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ドラゴン、ドラゴンをやめる

 ここは、どうにもゲームそのままの世界ではない。

 彼は『時間』を感じていた。


 それも、長い長い時間だ。

 先ほどの山賊のように、自我を持ったNPC――もはやNPCとは呼べない、人類。

 独自に発展、進歩した文明。


 ゲームにはなかった『王国』や『帝国』が築き上げられ、『未踏の地に最初に踏みこむのはあなただ』という煽り文句とともに実装されたはずのステージが、まったく未踏の地ではなくなっていたりする……らしい。


 そして――



「竜の化身様!」

「ああ、我らが神!」

「お待ちしておりました……」



 山賊から守られ、感涙する美しい少女たち――『精霊族』と呼ばれる彼女たちを見る。

 彼女たちの見た目に、心当たりがあったのだ。



 彼がこの世界で初めて目を覚ましたのは、先ほど――

 彼女たちの村にある『祭壇』でのことだった。

 その祭壇というのが、どう見てもゲームで見慣れた『キャラメイク用端末』なのだ。


 そして、この集落――

 ここは彼の『マイルーム』で――


 精霊族と名乗った、美しい少女たち。

 彼女たちは、彼が手ずからメイキングした『サポートNPC』にしか、見えなかった。



 もちろん、今のこの場所は、彼の記憶とちょっと違う。

 草が生い茂り、いつの間にか木で家が組まれている。

 生活のあとらしきものがそここに見られ、防衛のためだろう、木製の壁で囲まれている。

 そういった部分に彼は『時間』を感じたわけだが……



(『太古』って言ってたよな……)



『はるか太古のように、我らを導いてください』。

『導いてください』は、わかる。


 彼女らがサポートNPCならば、彼女らはプレイヤーの指示がなくてはマイルームから出ることさえ叶わないのだ。

 いくらかの自主性は芽生えているようだけれど、彼女たちの宗教的熱狂を見ていると、三つのことが予想できる。



 彼女たちは『プレイヤーがいた時代』を知っている。


 その時代――『太古』と彼女らが表現する時代から、ずっと生きている。


 そして、その記憶はだんだん薄れていき、次第に『プレイヤー』を神格化するようになっていった。



 それが『精霊』を名乗る人種すべてに見られる傾向なのか、それとも彼女たちが偶然そういう方向性で文明を芽生えさせたのかは、わからないが……

 少なくともこの村――彼のマイルームにおいて、彼は神としてあがめられていたのだということだけは、わかった。


 竜を信仰している理由も、わかる。

 彼が竜のままゲームが終了したから、プレイヤー=ドラゴンというように彼女たちの記憶が止まっているのだろう。



 ちなみに。

古代竜(エルダードラゴン)』――そう呼ばれるモンスターは、ゲームにもたしかにいた。


 クソみたいに強い。

 っていうか、ほんと、クソ。


 しかもそいつは『戦うためにそいつのいるフィールドに行った時』とは別に、一般フィールドにもランダムで(公称は小数点以下の確率、体感だと三割ぐらいの確率で)出現するのだ。


 彼はキャラメイキングガチ勢とはいえ、まったくフィールドに出ないというわけではない。

 ストーリーを進める『義務』が発生した時には、渋々愛しのメイキングルームから出る。

 他にも、他プレイヤーとの『自分(キャラ)品評会』や『スクリーンショット大会』などの場合もフィールドに行くことがある。



 そんな時だ。

 みんなでわいわい変声ボイスチャットをしながら、お互いのキャラをベタベタに褒めあっている幸せな空間。

 そこに襲い来るエルダードラゴン。

 急に陰る空。流れる専用BGM。

 遠くからはそいつの吐いた『竜の息吹(ドラゴンブレス)』(レベルカンスト前衛キャラじゃないと即死)が流星群のように降り注ぎ、世界は破滅の炎に包まれる。


 幸せ甘々空間が一転して阿鼻叫喚に。

 それまでキャラ作りの一環として「○○ですぅ」みたいにしゃべっていた人が、「おいヤベーぞエルダードラゴンだ!」と叫んだりする。


 そうして高まる運営への不満。

 攻略サイトの閲覧者コメントには今日も『嫁(よめ、と書いて、おれ、と読む)をあの世界から救い出したい……』と書かれ、検索エンジンではゲーム名のあとに『クソゲー』という変換候補がトップで出るのだ。



 で、あんまりにもクソなもので、彼は考えた。

 そう、己自身がエルダードラゴンになることだ、と……



 ……当然ながら、キャラメイキングで容姿をいかに作り込もうとも、キャラのステータスは変動しない。

 巨体でも腕力があがるわけではなく、軟体でも操作性が変化することはない(そもそもVRなのでプレイヤーの方が軟体の身体に対応できない)。


 彼もそんなことはわかっていたから、ほぼスクショ(スクリーンショットの略)用に作り込んでいたキャラクターだったのだが――

 ――作り込みの最中で、ゲームが終了した。


 彼はキャラメイクに非常な時間をかける方である。

 眉毛の角度を悩んで半日つぶしたりもするのだ。

 そんなわけで、彼はドラゴンの姿で精霊たちに記憶されていたのだろう。


 あと、予想だが……

 たぶんゲーム世界終焉の要因の一端は、『プレイヤーを飽きさせることなく、刺激的なゲーム生活を送ってほしい』とか言って最強モンスターを野に放った運営の気遣い(キチガイ)があるだろう。

 すごいやエルダードラゴン。設定通り世界を滅ぼしやがった!



 ……そう、設定。

 彼は一つの、大きな発見をしていた。



 彼は先ほど山賊どもとの戦いで確認したのだが、どうにも、エルダードラゴンとなった彼の身には、『古代竜』の設定通りの能力が付与されているようなのだ。

 ゲームでは、そんなことはなかった。


 キャラメイクで作ったキャラの見た目通りの能力が付与されるようなゲームであれば、もっと長生きできただろう。

 しかし運営は(プレイヤーから見れば)ゲームの寿命を削り取ることに必死であり、彼らの努力は『ゲームの寿命を削る』ことにだけ注がれていた。

 なので、そういう楽しい遊びを提供してくれることはなかったのである。



(……あれ? このゲーム、リアルになったとたんに神ゲーになってないか?)



 運営の消えたゲーム世界。

 そこはどうにも、楽園だった。


 ただ、ここを楽園と言い切るために、どうしても一つ、試さねばならないことがある。

 それは――



「竜の化身様!」

「我らが神!」

「ああ、素敵!」

「えっと、えっと、とにかくすごい!」

「そう、すごい!」



 だんだん褒め方のレパートリーが尽き始めている精霊たちを、片手をかかげて止める。

 精霊たちはピタッと言葉を止め、彼の言葉を待つように、輝く瞳で彼を見つめた。


 彼は――

 もはや『外見に合ったキャラを演じるクセ』が骨の髄まで染みついている彼は――

 おごそかに、『エルダードラゴンがもししゃべったらこんな感じだろうな』というロールプレイを崩さないように――



「――みなの者、よく聞いてくれ」



 あたりに緊張した雰囲気が漂う。

 彼は、あくまで『エルダードラゴンらしく』――ゲームのエルダードラゴンはしゃべらないタイプの害悪だけれど――言った。



「――俺は、ドラゴンをやめる」



 そう、ここを真の楽園と言い切るならば――

 ――キャラメイクができるか、試さねばならないのだった。

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