世界の行く末
「しかし古代竜殿……精霊を狙うのは我らだけではありません。帝国も、合酋国も、同様に精霊を『美しく有能で、しかし抵抗する意思を持たない奴隷』と見ています」
「じゃあ、そっちも行くか」
チェーザレが言うので、そっちも行った。
そこからの戦いも、同じシーンの焼き直しであった。
進軍するエルダードラゴン。
当然なされる精一杯の対応。
しかし通じず、エルダードラゴンたちは恫喝により『精霊に手を出すな』という約束をさせる。
帝国も合酋国も関係がない。
いや、帝国の方はしつこく抵抗を続けたが……
エルダードラゴンに並の兵器では傷一つつけられなかった。
なのであんまりにもしつこい帝国は『相手が疲れるまで相手の首都前で寝て過ごす』という作戦がとられた。
抵抗を一通り試していただき、全部無駄だと理解し、相手の心が折れるを待ったわけである。
お陰で世界は平和になった。
少なくとも、『精霊』と呼ばれる種族にとっては。
『エルダードラゴンは強い』――そういった勘違いが大陸には広がっていた。
しかし、彼は思う。
『強いのではない。クソなのだ』
クソを押しつける立場になって、より強くそう思うようになった。
攻撃が一切通じず、くしゃみ一つで拠点を消滅させるようなブレスが出ちゃう。
兵器は通じないし、攻撃も条件を満たさなければ通じない。
その条件というのが『運営が用意した対古代竜専用兵装により一定ダメージを与え部位破壊をする』というものなのだ。
ちなみにフィールドでエンカウントした場合、この『専用兵装』のあるエリアまで誘導しなければならない。
……そうだ。古代竜はレイドボスであって、フィールドで三割強の確率 (体感)で出会えていい相手ではない。
ちょっと考えればわかることなのに――なぜ、運営は古代竜をフィールドにたまに出すとかいう暴挙をおこなったのか?
今にして思えば、なんとなく、理由がわかる。
運営は、ただ、自分たちのおこなった仕様変更により、プレイヤーがあたふたする姿が好きだっただけなのだ。
最低なこととは思うが、エルダードラゴンに変身して大陸中をあたふたさせた今なら、その気持ちよさがちょっとはわかる。
だから彼は、かたく心に誓った。
自分は――運営にはならない。
運営にとってプレイヤーは『金だけ落としてればいいのに文句まで言うゴミ』でしかなかったかもしれないが――
自分は決して、大陸に住まう人々をそんなふうには扱わないと、彼は誓ったのだ。
きっと彼は、二度とエルダードラゴンの姿をとることはないだろう。
もうトラウマBGMに苦しめられることはない。
運営の用意した『兵器』の使用を強要される古代竜戦なんか、しなくてもいい。
好きなだけ、好きな自分になって遊べる。
好きな職業を選んで、好きな姿を選んで、いくらでも自由に――なにに縛られることもなく、生きていく。
それはとても素晴らしいことだと思うから。
「竜の化身様、世界はいいところですね」
小さな集落で、黄金の精霊のささやきに耳をかたむける。
今の彼は、『モブおじさん』の姿であった。
『クールで中性的な少年』の『ゼロ』とはまた違った意味で特徴のないキャラクターである。
どこにでもいそうな冴えない顔。
頭髪は薄くもないが、濃くもない。
ネルシャツにオーバーオール。
一見して、とてもではないが『なんにでも変身できる者』が好んでとる姿とは思えない。
だけれど、彼はこの姿を気に入っていた。
なにせ、この姿だと、ロールプレイ少なめですむのだ。
ゲーム世界に入って、気付いたことだが――
24時間365日ずっとロールプレイをしていると、自分を見失うのである。
なので、この『モブおじさん』の姿でいる時、彼は己の基本人格を思い出すことができるのだった。
「お前たちが破滅願望を持たないようになってくれて、ほんとうによかったよ」
そのへんにいそうなおじさんは、農具を片手に微笑んだ。
すっかりコケやツタの生えたマイルームを整備しているのだ。
エルダードラゴンの姿ではできない。
ただの、普通の、人間の姿だからこそ、できることだった。
「エルダードラゴンの姿で今まで我々を虐げていた人々を脅し回るのは、とても楽しいことでした」
黄金の精霊は、声優のような美しい声で述べた。
彼は苦笑する。
祭壇に腰かけ空を見上げる黄金の精霊は、己がエルダードラゴンとして帝国やら王国やらを攻めた時のことを思い出しているのかもしれない。
彼も、空を見上げた。
青い空は、どこまでも広がっている。
飛び回れたらきっと気持ちがいいのだろうし、たぶん、飛ぶこともできたのかもしれない。
なにせ、この世界は見た目の機能がそのまま反映されるのだ。
ゲーム内で自分は『飛ぶ』ことなどできなかったから、エルダードラゴンになっても徒歩移動しかしなかったが――
練習すれば、あの大空を自由に飛び回れる日も、来るのだろう。
でも、彼は大空を自由に舞う気はなかった。
空に憧れるのは悪いことではないけれど――
きっと、憧れを現実にしてしまったら、次の憧れを探すのが大変だろうと思ったのだ。
「竜の化身様、次は、どうなさいますか?」
「次?」
彼は首をかしげる。
ツタのからみついた、石材ともプラスチックともつかない不思議な素材でできた祭壇――『キャラメイク用端末』の上で、黄金の精霊が立ち上がる。
「世界を一通りまわって、精霊に手を出さないことを約束させました。我ら精霊にとっては住みよい世界となり、お陰でみな、都会に行ったきり、戻ってきません。よほど都会生活が楽しいのでしょう」
……そうだ。
かつて、彼が目覚めた当時、この集落には五人の精霊がいた。
金、赤、白、青、緑。
しかし今は、金の精霊ゴールドしかいない。
みな、街にでかけ、遊んでいるのだ。
だから彼は、一人でマイルームの整備をしている。
精霊たちに『手伝え』と強要する気はなかった。
……基本的に、精霊たちは、彼の命令に逆らわない。
信仰と言うべきか仕様と言うべきかはわからないけれど、彼はいつだって、なんだって、精霊に命令できる。
でも、しない。
彼は強要したくなかったのだ。
冒険を強要しプレイヤーにクソだクソだと言われたゲームを知っているから。
「……そろそろ、お手伝いします」
「ああ、助かるよ」
ゴールドは立ち上がり、彼の持つ道具のうちいくつかを受け取る。
隣に来るとわかるが――この美しい精霊の少女は、本当に、ひとまわり小さい。
背が低いとか、頭身が低いとかではない。
抜群のプロポーションを誇りながら、通常の人類よりワンサイズ小さいのだ。
「なあ、ゴールド……お前はなんで、残ってくれるんだい?」
彼は問いかける。
おじさんというよりは、おじいさんのような口調で。
ゴールドは微笑む。
楽しくてたまらないというように。
「私は、元々、穏やかで静かな生活を望んでいるのです。街などの騒がしさは好みません」
「……そうか」
「静かでいいですね。我々二人以外に、誰もいない……」
「ああ、そうかもしれないね」
「……世界全部がこんな感じならいいのに」
「……」
「滅亡、いかがです?」
ゴールドは小首をかしげて問いかけてくる。
彼は笑って、作業を再開した。
平和になった世界で、ただ、一切は過ぎていく。
運営のいないこの世界がこれからどうなっていくかはわからないが――
きっと、運営がいるよりもいい展開を迎えるのではないかと、彼は思った。