ゲーム世界に転移したドラゴン(人間)
「馬鹿な、なぜ、『古代竜』が、こんな小さな村の味方をする!?」
山賊は目の前にある景色が信じられなかった。
小汚い亜人どもの村。
力なく、文明から遠ざかり、しかし美しい容姿のお陰で利用価値のある『精霊族』の、集落のはずだ。
祈りを捧げるだけしか能がない、美しいだけの連中。
村の防衛設備はお粗末なものだし、かといって精霊族そのものが強いという話は聞いたことがない。
だから、こんなところにまだ手をつけられていない村が見つかった時は、あまりの幸運に舌なめずりをしたものだ。
高く売れる――奴隷として。
いち財産稼げるのだ。こんな! 弱い連中をさらって! おどして! 売りさばくだけで!
まさに人生最高の幸運がおとずれていたはずなのに――
今、彼らは人生最悪の絶望を目の前にしている。
「――人間よ」
エコーするような、低く険しい声。
彼ら――山賊たちは、その重い声を向けられただけで、身動きがとれなくなる。
竜の声には力がある。
『古代竜』――最強の、そして絶滅したと言われる竜種であれば、その一声だけで敵対者は呼吸もままならないほどの『拘束』を受けることになるのだ。
「――立ち去れ。ここから、立ち去れ。そして、ここで見たものを口外するな。それから、他種族に迷惑をかけることなく清廉な人生を送るのだ」
山賊たちはすぐに承諾できなかった。
なにせ、竜と交わす約束は、書面のない口約束でも、魂を縛る効果があると言われているからだ。
もっとも、考える時間は長くなかった。
『古代竜』が――山賊たちを見下ろすほどの巨体の、金属のように光沢のある黒いウロコで全身を覆ったその生物が、ただ口を開くのが見えた。
竜が無言で口を開く。
そして、息を吸い込む。
――それは、『竜の息吹』の予備動作に他ならない。
下級の竜でさえ、金属鎧で全身を覆った騎士を丸焼きにするほどの息吹を吐く。
では、古代竜の息吹はどうか?
考えるまでもない――骨さえ残らないだろう。
「や、約束します! 精霊の村がここにあったことは誰にも言いません! 悪いこともやめます!」
最初に、首領と思しき男が約束を交わす。
それを皮切りに、次々と――十数名の身なりの汚い、しかし屈強な大男どもが、「俺も約束します!」「殺さないで!」と悲鳴にも似た声をあげるのだ。
そして、『約束』は果たされる。
彼らの胸の前に黒い紋様が浮かび上がり、ガチャリと鍵が閉まったような音がした。
その光景を見て、『古代竜』は――
(すごい。竜の約束って、本当に『魂を縛る』んだな……)
惚けたように、そんなことを思っていた。
しかしヒトにドラゴンの内心を読み取るのは難しい。
約束をした山賊どもが、ガクガク震えながら己を見上げている様子を見て――
『古代竜』は、ハッとして言葉をかける。
「立ち去れい! 二度と我が前に姿をさらすな!」
「は、はいィ!」
山賊たちはバタバタと地面をひっかくようにしながら慌てて立ち上がり、去って行く。
彼らがすべて、いなくなったあと――
精霊族の集落側から、数名の、美しい容姿の者たちが出てきた。
精霊。
予想が正しければ『精霊』と名乗る人種の中には男もいるはずなのだが、この村には女性しかいない。
その中で、ひときわ美しい、黄金の精霊が全員を代表するようにあゆみ出た。
「ありがとうございます! これで、私たちの村は救われました」
精霊たちから、次々に感謝の声があがった。
『古代竜』は、そのとがった前脚の爪で、コリコリと額あたりを掻く――まるで人間が困った時にそうするような、間をもたせるための動作。
「いや、勢いでやっただけだし……」
「さすがは『竜の化身』様です!」
「我らが祈りを捧げたお方!」
「必ずや我らを助けてくれると信じておりました!」
「はるか太古のように、我らを導いてください! それだけを夢見て、悠久の時を過ごしてきたのです!」
「我らは再び、あなた様にお仕えできる日を夢見て、記憶を薄れさせながらも、あなた様のことだけは忘れぬよう、あがめ続けていたのです!」
「……いや」
宗教的な歓声に、彼はちょっとあとずさる。
そして、無駄だとわかりきっているような声で――
「……俺、人間なんだけどなあ」
彼は己の正体を語る。
そう、たしかに人間で――
――彼は、オンラインゲームのプレイヤーだったのだ。