閑話 新生する者
現在フィルド王国騎士団 訓練場では、一人の青年が死に物狂いで走っていた。
なにしろ彼の後ろからは、抜身の剣を振りかざした騎士が無言で迫ってくるからだ、青年は今にも倒れそうなほどひどい状態ではあるのだがその歩みを止めることはなかった。
「ほら! 死にたくなければ走れ! それとも処刑の執行書に自分でサインしたいか!」
様子を黙って見ていた他の団員が青年を叱咤する。
「はぁ……はぁ……俺は……何があっても……いき……て……やるん……だ……」
と息も絶え絶えになりながら言葉を紡ぐ。
「ほう……そんな元気があるならまだ行けるはずだ! さぁ走れ!」
また今日も騎士団訓練場へ騎士団員たちの声が響き渡るのであった……。
* * *
今日も一日の鍛錬を終え、フラフラになりながらも宿舎に併設された食堂へ向かった彼は半分居眠りをしながら食事をとっている、その様子をみた団員たちが
「ほら! 飯は居眠りしながら食うんじゃねぇ! 味わって食わないのは作ってくれた人に申し訳ないだろうが」
と、バン! と彼の背中を叩き眠気を覚まそうとするのだが、勢い余って飲んでいたスープの中に顔が突っ込んでしまった。
「ふべっ!?」
「あーあきったねぇなぁ……ちゃんと掃除しろよー」
としれっといなくなる団員。
「くそっ……」
青年は毒づきながらも大人しく汚れをふき取り食事に戻るのであった。
* * *
夜、泊まり込む予定のルイスは執務室の隣にある仮眠室へそろそろ向かうかと動き出そうとした時、トントンと扉を叩く音がした。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのは副官である副団長。
「何かあったか?」
「いえ特には……ただ様子を確認したいのではないかと思いまして」
「あぁ……そろそろ3か月くらいか」
「はい、まだまだ使い物になるとは思えないレベルですが、やる気だけは無くしていないようです」
「そうか……」
ウォルセアへ向かう道中で捕獲されたフールは、無事ウォルセアにキャサリン一行がたどり着くのを見届け、引き上げたルイスに連れられてフィルドへと戻ってきていた。
そこでルイスからすべての事情を聴き、一時は絶望し荒れていたフールであったがこのまま黙って処刑されるのだけは絶対回避してやるとルイスへ自ら頭を下げたのだ。 どうか一度だけチャンスをくれと……。
元々本人がその気を見せた時だけは、経過を見てくれと頼まれていたルイスは部下たちへと通達を出し、わざと団員たちにあたりをきつくさせながら様子を見ていたのだ。
「ならば明日の朝、団長室に来るように伝えてくれ」
「了解いたしました……しかしエドワード様は、本当に生かしておくつもりなんですか? ……余計な火種にならなければ良いのですが」
「あいつはそんな事はとっくに承知して、それでもチャンスを与えたのだと思うぞ」
「エドワード様ならばそうなのかもしれませんが……」
「あいつは昔言っておったのだ……『子供を巻き込んだ事だけは後悔しているのだ』とな……あの当時は元王妃が元王太子にべったりで引き離すのも難しい状況であった、だがそれでも子供の教育まで好きにさせるべきではなかったとな……だからこそ火種がくすぶったとしても今度こそ自分が何とかして見せると……」
少し遠くを見ながらポツリとこぼしたルイスを見ながら副団長は
「申し訳ありません、さしでがましい事を申しました、伝言は確かに伝えます」
と一礼して部屋を出て行った。
* * *
早朝、すでに支度を整えてルイスは団長室でフールを待っていた。 扉がノックされ、入るように声を掛ければフールは迷いなく
「失礼する」
と声をかけて入ってくる。 ルイスはフールへ座るようにうながし
「鍛錬は順調か?」
と声をかける。
「問題ない……です。」
敬語を使うことに慣れず、つい尊大な口調になってしまうのはこれからの課題であろう。
「そうか……今日呼んだのは他でもない、其方の処遇について正式に決めることにした」
その言葉を聞きフールはビクリと体を震わせる。
「それは……私は今日で死ぬという事か……?」
「そうだ」
ハッキリと肯定されてしまいフールの顔は蒼白になる。
「本日廃太子フールは処刑される、これは決定事項だ。その為、其方はこれからフールを名乗ることは許されなくなる」
淡々と話すルイスへ驚いて顔を上げるフール。
「それは……私はまだ生きていていい……ということなの……か?」
「そうだな……ただ今後其方は名前を変えて、別人として生きていかねばならない。 その意味は分かるか?」
「意味?」
「そうだ、廃太子フールは死ぬのだ。 以後其方がフールと名乗れば僭称で罪となる、事情を知らぬものに一言でも漏らせばそれだけで即、処刑対象になるのだぞ……それだけではない、秘密を知ったものも消さねばならなくなる……それを一生背負って生きて行く覚悟はあるのか?」
その言葉を聞き、顔色を白くして俯いてしばらく無言でいたフールは
「それでもいい。 私にチャンスをくれ……ください、お願いします」
と深く頭を下げた。
その様子を無言で見ていたルイスは
「良かろう……ならば其方は今日より『ホープ』と名乗るが良い」
「ホープ? 不思議な響きですね……」
「異世界の言葉で『期待』や『希望』という意味が込められているそうだ」
「そのような意味が……」
「そしてアドルファスからの言伝だ、『お前の実の父にはなってやれないが、名付け親くらいにはなってやるから何かあったら相談しにきてもいい』だそうだ」
「ちちうえ……」
ボロボロと大粒の涙をそのままこぼしながら子供のようにしゃくりあげる。
「あやつの期待に応えてやってくれるか ホープよ」
泣きじゃくるホープの頭を優しく撫でながら泣き止むまでルイスは見守っていた……。
閑話なので本日連続投稿します。
・前日譚にて突き放すような発言を二人はしておりますが、実は一旦突き放して経過観察をするつもりだったのですが予定外に出奔されてしまいました。
・このあとは無事別人となったので、団員たちに事情をきかされ『ゴメンなー』と謝られながら歓迎の食事会などしてもらい、また号泣してしまうホープ君(17才)なのでした。




