エドワードという男2
エドワードは伯爵家の三男に生まれた。
父の伯爵は当時一目見て恋に落ちた王女を娶るために、それこそ血反吐を吐くような無茶までして功績を上げた。
その様子を見かねた前伯爵の友人であった勇者マサタカが、仕方なく力を貸すほどの無茶っぷりであった。
その情熱が実を結び、陞爵のかわりに降嫁を許された妻のロザンヌを伯爵は盲目的に愛した。
そして二人の男の子が生まれ、何の憂いもなく幸せな家庭を築いていたのだ、そう3人目の子ができるまでは……。
三人目の子ができてから、妻のロザンヌは体調をくずし寝込むことが増えた。
手配した医師の診断によると、お腹の子供の保有する魔力が多すぎて妻の体が耐えられなくなっているということだった。
その診断を聞いた伯爵は、即断でお腹の子供を流す決断をした。
彼にとっては妻以上に大切なものはないのだ、子供はまた作ればいいと妻を説得した、だが妻は決して頷いてくれない。
これ以上は妻の体が持たないと、妻をむりやり眠らせて子供を流す覚悟でいた伯爵を止めたのは、勇者マサタカの最愛の妻である【大魔導士】であった。
『どちらも救って見せるから短慮な真似はよせ』と、恩人である勇者マサタカにまで口添えされ苦渋の決断で、妻をまかせたのだ。
恩人たちは、約束を違えることなく妻と子を無事に返してくれた、二人には感謝しかないと感じてはいる。
……だが、生まれた子を愛しいと感じる気持ちは一切湧かなかった。
世界にただ一人の愛する妻を害した子供など、生まれてこなくても良かったのにとすら思っていた……いや、今でも思っている。
伯爵自身はその気持ちを露骨に表したつもりはなかったが、隠していた訳でもなかったために、上の子供二人は父に同調し末の子供に対してあまりいい感情をもっていない。
それは、自身より優秀であり多大な魔力を秘めて生まれてきた弟に対する嫉妬もあったのだろう。
母に諫められる事を恐れ、隠れてエドワードへ険悪をぶつける事が幾度もあった。
そしてある日、兄達に決定的な暴力を振るわれる寸前にエドワードが魔力暴走を起こしてしまう。
伯爵は、後継者とそのスペアでもある子供二人を傷つけたエドワードを放逐すると息巻いた。
だが、その一言を聞いたロザンヌがキレた。
『貴方とはもう夫婦でいる事はできない』
そう言い残してエドワードを連れて消えた、文字通り綺麗さっぱり痕跡も残さず消えてしまったのだ。
伯爵は絶望した、一体私の何が悪かったのかと。
すでに父であった前伯爵夫妻は亡くなっているし、ロザンヌの血縁である国王になど知られるわけにはいかない。
藁にもすがる思いで勇者マサタカへと相談した。
そしてめちゃくちゃ怒られた、いや怒られたとかいうレベルではない、瀕死の重傷までいった。
「昔からお前の視野の狭さを危惧しておったが、まさかここまでとはな……バカではないのになぜロザンヌちゃんの事になるとおかしくなるんじゃろうなぁ?」
そういいながら叩きのめしてくる。
「たとえお前さんにはそう思えなかったとしても、エドワードはお前さんとロザンヌちゃんの子供であることは間違いない事実じゃ!実の子を毛嫌いし差別した挙句、間違ったことをしでかした上の子を諭すこともせんのだから、愛想も尽きたんじゃろ」
「そ……そんな……しかし『アレ』はロザンヌを殺そうとしたのですよ! そんな《《もの》》を許せるわけがないじゃないですかっ!……うがぁぁぁっ」
「まーだ言うのかこのばかもんが!」
さらに追い打ちをかけるマサタカ。
「もうお辞め、どうせコイツになにをいっても無意味だ」
そう言いながら、上の子供二人の首根っこを掴んだ大魔導士が歩いてくる。
「ハニー!子供たちはどうだ?」
「ハニーはヤメろ。まぁ、多少は懲りたんじゃないかねぇ、何の事情も知らされてなかったようだし……それどころかエドワードはもらわれっ子だと思っとったぞ」
しょんぼりした様子の二人を見下ろしながら大魔導士は言う。
「まぁ父親がこんなだからそう思っても無理はないかもしれんなぁ」
「とりあえずお前宛てに、ロザンヌから手紙を預かっておるぞ」
大魔導士はそう言うと伯爵へと手紙を差し出そうとした瞬間、すでに手紙は奪い取られていた。
貪るように手紙を読む伯爵を呆れたように見る勇者夫妻。
「ロ……ろざんぬうぅぅぅ」
伯爵は号泣していて話にならない。
「何が書いてあったんだ?」
「心の底から反省し、子供たちに悪影響を与えるような真似をしないと確信できるまでは、家に戻るつもりはないと言っとったぞ」
「まぁ離婚一択じゃないのは良かったんじゃないか?」
「今のギリギリの王家まで巻き込んでゴタゴタしたら国が潰れてしまうからのう、本当なら離婚したかったんじゃないかの?」
号泣している伯爵へ、追撃の言葉を喰らわせていく夫妻。
「お前たちも、自分のしたことをちゃんと反省して母上様に安心して戻ってきてもらえるように努力せい」
「はい……」
「わかった……」
こうして、エドワードは伯爵邸から距離を置く生活をすることになった。




