が見てみたいと話してたって言ってましたけど、今のままのアンタじゃとてもとても……」
「え……マジかよ…………分かった、やる……」
「では今日は礼法からですね」
「うぐぐ……」
こんな平和な日々が続くと思っていた。
そう、このアドルファスが王位を継ぐ事になるまでは……そのとばっちりで、自分が宰相なぞやらされるハメになるとはこの時露ほども思っていなかったのである。




