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最終話 痛い頭となりたりな

「…………え!?」

「なによ、その顔は。せっかく挨拶したのにそんな態度取られるなんて滝之瀬君には教養がないのかしら?」

 

 ――そこには病院のベッドで寝ているはずの人物が立っていた。

 

「り、里奈!? もう大丈夫なのか?」

「――は? 何が?」

「いや、怪我の容態はもういいのか? 本当に里奈なんだよな?」

「――え、えっと。滝之瀬君の言ってる事がよく解らないんだけど。私は正真正銘、本物の成田里菜なりたりなよ」

「――里奈」

「え、ちょ、ちょっと滝之瀬君!?」

 

 俺は無心で里奈を抱きしめていた。

 体全体で里奈の感触を感じる事が出来る。

 里奈は無事だったんだ。

 

「――えっと、その、気持ちは嬉しいんだけど、――だ、誰かに見られたら恥ずかしいというか」

「見られたらなんだ。俺は本当に里奈の事を心配して――」

「あ~もう。解ったからとりあえず離れて!」

 

 俺は里奈に無理やり引き剥がされてしまった。

 

「なんだか今日の滝之瀬君変よ?」

「――あ、ああ。そうだな、里奈に抱きつくなんてちょっとどうかしてたかもな」

「ちょっと、それは一体どういう事なのかしら?」

「り、里奈?」

「私に魅力が無いって言いたいの?」

「いや。里奈は凄く魅力的だぞ。うん、凄くかわいいし」

「そ、そんな可愛いだなんて――――って、そんな簡単にごまかされてあげないんだから!」

「やっぱ、ダメ?」

「ダメよ!」

 

 よかった、いつもの里奈だ。

 服もこの前一緒に山へ行った時と同じ真っ白のワンピースに真っ白の帽子を被っている。

 …………帽子?

 

「なんだ、その帽子見つかったのか?」

「え? 見つかった?」

 

 見つかってない?

 里奈は無くした帽子を探していたんじゃなかったのか。

 

「――ん? じゃあ新しく買ったのか?」

「ええ、この服と帽子を買ったのはつい最近だけど、滝之瀬君に見せた事ってあったかしら?」

「いや。山へ一緒に行った時にその服だっただろ? それで、その時に帽子が風で飛んでいったじゃないか」

「――風で飛んでいった? 滝之瀬君、一体いつの事を言っているの?」

「いつって。つい最近だけど」

「私最近、滝之瀬君と山に行った事は無かったと思うのだけど」

「そんなはず無いだろ? 昨日まで一緒にあそこの桜を――――あれ?」

 

 ――桜の花が咲いていない?

 

「あら? もしかして滝之瀬君もあの桜の木に興味があるの?」

「興味というか。昨日あの桜を咲かせたんだが」

「……は? ――――えっと、滝之瀬君。あの桜の木はもう何百年以上もずっと咲いた事が無いのよ?」

「え、でも昨日――――」

「じゃあ何で今は枯れているのかしら? 1日で咲いて1日で散るって言うのはちょっと考えにくいと思うんだけど」

 

 言われてみれば確かにそうだ。

 でも、昨日は本当に咲いていたはず。

 

「なあ里奈。ちょっと今からあそこに行ってみないか?」

「いいけど、どうして?」

「桜が本当に咲いていたなら花びらの1つでも落ちているはずだからさ」

「まあ、今日も後で調査に行くつもりだったからいいけど。――ならちょっとだけ待ってて、私準備をしてくるから」

「ああ、じゃあ俺もちょっと準備をしてくる」

 

 俺達は一旦別れて自分達の家に戻っていった。

 

「――どういう事なんだ?」

 

 居間に置かれていた新聞やネットで日付を確認してみたが昨日から1日しか経っていないようだ。

 けれど意識不明だった里奈が次の日に退院出来るものなのだろうか。

 少なくとも数日は絶対安静でいるべきなんじゃないのか。

 

「――――平行世界」

 

 俺は不意に里奈が言っていた言葉を呟いていた。

 

「――バカバカしい。そんなのあるわけ無いじゃないか」

 

 ――ピンポーン。

 

 色々と考えを巡らせていたが、家のチャイムの音で現実へと引き戻された。

 

 ――ピンポーン――ピンポーン。

 

 チャイムが鳴る間隔は短くなっていっている。

 

「里奈だな――――って、いけね」

 

 時計を確認すると、里奈をずいぶんと待たせてしまっていたようだ。

 俺は急いで玄関へと向かって扉を開けた。

 

「もう、おそ~い! ――まったく、私はどれだけ待てばいいのかしら?」

 

 里奈はもう待ちくたびれたといった様子で俺をじと~と見つめてくる。

 

「すまん、ちょっと考え事をしてた」

「滝之瀬君が行きたいって言ったんじゃない。何で言い出した方が遅いのかしら?」

「だからゴメンて。今度何か奢るからさ――な?」

「もう。別にそんなに怒ってないからいいわよ。それより早く行きましょ」

「――そうだな。じゃあ行こうぜ」

 

 俺達は改めて山への向かう事にした。

 なんだか少しだけ嫌な予感が――――。

 と、言うより嫌な予感しかしないが実際に自分で確認してみない事には納得が出来ないでいる。

 

 ――山の入口へと到着した。

 山は静まり返っていて人の気配はしなかった。

 

「今日は山に登ってる人いないのか?」

「まあ普段あらあんまり人が来るような場所でも無いしね」

  

 確かに里奈の言う通りここで人と会った事なんてほとんど無いしな。

 まあ数日前からは工事の関係者っぽい人が何人かいたような気もするが。

 

「――――ん?」

 

 …………工事?

 

「なあ里奈。今日は工事の関係者の人とか来てないのかな?」

「――――工事? 一体何の?」

「何のって、そりゃ桜の木を切って神社を建てるんだからその作業をする人達だろ」

「――木を切る? 私はそんな話なんて聞いたことないんだけど」

「――――えっ!?」

 

 里奈が知らない――――だと!?

 ――いや、怪我をして記憶が飛んでいる可能性だってある。

 きっとそうだ。

 

「すまん。俺の勘違いみたいだ」

「……………? 滝之瀬君、何か気になる事があるのなら相談に乗るわよ?」

「いや、まだいい」

「そう? まあ私はいつでも相談してくれて構わないから」

 

 ――俺は嫌な考えは排除して今は目的地に行く事だけを考えよう。

 俺は先導する里奈の後に続いて山へと入っていった。

 一体この先はどうなっているのだろうか……。

  

「――滝之瀬君。どうしたの?」

「どうしたって何が?」

「何がって、ずいぶんゆっくりと歩くんだなって思って」

「――――あ」 

 

 いつの間にか前を歩く里奈との距離がかなり開いていた。

 無意識に体が行きたくないと思っているのだろうか。

 

「もうっ。しっかりしてよね!」 

「――悪い」

 

 俺は里奈に軽く謝ってから早足で里奈の場所まで走っていく。

 もう俺も覚悟を決めた方が良さそうだ。

 

「ふぅ、到着ね」

「――そうだな」

「どう? 何か解った?」

 

 山頂には桜の花が咲いているどころか花びら1つ落ちてはい無い。

 そこにはいつもと同じ見慣れた枯れ木が1本立っているだけだった。

  

「――なあ里奈。今から俺が変な事を言うかもしれないが、俺は至って正常だぞ」

「滝之瀬君はいつも正常じゃないと思うんだけど」

「――里奈」

「解ってる。滝之瀬君がそんな表情をするの初めて見たし。何を言われてもバカにしたりはしないわ」


 里奈は俺の真剣な表情を見ると茶化すのを止めて真剣に話を聞いてくれるようだ。

 

 

「けど、俺そんなに変な顔してたか?」

「あら? 顔が変なのはいつもの事じゃない」

「――おい」

「あんまり辛辣な空気でも話にくいでしょ?」

「まあ、そうだな」

 

 俺は軽く方の力を抜いて里奈にこれまでの事を話始めた。

 とりあえず、あっちの里奈が意識不明になった事は伏せておいた方がいいだろう。

 

「――そう、なんだか今日の滝之瀬君も変だと思ってたけどそんな事があったのね」

「……おい、今日も変なのか?」

「あら不満? じゃあ今日の滝之瀬君はいつもよりもっと変だったわね」

「……もっとダメだろ。けど、俺の言った事本当に信じてくれるのか?」

「信るも何も私の考えが実証されたんですもの、滝之瀬君の不可解な言動も合わせて疑う余地は無いわね」

 

 里奈が信じてくれてよかった。

 まあ今目の前にいるのは里奈じゃなくて里菜なんだがあっちとは名前が少しだけ違ってるのか。

 正直こんな事を言って信じてくれる人なんて100人いても1人もいないレベルだろう。

 

「けど、滝之瀬君がここにいるって事はあっちの世界の私はこことは別の世界に行ってしまったのね」

「ん? 世界を移動したのは俺だけだぞ」

「あら? 一緒に調査してたのにどうして滝之瀬君だけ世界移動に巻き込まれたの?」

 

 ――しまった。

 うっかり言わなくてもいい事を言ってしまった。

 

「あ~。その、なんだ。実はその時、里奈は風邪を引いてて俺1人で様子を見に行ってたんだ」

「…………ふ~ん。まあいいけど。滝之瀬君はこれからどうするの?」

「それは――――」

 

 どうしたいんだろう。

 元の場所に戻りたいんだろうか。

 けど元いた世界の里奈は意識不明の重体でこっちの里菜は俺に話しかけてくれる。

 同一人物なのだから当たり前といえば当たり前なんだが見た目からは違いがわからない。

 

「…………」

「どうしたの私をジロジロと見て。もしかして私に悩殺されちゃった?」

「いや。そうじゃなくてだな」

「されなさいよ!」

「いや。本当に同じなんだなって思って」

「まあほぼ同じだから違いは解らないかもしれないわね」

 

 ――ほぼ?

 

「里菜、ちょっと行きたい所があるから付き合ってくれるか?」

「いいけど、何処に行くの?」

「この山に祠がいくつか建っているのは知ってるか?」

「――祠? ここにそんな物があるなんて聞いた事はないのだけど」

「まあついてくれば解る。場所は覚えているからちょっと様子を見に行こうと思ってな」

「そうなんだ。いいわよ、私もついていってあげる」

「ああ、助かる」

 

 俺は記憶を頼りに里菜を連れて山に建てられている祠へと向かって歩き出した。

 戻るにしても戻らないにしても方法くらいは確認して置いたほうがいいだろう。

 

 ――数分後、俺は里菜と共に狐の石像が納められている祠が会った場所へと到着した。

 

「――ねえ。祠なんて何処にあるの?」

「…………」 

 

 おかしい。

 確かにこの場所にあるはずなのに、それらしき建造物は何処にも見当たらなかった。

 もしかして置かれている場所が変わっている?

 

「おかしいな――――。なあ里菜、祠は他にもいくつかあったはずだからその場所にも行ってみてもいいか?」

「いいけど、本当にあるのかしら?」

「解らない。――――解らないけど、そこにあって欲しいとは思ってる。あっちの世界と唯一繋がっている場所だからな」

「そうね。私も滝之瀬君の力になってあげたいから手伝ってあげる」

「――と言っても半分くらいは知的好奇心なんじゃないのか?」

「アハッ。バレた? そうね、興味が無いって言ったら嘘になるわね」

「じゃあ、残りの場所にも案内するからついて来てくれ」

「オッケー。エスコートよろしく~」

 

 俺達は残りの場所を確認しに山を進んでいった。

 

 ――2個目のあった場所。

 

「やっぱ。ここにも無いか」

「次に行きましょう」

「そうだな」

 

 ――3個目のあった場所。

 

「――ここにも無いみたいね」

「まだだ。まだ後一箇所ある」

「なら最後の場所に向かいましょう」

 

 ――最後の場所。

 

 その場所にも何も無かった。

 ただ里奈が落下して意識不明になった大樹だけは俺をあざ笑うかのように、さっそうとそびえ立っている。

 

「これがあるのにどうして――――」

「あら? この木がどうかしたの?」

「…………いや、何でも無い。ちょっと昔にこの木に登った事があってな」

「そうなの?」

 

 里菜は怪訝な目を俺に向けてくるが、それ以上の詮索はしないでくれた。

 

「けど、解った事がいくつかある」

「何かしら?」

「1つ、やっぱり里菜は俺の知ってる里奈とは違う」

「そう? 見た目はそっくりだって言ってたじゃない」

「見た目はそっくりだけど、軽い仕草が少し違う気がする。――それに」

「それに?」

「臭いも違った」

「…………え。ちょ、バカ、ヘンタイ。なんてことしてるのよ! やっぱり滝之瀬君はどこの世界の滝之瀬君でもエッチなんだから!」

 

 里菜は顔を真っ赤にしながら、俺を蔑んだ目で見てきた。

 

「いや、違うって。なあ里菜、お前香水っていつもその臭いがする奴を使ってるのか?」

「――香水? ええ、今はこれがお気に入りだからずっとこれを使ってるわね」

「香水の香りが違ったんだ」

「もぅ。そうならそうと始めっから言ってよね」

「悪い悪い。けどやっぱり俺の知ってる里奈とは少しずつ違う別人なんだと思う」

「そうね。私も私が知ってる滝之瀬君とはちょっと違う別人だと感じているわ」

「――俺のほうがカッコイイか?」

「そうね。今の滝之瀬君の方が少しだけイヤラシイわね」

「おい、それは褒めてないだろ」

「あら? そんな事無いわよ。滝之瀬君ならイヤラシイヒト大会があったら優勝出来るくらいの逸材だと思っているわ」

「そんなのないし、優勝しても嬉しくないんだが?」

「そう? 金メダルが欲しく無いなんて滝之瀬君も変わってるわね」

「オリンピックの種目なのか」

「しかも金メダルでオセロが出来るわ」

「――俺は何連覇するんだ?」

「モチロン生涯現役よ」

「どんだけ強いんだよ」

 

 ――里菜は茶化しているけど、あっちの世界とつながる手がかりが消えた俺を里菜が励ましてくれているのを感じる。

 

 やっぱりこっちの里菜も最高の人物だ。

 

「2つ目はここには何も無い事が解ったって事」

「何も無かったのなら、何も解ってないんじゃない?」

「いいや、ここに無い事が解った。つまりここでは無い場所にあるかもしれないって事が判明したんだ」

「でも、何処にもない可能性は無いかしら?」

「そうかもしれないが、やっぱり一方通行ってのは考えにくいんじゃないか? まあ俺がそう思いたくないってのもあるんだが」

「そうね、この世界と滝之瀬君がいた世界とはそんなに違いは無いみたいだし、何処か別の場所に経ってるかもしれないわね」

「けど、それが何処なのか手がかりが全く無い訳なんだが――」

「じゃあ明日に山を一通り周ってみる?」

「そうだな――――それしか無いか。あまり時間をかけたくは無いんだが他に方法は無さそうだし」

「じゃあ今日は遅いし帰りましょう」

「もうそんな時間か?」

「――こんな時間よ」

 

 里菜が付けている腕時計を見せてもらうと、もう5時を過ぎていた。

 

「もうこんな時間か」

「あまり遅くなると危険だし早く戻りましょ」

「そうだな――所で里菜は明日の予定は大丈夫なのか?」

「ええ、本当は別の場所に行く予定だったんだけど滝之瀬君といる方が楽しいから問題ないわ」

「俺といる方が楽しいのか?」

「べっ、別に滝之瀬君といるのが楽しいんじゃなくて滝之瀬君と調査をするのが楽しいの! そっ、そこの所を勘違いしないでよね!」

「解った、解った」

 

 恥ずかしそうにする里菜を眺めているとふと何か引っかかる物を感じた。

 

「なあ里菜。別の場所って何処に行く予定だったんだ?」

「なぁに? 私が休みに何をしているのか知りたいのかしら?」

「ああ、里菜が行こうとしてる場所に興味がある」

「それじゃあまるで私には興味が無いみたいじゃない」

「そんな事ないぞ、里菜の事は興味津々だ。スリーサイズとか知りたいくらいだ」

「バカ。結局、滝之瀬君はどの世界の滝之瀬君でもそういう事ばかり考えてるのね」

「まあ、里菜のスリーサイズは置いといてだ」

「興味あるなら聞きなさいよ!」

「何だ? 聞いたら教えてくれるのか?」

「そっ、そんなの言う訳無いでしょ!」

「ならいいじゃないか」

「ダメよ! それじゃあまるで私に魅力が無いみたいじゃない」

「そうだな、里菜はどこの世界でも魅力的だ」

「もぅ、調子いいんだから」

 

 里菜はハイハイ解りましたよといった感じの表情をした。

 

「それで? 何処に行く予定だったんだ?」

「隣町よ。ずっと昔に隣町を悪霊から救ったお狐さまの伝承を調べていたの。――けど、特にこれといった成果も無いから最後に後1日だけって思ってたのだけど、別にもういいかもって――――」

「――多分そこだ」

「そこって何が?」

「俺が探している祠がある場所」

「この山にあるんじゃなかったの?」

「ああ、俺のいた世界ではそうだった。けどここは俺のいた世界じゃないから少し違っている部分もあるんだ」

「――それが祠の場所だってわけ?」

「そうだ――――と言いたいけど確かめて見ないと何とも言えないな」

「そもそも何で隣町だと思ったの?」  

「最初に祠を見つけた時に里奈が隣町にあるはずの物が何でここにあるのって言ってたからな」

「ふ~ん、そうだったんだ」

「だから明日は里菜が調査していた場所を案内してくれないか?」

「ええ、そういう事だったら良いわよ」

 

 明日の予定が決まった所で俺達は丁度山の入口へと戻ってきていた。

 もう太陽は完全に沈んでしまい街灯が道を照らしている。

 

「じゃあ帰るか」

「それはそうと滝之瀬君。今日の夕食はどうする予定なのかしら?」 

「家に何も用意されてなかったら適当な所で済ます予定だが」

「そうなんだ。なら良かったら私の家に来ない?」

「里菜の家に?」

「ええ。私こう見えて結構得意なのよ」

「ああ、何度もご馳走になってるから知ってる」

 

 ――と言っても元いた世界の里菜のなんだが。

 

「大丈夫よ。あっちの世界の私とどっちが上手か楽しみにしててちょうだい」

「それは楽しみだ」

 

 俺達は家の前でいったん別れると、それぞれの家に入っていく。

 俺は机の上に置かれている書き置きを発見して中身を読んでみると、今日も母さんは帰りが遅いので勝手に食事を済ませておいてくれとの事だった。

 

「――どうやら今日は里菜のご馳走にありつけそうだ」

 

 俺は荷物を部屋にほうり投げるとすぐに里菜の家へと向かっていった。

 里菜の家の門に到着した俺はチャイムを軽く押す。

 

 ――ピンポーン。

 

「は~い。ちょっと待って」

 

 しばらくして、エプロン姿の里菜が俺を出迎えてくれた。

 

「結構似合ってるぞ」

「ありがと、お礼に少しだけサービスしてあげるわね」

「里菜のサービスか、これは期待しても――――」

「滝之瀬君が期待してるようなサービスじゃないから安心していいわよ!」

「…………はい、わかってます」

 

 あまり里菜の機嫌をそこねてオカズの数を減らされでもしたら大変だしここは素直にあやまっておこう。

 

「さ、どうぞ入って」

「ああ、お邪魔します」

 

 ――里菜の家。

 よく来ているはずなのに何故だか少し懐かしくて悲しい感じがした。 

 あの里菜に会える時はまた来るんだろうか。

 

「どうかした? 何処か変わった場所とかあったの?」

「――いや、俺が知ってる里菜の家と全く同じだ」

 

 里菜の家のリビングに向かってしばらく待つと里菜が料理を作り終わりテーブルに並べ始めた。

 

「手伝おうか?」

「いいの? なら棚からお皿を出して並べてくれる?」

「了解だ」

 

 テーブルに料理を並べ終えると懐かしい記憶が蘇ってきた。

 少し前に元の世界で同じ様な事をしてたんだよな。

 

「どうかしたの?」

「――いや、何でも無い」

「そう? ならいいんだけど。――じゃあ冷めない内にどうぞめしあがれ」

「ああ、いただきます」

 

 食事を口に運ぶと懐かしい味が口の中に広がっていく。

 里菜の作った懐かしい味。

 ――けど、懐かしいけど知っている味とは少しだけ違う味な気がする。

 

「――やっぱり滝之瀬君どうかしたの?」

「どうって? 別に俺は――」

「だって滝之瀬君。食事をしながら泣いているんですもの」

「――――え?」

 

 いつの間にか俺の顔に頬を伝わる雫が流れ出していたようだ。

 里菜は少しだけ心配そうな顔で俺の様子を見つめている。

 

「いや、里菜の作った料理があまりに美味かったんでな」

「――ウソね。流石に私でもそれくらいのウソはすぐに理解るんだから」

「…………」

「どう? 私の料理の味は。あっちの私に負けないって言うか同じだったしょ?」

「――ああ、そうだな」

「――――けれど、少しだけ違っていた」

「解るのか?」

「なんとなくだけどね」

「……悪い。ちょっと感傷に浸ってた」

 

 やっぱり隠し事は出来ないか。

 

「なんだかんだ言って滝之瀬君。やっぱり戻りたいのね」

「そう…………かもしれないな」

「絶対そうよ」

「そうだな。やっぱり俺は元の世界に戻りたいんだと思う」

「元の世界じゃなくて元の世界の私の所に戻りたいんじゃない?」

「――どうだろうな」

「私ね、実は滝之瀬君の事が好きなの」

「―――――は?」

 

 突然の告白に頭の中が真っ白になって理解が出来ないでいると、里菜は少しだけ笑うように続けた。

 

「あ、違うわよ。貴方じゃなくて貴方と入れ替わってあっちの世界に行った滝之瀬君の事ね」

「――――そういう事か。けど、そんな事急に言いだしてどうしたんだ? こういうのはもっと場所とか考えてだな――」

「だって今私の前にいる滝之瀬君じゃなんだもの。それに同じ世界に滝之瀬君が2人いる事はないから絶対に聞かれる事はない訳だしね」

「そういう物なのか」

「そういう物なのよ。それで滝之瀬君はあっちの私の事は好きなのかしら?」

「…………そう……だな。――――ああ、俺は里奈が好きだ。もう1度会いたいと思ってる」

「ふ~ん。そうなんだ」

「けど――その。隠してた訳じゃ無いんだが、実は事故があってあっちの里奈は意識不明の重体なんだ」

「――え。大丈夫なの?」

「どうなんだろうな。俺もどうすればいいのか解らなくなって、気が付いたらこっちの世界に来てた訳だし」

「なるほどね~。最初に言葉に詰まってたのはそういう事だったんだ」

 

 里菜は謎が解明出来たと納得した表情を向けてきた。

 

「こっちの世界で生活するとかって考えはなかったの? こっちにも私はいるんだし」

「ああ、最初はそう思いかけたけど、やっぱり俺は元いた場所の里奈が好きなんだなって改めて思った。だから里奈がどんな状態でも戻りたい。――――いや、戻って何か支えになれるんなら近くにいてやりたいと思ってる」

「そっか。まあ実は私も今の滝之瀬君もちょっとはいいかもって思ってたんだけどね」

「そうなのか?」

「けど、やっぱりお互い長年ずっと一緒にいた方と会いたいわよね。私もそれまでの積み重ねの少しずつの変化でもう別人かと思うくらい違って見えるもの」

「けど、元の場所に戻れる保証とかってあるのか?」

 

 里菜は少しだけ暗い顔をしたが、決心をつけて口を開く。

 

「明日行く場所で何か見つかったとしても、戻るではなくてあくまで場所を移動する方法でしょうね」

「どういう事だ?」

「つまり滝之瀬君がこの世界に来た事はあくまで何百何千もある世界の1つをランダムで選んで辿り着いただけ。だから元の世界に戻るのではなくてまた別の世界に行ってしまう確率が高いって事よ」

「……そんな。何か、何か方法は無いのか?」

「そんな事言われてもこればっかりはどうしようも無いわ。あっちの世界にあった物でもあれば引き合う力が強まって戻れるかもしれないけど――――何か持ってる?」

「あっちの世界の物って言われてもな。今着てる服とかは?」

「それはダメね。滝之瀬君の所有物はこっちにいた滝之瀬君の物と全て入れ替わってしまっているから、今滝之瀬君が着ている服はこちらの世界の物になると思う」

「他には――――」

 

 カバンも俺の物だし、他人の物なんてそうそう持ち歩く事なんてないだろ……。

 俺は絶望にひしがれてうなだれると足に貼ってあるある物に気が付いた。

 

「――これを借りてる」

「何それ? 絆創膏?」

「ああ、里奈から貰った物だ」

「けど、それはもう滝之瀬君に貼られちゃってるから、もう滝之瀬君の所有物だと思うわ」

「これを貰った時の借りがある」

「――どういう事かしら?」

「足を怪我した時に里奈に治療のお礼をするって約束をした。つまり、あっちの世界の里奈との約束を持ってる」

「…………」

 

 里菜はアゴに手を当てて少しだけ考える仕草をして、うんうんと頷いた。

 

「――そうね。それでじゅうぶんだと思う」

「これでいいのか?」

「たぶんね。滝之瀬君は知らないかもしれないけど思いの力って結構凄いのよ」

「だといいな」

「ええ、明日はきっと滝之瀬君を元の世界に戻してみせるわ」

「ああ、頑張ろうぜ」

 

 それから俺達は食事を楽しみながら明日の準備や打ち合わせをした。

 準備が終わると俺は家に帰る事にした。

 帰り際せっかくだし泊まっていかない? と里菜から提案があったが流石にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないし断って家へと向かう事にする。

 

「…………やっぱり泊まればよかったかな」

 

 いかんいかん。

 何か間違いでもあったら俺は里菜になんて良い訳すればいいんだ。

 これは試練だと思って今は戻る事だけを考えよう。

 俺は頭を軽く振って煩悩を相殺した。

 

「――帰るか」

  

 家に帰ると家の中は真っ暗だった。

 どうやらこっちの世界の母さんも仕事で普段あまり家にはいないみたいだ。

 まあ待っていても何時に帰ってくるのか解らないし、俺は仕方なしに寝ることにした。

 そのままベッドに入ったが目が冴えているのか中々寝付けない。

 ふと目を閉じると、元の世界で里奈と一緒に探索をしていた記憶が鮮明に蘇って来る。

 

「――里奈。絶対に戻ってやるから待っていてくれ」

 

 里奈との思い出を振り返っていると睡魔が襲ってきてそのまま俺は眠りについた。

 

 ――次の日。

 

 快適な睡眠を貪っていると、外から聴こえる突然のガシガシと何かを叩く音で俺の意識は覚醒した。

 

「――――なんだいったい?」

「こぉ~らぁ~。今何時だと思ってるの! さっさと起っきなさぁ~い!」

 

 音のする方に目をやると隣の家の窓から身を乗り出した里菜が俺の部屋の窓を叩いているみたいだ。

 

「やべっ。寝過ごし―――――てないな」

 

 時計を確認すると約束の時間までは後10分もあって急げば余裕そうだ。

 

「……まだ10分もあるじゃないか」

「後10分しか無いのよ! 今から10分で用意出来るっていうの?」

「ああ、余裕だ」

 

 俺は着替える為に上半身に着ている服を脱いでベッドへと投げ捨てた。

 

「ちょ、ちょっとバカ。何やってるのよ!?」

「――何って準備をしろと言われたから着替えているわけだが?」

「いいいい、いきなり脱ぎださなくてもいいじゃない」

「急がなくてもいいのか?」

「そうだけど少しだけ待ってあげるから私が見てない所で着替えなさいよ!」

 

 里菜は言い終わるとパシャッとカーテンを閉めて姿が見えなくなった。

 

「――里菜、覗くなよ~」

「バカッ! 滝之瀬君じゃないんだから、そんな事するわけ無いでしょ!」

 

 カーテン越しに里菜の怒声が聴こえてきた。

 これは急いで準備をした方が良さそうだ。

 

 ――俺はパパッと着替えを済ませるとそのまま1階へと階段を降りていく。

 

「あら、今日は早いのね」

 

 1階では母さんが朝食の準備をしていた。

 

「ちょっとこれから里菜と出かけてくるから何か簡単な食事ある?」

「里菜ちゃんと? もぅ、あんまり成田さんの家にご迷惑をかけたらダメよ」

 

 母さんは人差し指を立てながら俺に注意をしてきた。

 こっちの世界でもこういう所は相変わらずみたいだ。

 

「判ってるって。それより何かない?」

「トーストなら焼けてるけどそれでいい?」

「ああ。じゃあそれにする」

 

 俺はテーブルに置かれているトーストを飲み込むように急いで食べて牛乳で流し込む。

 そして、横に置かれているベーコンもひとつまみして朝食は終わりだ。

 

「ちゃんと食べないと栄養が偏っちゃうわよ?」

「昼夜はちゃんと食べてるから大丈夫だって。――じゃあいってきます」

 

 俺はそのままリビングを出ようとしたけど、ふとある事が気になって母さんに尋ねてみる。

 

「そういえば学校の裏山の大きな木を切る工事とかって計画されてる?」

「あの木を? いいえ、そんな事は聞いたこともないわ。少なくとも私の会社では請け負わないと思う」

「そっか、ありがと」

「――急にどうしたの?」

「いや、ちょっと気になっただけ」

 

 俺は母さんに手を振るとそのまま玄関から外へと出ていく。

 玄関を出た先では里菜が帽子をいじりながら待っていてくれた。

 

「悪い、待たせた」

「これくらい大丈夫よ」

「じゃあ行くか」

「そうね。目的地へ行くには路面電車に乗ってそこから更にバスに乗る必要があるから早く向かいましょ」

「よし、まずは駅まで行くか」

 

 俺達は駅に向かって歩き出す。

 駅までは徒歩で15分といった所なのでそこまで遠い道のりでは無い。

 

 ――駅までは軽い世間話をしながら歩いて行った。

 会ってまだ間もないと言うのに凄く話しやすい。

 まあ、ある意味10年以上の付き合いなんだが思い出が所々違っていてその違いをお互いに交換するのも楽しかった。

 

 ――電車に乗ってひと駅進み、そこからバスに乗り換える。

 電車から降りて駅から出た所、ちょうどバスがバス停に停車していた。

 

「――いけない、滝之瀬君急ぐわよ」

「なんでだ? 乗り遅れたら次のを待てばいいだろ?」

「次のは2時間後よ」

「はあ? 何でそんなに少ないんだ」

「誰も乗らないからよ。ほら、今もバスに誰も乗ってないから時間になった瞬間出発してしまうわ」 

 

 俺達は全力で走って何とかバスに駆け込んだ。

 

 

「……はぁ……はあ…………なんでバスが少ない事を電車で言ってくれなかったんだ?」

「――え? 少し前に言ったじゃない?」 

「俺は聞いた事ないぞ」

「あ、そっか。こっちの滝之瀬君に言ったんだったわ」

 

 里菜はペロリを舌を出してゴメンと手を合わせた。

 本当にこういう仕草が可愛い所はそっくりだな。

 

「――そういやバスでどれくらいなんだ?」

「えっと、3つ先だから20分くらいね」

「――結構あるな」

「まあ焦っても早く着く訳じゃないし、のんびり待ちましょ。――――っと、そうだこれ」

「ん? ――なんだこれ?」

 

 里菜はカバンから可愛い包み紙を取り出して俺に渡してきた。

 

「開けていいわよ」

「――じゃあ遠慮なく」

 

 包み紙を開けると中には薄汚れたリボンが1つ入っていた。

 

「――これは?」

「私の宝物よ」

「――宝物?」

「ええ、昔滝之瀬君から貰った大切な宝物。 ――元の世界に戻る為のお守りに持っててくれる?」

「それは構わないんだがいいのか? 凄く大切なものなんだろ?」

 

 かなり古い物のようだが凄く大切にされていたみたいで、ほつれたり破れていたりはせず今でも普通に使えそうだ。

 

「いいの。私の想いのこもった物を持ってた方があっちにいる滝之瀬君にも見つけてもらい易くなるかもしれないから」

「わかった。なら借りとく」

「あら? いつか返してくれるの?」

「――そっか。そういやあっちに戻ったらもう会えないんだったな。じゃあ貰っておく」

「大切にしさないよ」

「ああ、そうする」

「なんなら着けてもいいのよ?」

「――俺にそんな趣味は無い」

「あら、それは残念。――またこの姿が見れると思ったのに」

 

 里菜は懐から1枚の写真を取り出して俺に見せた。

 写真には2人の女の子が遊んでいる姿が写っている。

 どうやら片方は小さい頃の里菜みたいだ。

 

 ……2人の…………女の子?

 なぜだか無性に嫌な予感がして写真を凝視するともう1人の顔にも見覚えがあった。

 いや、これは見覚えがあると言うより――――。

 

「俺じゃないか!?」

「ええ、そうよ」

「なんでこんな物が………あ!?」

 

 昔の記憶が頭の中に思い出されてきた。

 あれは確か小学生の時、里奈と何かで勝負をして負けた方が1つ何でも勝者の言う事を聞くとかで里奈の服を着せられたような記憶がある。

 

「…………写真を撮ってたのか」

「ええ、大切な思い出だもの」

「なあ、リボンよりその写真を――――」 

 

 俺は写真に手を伸ばしたけど、寸前で里菜にひらりと避けられてしまう。

 

「だ~め。2個も欲しいなんて欲張りすぎるんじゃないかしら?」

「――その写真だけでいいんだが」

「別に渡してもいいけど、家にはネガがあるからいくらでも焼き増し出来るわよ?」

「よし、今から里菜の家に行こう」

「今から戻るの?」

 

 ……ぐっ、流石にそんな事をしている時間は無い。

 里菜め俺に選択肢を与えない気か。

 

「……やっぱりリボンにしとく」

 

 里菜がこの写真を持っているって事はあっちの里奈も同じ物を持っている可能性が高いな。

 機会があれば処分しておかないと。

 

「あっ、滝之瀬君。そろそろ到着するみたいよ」

 

 里菜の声に反応して前を見ると寂れたバス停がポツンと建っていた。

 周りには他の建物どころか人の姿すら確認出来ない。

 本当に何もない山奥の廃村みたいだ。

 

「それじゃ、降りましょうか」

「何も無いんだな?」

「ええ、ここから少しだけ歩けば目的地に到着するわ」

 

 俺達はバスを降りて里菜の先導で道を歩き進み始める。

 もちろんコンクリートで整備された道ではなく土の道が永遠と続いていた。

 

「なあ里菜。少しだけ歩けば着くんじゃないのか?」

「ええ、少しよ」

「もうかなり歩いている様な気がするんだが?」

 

 かれこれ30分は何もない道を歩いている気がする。

 

「もう、後少しなんだから黙って歩く」

「――迷ってるわけじゃないんだな?」

「ナビも磁石もあるのに迷う訳なんて無いでしょ」

「ならいいんだが」

 

 目的に到着したのはそこから更に15分くらい歩いた所だった。

 

「……思ったより遠かったんだが」

「そう? 私が調査している場所の中では近い方よ?」

「……お前は普段どんな秘境を探検してるんだ」

 

 その場所は山のふもとにある小さな廃村で現在は1人も人は住んでいないらしい。

 里菜はこの場所で九尾の狐の伝説を調べていたようだが2週間調査をして特に手がかりは見つけることが出来なかったらしい。

 

「それで、どこから調査を開始するの?」

「そうだな。なあ里菜、この村には桜の木とかって無いのか?」

「そうね、……枯れ木ならいくつかあったと思うけど何の木までかはちょっとわからないかも」

「その場所は解るか?」

「ちょっとまって…………えっと、こことここと……後はここにもあったかも」

 

 里菜はカバンから地図を取り出してペンでマークを付けていった。

 全部で5箇所だろうか。

 今いる場所は高台になっているのでここから村を見下ろして場所を確認してみたが、おおよその場所はあっているみたいだ。

 

「けど村には狐の像があるような所は無かったんだよな?」

「私が調べた分にはだけどね。多分見落としはないと思うけど、なんならもう1回探してみる?」

「いや止めとこう。里菜が調べて何も無かったんなら多分村の中では見つからないと思う」

「あら? 私の事を信用してくれるんだ」

「ああ。里菜のそういう所は信頼してるからな」

「ならこれからどうしようかしら?」

「ちょっと地図を貸してくれ」

 

 俺は地図を借りて村の周辺の状況を確認する。

 

「確かあっちの世界で石像があった場所は…………」

 

 確かあっちの世界では桜の木を中心に3キロくらいの間隔で置かれていた。

 全く同じとは思えないけど他に手がかりは無いし、その辺りを中心に探していくのがいいのかもしれない。

 

「あっちと同じだとしたら枯れ木からこれくらい離れている場所にあると思うんだが」

「それでいて村の中には入っていない様な場所は――――ここかしら?」

 

 条件にあう枯れ木が1本だけ見つかった。

 とりあえずここを中心に調べてみよう。

 というかここの周辺になかったなら本当に手がかりが無くなってしまう。

 

「里菜、行ってみよう」

「――そうね」

  

 俺達は村を出て印を着けたルートに沿って探索を始めた。

 

 ――探索を初めて15分くらい歩いた所だろうか。

 山道と違って平坦な道なのでそんなに苦労をしないで俺は見覚えのある祠を見つける事が出来た。

 

「滝之瀬君。あれかしら?」

「ああ、多分そうだな」

 

 俺は見覚えのある祠の扉を開くと、これまた見覚えのある3本の尻尾を持つ子狐の石像が姿を現した。

 

「ここで間違いないみたいだ」

「へぇ~。こんな感じだったんだ」

「どうやら全く同じらしい。けど何でこっちの世界ではここにあるんだろうな?」

「――滝之瀬君。それは違うと思うわ」

「違う? 違うってどういう事だ?」

「これがここにあるんじゃなくて、平行世界に移動する入り口がある所にこれが置いてあるんじゃないかしら。――つまりこの子達が誰かが並行世界に迷い込まないように見守ってくれてるのよ」

「つまり無闇にいじったりしたから俺はこっちの世界に飛ばされたって事か」

「そうなるわね」

「えっと、それはタタリみたいな感じなのかな?」

「それは違うわね。この子達は守り神なんですもの。ただ並行世界への門が開いてしまったからこっちに来てしまっただけよ」

「それじゃあ里奈の怪我はタタリじゃなくてただの事故だったのか?」

「そうね、けどだからこそ安心と不安があるわね。タタリじゃないから2度と目が冷めないって事は無い。タタリじゃないから本当に死んでしまう可能性もある」

「――怖い事を言わないでくれよ」

「ならさっさと戻って側にいてあげなさい」

「俺は医者じゃないから側にいる事しか出来ないぞ?」

「それでいいのよ。側にいてくれるだけで嬉しい時もあるんだから」

「そうなのか?」

「ええ。少なくとも私はそう思うわ」

「そっか。里菜がそうなら里奈もきっとそうなんだろうな」

「そうよ。だからさっさと残りも探しちゃいましょ」

「ああ、急ごうぜ」

 

 1つ目が見つかった事で残りの祠を見つける事はそんなに時間はかからなかった。

 全ての石像の視線を枯れ木から逸らしたのは夕方に差し掛かった頃だろうか。

 

 俺達が枯れ木の様子を確認しに戻るとそこには満開の桜が咲いていた。

  

「――里菜、どうかしたか?」 

「ううん、なんだか本当に咲いててビックリしちゃった。――――あそれと、もう滝之瀬君とはサヨナラなんだなって思って」

「ああ、そうだな。ここまで手伝ってくれて凄く助かった」

「別にいいわよ。さっ、早く行かないと花が散ってしまうわよ」

「そうなのか?」

「知らなかったの? 裏山と同じなら、この桜は一夜桜と言って一夜しか咲いていられないの。だから散ってしまったら次に咲くのはいつになるのか理解らないわ」

「理解った、少し名残惜しいけど行くな」

「ええ、丁度帰りのバスもそろそろ来る時間だし見送ってあげるから。あ、そうそう戻ったら祠の像は戻しておくのよ? 何かの弾みで誰かが並行世界に迷い込んでしまわないようにね」

「ああ、理解ってる。じゃあな」

 

 俺は桜の木に向かって歩き出した。

 

「――ちょっと待って」

「どうした里菜――――!?」

 

 里菜に呼び戻されて振り向くと、目の前に里菜の顔があった。

 

「――忘れ物」

  

 里菜の唇が少しずつ近付いてくる。

 俺はそのまま金縛りにあったように動けないでいた。

 里菜は俺の為に頑張ってくれたんだし最後くらい里菜の好きにさせてもいいかもしれない。

 

 ――そして、唇が重なる直前で里菜の動きは止まった。

 

「ゴメン。やっぱ今の無し」

「――――里菜」

 

 里菜はペロリと舌を軽く出してから俺から離れていく。

 

「お互い初めては本当に好きな相手としないとね」

「――――そうだな」

「もぅ、そんな顔しないでよ。それに滝之瀬君が元の世界に帰ってくれないと、こっちの滝之瀬君が帰ってこれないんだから」

「そうだな。けどこればっかりは俺がどうにか出来る事じゃないぞ?」

「大丈夫――――きっと大丈夫よ。だって滝之瀬君が里奈と会いたい気持ちと同じくらい私も滝之瀬君と会いたいんですもの。――――だからきっと――ううん、絶対に元の世界に戻れるわ」

「ああ、じゃあ行ってくる」

 

 俺は桜の木に向かって歩き出す。

 

「滝之瀬君――――あの――その――一緒に調査出来て――た、楽しかったわよ」

「――――俺もだ」

「またね――――ってもう会えないか」

「なんだ? また俺に会いたいのか?」

「それは――――ううん。――――コホン、イヤラシイ滝之瀬君の事はもう忘れる事にするわ」

「こっちの俺はイヤラシくないのか?」

「こっちの滝之瀬君もイヤラシイわよ」

「おい、それじゃあ俺と同じじゃないか」

「そうね、だってほとんど同じなんですもの」

「――――」

「――――」

「さよなら、滝之瀬君」

「ああ、さよなら里菜」

 

 俺は桜の花びらに包まれていって不意に意識が無くなった。

 

 ――そして、気が付いた時には誰かに体を揺さぶられているようだった。

 

「おい、君。こんな所に寝てたら危ないよ――――ねえ君!」

「――――くっ」

 

 俺が目をあけると作業着を着た知らないおじさんが目の前にいた。

 そして、上を見上げるとよく見知った大樹が目に入る。

 どうやらここは裏山で俺は桜の木の根本にいるようだ。 

 

「こんな所に勝手に入ってきちゃダメじゃないか。作業が始まる前に早く移動してくれないか?」

「――――作業?」

 

 周りを見てみるとトラックが沢山停車している。

 そういやこの木を切るとか言っていた気がする――――。

 

「――――え?」

 

 桜の木を切る?

 さっきまでいた世界ではこの木を切る計画は無かったはずだ。

 という事は――――。

 

「おじさんゴメン。もう俺は行くよ」

「ああ、そうしてくれ」

 

 俺は作業員の人に頭を下げるとある場所に向かう為に急いで山を下っていく。

 目的地はもちろん里奈のいる病院だ。

 

 正直ここが元いた世界じゃなくて他の世界の可能性だってある。

 けどそんな事を確認するより今は一刻も早く里奈に会いたいんだ。

 

 病院に辿り着くと上に登るエレベーターのボタンを押す。

 

「まだ来ないのか――――仕方ない」

 

 エレベーターを待っている時間が惜しいと判断して俺はエレベーターの隣にある階段へと向かった。

 

「…………ハァ……ハァ。――――あと1階」

 

 山から病院まで走ってきてヘトヘトの体にムチを打ち最後の気力を振り絞って里奈がいる7階までの階段を駆け上がる。

 

 必死の思いで階段を登りきると息を止める事もしないで里奈の病室へと駆け込んだ。

 

「――――里奈!」

 

 病室には里奈以外に人はいなくて里奈はベットで寝ているようだ。

 まるで死んでいる様にも見えるけど、微かな吐息から生きている事を感じられた。

 

 

「――――――滝之瀬――君?」

 

 もうずっと目を覚まさないと思っていた里奈の瞳が少しずつ開いていった。

 

「里奈!? 意識が戻ったのか!?」

「――――えっと。貴方はいつもの滝之瀬君よね?」

「いつもの?」

「その――――自分でもよく理解らないのだけど何故だかここ数日間、違う滝之瀬君が私の様子を見に来ていてくれてた気がしたの。――――けど、今日はいつもの滝之瀬君みたいね」

 

 ――今の里奈の言葉で確信した。

 俺は戻ってこれたんだ。

 それに里菜がいた世界の俺もちゃんと里奈の様子を心配してくれていたみたいで少し見直した。

 ――といっても実質俺なんだから当たり前の行動だとは思うんだが。

 俺もあっちで里菜の世話? をしてたしな。

 俺が戻ってこれたって事は里菜も多分無事に再開の出来ただろう。

 

「私――なんだか少し変よね?」

「いや、いつも通りだぞ」

「ちょっと、それって私がいつも変って――――ととっ」

「おい、まだ無理するな」  

 

 俺はベットに倒れそうになった里奈の体を支える。

 

「ありがと。――――なんだかまだ本調子じゃないかも」

「今は安静にしとけ」

 

 俺はゆっくりと里奈の体をベットに横たわらせる。

 

「――あっ。ちょっと待って」

「ん? どうした?」

「――その――えと――――出来ればもう少しだけ――――このまま――」

 

 俺は黙って頷いた。

 自然と里奈を抱きしめる腕に力が入る。

 

「――滝之瀬君?」

「あ、すまん。痛かったか?」

「ううん――大丈夫。――少しビックリしちゃっただけ」

 

 病室には時計の音だけが流れている。

 もうずいぶんと時間が経ったはずなのに、まだずっとこうしていたい気分だ。

 

「――――そうだ。…………えっと、約束の事なんだけど」

 

 里奈はうつむきながら少し震えた声で話しだした。

 

「約束? ああ、言いたい事があるってやつか」

「――――――ええ」

 

 里奈はゆっくりと顔を上げて俺の目を見つめて来た。

 少しだけ顔が赤くて少しだけ手が震えている。

 

「――――その、あ、あのね滝之瀬君。私――――」

「――待った!」

「えっ!?」

「俺も里奈に言いたい事があるんだ」

「――ふふん。いったい何なのかしら?」

 

 さっきまで真っ赤だった里奈が一転、勝ち気な笑みを浮かべてくる。

 

 ――まったくこいつは。

 

 けど、それでこそ里奈だ。

 それに、これは俺から言わないとダメだろう。

 少しの間だけど、離れていて気付いた。

 俺にとって里奈はかけがえないのない存在だっていう事を。

 

「里奈、俺は――――」

 

 桜が散り始める季節の昼下がり。

 少し早めに散ってしまった桜の木をきっかけに、俺達の関係はほんの少しだけ進展した。

 

 

 

 

 なりたりなとまたあいたい 完


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