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2話 平行世界

「滝之瀬君なんてもう知らないんだから」

 

 俺はドカドカと山を登る里奈の少し後ろをついて山を登っていた。

 気の利いた事の1つでも言っておけば良かったんだろうが、あいにくとそんな言葉は俺の辞書には登録されていないので、あの場合は仕方ないと言えると思う――――たぶん。

 

「なあ里奈。今は何処に向かってるんだ?」

「ふんだ。滝之瀬君は私の事なんて全然、まったく、これっぽっちも興味が無いんじゃなかったの?」

 

 ――まだヘソを曲げているのか。

 ふむ、ここはどうするべきか――――。

 

「なあ里奈。後で里奈の好きなパフェを奢るからさ、――な? 機嫌を直してくれないか?」

「………………ま、まあいいわ。このまま黙って歩くのも何だし許してあげる。べっ、別にパフェに釣られた訳じゃないんだからね!」

「わかってるって――――ありがとな」

「そ、それだとまるで私の方が子供みたいじゃない!」

「――なんだ違うのか?」

「ふふん、もちろん違うわ。私の方が滝之瀬君より3ヶ月もお姉さんなんだから」

「そうだったな。それで今、里奈お姉さんは何処に向かっているんだ?」

「この前見つけた祠は覚えてるわよね?」

「ああ。狐の石像が置いてあった場所だな」

「ええ。多分――というか絶対に桜の木を囲むように設置されているはずよ」

「まあそうだろうな」

「だから言い伝え通りなら後2つこの山にあるはずよ。――これを見て」

 

 里奈はカバンからここの山を上空から撮影した写真を取り出した。

 写真にはてっぺんの桜の木を中心に囲んだ丸い線と、1つの赤いバッテンと2つの青いバッテンが付いている。

 

「このマークを付けている所が前に祠を見つけた場所。そして、桜の木を中心に等間隔で設置されているならこの線の何処かにあるってわけ。で、祠の位置関係も等間隔だったらこの青いマークの所にある可能性が高いわ」

「それで今はここに向かってるってわけか」

「そういう事。とりあえず今日はこの小川の流れている方に生きましょう」

「りょ~かい」

 

 俺達はしばらく山を進んでいると、水の流れる音が聴こえてきたのでそこへと向かって行った。

 川には他に人の姿は無く、ただ静かな水のせせらぎが辺りを支配していた。

 

「――ふぅ。結構かかったわね」

「この辺はあまり道が整備されていなかったからな」

「で、この辺りなのか?」

「ええ、けど――――その前に」

 

 里奈はカバンからランチボックスを2つ取り出して、その1つを俺に手渡してきた。

 ――まあ、手渡すと言うより押し付けられたと言った方が正しくはあるが。

 

「すっ、少しだけ多く作りすぎちゃったから滝之瀬君の分も作ってきてあげたわ。べっ、別に食べたく無いなら無理して食べなくてもいいけど、どうしてもって言うなら食べてもいいわよ。――だから早く食べないよ!」

「あ、ああ。それじゃあ遠慮なく」

 

 正直そんなに時間がかかるとは思っていなくて昼食とか用意して来なかったので、里奈の弁当は正直ありがたい。

 ランチボックスには、おにぎりが何個か入っていて歩きながらでも食べられそうだ。

 

「じゃあその辺に座って食べましょ」

「ん? 俺は歩きながらでも構わないんだが」

「そんなはしたない事出来る訳無いでしょ! はい、さっさと座る!」

 

 里奈はいつの間にか敷いていたビニールシートに座っていた。

 俺もそのままビニールシートへとお邪魔する事にする。

 

「普段からこういうのは持ち歩いてるのか?」

「ええ、そうよ。他にもいろいろと使い道があるしね。そんな事より早く食べましょ――あ、お茶いる?」

「ああ、じゃあ頼む」

 

 里奈は水筒からトボトボとお茶を紙コップに注いで渡してくれた。

 

「あれ? 今日は水筒に付いてるコップでくれないのか?」

「こっ、これは私が使うの」

「前は使わせてくれたじゃないか」

「ま、前はうっかり使わせちゃったけど、これは私専用なんだからね!」

「それは残念」

「なに? もしかして私が使ったコップを使いたかったの?」

「ああ、そうだな」

「バカ、ヘンタイ。――もう、滝之瀬君の頭の中には他の事はないのかしら」

「他にもあるぞ――例えば里奈が美味しそうだとかな」

「…………え、ちょ、ちょっと滝之瀬君?」

「ここなら誰もいないし、今なら思う存分味わえそうだ」

「あ、あの――――滝之瀬君? えっと――わ、私まだ心の準備が――」

「そんじゃ――――いただきます」

「――――あ」

 

 俺はおにぎりを1つ掴んでおもいっきりかぶりついた。

 

「やっぱり、里奈の料理はなかなかだな」

「…………」

「ん? どうした里奈? ハハン。まさかお前イヤラシイ事でも考えて――――」

「――バカ!」

 

 ――ポカリ。

 

 里奈の手に持っていた水筒のコップが俺の顔面に直撃した。 

 

「まったく、何で滝之瀬君はいつもいつもそうなの!」

「なんだ? 里奈は食べないのか? なら俺が貰うぞ?」

「ダメよ! これは私の何だから私が食べるわ」

 

 里奈はバグバグとおにぎりを口に放り込み始めた。

 

「お、おい。そんなに急いで食べなくてもいいじゃないか」

「ふんだ。もう食べなきゃやってられないわよ! ――――ふぐっ!?」

「おい、里奈。大丈夫か!? ――ほら、お茶を飲め」

「――――――ゴクゴク。――――ふぅ。そ、その――あ、ありがと」

「もっと落ち着いて食おうぜ?」

「そうね。ふぅ――こんな事で腹を立てるなんて私もまだまだね」

「――じゃあコップ返して貰うぞ。それと、ホレお前がさっき投げつけてくれたコップだ」

「あ、ありがと」 

 

 俺は里奈から紙コップを返して貰ってお茶を飲んだ。

 

「――――あっ!?」

「ん? どうかしたか?」

「ううん。なんでも無いわ――――また、間接キスしちゃった」

 

 里奈は消え入りそうな声で最後に何かを呟いた。

 それからは微妙に気まずい空気が流れてお互い黙々と食事を済ませて出発する事になった。

 

「じゃあ、そろそろ行くか?」

「そうね。多分この川沿いに少し降りた場所にあると思うわ」

 

 俺達は2人並んで川沿いを歩く。

 本当に周りからは何も聴こえて来ない静かな場所だ。

 

「――静かだな」

「そうね――――って、何か変な事考えてないでしょうね?」

「変な事って例えば何だ?」

「へっ、変な事は変な事よ。――いい? 私に変な事したらただじゃ置かないからね!」

「そんな事欠片も思ってないから安心していいぞ」

「なによそれ。私には変な気を起こす魅力が無いって事!?」

「そうは言ってないだろ。じゃあどうすれば良いんだ?」

「それは簡単よ。嫌らしくない目で私を見なさい」

「――里奈が魅力的すぎてそれは難しいな」

「えっ――――ってそんな事言って誤魔化せないんだから」

「ふぅ、ダメだったか」

「ええ、そんな事を言う滝之瀬君にはお仕置きしちゃうんだから」

 

 里奈は川へと入って行き手で水をすくい俺の顔に向けてかけてきた。

 

「――わぷっ、冷てっ」

「ふふん、どう? ――――ひゃうっ」

 

 俺はお返しとばかりに里奈の得意げな顔に向けて水をかける。

 

「ちょっと! 何するの!」

「先にやったのは里奈じゃないか」

「ふんだ。いやらしい事を考えた滝之瀬君が悪いんだから! ――さっきのお返しっ!」

 

 里奈は再び水をすくってかけてきた。

 今度は両手いっぱいに含まれたかなりの量の水が俺の顔面に直前する。

 

「ふぐっ――やったな」

「滝之瀬君なんかに負けないんだから!」

 

 それから俺達はしばらく川で水のかけあいを続けた。 

 もう少し早く気が付けばよかったのだが、気付いた時にはすでに2人ともびしょ濡れになってしまった時だった。

 

「――こっち見たら承知しないんだからね!」

「大丈夫だって。流石にそんな事はしないから」

「だといいんだけど!」

 

 ――俺達は川から出て服を乾かしていた。

 さすがに完全に乾かす事は難しいだろうけど、ある程度は乾かさないと動き辛いし何より風邪を引いてしまいそうだ。

 

「も~、最悪。なんで私がこんな目に。あ~、もう。誰かに見られたらどうすれば――――」

「――俺にしか見られないから安心しろ」

「――!? やっぱり見てるんじゃない!? このヘンタイ!」

「いや、言葉のあやだ。俺はずっと後ろを向いてる」

「どうかしら。滝之瀬君は後ろにも目が付いてそうだし」

「俺はエスパーじゃないぞ」

「どうかしら? この前も私が後ろから話しかけようとしたら、話しかける前に振り向いたじゃない」

「それは、背中から里奈の脅かしてやろうってイタズラオーラを感じたからだ」

「なによそれ。あの時は本当にビックリしたんだからね!」

「じゃあ後ろからゆっくり近付いて来なければよかったんじゃないか?」

「あの時はああしたかったの! 滝之瀬君は素直に驚いてればよかったんだから!」

 

 それからもしばらくしょうもない会話が続き、気が付いた時には服が乾いているようだった。

 

「――なあ里奈、そろそろ服大丈夫じゃないか?」

「そうね。じゃあさっさと着替えて――――あっ」

「里奈、どうした!?」

 

 俺は茂みの反対側にいる里奈の異常を察して茂みへと飛び込んだ。

 

「――大丈夫か!」

「え!? た、滝之瀬君!? ――キャーッ、バカ、ヘンタイ、あっち行きなさいよ!」

「――イテッ。お、おい。里奈大丈夫なのか?」

「大丈夫な訳無いでしょ! いいから早くあっち行きなさい!」

 

 俺は転がるように茂みから飛び出した。

 よく見ると手には何か白い服が握られていた。

 さっき里奈に投げつけられた物だろうか。

 

「――なんだこれ?」

「あ、あれ? 私の服が――」

「――? …………つまりこれは」

 

 俺の手には里奈の着ていた白いワンピースが握られていた。

 凄くいい素材を使っているのか手触りが凄くいい。

 それに、しばらく干していたのに里奈の温もりを少しだけ感じる。

 

「………………」

 

 今ここにいるのは俺と里奈だけで、里奈は茂みの向こうだ。

 ――つまり、今は誰にも見られる事無くこの服を好きにできる。

 軽く服を広げると里奈の甘い臭いが鼻先をかすめた。

 俺は我慢できなくなり、里奈のワンピースを――――。

 

「――滝之瀬君。そ、その、そっちに私の服が飛んでいってないかしら?」

 

 ――すんでの所で手がピタリと止まる。

 

 …………俺は何をしようとしたんだ。

 

「あ、ああ。こっちにあるぞ」

「――えっと、こっちに渡して欲しいんだけど」

「そ、そうだな。じゃあ後ろを向いてるから取りに来てくれるか?」

「……そうね。流石にそうするしか無さそう。――今から出ていくけど、こっちを振り向いたらダメだからね!」

「…………」

「――滝之瀬君? どうかしたの?」

「――あ、ああ。大丈夫だ。早く取りに来てくれ」

「うん。行くわね」

 

 俺は後ろを向いたまま里奈の服を持った手を横にして里奈が来るのを待つ。

 ――なんだ? まだ来ないのか?

 すぐ近くにいるはずなのに、凄く時間が経つのが長く感じる。

 

 ――ドサッ。

 

 何者かに背中から抱きつかれた。

 凄く柔らかくて心地の良い感触を感じる。

 

「――里――奈?」

 

 里奈は何も言葉を発しない。

 ここは振り向いて確認するべきなのだろうか。

 ――けど、それをしたら……。

 

「ご、ごめんなさい。そ、その、ちょっと足がもつれちゃったみたい」

 

 足がもつれて倒れかけたにしては長すぎる時間の後、里奈は俺から離れて服を受け取る。

 

「そ、そうか。 ――大丈夫だったか?」

「ええ、じゃあ着替えてくるから」

「――ああ」

 

 里奈は茂みの奥に消えていった。

 シュルシュルと服の擦れる音がする。

 そして、音が聞こえなくなってしばらくしてから里奈が茂みから出てきた。

 

「――お待たせ」

「お、おう。――そういえば、茂みの向こうで何かあったのか?」

「ええ、ちょっと来てくれる?」

「ああ」

  

 俺は里奈の後ろについて茂みの中にはいる。

 

「あれよ」

「――あれ?」 

 

 里奈が指を指した所には古びた祠が建っていた。

 

「あれはもしかして前のと同じやつか?」

「ええ、たぶんそうよ。形も似たような感じだし」

「早速いってみるか」

「そうね、行きましょう」

 

 俺達は祠の前へと移動する。

 前に見たのと同じでかなり古い建築物のようだが、壊れている様子は無い。

 

「――じゃあ、開けるぞ」

「ええ、お願い」

 

 俺はゴクリをツバを飲み込んだ後、慎重に扉を開いた。

 祠の中には前と同じ様に3本の尻尾がある狐の石像が1つだけ置かれている。

 

「これもやっぱり頂上の大樹を見てるのか?」

「――ちょっと待って」

 

 里奈はカバンから磁石を取り出すと方角を確認する。

 

「ええ、どうやらこの像もそうみたいね」

「じゃあ、これも向きを変えるのか?」

「そうね」

 

 里奈は狐の石像を手に取り向きを反対側に向けた。

  

「――これで、だいぶ封印も弱まったと思うのだけど」

「なあ、本当にこんなんで桜が咲くのか?」

「私の考えではその予定だけど」

「じゃあ俺は何も起こらない説を唱えるぜ」

「なら私は安易に〇〇説って付ける人はあんまり好きじゃない説を唱えるわ」

「なんだそれ?」

「私は理論も検証も無しに主張をされる事が好きでは無いだけ」

「固いなぁ」

「ええ、固くて結構。けど、私は真剣に調査をしているの」

「ならちょっと桜の木を見に行かないか?」

「どうして?」

「本当にこの狐が咲かない事に関わってるならそろそろ何か変化があるんじゃないか?」

「――――そうね。なら今から見に行きましょう」

「だな、まだ日が暮れるまでは時間があるし」

 

 俺達は頂上の木を目指して歩き出した。

 ここからでもよく見えるくらいの大きな木なので、遠目に状況は解るがぱっと見なにも変化が無いように見える。

 山頂に向かう途中、俺達はまた子狐を見かけた。

 

 ――しばらく歩いた後、俺達は咲かない桜の木の下に辿り着いた。

 

「――やっぱり何も起きてないな」

「そんなにすぐに何か起きる訳無いじゃない。――けど、あそこを見て」

「何かあるのか?」

「いいから見なさい!」

「―――――特に何も無いんだが」

「先っぽの方よ」

「先っぽ? ――――――あっ!?」

 

 1つの枝の先に小さいツボミが1つだけ出来ていた。

 遠目には解らなかったが、確かに木に変化が起きている。

 

「ずっと咲かなかった桜にツボミが!? ――けどさっき、すぐには変化は起きないとか言ってなかったか?」

「ええ、さっきの祠でやった事はすぐに変化は起こら無いわ。――これは前に開放した祠での変化よ」

「前の? ――つまり、もっと時間が経てば更に増えるって事か?」

「そうよ。そして3個全部の封印を解いたら咲くはず――――ふふん。どう? 私の理論は完璧だったでしょ?」

「ああ。正直半分くらいは信じてなかった」

「あら? 半分も信じてなかったの?」

「――けど、半分は信じてた」

「そっ、ならそういう事にしといてあげる」

 

 俺達は2人並んで桜のツボミを眺めていると、突然風が吹き抜けた。

 

「――あっ!?」

 

 里奈のワンピースと同じ真っ白の帽子が風に飛ばされてしまう。

 

「――あ~もう。あの帽子お気に入りだったのに」

「今から探すか?」

「う~ん。流石に今日は無理かも」

 

 周りはすでに暗くなり初めていて、灯りが付き始めた建物もチラホラ見える。

 

「――そうだな。じゃあ明日またここに来るか?」

「そうしてくれると助かるけど、滝之瀬君はいいの?」

「ああ、早くしないと見つからなくなるかもしれないしな」

「――ありがと」 

「じゃあ完全に暗くなる前に山を降りようぜ」

「そうね。あ――今日は私の家で食事をしない?」

「いいけど、突然だな?」

「今日はお母さんもお父さんも帰りが遅いの――――だから私1人で料理を作るのもどうしようかなって思ってたんだけど、その――滝之瀬君が来てくれるなら2人分作れるから」

「わかった、じゃあ1回家に戻ってからすぐに行くよ」

「うん。じゃあ私は準備して待ってるから」

 

 俺達は揃って山を下り、お互いの家の前で別れて俺は自分の家へと向かって行く。

 家の鍵を開けようとしたら鍵がかかっていなくて、どうやら中に誰かが帰ってきているようだ。

 

「――今日は帰りが早いのかな?」

 

 俺はそのままリビングに歩いていくと、母親が出かける準備をしている。

 

「あれ? もう出かけるの?」

「あ、帰ってたんだ。ちょっと書類を取りに帰ってきたの」

「ふ~ん。どんな?」

「学校の裏にある山は知ってる?」

「――知ってるけど、あそこかどうかした?」

 

 なんだか嫌な予感がする。

 

「私は今ある建設計画の主任を任されてるんだけど、市の意向で頂上に神社を建てる事になったの」

「え!? 頂上って、あの桜の木はどうするの?」

「あ、桜の木って知ったんだ。あの木ずっと枯れたままだから、何の木なのか知らない人が多いんだけど何処かで調べたの?」

「そんな事より木は?」

「残念だけど、切り倒す事になったわ」

「切り……倒す…………?」

「ええ、あの木ずっと咲かなくて不気味に思ってる人も多くて市長さんがいい機会だから切り倒したらどうかって提案されたの」

「そんな…………反対とかした人はいなかったの?」

「少しだけいたわ。昔からこの街を代表する大樹ですもの。けど、市長さんが反対意見を押し切ってしまって来月には工事を開始する事になったの」

「――来月? 来月ってもう2週間しかないじゃないか!?」

 

 今は3月の中頃なので、来月まで半分も残っていない。

 

「そうね。最後に見ておきたかったら早めに行ったほうがいいかも。 ――あっ、そろそろ私は会社に向かわないと、それじゃあ行くわね」

「あ、ああ。仕事頑張ってきて――」

「こ~ら。子供がそんな事心配するもんじゃありません。――それじゃあ後は頼むわね」

  

 母親はそう言い残すと、家を出て会社に向かっていってしまったようだ。

 

「――里奈、里奈は知っているのか?」

 

 俺は荷物をその辺に放り投げて里奈の家へと走って行った。

 

 里奈の家に着くとチャイムを押さずに扉を開けて中へと飛び込んだ。

 入り口の正面にはちょうど里奈の姿が見える。

 

「た、滝之瀬君!? も~、いきなり入ってくるから何なのかって思ったじゃない。いい? 女の子の家に入る時はちゃんとチャイムを――――」

「里奈、大変だ」

「――――え? 滝之瀬君何かあったの?」

 

 里奈は俺の様子を見て、ただならぬ状況だと判断して真剣な表情になった。

 

「――あの桜の木が無くなる」

「無くなる? それってどういう事なの?」

「母さんから聞いたんだ」

「えっと、滝之瀬君のお母様って建設会社で主任をしているんだったかしら?」

「ああ、家に帰ったらちょうどいて聞いたんだが、来月にはあの木を切り倒して神社を作るらしい」

「――来月? って、え、ちょ、ちょっと待って。来月ってもう2週間も無いじゃない!? いったい来月のいつからなの?」

「それは解らない。来月からとしか聞けなかったんだ。それに早めに見に行っとけって言ってたから工事をする為に山への出入りが禁止されるかもしれない」

「そうね。――――どうしましょう、まだ祠が1つ見つかっていないのに」

「大丈夫、逆に考えればまだ2週間もあるんだ」

「――――そうね、一週間で2個見つけられたんだし二週間もあれば多分大丈夫よね」

「ああ。だから帽子の捜索は後回しにしたいんだが――」

「そうね。祠探しを優先しましょう。それに工事の人達が山に入るなら誰かが見つけてくれるかもしれないし」

「そうだな。じゃあ明日からラストスパートだな」

「そうね。――――それより今はとりあえず料理を食べない?」

 

 急な状況変化に我を忘れて気が付かなかったが、俺の腹はかなりの空腹を感じていた。

 

「頼む。――ところで何を作ってくれるんだ?」

「それは出来てからのお楽しみっ。期待して待ってていいわよ」

「ああ、そうする」

 

 俺は料理が出来ないし調理場にいても邪魔をするだけなので、里奈の料理が終わるまでとりあえずテレビでも見て時間を潰そうと適当な番組を付けた。

 テレビは丁度ニュース番組が始まっていて、何気なく眺めていると俺達が住んでいる場所の市長を名乗る男が出てきて神社の建設計画の説明をしている所だった。

 

「――こいつが元凶か」

 

 こいつの事は全く知らないし、そもそもあった事すら無いんだが、あんな事を聞かされてしまったらなぜだか嫌な奴に見えてしまう。

 

「――おっまたせぇ~。って、テレビ見てたの?」

 

 俺は反射的にテレビを消していた。

 里奈に樹を切ろうとしている奴の顔を拝ませる必要も無いだろう。

 

「――別に消さなくてもよかったのに」

「いや、あんまり面白い番組じゃなかったからさ。それより食べようぜ」

「そう? じゃあ冷めない内にどうぞ」

「ああ、そうだな」

 

 俺は料理が置かれているテーブルに移動する。

 里奈はかなり気合を入れて作ってくれたようで、外食のフルコースの様な食事が並んでいる。

 

「おお、かなり気合入ってるな」

「2人でご飯食べるのって最近はお弁当ばっかりだったしね、そ、その。ちゃんと味わって食べなさいよ!」

「ああ、言われなくてもそうする」

 

 俺はとりあえず手前のポタージュスープをスプーンにすくって一口飲み込む。

 トウモロコシの香りと、じっくり煮込んでいる事で出来るとろみがたまらなく心地よい。

 

「このスープうまいな。1から作ったのか?」

「それはレトルトよ」

「――手抜きじゃないか」

「は? 高級店と同じ味のレトルトスープだから美味しいと思うのだけど」

「けど、出来れば手作りがいいって言うか――」

「スープ以外は手作りだからいいじゃない。1品くらい少し手を抜いてもバチは当たらないでしょう? 大事なのはバランスよバランス」

 

 俺は里奈の話を聞きながらポテトサラダを口に運ぶ。

 

「――そうだな。うん、相変わらず里奈の料理は美味い」

「でしょ? うんうん、素直でよろしい」

「いや~、里奈の料理を食べれるだけで調査を手伝ってるかいがあるぜ」

「私としては料理の為じゃなくて調査自体に興味を持ってほしいんだけど――――まあ滝之瀬君ならヨコシマな考えでも仕方ないか」

「俺がいつヨコシマな事んて考えた事が何んだが?」

「嘘よ、今日も川で――――あっ!?」

「川でどうしたんだ?」

「バカ、川での事は忘れなさい!」

「いや~。里奈が予想以上に育っててくれて――――」

「――ジロリ」

 

 里奈から野獣の眼光の如き圧力を感じて言葉を引っ込める。

 

「いや、何でもない」

「いい? 今後2度とその話をしたら許さないんだからね!」

「――善処する」

  

 正直忘れたくてもあまり忘れられない光景なんだが――今思い出しても本当に…………。

 

「滝之瀬君。いったい今何を考えてたのかしら?」

「――なんでもないです」

 

 どうやら心を読まれてしまったようだ。

 

「そんなことよりもっと食べない? せっかく滝之瀬君の為にいろいろ作ったのに――」

「ん? 俺の為?」

「な、なんでも無い。滝之瀬君の分はついで、オマケ、シールに付いてるお菓子なんだから!」

「お、おう。けど嬉しいぜ」

「――え?」

「一度、里奈とゆっくり食事をしたいと思ってたからな」

「どうして?」

「里奈と一緒に調査をする事になってから毎日が楽しいんだ。何か常に新しい発見がある生活みたいな感じがしてさ」

「ふ~ん。けど楽しいのは調査? ――――それとも」

 

 里奈は食事を止めて妖艶な瞳で俺を見つめてきた。

 里奈の目を見ていると心を見透かされているような気がして、目を反らす事が出来なくなる感覚に陥ってしまった。

 

「私と…………私と一緒にいる事かしら?」

「それは――――」

 

 確かに里奈と一緒にいる事は楽しい。

 楽しいけど、それは友人として楽しいという感情だ。

 それ以上の感情は――――。

 本当に無い?

 

「ねえ、滝之瀬君。私、ずっと――――ずっと待っているのよ?」

 

 ――何を?

 なんて言葉は俺の口から出る事はなかった。 

 

「けど、もう決心がついた。――――滝之瀬君。最後の調査が終わったら私の話を聞いてくれない?」

「最後って、3つ目の狐の石像か?」

「ええ。調査が一段落したら大切な事を伝えたいから」

「――――」

 

 俺は黙って頷く事しか出来なかった。

 遅かれ早かれ俺も決断をしないといけないだろう。

 

 ――次の日から俺達は最後の祠の捜索を開始した。

 けれどいくら探しても最後の祠はなかなか見つける事が出来ずに7月の最終日を迎えてしまう。

 

「――おかしいわね」

「この辺で間違いないんだよな?」

「そのはずだけど――――もうちょっと先かもしれないわね」

「これだけ探して見つからないんだ、場所が違うとかの可能性は無いのか?」

「それは無いわ。――これを見てくれる?」

 

 里奈はカバンから地図を取り出してペンでなにやら書き込みを始めた。

 

「桜を中心に三方陣を作っていると考えると――――ほら、この辺りじゃないと三角形のバランスが崩れてしまうの」

 

 ――確かに祠のあった場所を結んで正三角形を作るならこの辺りしか無さそうだ。

 だけど、本当にそれでいいんだろうか。

 

「なあ、里奈。その――――本当に狐は3匹だったのか?」

「どういう事?」

「ちょっと貸してくれ」

「え、ええ」

 

 俺は里奈にペンを借りて地図へと線を書き込む。

 

「ほら、残りが2匹だとするとこことここに祠があるとすれば正四角形になっていいバランスになると思うんだが――――」

「…………」

「里奈? やっぱり――」 

「そうかもしれないわ」 

「――え?」

「私が調べた時には九尾の代わりに3匹の子狐って伝承にはあった。――けど、伝承が全て正しい訳じゃない」

「嘘が書かれてたって事か?」

「嘘――というより勘違いね」

「勘違い?」

「伝承っていうのは人から人に伝えられる物なの。つまり人づてに伝わる中で内容がちょっとだけ変わってしまう事がたまにあるの」

「――――つまり、聞いた人が数を聞き間違えたって事か?」

「もしくは伝え間違えたって事ね。これだけ探しても見つからないんですもの、場所が違ったって考える方が自然かもしれないわ。それに残りが3匹だったら――――」

 

 里奈は更に地図にペンで線を書き足した。

 

「――方陣が正五角形の伍方陣になる可能性もあるわ」

「里奈、どうする?」

「もう時間も無いしこっちを探しましょう」

「――だな」 

  

 俺達はその場から離れて地図に書かれた新たな場所へと走り出した。

 もう迷ってる時間は無い、一刻も早く新しい目的地に辿り着かなければ。

 ――しばらく走ると崖崩れがあったかのように砂の山があちこちに出来ている崖の下へと到着した。

  

「――滝之瀬君止まって、多分この辺のはずよ」

「わかった俺はこっちを探してみる」

「じゃあ私はこっちを探すわ」

 

 俺達は二手に別れて周辺の捜索を始めた。

 ――けど、本当にここでいいのか?

 周りには砂の山しかないぞ。

 …………砂の山?

 

「里奈、スコップ持ってないか?」

「シャベルなら持ってるけど、何かあったの?」

「ああ、ここにいっぱいあるだろ」

 

 俺は砂の山を背後に言い放つと里奈も理解したようだ。

 

「――そういう事。じゃあ2つあるから片方貸してあげるわ」

「助かる」

 

 俺は里奈からシャベルを借りると、無数にある砂山の1つに向けてシャベルを突き立てた。

 砂の中には特に何も無く硬い砂利と石の塊だった。

 

「――ハズレか。けど、まだまだぁ!」

 

 里奈の方を軽く確認すると、里奈も必死で1つ1つ中を確認している所だった。

 

「次だ、次」

 

 もうここにある事を願う事しか出来ない。

 砂山の何処にも無かったら残りの探索もかなり厳しくなるだろう。

 

「――――またハズレ」

 

 もういくつ砂山を掘り起こしているのだろうか。

 やっぱり、場所が間違っていたのか。

 

 半分諦めかけて振り下ろしたシャベルに何やら今までとは少し違う感触があった。

 

「――なんだ?」

 

 俺は慎重に掘り進めると、木造の屋根のような物が顔をだした。

 

「これか! 里奈あったぞ、こっちに来てくれ」

「見つけたの?」

「ああ、たぶんこれだ」

 

 俺の呼びかけに答えるように里奈は猛ダッシュで駆けつけてる。

 

「これって祠の屋根じゃないか?」

「――――――そうね、全部掘り起こすのは大変でしょうから扉の部分だけ出しましょう」

「了解だ」

 

 俺達は2人でそのまま更に砂をどけていくと、遂に祠の扉の部分が出現した。

 

「じゃあ、開けぞ」

「ええ、お願い」

 

 俺は慎重に扉を開くと中には狐の石像が入っていた。

 しかし、前の2つの祠に置いてあった石像とは少しだけ違う部分がある。

 

「――尻尾が2本だな」

「やっぱり狐は3匹じゃなかったみたいね」

「けど、こいつが2本って事は残りは後1つって事だよな」

「ええ、ここと前の2つを繋ぐと直角三角形になるから。残りは後1つで間違い無さそう」

「なら早く次に向かおうぜ」

「そうね、じゃあ像の向きを変えてくれる?」

「了解だ」

 

 俺は石像の向きを変えてから里奈に合図を送る。

 

「終わったぞ」

「最後の1つはここから正反対の場所だから急ぐわよ」

「そうだな。急がないと日が暮れそうだ」

 

 俺達は最後の場所へと走る。

 太陽は少しだけ傾いていて3時くらいにはなっていると思う。

  

「滝之瀬君、急いでっ!」

「――わかってる」

 

 気が付いたら周りには大きめの木々が沢山生えている場所へと来ていた。

 

「――里奈、木にぶつかるなよ」

「滝之瀬君のほうこそ」

「俺がぶつかるわけ――――痛っ」

「ほら、言ったじゃない」

 

 俺は突然目の前に出現した木に当たってしまい腕を少し擦りむいたようだ。

 

「――大丈夫、滝之瀬君? って血が出てるじゃない!?」

「……血?」 

 

 擦りむいた手から血が一滴、地面にしたたり落ちた。

 思ったより深く切ってしまっているようだ。

 

「ちょっと待ってて、今から包帯出すから」

「別にこれくらいいいって」

「バカ。こういうのは早めに治療しないとダメなんだから!」

 

 里奈は凄い迫力で俺に迫ってきた。

 余程俺の事を心配してくれているのか。

 

「あ、ああ頼む」

「ふんだ、最初っからそう言えばいいんだから!」

 

 里奈は慣れた手付きで水筒を取り出して俺の腕にかける。

 

「クッ。り、里奈、かなり痛いんだが」

「これくらい我慢しなさい。男の子でしょ!」

 水で汚れを落とした後、消毒をかけてから絆創膏を貼ってバシンと叩かれて治療は終わった。

 

「ハイおしまい」

「――なあ、最後に叩く必要あったのか?」

「気合よ、気合」

「普段、調査調査とか言ってる里奈から精神論を聞くとは思わなかったぞ」

「これは理論的な事よ」

「精神論は理論的じゃないと思うんだが?」

「理論と言うのは物事が理解出来る人に説明する事よ。つまり理論的な事が解らない滝之瀬君には非論理的な事を言うのは理にかなってるわ。マイナスとマイナスをかけたらプラスになる感じね」

「おい、足し算になるかもしれないぞ」

「あら? それは大丈夫よ」

「何でだ?」

「消毒をかけたもの」

「お~い。掛け算と消毒をかけるをかけてるのはあまり上手くないと思うんだが」

「もうっ。滝之瀬君がつまらない事をかけたからマイナスになっちゃったじゃない」

「今のは俺が悪いのか?」

「けど、木に腰を掛けて消毒をしたからマイナスを4回かけてプラスになってるわ」

「……それだと、最初に言った時はマイナスじゃないか?」

「治療してあげたんだから細かい事は気にしない。そんな事よりさっさと先を急ぐわよ」

「そうだな」

「それと、その絆創膏は貸しだから後でちゃんと借りは返してよ」

「傷が治ったらこれを剥がして返せば良いのか?」

「――そんなの要るわけないでしょ! 後で何か治療のお礼をしてって事。そ、そうね。例えばこここここ今度一緒に駅前にショッピングに行って何か奢ってくれるとかでいいわ」

「解った。この貸しは必ず返す」

「ほ、本当? 約束だからね」

 

 まあこんな事で時間を使うのも勿体無いし今は先を急ごう。

 

 ――いつの間にか俺達は空が見えないくらいの樹海に足を踏み入れていた。

 

「かなり険しい道になってきたわね」

「足元に気を付けて歩けよ」

「大丈夫よ。私の事より自分の――――キャッ!?」


 俺は転倒しそうになった里奈の体を支える。

 支えた際、軽く柑橘系香りがした。

 里奈がいつも付けている香水の香りだ。

 

「おい、大丈夫か」

「あ、ありがとう滝之瀬君――――――えっと、も、もう大丈夫だから」

 

 里奈はゆっくりと俺から離れていった。

 離れる際、少し顔だけが赤い気がしたけど足を挫いたり外傷はないようで安心した。

 

「まったく、自分で言ってて何してるんだ」

「もうっ、謝ったからいいじゃない。それに私を抱きしめられてラッキーとか思ってたんだでしょ」

「――まあ、多少は思ったりしたかもな」

 

 俺はニヤリと軽く笑ってみせた。

 実際役得だと思った事は本当だ。

 

「やっぱり滝之瀬君はイヤラシイんだから」

「不可抗力じゃないか」

「じゃあ次からはイヤラシイ事を考えずに助けて」

 

 里奈は1人でずかずかと進んでいってしまった。

 

「おい、あまり急ぐとまた転ぶぞ」

 

 俺は里奈を追いかける。

 急ぐあまり足元があまり見えていないようにも見える。

 

「――フゴッ」

 

 里奈はまた転んでしまった。

 今度は顔から地面に激突して凄く痛そうだ。

 

「ちょっと、何で助けてくれなかったの!」

「いや、助けたらまた体を抱き留める事になるけどいいのか?」

「そ、それは――――もうっ、イヤラシイ事考えないなら次からは許してあげる。それにまあ抱き留められて私も少しだけ嬉しかったと言うか――――」

「なんか言ったか?」

「なんでもない!」

 

 そこからは特に転ぶ様子も無く最終目的地へと到着した。

 

「――あれか?」

「ええ、あれね」

 

 俺達は最後の祠を発見した。

 ――――しかし。 

 

「どうやって行くんだ?」

「木を登るしかなさそうね」

 

 どうやら祠の下から巨大な木が生えてきていて、そのまま木の上の方に押し上げられてしまったようだ。

 今いる場所から20メートルくらい上空にあるので、祠に辿り着く為には木を登って行くしか無さそうだ。

 

「じゃあ俺が行ってくる」

「ちょっと待って、滝之瀬君さっき怪我したじゃない。そんな足で登るのは危険だから私が行ってくるわ」

「里奈が? お前、木登りなんて出来るのか?」

「それくらい出来るわよ。昔はよく木登りして遊んでたじゃない」

「それはそうだが、かなり昔の事だしそれに――――」

「――それに? 何かあるなら言っていいわよ」

 

 俺は里奈のスカートに目を移す。

 里奈もその事を察したようで、スカートを抑えながら真っ赤になってしまった。

 

「や、やっぱり滝之瀬君はイヤラシイ事しか考えてないのねっ!」

「いや、普通気付くだろ?」

「ふん、どうかしら」

「それに登ってる時に判明するより良かったろ?」

「ま、まあ。それもそうね。――それじゃあ、ちょっとだけ離れてくれる?」

「なんでだ?」

「――――ジロリ」

「あ、ああそうだな」

 

 俺は数歩後ろに後ずさる。

 

 ――この時、俺はなんであと一歩。

 いや、何であと半歩下がるのを止めなかったんだろう。

 

「じゃあ行ってくるわね」

「ああ、気を付けて登れよ」

「言われなくても解ってるわ」

 

 里奈はスルスルと木を登っていった。

 自分で得意と言うだけあって、なかなかの登りっぷりだ。

 

「――けど、この木って案外でかいな」

 

 山頂の大樹ほどでは無いにしろ、この山で見た限り2番目くらいの高さはあるんじゃないだろうか。

 

「――やっぱり見えないか」

「ちょっと、見ないでってば!」

「いや、見えないぞ」

「ちょっ、バカやっぱり見ようとしてるんじゃない!」

「おい里奈。上を見てないと危ないぞ」

「わかってるわよ」

 

 里奈は少しづつ確実に登っていき遂に木に持ち上げられた祠へと到着した。

 里奈はそのまま扉を開けて中を確かめる。 

 

「どうやらここが最後みたい。普通の子狐の像が置いてあるわ」

「――ふぅ。里奈との探検もやっと終わりみたいだな」

「そうね、今まで付き合ってくれてありがと。――――これが終わったら約束、覚えてる?」

「ああ。覚えてる」

「それを聞いて安心したわ。滝之瀬君の事だからもしかして忘れてるんじゃないかと思ってた」

「――忘れられるかっての」

 

 里奈はゴクリを息を飲み込んでから祠の中へと手を伸ばす。

 そして里奈の手が狐の石像に触れた瞬間、一陣の風が俺達の辺りを吹き抜けた。

 

「里奈っ!?」

「――え? なんで急に風が!?」

 

 風に吹き飛ばされて里奈の体が宙へとほうり投げられた。 

 いや、その時は吹き飛ばされたと言うより風に押されたような感覚がした。

 けどそんな事はもうどうでもいい。

 

「里奈あああああっ」

 

 里奈の体が遥か上空から落ちてくる。

 俺はその場所に必死に走る事しか出来なかった。

 

 ――――ドサリ。

 

 何かが地面に激突する音がした。

 

「――あ。り、里奈。おい里奈っ!?」

 

 ――――赤い、紅い、朱い。

 

 真っ赤で真紅の朱墨のような血溜まりが地面に広がっていく。

 

「滝之瀬……君……私…………」

「里奈、今すぐ病院に連れて行ってやるからもう喋るな」

「……あのね…………私…………」

 

 ――それから俺は電話で救急車を山の入り口付近まで呼んでなるべく里奈を揺らさないように慎重に、かつ出来る限り急いで山を下っていった。

 

 救急車に乗り込んでからはただひたすらに里奈の手を握っている事しか出来なかった。

 何か言うべきなのだろうと口を開いてみたが動揺しているからか何も言葉が出て来ない。

 

 ――気が付いたら救急車は病院へと到着していた。

 

 少しでも長く里奈と一緒にいたいと思い病院の人達について担架を押していたが手術室の扉に俺達は引き裂かれた。

 

「――――里奈」

 

 必死で絞り出した言葉は里奈に届く前に扉にかき消されてしまった。

 

 ――どれくらいの時間がたったのだろう。

 ふと気が付いたら手術中のランプが消えていた。

 

 ――手術室の中から手術を担当した医者達がぞろぞろと出てくる。

 俺は居ても立ってもいられなくなり先生の元へ走っていった。

 

「里奈は―――――里奈は大丈夫なんですか?」

「手術は成功しました。――けれど意識が戻るかは本人次第です」

「…………そんな」

「失礼ですが、ご家族の方で――――あ、ちょっと」

   

 俺はその場から駆け出していた。

 もう何処か違う場所へと行きたいくらいだ。

 

 ――気が付いたら俺は山の入り口に立っていた。

 俺はそのまま無心に上へと登り始めた。

 まるで誰かにそこに行くようにと誘われているように。

 

 ――そして、桜の木へと到着する。

 

「――――あ」

 

 桜の木を見上げると桜の花が満開に咲いていた。

 その周辺にはやっと咲けたのを喜ぶかのように花びらが舞い散っている。

 

「こんな物を見る為に里奈は…………」 

 

 里奈の理論は間違ってはいなかった。

 ――けれど。

 けれど、だからどうしたと言うのだ。

 桜の花を咲かせたと言うのにこれを1番見たいはずの人物は目を覚まさないかもしれないのに。

 

「…………里奈」

 

 ――強い風が桜の木の後ろから吹き抜けて、更に花びらが宙に舞い上がる。

 まるで花びらが俺を包み込むように、ふわふわと周辺を漂いだす。

  

 ――刹那。

 桜の木が輝き始めたような気がした。

 ――いや、正確には桜の木と言うより花びらが輝いているようだ。

 俺はたまらず目を閉じる。

 

 ――どれくらいの間、目を閉じていたのだろう。

 もういっそこのまま眠ってしまって目が冷めたらさっきまでの出来事が全て夢で、また前と同じような里奈との生活が始まればいいのに。

 

 ――意識が遠のいて行くのを感じる。

 もうこれ以上、抵抗するのは止めよう。

 次の瞬間、俺の意識は途切れた。

 

 ――ここはどこだ。

 今の俺はゴールの無い真っ暗な道をひたすらに走っているようだ。

 いつまで走ればいいんだろう。

 走り終わる事はあるのだろうか。

 

 ――何か光が見えた。

 光が少しずつ広がっていく。

 光が全てを包み込んだ。

 

 ――次の瞬間、俺の意識は覚醒した。

 

「――――痛っ」

 

 目の焦点が戻ってきたので周りを確認してみる。

 

「ここは――――どこだ? ――――ベッド?」

 

 そこには見覚えのある景色が広がっている。

 俺はいつの間にか自宅に帰ってきていてベットで寝てしまっていたようだ。

 

「――えっと、確か――里奈と――――あ」

 

 そうだ、里奈はどうなったんだ。

 

 ――医者は意識が戻るかは本人次第と言っていたけど、あの里奈の事だ。

 一日眠ったらけろっと全快しているかもしれない。

 

 俺はベッドから飛び出す。

 どうやら昨日は服のまま寝てしまっていたようなのでこのまま里奈のいる病院へと向かう事にする。

 

 ――家を飛び出した瞬間、後ろから誰かに声をかけられた。

 

「おはよ。滝之瀬君」

 

 俺は聞き覚えのある声に振り向いた。



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