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神話の再来

 六体の、色とりどりの『古代竜(エルダードラゴン)』が徒歩で来た。

 黒くてデカイのを先頭に、妙に小さなサイズの赤、白、金、緑、青が続いている。



 王国の人々は物見台からもたらされたその情報に恐怖し、混乱した。



 エルダードラゴンが今、この時代にいる――

 その情報自体は、知っていた。

 だから神聖王国は、エルダードラゴン討伐のための機運を高めているところだったのだ。



『神の敵対者たる古代竜の存在を許してはならない』

『かの強大なる存在を討伐するのは、通常難しいことであろうが、我らには神のご加護がある』

『ゆえに神の従順たるしもべたる諸君の中から、我こそは神の剣として古代竜を打ち滅ぼさんという気概のある者を募る』

『ともに、神敵を葬り去ろう!』



 最大司宰(しさい)チェーザレの言葉は、魔法のように王国民に浸透した。

 このまだまだ年若い司宰は、不思議と人の心をつかむのがうまかった。


 機運は盛り上がり、徴兵と訓練が始まり――

 あと数ヶ月もあれば、きっと古代竜討伐隊が完成するだろう、というところだった。


 そこに、エルダードラゴンが徒歩で来た。



『飛んでないの?』



 物見からの報告を聞いた多くの者が、まずそこで疑問を抱く。


 なにせエルダードラゴンは、天に流れる『神代の光景』において、空という絶対の安全圏からブレスを連発してくる存在なのだ。

 エルダードラゴンは、飛ぶ――むしろ、地に降りない。

 これが、普段から神代の光景を見せられている国民たちの認識であった。


 それが徒歩で来た。

 徒歩なのだから、飛ばれるよりマシなはずなのだが、ちょうどエルダードラゴン討伐をしようとしていたタイミングに現れたことと重なり、徒歩という行動にも、なにかの必然性が――古代の神敵ならではの悪辣な奸計があるのではないか、と人々は疑った。

 だって絶対、飛んでた方が強いもの。


 そのエルダードラゴンどもは――黒いデカイのを先頭にし、小さな赤、金、白、青、緑のメス? と思われる個体がまっすぐ後ろに続くという、軍隊みたいな一列縦隊で歩いてくるのだ。

『平穏の破壊者』『秩序なき害悪』『ほんまクソ』……様々な名で呼ばれているが、エルダードラゴンの社会性や群れの存在について触れた古文書は、口伝をふくめても存在しない。

 そもそも、一体でさえ脅威であるエルダードラゴンが、六体とか、聞いてない。


 国民はおびえ、すくみ――

 神に。

 すなわち神の代行者と彼らがみなす、最大司宰のチェーザレにすがった。



「チェーザレ様! お助けください!」

「チェーザレ様! エルダードラゴンがもうそこまで! 徒歩で!」

「色とりどりの六体が!」

「いかがいたしましょう、チェーザレ様!」



 王国の城門前は、悲鳴をあげる王国民でごった返す。

 チェーザレはそれを城のバルコニーから見下ろし、国民に気付かれぬよう舌打ちをした。


 ――想定外だった。


 たしかに、いくつもの文献で『いつ襲ってくるかわからない』と示唆されてはいた。

 それにしたって、出現を報せる『災いの鐘』が鳴ってからしばらく経っていたし、なぜこのタイミングで、王国に来るかがわからない。



「……なるほど。これが『そびえたつクソ』と古代の口伝で述べられている、エルダードラゴン……」



 神は口が悪い――チェーザレも神学を修める中でそう思っていたが、違ったのだ。

 神々の口調が乱暴なわけではない。

 エルダードラゴンが、たしかにクソであったということなのだ――!


 ……だが、嘆いてばかりもいられない。

 まだ色々と不十分だが、備えはまったくないではないのだ。


『己の王国』を守るため――

 チェーザレは、国民どもに指示を飛ばす。



「みなさん! 落ち着いてください! エルダードラゴンとの戦い自体は想定されていたこと! それに、空に浮かばず、徒歩で来るのであれば、より相手取りやすいと言えるでしょう!」



 たしかにそうだ――

 国民の中に、安堵の雰囲気が広がる。

 チェーザレの声はよく通り、聞く者に安心感を与える、いい声だった。



「であれば、訓練の成果を試すのです! ――投石器、用意! 『ばくだんいし』を装填!」



 バタバタと兵士たちが動き出す。

 彼らは王都をぐるりと囲んだ城壁の上で、投石器に『ばくだんいし』――爆発する石――を装填しつつ、投石器



「いいですか、慌ててはなりません。ギリギリまで引きつけて、一斉に放つのですよ」



 チェーザレが短距離転送装置に乗り、城のバルコニーから城壁の物見台まで移動する。

 転送装置の『キー』は王族のみが持つものだが、彼の手には傀儡としている少年王の持つキーが――一枚のカードのようなキーが、握られていた。


 高いところから見れば、たしかにエルダードラゴンが近付いてくるのが見える。

 徒歩だ。

 本当に飛んでいない。


 連中ののしのしというゆったりした歩みが、やけにいらだたしい。

 早く、早く――チェーザレはやつらが投石器の間合いに入るのを、焦れた気持ちで待っていた。


 シン、と王国中が静まりかえる。

 チリチリと首の後ろをあぶられるような緊張感を、全国民が感じていたことだろう。


 一秒が一時間にも感じられるほどの、短く、しかし長い静寂の中――

 ついに、エルダードラゴン六体が、投石器の射程に入った。



「放てぇぇぇぇぇぇ!」



 チェーザレのよく通る素敵な声により、号令がなされる。

 一斉に投石器の縄が切られ、『ばくだんいし』が放たれた。


 ……もちろん、投石器なので精密射撃などは望むべくもない。

 しかし城壁じゅうから放たれた『ばくだんいし』は、城を奮わすほどの爆発を次々しながら、エルダードラゴンの進路に打ち付けられ――


 うち一発が、ついに、エルダードラゴン(黒)の頭部に当たった。



「痛っ!?」



「チェーザレ様、エルダードラゴンが『痛っ』って言いましたよ!」

「リアクション薄くなあい!?」

「前進を止めてません!」


「う、うろたえるな! 攻撃を続けろ!」



 チェーザレは兵士たちに指示する。

 兵士たちは次々と『ばくだんいし』を放つが……



「は、は……ハクション!」



 エルダードラゴンがくしゃみをした。

 その際に、ブレスが放たれた。


 エルダードラゴンの放ったブレスは、城壁の一部を貫き、はるか空へと消え――

 ――爆発する。


 遠く遠く、空の向こう――ちょうど、『神代の戦い』の映像が流れる部分に命中したその一撃は、空を割った。

 比喩ではない。

 青空が一部欠けて、空いた虚からは、どんよりと曇ったよくわからない景色が見えたのだ。



「そ、空が……神が遺してくださった、警告のための映像が、破壊された……」

「くしゃみ一つでこれだけの威力だなんて、本気でブレスを放ったらどうなるのだ……」

「勝てるわけが、なかった……最初から……」



 国民の戦意がみるみる萎えていくのを、チェーザレは見て取った。

 いつしか投石もやめられ、すべての人々が、淡々と近付いてくる色とりどりのエルダードラゴンをぼんやりながめる。


 エルダードラゴンは、その歩調を早めていた。

 相変わらず飛ばない。


 しかし、きっと、攻撃を受けて激怒しているのだ。

「あっ、ヤベッ」と慌てたように言っていたような気もするが、気のせいだろう。


 チェーザレはどうにか戦意を奮わそうと必死に頭を働かせるが――

 彼がその素敵でよく通る声で国民を鼓舞するより早く――

 ――エルダードラゴンが、王都にたどりついた。



「無事か!?」



 エルダードラゴンが慌てたように言う。

 ちょっと意図が呑み込めない。


 だが――会話ができる雰囲気はあった。

 チェーザレは力なく問いかける。



「……古代竜よ……最悪の脅威よ……お前たちは、なぜこの国に来たのだ? なにを目的として、徒歩で……破壊か? それとも、絶望か?」

「いや、そういうのではなく――」



 エルダードラゴンは悩むようにうつむき、そして……



「――和平交渉をしに来たのだ。我らと精霊が気軽にこういう発展した都に遊びに来ていいように」

「…………」



 チェーザレは、己の頭脳を明晰だと思っている。

 だからこそ、ただの最下層の貧民から、今では国家の行く末を差配できる最大司宰に上り詰めることができたのだと、思っている。

 でも、その明晰な頭脳をもってしたって、これは――



「意味が、わからない……」

「ともかく――約束せよ。二度と『精霊』を乱暴に扱わないこと。そして、彼女らに生きる喜びを与えること……さもなくば、彼女たちがまた『世界を滅ぼせ』とか夢も希望もないことを言うと思うので、えーっと、よろしく……エルダードラゴンは『よろしく』とか言わないよなあ…………なんとかせい!」



 依然として意味不明だが――

 どうやら、要求を呑まねば、待つのは滅亡だけらしいことがわかった。

 だから、チェーザレは。



「……なんとかする」



 ガチャリ、と胸の前に錠のようなものが出現し、鍵がかかった音がする。

 ――ああ、そうだ。ドラゴンとの約束は魂を縛る。



「あなたたち……君ら……貴様ら……貴様ら! 貴様ら全員だ! 二度と精霊をさらったり売って奴隷にしたりするな! 仲良くするのだ!」



 頼りにしていた最大司宰が、早々に敗北も同然の宣言をしたせいだろう。

 国民たちも承諾し、次々、彼らの胸の前に錠のようなものが現れ、鍵のかかった音が響いていく。


 みな、己の安全のため、競うようにエルダードラゴンの要求を承諾していく。

 その中で、ただ一人――


 ――城のバルコニー。

 そこに取り残された、傀儡の少年王だけが……



「……ドラゴン、かっこいい」



 幼く白い頬を紅潮させ、拳を握りしめていた。

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