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1話 咲かない桜

「よう里奈りな。またここに来てたのか」

「――なんだ、滝之瀬たきのせ君か」

 

 今日は学校が休みの昼下がり。

 俺は学校の裏にそびえ立つ大きな大樹の周りを何やら難しそうな本を片手に調べている少女に声をかけた。

 

「なんだとは何だ」

「何だとは何よ」

「何だとは何よとは何だ」

「…………」

「…………」

「あ~もういいわ。滝之瀬君と話してると、頭が痛くなってきちゃう」

「――勝った」

 

 俺はへへんと鼻を親指で弾いた。

 少女は大樹の調査を一旦止めて座ったまま俺の方を向いて冷たい視線を投げかけてくる。

 

「……子供?」

「その通り俺は子供だ。もしかして里菜は子供じゃないのか? 里奈が留年してたとは知らなかったぜ」

「――はぁ?」

 

 少女は何を言われているのか理解らないと言った様子でキョトンとしている。

 

「この事は俺とお前の2人だけの秘密にしておくから安心していいぞ。今年で30歳くらいになるのか?」

「わっ、私はまだ16歳よ!」

「――何だ子供じゃないか」

「何? 悪い?」

「嘘をつくのは悪いに決まってるだろ。さっきは何で子供じゃないと嘘をついた? 言い訳があるなら聞いてやるぞ」

「滝之瀬君が勝手に勘違いしたんじゃない。それに私は子供じゃないとは言ってないでしょ」

「そうだったか?」

「そうよ」

 

 少女は俺を無視して、また大樹の方へと向き直った。

 

「そんな事よりこんな所で何してるんだ?」

「滝之瀬君の方が何をしているのよ」

「なんだ? お前は質問に質問で返すのか? じゃあ俺は質問に質問に更に質問で返すぞ?」

「あ~もう。私がこの大樹を調べている事は知っているでしょ?」

「ああ、もちろん知ってる。何回かここで会った事もあるしな」

「じゃあ何で聞いたのよ?」

「確認だ」

「確認?」

「ああ。今日は調査じゃなくて何かいかがわしい物を大樹の下に埋めている可能性もあったしな」

「わ・た・しは滝之瀬君と違ってそんな事しません」

「そんな事しないって事はいかがわしい物を持っている事は否定しないんだな? 学校の人気ナンバーワンの美少女である成田里奈なりたりながそんな物を隠し持ってたなんてファンが知ったら泣くぞ?」

「何で私がそんなの持っている事になるのよ! それに人気投票だって誰かが勝手にエントリーしたんじゃない」

「誰かじゃないぞ。俺がエントリーしたんだ」

 

 里奈の視線は更にきつい物になった。

 

「何でそんな事したのよ!」

「面白そうだったから?」

「面白そうって何よ! あ~もう。滝之瀬君が犯人だったなんて……こんな事なら辞退しとくべきだったわ」

「なんだぁ? 学校で1番かわいいって言われて嬉しくなかったのか?」

「嬉しいとか嬉しく無いとかじゃなくて、勝手に見世物にされたのが気に食わないの!」

「そうかぁ? 俺は里奈が1番になって嬉しかったけどなぁ」

「えっ!? そ、それってどういう事? えっと、その――――じっ実は私もそんなに嫌じゃ無かったというか――」

 

 なぜだか里奈は赤面しながらモジモジしている。

 トイレにでも行きたいのだろうか。

 

「里奈が1位になってくれたおかげで、優勝賞品の食券3ヶ月分が手に入ったからな」

「こんのぉ、馬鹿あああああああああああああああ」

 

 里奈は急に怒りだして手に持っている本を振り回して俺に襲い掛かってきた。

 

「お、おい急にどうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも、全部滝之瀬君が悪いんじゃない!」

「何だ? 食券が欲しかったのか? すまんが食券はもう全部使ってしまってだな――」

「要らないわよそんなの!!」

「そうか、それは良かった。実は後で欲しいと言われたらどうしようかと――――」

「良くないわよ!」

「――どっちなんだ?」

「ふんだ。全部滝之瀬君が悪いんじゃない」

 

 ふう。

 これ以上何か言うと大変な事になりそうだし、これ以上からかうのは止めておこう。

 

「で? 滝之瀬君は何でこんな所に来たの?」

「お前に会いに来た」

「――えっ!?」

「てのは冗談で」

「くぅうううううううっ」

 

 里奈はまた赤面しながら持っている本に力を入れた。

 少しだけ本の端っこが押しつぶされている。

 

「――ま、待て。お前の母親にお弁当を忘れたから持っていってくれって頼まれたんだ」

「お弁当? それならちゃんと私のカバンに――――あれ?」

「家を出る時に忘れて来たんだろ? ほらよ」

 

 俺は自分のカバンからピンク色の包を取り出して里奈に渡す。

 

「あ、ありがと」

「なんだぁ? いつも怒ってるのに急に素直になって」

「べっ、別に私もお礼くらい言うわよ。それに怒ってるのは滝之瀬君の前だけよ!」

「何で俺の前でだけ怒るんだ?」

「ふん。自分に聞いてみればいいじゃない」

「お~い、何で里奈が怒っているのか教えてくれ〜? ――自分に聞いてみたけど答えてくれないぞ?」

「そういう所に怒ってるのよ!!」

 

 里奈はひったくるように俺から包を奪うと、その場で広げで食事を始めた。

 

「――さっきからジロジロ見て何?」

「いや。美味しそうに食べてるなって」

「なっ、なによそれ。まるで私が卑しいみたいじゃない!」

「いやそうは言ってないんだが――」

 

 突然俺の腹がぐぅと鳴ってしまう。

 どうやら里奈にも聴こえてしまったようだ。

 

「その――よかったら少し食べる?」

「お? いいのか? 実は俺もまだ昼食べてないんだよな」

「じゃあ少しだけ」

 

 包の中にはサンドイッチが入っていて、その中から2つ取って弁当箱の蓋を反対側にひっくり返してお皿の代わりにして俺に渡してくれた。

 

「へぇ~、これは美味そうだな。――じゃあ遠慮なく」

 

 俺はタマゴサンドを口に入れる。

 かなり美味しい。

 そのままもう1つのレタスサンドにも手を伸ばして一気に食べ終えてしまった。

 

「そ、その――――どう?」

「どう――とは何がどうなんだ?」

「味よ!」

「ああ、中々イケるぞ。里奈の母さんって料理上手いんだな?」

「そそそそ、それ実は私が作ったんだけど――」

「あ~、何か微妙な気がする」

「何で急に感想が変わるのよ!」

「えっと――何でだろうな?」

「私が聞きたいわよ!」

 

 里奈は怒りながら黙々と自分の分を食べ始めた。

 

「けど、お前料理とか出来たんだな。いや、これなら毎日食べても良いくらいの出来だったぞ」

「フゴッ」

 

 里奈は急に口からサンドイッチを吹き出して、中のレタスが俺へと吹き飛んでくる。

 

「わっ。急に何するんだ!?」

「たっ、滝之瀬君が変な事言うからよ!」

「変な事って何も言ってないだろ?」

「そ、その……私の料理をまままま毎日食べたいって……」

「あ~、でも流石に毎日サンドイッチは飽きるかもな」

「食べなさいよ!!」

「いや、無理だろ――」

「無理でも食べるの!」

「おい、里奈。少し落ち着いたらどうだ? なっ?」 

 

 里奈はハッと我に帰りスーハーと軽く深呼吸をした。

 

「……ふぅ、私ちょっとだけ変だったかも」

「ああ。普段からちょっとじゃないくらい変だから安心していいぞ」

「――何か言った?」

「いや、なんでも無い」

 

 俺は里奈の後ろにある大樹を見上げる。

 この街が出来るより前からここにそびえ立っている位、古い大樹で軽く20メートルはあると思う。

 

「それにしても、里奈っていつもこの樹を調べてるよな。そんなに面白いのか?」

「ええ、面白いわ。少なくとも滝之瀬君と話しているより100倍は結意義な時間ね」

「そいつは面白そうだな」

「何? 嫌味?」

「いいや、何かに打ち込めるなんてスゲーなって思ってさ」

「ふんだ。そんな事思ってもいないくせに」

「思ってるって。そうじゃなかったらわざわざここまで弁当を届けたりしないぞ」

「――ま、別にいいけど」

 

 サンドイッチを食べ終わった里奈は、また難しそうな本を片手にうんうん唸り始めた。

 

「それにしても何でこの樹って葉っぱすら1つもないんだ?」

 

 この大樹には花どころか葉っぱすら無い、ただ枝が伸びでいるだけの樹だ。

 枯れ木って訳でもないのに、この街に住んでいる住人も一度もこの樹に葉が茂っているのを見た事がある人物はいないのだ。

 

「――これは桜の樹よ」

「桜の花なんて何処にも見当たらないんだが?」

「それはまだこの樹が桜の咲く前なだけよ」

「咲く前って……もう何十年も1度も咲いてないのにか?」

「何十年じゃないわ。何百年――――ううん、もしかしたら何千年も前から1度も咲いた事が無いかもしれないわね」

「1度も咲いた事が無いのに何でこれが桜の樹だって理解るんだ?」

「だって古文書に書いてあるのだもの。――この本によると2千年前に1度だけ咲いたと書かれているわね」

「――また里奈のオカルト好きが始まった」

 

 里奈は見た目も成績も性格も全てに置いて申し分無い完璧な人物なのだが、唯一欠点を上げるとすれば昔の伝記や伝承を調べるのがものすごく好きなのだ。

 好きと言うより最早ライフワークと言ってもいいかもしれない。

 学校が休みになると電車を使って1人で山奥のオカルトスポットまで行って一日中調査をしているような人物で、里奈の見た目に惹かれた男どもが何人かアタックしては里奈との会話について行けずに撃沈を繰り返しているのだ。

 

「オカルトじゃないわ。ここに記されている事は全て理論的に証明された真実なのだもの」

「――それで、この樹を調べて里奈はどうしたいんだ?」

 

 里奈は待ってましたとばかりに胸を張って、フフンと鼻を鳴らして説明を始めた。

 

「この樹はね。平行世界への入り口なのよ」

「……はぁ?」

「仕方ない。滝之瀬君にでも理解るように説明してあげるわ」

 

 里奈は凄く乗り気になっている。

 並の男ならここでリタイアするだろうが、俺はもう慣れっこなので説明を聞く事にする。

 里奈はカバンから水筒を取り出すと、コップにお茶を注いてこっちに渡してきた。

 

「このお茶を飲んでもいいわよ」

「――何か変な物とか入ってないよな?」

「そっ、そんなの入って無いわよ。別に飲みたくないなら飲まなくてもいいから早くどうするか選びなさい!」

 

 あまり待たせても悪いので俺はコップを取って中身を飲む事にした。

 

「――飲んだわね」

「ああ、里奈の味がした」

「バカ! 変態! 誰がそんな事聞いてるのよ!」

「――里奈の水筒じゃないのか?」

「そうだけどそうじゃないわよ! あ~、もういいわ。 ――コホン。滝之瀬君は私の水筒に入っているお茶を飲んだ。けれど飲まないって選択肢もあったわよね?」

「ん? 半分くらい強制だった気もするが――」

「あ・っ・た・わ・よ・ね?」

 

 里奈の笑顔が怖いのでひとまず同意する事にする。

 

「――あ、ああ。そうだな」

「この時点で世界が2つに別れたの。滝之瀬君がお茶を飲んだ世界と飲まなかった世界」

「――それで? それに何の意味があるんだ?」

「意味なんて無いわ。これはただの結果なだけ。世界が2つに分岐したって言うね」

「それで、世界が2つに別れたらどうなるんだ?」

「どうにもならないわ。分岐した世界の人物はお互いに干渉する事は出来ないから。ただお茶を飲んだ世界の滝之瀬君とお茶を飲まなかった世界の滝之瀬君の2人が生み出されてしまっただけ」

「お互いに干渉する事が出来ないなら別にどうでも良くないか?」

「この樹はね、別れてしまった世界。――つまり、滝之瀬君がお茶を飲まなかった世界に行く事が出来る入り口になっているの」

「――ん? つまり、里奈はもう1つの世界に行きたいわけか。それで、行ってどうするんだ?」

「さあ?」

「――さあって。もう1つの世界に行きたいんじゃないのか?」

「私は行きたいんじゃなくて行く方法が知りたいだけよ」

「なんだそれ?」

「滝之瀬君は金メダルを貰ったら嬉しい?」

「まあただで貰えるなら嬉しいかもな」

「そう――努力しないで手に入れた栄光なんてそれくらいの価値しかないの。金メダルを取った人はね、世界に実力が認められた事だけじゃない。それまでの努力が報われた事に感動して達成感を得ているの。つまり、私は平行世界に行きたいんじゃなくて、平行世界に行く方法を確証したいだけ。ただの知的好奇心と言ってもいいかもね」

「ふ~ん。じゃあもし平行世界に行く方法が見つかったら行くのか?」

「どうかしらね。仮に見つかったとしても、帰って来れる保証なんて無いんだしね」

「何だ一方通行なのか?」

「違うわ。さっきも言ったように常に新しい世界が生まれているの。だから仮に移動する方法が見つかったとしても、この世界に戻ってこれる保証は無いの。1秒ごとに何万――もしかしたら何億の世界に分かれているわけだから、一度他の世界に行ってしまったらもうこの世界には戻って来れないと思った方がいいわね」

「――なるほどな~」

 

 正直よく解ってないんだがとりあえず、同意しておこう。

 

「――ふぅ。私の話を聞いてくれるのは滝之瀬君だけね」

「そうなのか?」

「ええ、他の人に話してもみんな途中で何処かに行ってしまうもの。そ、その――滝之瀬君のそういう所だけは好きよ」

「何だ俺の事が好きなのか?」

「バカ! ち、違うわよ。大体こう言う時は聴こえてても聴こえてないふりをしなさいよ!」

「すまないが俺は毎日血が出るほど耳掃除をしているんだ」

「ふんだ。だったら早く病院にでも行ったら?」

「そうだな。じゃあ俺はもう行くぜ」

「――あ」

「――と、思ったがやっぱりもう少しだけここにいるか」

「そ、そう? ま、まあ私の邪魔をしないならここにいてもいいわよ」

「ああ。里奈の事をしっかりと凝視しておいてやる」

「い、いやらしい目で私を見ないで!」

「なんだ? 俺は今までお前をそんな風に見た事は無いぞ?」

「見なさいよ! まるで私に魅力が無いみたいじゃない!」

「――どっちなんだ」

 

 それから俺達は他愛のない会話をしながら時間を過ごして、気が付いたら太陽はすっかりと落ちて空には星が輝いていた。

 

「なあ里奈。そろそろ終わりにした方がよくないか?」

「そうね。あんまり遅くなったら滝之瀬君に襲われちゃいそうだし」

「そんな事しねえって」

「そうね。滝之瀬君にそんな事する勇気なんて無いことは知ってる」

「なにおう。そこまで言うなら俺だってな――」

「――俺だってなに?」

 

 里奈が突然立ち上がって俺の目の前で俺を見つめてきた。

 里奈の息遣いどころか、鼓動の音さえ聞こえてきそうだ。

 

「滝之瀬君――――――私」

「――――里奈」 

 

 里奈の唇が近付いてくる。

 俺はこれからどうすればいいんだろう。

 俺の体は金縛りにあったかのように動かない。

 里奈を受け入れる?

 本当に良いのだろうか。

 そんな事をしたら俺達の関係が今と変わってしまいそうな恐怖を感じて、俺は無意識に里奈の肩に手を置いていた。

 

「滝之瀬……君?」

 

 里奈は予定外の行動をされたかの様なキョトンとした表情を浮かべている。

 

「――帰ろう」

「……そうね。ゴメンナサイ、ちょっと疲れていたのかも」

「――そうかもな」

 

 里奈は後片付けをしながら小さい声で一言呟いた。

 

「…………意気地なし」

 

 最後の言葉はあえて聴こえないふりをして、俺達は山を降りて家への帰路を歩く。

 俺の里奈の家は隣同士で幼稚園からの幼馴染でもある。

 俺は里奈との遠すぎず近すぎない今の関係が気に入っている。

 いつか答えを出さないといけないとは思っているんだが、今はまだその時じゃないと思う。

 

「それじゃあまたね。その――――送ってくれて、ありがと」

「まあ隣同士だしな」

「ううん。それでも、ありがと」

 

 俺は里奈と別れて自宅へと帰った。

 俺の家は2階建ての一軒家で里奈の家も似たような感じの家だ。

 家に入ると家の中は真っ暗で人のいる様子は無い。

 俺は玄関のスイッチを押すと、真っ暗な暗闇が一瞬にして安心出来る明るい空間へと生まれ変わった。

 

「――今日も遅いのか」

 

 俺はリビングへと向かうと、冷蔵庫に入っているラップをされた料理を取り出してレンジで温めてから食事をする。

 

 俺の両親は2人とも忙しくて、常に両方帰りが遅い。

 オマケに遠くに出張する事も多いので、隣に住んでいる里奈の家族にお世話になる事も多かった。

 高校に入ってからはお世話になる事は減ったけど、それでも週に1回くらいは一緒に食事をしたりしている。

 

 ――食事を終えた俺は後片付けをした後、2階の自分の部屋へと向かう。

 部屋に入ると里奈も食事を終えて丁度戻ってきたのか窓の向こうの里奈と目があった。

 里奈は軽く微笑んだ後、ハッとして凄い勢いでカーテンを閉めた。

 

「お~い。人の顔を見た瞬間、カーテンを閉めるのはどうなんだ~」

「今から着替えるから閉めたの! それとも何? もしかして私の着替えが見たいの?」

「そりゃあ、もちろん見たいぞ」

「ばっ、馬鹿じゃないの! いいからあっちを見ててよ!」

「あっちを見ろって言われてもカーテンで全く姿が見えないんだが?」

「見えてなくても滝之瀬君のイヤラシイ視線は感じるの!」

「イヤラシイ視線って――――俺は透視能力者だったのか?」

「そうよ! 滝之瀬君はエッチな事に関しては天才なんだから!」

「――なんだそれは」

 

 ――と、いいつつカーテン越しに凝視しているんだが。

 ちなみにかなり分厚いカーテンなのか、里奈の影すら見えていない状態だ。

 

「まあいい、寝るか」

 

 俺はそのままベットに横になると、一瞬で眠りに付くのだった。

 

 ――次の日。

 朝早く目が覚めてしまった俺はカーテンを開けて部屋の空気の入れ替えをしようと窓をあけると、ちょうど里奈もカーテンを開いた所だった。

 

「よう。今日もあの樹に行くのか?」

「そうね、しばらくはあの樹を調べる予定よ」

「何だ? 最近は遠出とかしないのか?」

「隣町の廃村ならもう調査が終わったわ」

「ほ~。何か解ったのか?」

「ええ、何も無い事が判明したわ」

「――それって、判明なのか?」

「だから滝之瀬君はカバなのよ!」

「カバ~ン」

「……何それ?」

「俺はカバじゃ無かったのか?」

「……だから滝之瀬君はバカなのよ。カバがそんな鳴き声で鳴くわけないじゃない」

「ほ~、じゃあどんな鳴き声なんだ?」

「いい? カバはね――」

「…………」

「…………」

「さっきから私の事ジロジロと見て何?」

「いや、里奈がカバの鳴きマネしてくれるのを待ってるんだが」

「バカ! な、何で私がそんな事しないといけないのよ!」

「いや、だって鳴き声教えてくれるって言っただろ?」

「ふんだ。もう滝之瀬君には教えてあげない」

「なんだ? そんな事言って本当は知らないんじゃないのか?」

「知ってるわ。知ってるけど、滝之瀬君には教えてあげないの!」

「――なんだよケチ」

「そうよ! 私はケチよ! だから知りたかったら動物園にでも行って調べたらいいじゃない!」

「仕方ない。そこまで言われたら後で誰か誘って動物園にでも行ってくるか」

「ふ~ん。滝之瀬君に動物園に誘う相手なんていたんだ?」

「……そう言えばそんな相手いなかったな。それじゃあ里奈、一緒に行くか?」

「――え!? 滝之瀬君と2人で!? そそそそ、それってもしかしてデデデデ、デートのお誘いなのかしら?」

「無理なら1人で行ってくるんだが」

「だ、誰も無理だなんで言ってないでしょ!」

「――と、思ったけどやっぱいいや」

「何でよ! ディナーまでエスコートしなさいよ!」

 

 いつの間にか何処かで食事をする事にまでなっていた。

 

「検索したら出てきた」

 

 俺は動画投稿サイトでカバが鳴いている映像を里奈に見せた。

 

「ふんだ。そんな事で満足出来るなら一生動画サイトだけ見てればいいじゃない!」

「それより、もう1個の方を教えてくれないか?」

「――もう1個?」

「ほら、隣町のオカルトスポットを調べたけど何も解らなかったってやつ」

  

 里奈は俺をやれやれと言った風に見た後、話を続けた。

 

「――何も解らなかったじゃないわ。何も無い事が解ったのよ」

「だから何も解らなかったんだろ?」

「いい? 伝記や古文書には嘘は書かれていないの。そりゃあ、ある程度は誇張されている部分もあるんだけど、必ずや何かしらの事実や出来事が元になって書かれている。――それなのに調べても何も出てこなかった」

「――つまり?」

「場所が違ったのか、何らかの事情で霊的な力が封印された――――あるいわ失われたかね。――まっ、書いた人がホラ吹きの可能性もあるけどね」

「――で。その中のどれなんだ?」

「さあ? そこから先は私の専門外よ。私は霊能力者じゃないんだもの、何もない場所をこれ以上調べても何も理解らないわ。私はあくまで学術的な調査がメインなの。――だから、あの場所はもうおしまい」

「それで、しばらくはこの街の大樹をメインに調べるってわけか」

「そっ。実は少し前にも調べてたんだけど、数日前に新しい文献を見つけてまた調べようって思ったわけ」

「それで、今日も行くのか?」

「もちろん。それに後少しだと思うの」

「後少し?」

「ええ。あの樹は咲かないんじゃなくて、条件を満たさないと咲けないみたい」

「――なんだか面倒くさそうだな」

「それが面白いんじゃない」

「そんなもんか?」

「そんなもんよ。じゃあ私はそろそろ出かけるからじゃあね」

「ああ。頑張ってこいよ」

「もっちろん」

 

 里奈はとびきりの笑顔を作った後、1階へと降りていった。

 

「さて、俺はどうするか――」

  

 俺は今日も特に予定は無かった。

 適当にダラダラして過ごすのも悪くは無いんだが――――。

 

「今日も里奈を手伝うか」

 

 まあ手伝うと言っても俺は歴史の知識もオカルト知識も無いので、里奈が調査している間の話し相手くらいしか出来ないんだが。

 

「まあ、迷惑がられたら他の所に行けばいいか」

 

 俺は少し遅めの朝食を取ってから昨日行った大樹に向かう事にした。

 1階に降りると、丁度母親が支度を終えて仕事に出かけるようだ。

 

「あれ? 今日は出かけるの遅いんだね?」

「あ? 起きたんだ。テーブルに朝食作っといたから適当に食べといてね」

「りょ~かい。帰りは?」

「そうね、今日もちょっとだけ遅くなるかも。お金置いておくから出前取ってもいいわよ?」

「いいよ。残り物で適当にすませるか里奈の家にお世話になるよ」

「仲がいいからって、あんまり成田さん家に迷惑かけちゃダメよ?」

「わかってるって。それに今は呼ばれた時にしか行ってないし」

「そう? それならいいんだけど――――あっ!? いけない。私そろそろ行くわね」

「うん、いってらっしゃい」

「はい、それじゃあ行ってきます。――そうそう、戸締まりはちゃんとしておくのよ?」

「わかってるって」

 

 母さんは急いで仕事に向かって行った。

 会社でかなり重要なポストに付いているらしくて、今の仕事もプロジェクトの中心人物として活躍しているらしい。

 

「――と、俺も急がないと」

 

 俺はテーブルに置かれているトーストとベーコンエッグを急いで口に放り込み牛乳で流し込むようにして食事を終わらせて、里奈のいるであろう裏山の大樹へと走っていった。

 ――大樹の前には昨日と同じように、里奈が本を片手に調査をしている。

 

「――滝之瀬君? えっと、今日は忘れ物は無いと思ったんだけど」

「いや、今日も里奈と一緒に調査をしようと思ってさ」

「もしかして、滝之瀬君もこういうのに興味を持ってくれたの?」

「――まあ、そんな所。それと、手伝ったら今日の夕食は里奈の家でご馳走になりたいなと思ってさ」

「そんな事だろうと思った。けど、一緒に調査してくれるのは嬉しいわ。基本は地味な作業が多いから最初は退屈かもしれなけど――」

「そうなのか?」

「――けど、そこを過ぎたら新たな発見と未知との遭遇が待っていて、とっても楽しいんだだから」

「そいつは楽しみだ。――とりあえずこの樹について何か教えてくれないか?」 

「――そうね」

 

 里奈は軽く後ろを振り向いて樹を見てから説明を始めた。

 

「まあおさらいも兼ねてだけど、昨日も言った通りこの樹は桜の樹で平行世界への入り口なの。それでこの街が出来るよりずっと前からここにある」

「それは知ってる」

「それと普通の樹より枝が多いの」

「――そうなのか?」

 

 言われてみればそんな気がしないでもないけど正直良く解らない。

 

「最初は1つだった世界が無数に枝分かれしているのを表していると言われているの」

「ほ~。――そうだ、1つ気になってた事があるんだが、質問してもいいか?」

「ええ。私が知っている事なら何でも答えてあげる」

「平行世界に行けるって言っているけど、過去や未来へは行けないのか?」

「――それは半分無理みたいな感じね」

「どういう意味だ?」

「仮に滝之瀬君がタイムスリップ出来て過去に行ったとするわね」

「まあ、俺にそんな能力は無いんだが」

「それは過去に行ったんじゃないの。今の世界が2つに分岐して今の世界と今からタイムスリップして過去に行った世界の2つが出来るだけよ」

「行けるんじゃないか」

「けど、過去に行っても時代が改変出来る訳じゃないわ」

「……良く解らないんだか」

「つまり誰かが死んで過去に行って救ったとするわね」

「なんか物騒だな」

「これが1番わかりやすいと思うから。死んだ人を過去にさかのぼって助けたとしても、その人が死んでしまったままの世界もそのまま続いてしまうの」

「合流したり無くなったりしないのか?」

「しないわ。合流するって事は片方の世界が消滅するって事。つまり片方の地球上の生き物が全て死んでしまうって事になるの。そんな事は許されない――ううん、許されてはいけないの。だから世界の意思がそれを許さずに世界は続いていく。1人の命と地球上全ての命、比べるまでもないでしょう?」

「…………」

「ま。過去に行ける方法なんて無いんだし、行ける方法が見つかったとしても行かないほうがいいわって事よ」

「なかなかの理論だと思うけど誰か有名な人が言ってたのか?」

「私よ」

「……は?」

 

 里奈の言っている事を理解するのに一瞬だけ戸惑ってしまう。

 

「私が言った事は私がこれまでいろいろと調査して結論付けた事よ」

「なんだ、真剣に聞いてたのに里奈の妄想だったのかよ」

「失礼ね。これは全て学術的に――」

「あ~はいはい。それよりこの樹に桜の花を咲かす方法とかはどうなってるんだ?」

「む~。信じて無いわね?」

「信じてるって」

「まあいいわ。それはまだ調査中」

「何だ、まだ解らないのか」

「そんな急に解る訳ないでしょ! 私だって一刻も早く咲かせたいと思ってるわよ」

「それもそうか」

「ただ。やっぱり何かに縛られている感じはするわね。この樹自体は花を咲かせないのに何かがそうさせたくないかのような――」

「なんだ? 霊媒系は専門外じゃなかったのか?」

「まあ、そうなんだけど。たまにはそういう感覚に頼らないと解らない事があるのも事実だしね」

「そんなもんか?」

「そんなもんよ」

 

 今日も2人で調査を――と、言っても俺は今日も見ているだけだったんだが、調査をしたけれどたいした収穫も得られないまま夕方になってしまった。

 

「今日もそろそろ帰らないか?」

「そうね。やっぱりここも何も無いのかな」

「何だ? もう諦めるのか?」

「そうじゃないけど、こう何もないと辛い物もあるわよ」

「まあ、そのうち見つかるさ」

「――そうだと良いわね」

 

 山を下る帰り道、里奈が突然立ち止まり声を上げた。

 

「――あっ!?」

「どうした?」

「服を引っ掛けてボタンがどこかに行ってしまったみたい」

「まったく、気を付けとけよ」

「仕方ないでしょ! あ~あ、この服結構気に入ってたんだけどな~」

「――で、どうするんだ?」

「どうするもこうするも、この暗さで見つけるのは無理よ」

「そうだな――じゃあとっとと山を――――」

「どうかした?」

「あれじゃないか?」

「あれ? ――――あっ!?」

 

 普段通る道から少し離れた所にボタンを見つける事が出来た。

 ――見つけたと言うよりボタンが自ら光ったような気もしたけど、そんな訳ないよな。

 

「滝之瀬君、ちょっと取ってくるから待っててくれない?」

「俺が行くから里奈は待ってな」

「――けど」

「いいって。こういう事は男にまかせとけって」

「そう? ――じゃあ、申し訳ないけどお願いするわね」

「任せとけって」

「――その。危なかったら別に取ってこなくてもいいからね。滝之瀬君に何かあったら私――」

「大丈夫だって。じゃあ行ってくる」

 

 俺はゆっくりと整備されていない坂道を下がっていく。

 思ったよりも坂は急なので、少しでも気を抜いたらそのまま一気にしたまで転げ落ちてしまいそうだ。

 

「大丈夫~?」

「もう少しだから見てろって」

 

 後ろから心配して声をかけてきた里奈に振り向かずに返答する。

 まあ振り返れないって言うのが正解なんだが。

 

「ふぅ。到着っと」

 

 ――ボタンの引っかかっている場所は更に坂がきつくなっていて歩けそうにないので、俺はその辺にある適当な木に捕まってボタンに手を伸ばした。

 

「――後少し、――もうちょっとなんだが」

 

 ――しかたない。

 ちょっと細いけど、もう1つ先の木から手を伸ばすか。

 俺は今の木から手を離して前の木に手を伸ばした。

 

「――おおっ!?」

「滝之瀬君!?」

「――危なかったけどなんとか大丈夫だ~」

 

 ちょっと大きめに木がしなってビックリしたが、思ったよりは丈夫そうだ。

 俺はボタンに手を伸ばす。

 

「届いたっ!」

「滝之瀬君! 危ない!」

「――え?」 

 

 ――バキッ。

 

「うわあああああああああ」

 

 木が折れる音を聞いた瞬間、状況を理解するより早く俺は坂道を下へと転げ落ちていた。

 景色が回っている。

 俺はこのままどこまで落下するのだろう。

 それ以前に俺は無事でいられるのだろうか。

 いろいろと考えても考えが追いつかない。

 

 ――ドサッ。 

 

「――ってて」

 

 どうやら何かに当たって止まったようだ。

 まだ視界がボヤけていてよく状況が判断出来ない。

 体中のあちこちが痛いけど手足は問題なく動くみたいんだ。

 痛い頭をさすっていると次第に視力が戻っていき、目の前に小さな祠のようなものが現れた。

 

「何だ――――これ?」

 

 かなり古い建築物の様で、今にも壊れそうな木造の祠だ。

 けど、俺の落下を受け止めたって事は結構丈夫なのかもしれない。

 そして、祠の扉は閉まっている。

 

「――地蔵でも中に入っているのか?」

 

 俺はゆっくりと扉に手を伸ばした。

 

「――滝之瀬君、大丈夫?」

 

 扉を開く直前、後ろから誰かに声をかけられたので開く手を止めて後ろを振り向いた。

 

「――なんだ、里奈か。脅かさないでくれ」

「――良かった、無事だったのね。凄い勢いで落ちていったから、私……私、凄く心配したんだから」

「ああ、何とか生きてるみたいだ」

「怪我とかしてない?」

 

 俺は軽く体を確認してみた。

 軽い痛みはあるが血は出ていないので、ひとまず大丈夫そうだ。

 

「たぶん軽い打撲くらいだな」

「何かあったら大変だから、一応お医者様には行ったほうがいいわよ?」

「ああ、後で行く」

「――それにしても。それなに?」

 

 里奈は祠に指をさして、俺に質問してきた。

 

「さあ? 偶然こいつに引っかかって止まったみたいだ」

「――そうだったの」

「ここに扉があるんだが、こういうのって勝手に開けてもいいのか?」

「ええ、今すぐ開けてみましょ」

「いや、お前。中に何が入ってるか気になってるだけだろ?」

「そんな事ないわ。それに開けたらダメなら扉に鍵でもかけてあるはずよ」

「ホント、こういう事に関しては積極的なのな」

「あら? 何か言った?」

「なんでもない」

「そっ。なら開けましょ」

 

 里奈はウキウキと歩きながら祠の前に立って勢いよく扉を開け放つ。

 

「さて、中には何があるのからしら」

 

 祠の中を見た瞬間、里奈の表情が険しい物へと変わった。

 

「嘘――――何で、何でこれがこんな所にあるの――――」

「どうかしたのか?」

 

 何だか里奈の様子がおかしい。

 動揺している里奈の後ろから祠の中を覗き込むと、何やら動物の石像が祀られているみたいだ。

 

「この像がどうかしたのか?」

「――滝之瀬君。私が少し前まで隣町で調査をしてたって言ったの覚えてる?」

「ああ、何も無かったってやつか」

「ええ、伝記に書かれていたある物がそこには無かった。だから書かれていた事が間違いだとおもってた。――けど、それがここにあったの」

「――つまり、それはどういう事なんだ?」

「それはまだ解らない。けど、この石像は九尾の狐。何かを封印する為の神獣と言われているわ」

「封印? いったい何を封印してるっていうんだ?」

「解らない? この像の視線の先に何があるのか」

「――視線? ――あっ!?」

 

 この石像は山の頂上を見つめている。

 ――つまりそこにある物は。

 

「そう。たぶんこの像が桜が咲くのを封印してるんじゃないかしら」

「――そんな馬鹿な」

 

 俺はオカルトとか信じない方ではあるけど、この石像からは何かとんでもない力みたいな物を感じる気がする。

 そもそも、何でこんな誰も来ない様な所に祠なんて建ててあるんだ。

 これじゃあまるで誰にも気付かせない為にこの場所に作ったみたいじゃないか。

 

「――あれ?」

 

 俺はなんだか石像に違和感があった。

 なんだか少しだけ何処かがおかしいような――――。

 

「なあ里奈。この石像って九尾の狐なんだよな?」

「ええそうよ」

「けど、この狐、尻尾が3本しかないぞ?」

 

 石像は確かに狐だ。

 しかし、尻尾は3本しかない子狐の様にみえる。

 

「ええ、この子達は3匹で一人前なの」

「この子――達?」

「隣町の言い伝えはこうよ。本当は親の九尾が悪霊を封印するはずだったんだけど、悪霊との戦いで傷ついて死んでしまったの。それで、その子供たちが封印する事になったんだけどまだ幼い子狐達には悪霊の力が強すぎて封印するには至らなかった。――だから3匹で力を合わせて封印したの。3匹なら親狐と同じ力を発揮できるから。それで、その子狐達の功績を称えて3つの祠と3つの石像が作られたってわけ」

「それが何でここにあるんだ?」

「私が隣町で調査した時は場所の判明までは行ったの。けど、祠がある場所に行ったのにそこには影も形も無かった」

「つまりここに移動されたのか?」

「――それともこの子達が自分でここにやって来たかね」

「石像が勝手に動く訳無いだろ?」

「そうね、普通ならそう。けど、この山は普通じゃないわ」

「…………」

 

 俺は何も言えなくなくなった。

 何か反論しようにも、里奈の言っている事が全て正しいような気がしている。

 

「じゃあ、失礼して――」

 

 里奈は祠の中に入っている狐の向きを変えた。

 

「え、あ、おい。何をしてるんだ?」

「何って。封印を解くに決まってるじゃない」

「えっと、その、大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。あの桜からは悪い気は感じないもの」

「どういう事だ?」

「この狐達は悪霊を封印したけど、今は道標をしているだけよ」

「道標?」

「そ、誰かが平行世界に迷い込まないようにね」

「じゃあ他の2匹の像も見つけて封印を解いたら桜が咲くって訳か?」

「たぶんそうね。まあ私は桜が咲いたのを確認したらすぐに像を戻す予定だけど」

 

 里奈は本気で残りの狐の石像を探して桜を咲かせる気らしい。

 まあ祠を見つけて石像の向きを変えても何も怒らない可能性もあるんだが。

 てか、何も怒らないのが普通だろう。

 それに、こんな誰も来ないような場所にあるんだ、きっと残りの2匹がいる祠の場所も誰も行かないような危険な場所にあるに違いない。

 そんな場所に里奈1人で行かせても良いのか?

 良い訳がないだろう。

 仮に道を踏み外して歩けなくなったら誰が助けると言うんだ。

 

「里奈。俺も残りの祠を探すの手伝うよ」

「ホント?」

「ああ。この山結構広いしな。それに里奈1人だと心配だし」

「ありがと。滝之瀬君が一緒だと心強いわ」

「とりあえず今日はもう帰らないか? 俺も医者に行こうと思ってるし」

「そうね。あんまり暗くなると危険だわ」

 

 俺達は調査を一時中断して、山を降りる事になった。

 山を下っている途中、1匹の子狐に会ったけど多分あの祠にいたのとは関係ないだろう。

 その子狐は尻尾が1本しかない普通の子狐だったし。

 

 俺は一度家に帰ってから病院へいって診断してもらったが、ただの打撲で命に別状は無いみたいだ。

 里奈に無事を報告すると少しだけホッとした後に心配かけさせるんじゃないわよと怒られてしまった。

 その際、里奈の目に少しだけ涙が見えた気がするが、すぐにいつもの里奈に戻って後日残りの祠の捜索をする日時を決めてからその日は早めの睡眠を取ることにした。

 

 ――後日。

 俺は里奈と残りの2個の祠を探すために1人で再び山に向かっていた。

 なぜ1人なのかと言うと、出かける直前に里奈からちょっとだけ遅れるから早めに行ってくれと連絡があったのでしかたなく1人で向かう事にしたのだ。

 と、言っても。あまり早く付きすぎても退屈なので少しだけその辺をブラブラしてから待ち合わせ場所に行くことにする。

 

「――あ、少し時間を使いすぎたか」

 

 5分だけ時間を使う予定が15分も経ってしまっている。

 俺は走って待ち合わせ場所へと向かった。

 

 ――待ち合わせ場所にはすでに里奈は到着していて、少し苛立ちながら俺を待っていた。

 

「も~、おそ~~~~~い!」

「はぁ……はぁ……里奈、遅れてすまなかっ―――――た?」

 

 里奈はよそ行きのフリルの真っ白なワンピースを来て頭にはワンピースと同じく真っ白な帽子、そして少し高そうなカバンを手に持って待っていたのだった。

 

「まったく。何で滝之瀬君の方が先に行ったのに私のほうが先に着いてるの!」

「あ~、すまん。ちょっと寄り道しててな、それより――――いやなんでもない」

 

 なんとなくだが服装の事には触れない方が良さそうな気がする。

 俺はそのまま調査を始めようと山に入ろうとすると、里奈に呼び止められた。

 声のトーンは少しだけ嬉しそうにも思える。

 

「ねえ、滝之瀬君? 何か気が付かないかしら?」

「――何か? 特に変わってる事はない気がするが」

「もぅ。ニブイわね。――ならヒントをあげる。ヒントは服よ」

「何か運がいい事でもあったのか?」

「――それは福ね」

「そういえば今日は床掃除してなかったような」

「――それは拭く。あのね、ちゃんと私の着ている服を見なさいよ!」

「おい、自分で答え言ったけどいいのか?」

「滝之瀬君が全然気付いてくれないからよ!」

 

 いや、あえて触れない方がいいかと思ってただけなんだが。

 

「どうかしら?」

 

 里奈はその場で手を広げながらクルリと回転してさながらファッションショーの様に衣装のお披露目をした。

 

「どう――――とは?」

「もぅ。服の感想を言いなさいって言ってるの!」

「あ~、その………白いな」

「――――は?」

「いや、すげ~白いぞ」

「………………」

「おい、急にどうした」

「アホ、ニブチン、アンポンタン! 白いワンピースを見て白いって、他に言う事は無いわけ?」

「いや、だから白いじゃないか」

「あのね、滝之瀬君。貴方はコーヒーを見て黒いなって言うの?」

「俺はコーヒーには必ずミルクを入れるから黒くは無いんだが――――」

「私はブラックしか飲まないの! だからコーヒーは黒なの! わかった?」

「――お、おう。そうだな」

「コーヒーを飲んで感想を言う場合は見た目の色じゃなくて味を言うでしょ? だから内面を評価して欲しいの!」

「内面と言われてもだな…………」

 

 そもそも里奈の事は昔からよく知りすぎていて、今更新しい発見とかは無いんだが……。

 

「――おっ、そうだ!」

「え、なに? ま、まあ滝之瀬君にそんなに気が利いた事とか言えるとは思わないんだけど。い、一応聞いてあげるわ」

「その服で山を登るのは大変じゃないか?」

「この、バカああああああああああああああっ」 

 

 里奈の気が収まったのはそれから10分くらい経った後だった。

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