そうだ、王都行こう
愚かなことだ、と彼は思う。
こんなことをしたって、なんの意味もない。
それでも、彼はどうしたって、やってしまうことがあった。
それはもはや彼の生態なのだ。
呼吸も同然なのだ。
だから、どうしようもない。
そう、彼は――
「エルダードラゴンがついに完成したぞォォォォォ!」
山を奮わす叫びをあげながら、『古代竜』は歓喜する。
その漆黒のウロコ!
鋭角なフォルム!
赤と黒がまじりあった、まがまがしい色の瞳!
背中に生えた翼は、五種類以上のパーツを重ねて作りだしたこだわりの逸品!
尻尾の関節数設定には、いったい何日かかったかわからない。
――苦節数日。
ようやく、記憶を頼りに、彼はエルダードラゴンの仕上げを終えたのである。
「オオオオオオオオオオオオ! みなぎるッ……! 力が、みなぎる……! これならば既存の文明を七度は滅ぼせよう……!」
そんな気はない。
彼はロールプレイ中なのだ。
まあ、しゃべらないキャラでしゃべっていると『そいつはしゃべらねーよ』みたいなことを言う人もいるが……
そこは容赦してほしい。
コミュニケーションしてわいわいするために、言葉は必要なツールなのだ。
「ゴールド! ちょっとそこ、俺の目の前に立って!」
彼が命じたのは、黄金を基調とした色合いの、美しい精霊の少女であった。
精霊――お助けNPC。
彼が手ずからデザインした少女。
……いくつかの実験を経て、彼はここが『ゲーム世界』であることを確信していた。
そして、彼女たちが、自分の作製した(二体目以降は課金してまで作った)サポートNPCであることも、確定した。
金色の精霊がゴールド。
赤い精霊はレッド。
そうなると青い精霊はブルーであり、緑の精霊はグリーンであり、白い精霊はホワイトなのだった。
エルダードラゴンの姿は黒いので、六人いる戦隊ヒーローみたいだ。
そんな彼女らは村で普段通りの生活をしたり、彼をあがめたりしていたわけだが……
この村において、彼は『神』である。
神に『ちょっとそこ立って』と言われたら、言われた通りになんでもするのが精霊たちの喜びである。
美少女がなんでもする。
いい響きだ。
でもネトゲの女性NPCはだいたいそうなので、そこを認識してしまうといまいち感動が薄まる。
「竜の化身様、そことは、えっと……」
「俺の目の前のそこで、俺に背中を向けて、走るようなポーズ……『走る3』のポーズ……ああくそ、モーション入力ができればなあ!」
彼の権能はキャラメイク関連だけであった。
『走る』『座る』といったポーズ関連は、とらせたければ指示するしかない。
「で、ホワイトは地面にうつぶせになって、助けを求めるみたいに手を伸ばして……そう! イイネ! イイネ! そのままで! レッドは……」
彼は精霊たちに指示を飛ばしていく。
しばし細かすぎる指示が飛び続け――
「よし、完成だ」
ロールプレイさえ忘れた口調で満足そうに言う。
彼が指示した通りの姿勢で固まる精霊たち。
そして、彼女たちを威嚇するようなポーズで二本足で立ち、翼を広げ、口を開ける彼。
三人称視点で見れば――
『エルダードラゴンに襲われ、逃げまどう美しい少女たち』というジオラマが展開されている。
「ああああああああ! スクショしてええよおおおおおおお!」
苦しそうにもがく。
精霊たちがびっくりして動き出した。
「この完成度! まさに空飛ぶ害悪! 運営の魔の手! 襲い来る空気ブレイカー! プレイヤーの手のとどかないところから即死ブレスを連発してきそう! まさしくエルダードラゴンッ! ……なのに、スクリーンショットを撮れない……一緒にはしゃぐ仲間がいない……寂しい……寂しい……」
現実世界に未練はない。
本当にびっくりするほど、ない。
だけれど、それでも唯一、この世界に現実世界が勝っているところがあるとすれば……
同志たちと一緒に、チャットし、騒ぎながら、スクショを撮れることである。
……その同志たちもゲームがサービス終了したせいでちりぢりになったので、他のゲームで再会できるかどうかは、わからない。
ゲームが終了することを事前に知っていれば、そうした連絡先交換もやっておけたのだろう。
しかし彼は、運営からのお知らせも『どうせまたメンテナンスのお詫びだろ』としか思っておらず――
ログイン即キャラメイク空間直行の生活を送っていた。
キャラメイク空間は外界と切り離された場所なので、チャットもとどかない。
よって彼はすべてを失ったのだ。
仲間と、ゲームで作った『自分』のすべてを……
それを思えば、この世界は楽園だった。
でも、騒いだりスクショ撮ったりはしたい。
エルダードラゴンは悲しくて親指を噛む。
ガジガジ。
「あ、あの、竜の化身様……」
「ハッ! 俺はエルダードラゴン……強い。ゴールドよ、なんだ?」
突然声をかけられたので、ロールプレイが雑になってしまった。
そもそもしゃべらないキャラのロールプレイは難しいのだ。
どうせならフナッシーみたいな声でしゃべったりしろ。
「これから竜の化身様がなにをなさるのか、そろそろ我々に教えていただけないでしょうか?」
「なにをなさる? 俺は……うーんと……我がなにかするのか?」
「エルダードラゴンは世界の滅びを告げる存在とされています。その声は他者の魂を縛り、彼の者と約束を交わせばそれはどんなにささいなものでも強制力を持ち、ブレスを噴けば山は吹き飛び、羽ばたくたびに起こす風は都市をなぎ倒すという……」
「うむ。そして過去の文明を七度滅ぼした……一体だけでも現れれば、世界はたちまち脅威にさらされ、人は生きることをあきらめると言われている。それにしてもよく知っているな」
「世界中の者が知っていることです。なにせ、空には時折『神代の戦い』が映し出されるのですから」
きっとたぶん宣伝ムービーなんだと思う。
エピソード4,1『文明の終焉』――テレビCM放映中。
天空に流れるそのCMのCMにより、プレイヤーたちは『またエルダードラゴンが世界を破壊しに来……CMかよ! おどろかせやがってクソ運営がよお!』とヘイトをためるのだ。
なぜ運営はヘイトをためる技術がこんなにも高いのだろう?
前衛タンク職なの?
なにを守っているの?
ゲームとプレイヤーを守って?
ちなみに『文明の終焉』テレビCMが放送され、リアルでやったイベントの直後にゲームはサービスを終了した。
どちらも彼がこの世界に来る一週間前ぐらいのことだ。
金のかけどころがおかしい。
「竜の化身様、あなた様も、世界を滅ぼされるのですよね?」
「えっ」
エルダードラゴンの設定を遵守するなら、そうなのだろう。
でもそこはロールプレイだし、世界を滅ぼすようなことは言うかもしれないが、それを本気にされるとまずい。
ガチで『違うよ』と言うべきなのかもしれないが……
ちょっとだけロールプレイでねばってみようかと思った。
「世界は滅ぼさぬ……我を信仰する貴様らがいるからだ」
「しかし竜の化身様、我々はかまいません」
「そうです! 世界を滅ぼしましょう!」
「太古より我らは、あなた様に身命を捧げる覚悟で生きております!」
「滅びを! 古代竜による世界の終焉を!」
「滅亡! はい! 滅亡!」
「……」
どうやら彼女たちは邪教方面の方々のようであった。
素直にヤベー破滅主義者たちである。
なりふりかまっていられそうもない。
「違う。我は本当に世界を滅ぼさないんだ。世界の滅びとか、ほら、我も困るし」
「そんな……」
「どうして、世界を滅ぼさないだなんて……」
「こんな世界、壊れてしまえばいいのに……」
「生きていくの、退屈で、疲れた……」
「最後に大きな花火を打ち上げて、みんな道連れに死にたかった……」
昔は素直でかわいく、主人公のやることなすこと全肯定してくれるサービス精神以外の芯がまるでないNPCだったのに……
なにが彼女らをこうしてしまったのか。
社会か。
それとも宗教か。
こんな楽園みたいな国で美少女が疲れ切った顔で世界の滅亡を望む姿なんか、見たくなかった。
「みんな、聞いてくれ。――生きるのは、素晴らしいことなんだ」
「いいえ」
「毎日水をくんで、食事を作って、祈りを捧げるだけの日々でした」
「娯楽はないです」
「世界の滅亡だけを夢見て生きてきたのです」
「竜の化身様が世界を滅ぼしたあとには、あなた様を信仰していた我らだけが救われる世界があるのです」
「だったら――娯楽を求めて都会に出よう! あるんだろ、王国が!」
「我ら精霊族はしょっちゅうさらわれるので……」
「他の村々もそうみたいです」
「付き合いのあった村が、もぬけのからになっていました」
「たぶん奴隷として売られたんでしょう」
「都なんかいったら、間違いなくさらわれて売られます」
「だったら精霊族をやめよう。キャラメイクで」
キャラメイクはできる。
もとより彼がデザインした彼女らなのだ。
しかし――
「それが無理なのです」
「見た目に関係なく見分けられるらしくて……」
「なぜ精霊族は簡単に精霊族だとばれるのでしょう」
「付き合いのあった村の人たちはほぼ人間だったんですけどね……」
「私たちみたいにカラフルな方が珍しいっぽいですよ」
その理由は、なんとなくわかる。
ゲーム内の話だが――精霊族すなわちサポートNPCは、他種族より一回り小さいのだ。
サイズを最大にしても、プレイヤーの最小サイズにも及ばない。
たぶんそのサイズ差で見分けられているのだろう。
思い返せば、山賊どもも、精霊より一回り大きかったように思うから、今この世界でも精霊は小さいのだとわかる。
ならば、どうするか?
――約束してもらえばいい。精霊には危害を加えない、と。
「……じゃあ、キャラメイクしてみんなで都会に行こう」
彼は彼女たちに生きる喜びを知ってほしかった。
だって、いちいち破滅思考だと、会話してて気がめいるから。
だから――
「みんなエルダードラゴンになって、王都とかで『危害を加えない』って約束してもらうんだ」
そうだ、恫喝しよう。