僕たちの神風
君泣くな 神風と散る 夏の夢…
夏のゼミのテーマが戦争に決まり、五人の仲間で神風特攻隊を描いた「永遠の0」という映画を私の部屋で観たあと、母が出してくれたジュースを飲みながら討論を始めました。
最初に慎吾が感想を述べました。
この映画は戦争を美化してる
神風なんて洗脳されてただけだよ…
すると剛が反論しました。
それは違うな
隊員たちは家族のために命を捧げ、そのおかげで今の平和があるんだ
吾郎はどう思う…
吾郎がクールに言いました。
俺たちだって洗脳されてるしね
時代が狂っていたんだね…
ついに拓哉が怒りました。
馬鹿野郎!洗脳とか狂ってるとか
お前ら英霊を侮辱するな!
正広はどう思うんだ…
私は言いました。
隊員たちの気持ちは彼ら自身しかわからないと思う
特攻した隊員たちは全員死んでるから誰も彼らの気持ちはわからないと思うよ…
討論は夜まで続きましたがレポートはまとまらず拓哉たちは帰りました。
そして疲れた私はビールを飲んで横になり、そのまま朝を迎えたのです。
早朝に目が覚めると母がベッドの横で泣いてました。
母さん、なんで泣いてるの…
母は私を抱きしめ、熱い涙が私の首筋を濡らしました。
正広、ごめんね
母さん何もしてあげられなくて
本当にごめんね…
母は泣き崩れ、気づくと父が扉の前に立ってました。
父は厳しい顔で私を見つめ、その手には一通の手紙が握られてました。
正広、お前は父さんの誇りだ
父さんが代わってあげたいけど…
父の目から涙が溢れ、妹が私に抱きつき泣きじゃくりました。
お兄ちゃん行かないで!
お願いだから…
私は悲劇を知らなかったのです。
父さん、いったい何があったの…
父は手に握っていた手紙を差し出し、その内容に私は頭が真っ白となり手紙を手から落としました。
中居正広殿
貴殿を神風特別攻撃隊員と任命する
至急◯◯飛行場に参集せよ
父の車に乗りガレージを出発すると近所の人たちが国旗を振って見送ってくれました。
信号で車が止まり方向指示器の音がカチカチと無言の車内に響いたとき気づいたのです。
何かおかしい
俺って大学生だよな
なんで神風?
これは夢では…
私は運転する父に叫びました。
父さん、これ夢だよ!
家に帰ろう!
父は何も答えてくれませんでした。
私は自分の頬をつねりました。
しかし何度つねっても痛いのです。
飛行場に着くと小百合が私を待っていました。
彼女とは大学を卒業したら結婚するとまで約束してたのです。
彼女を抱きしめ口づけをすると彼女の涙が私の唇に滴り落ち、私はその涙をむさぼるように味わいました。
私は彼女の涙と共に死にたかったのです。
正広…あたし待ってるから
必ず生きて帰って…
俺はもう帰れないから
小百合は幸せになってくれ…
待機する五機の零戦がエンジンを唸らせ、拓哉たち四人がその戦闘機の前で私を待ってました。
五人は互いを抱き締め、健闘を誓い合うと、零戦に乗り込み大空に舞い上がったのです。
五機の零戦は大海原を敵艦隊に向かい飛び続けました。
しばらくして慎吾が私を見つめ何かを指差していることに気づきました。
彼の指差す方角に顔を向けると、朝日が輝き、大きな虹が架かってました。
雲の狭間からは幾筋もの陽が射し、その神秘的なまでに美しい光景は、散ってしまう五人の命のために神が創ったのだと思いました。
やがて敵艦隊が視界に入り愕然となりました。
百隻を超える巨大な鋼鉄の要塞が白波をたてて大海原を日本本土に向け突き進んでいたのです。
この作戦の無謀さを理解しました。
五羽の小鳥に巨象の群と闘えというのか…
そのとき小百合からメールが届いたのです。
お願い 帰ってきて…
返信しようとして気づきました。
なんでスマホ?
これは夢だ!
慌てて四人に電話しました。
慎吾、作戦は中止!俺たちは夢を見てる
家に帰ろう…
正広、俺は奴隷みたいに無意味に生き続けるよりこのほうがいい
美しく死ねるなんてありがたいよ
お前は彼女を幸せにしてやれよ…
慎吾の零戦は敵の機銃掃射を浴び、空中で無惨に燃え尽き、海の藻屑と消えました。
剛、死ぬな!これは夢なんだ…
正広…例えこれが夢でも俺にはこれが現実なんだ
現実に戻っても悪夢の続きを観るだけさ
でもお前は彼女の元に帰るべきだよ
さようなら…
剛の零戦も蜂の巣となり、空中を旋回し海に墜落しました。
吾郎、家に帰ろう!
お前の言うとおりだ
この時代は狂ってる…
吾郎は哀しそうに言いました。
正広…狂ってない時代なんてありはしないよ
俺はもういいんだ
じゃあ元気でな…
吾郎は機体の中から手を振り普段と同じように微笑みました。
次の瞬間吾郎の零戦は急降下し、敵の空母に突っ込み爆発し炎上したのです。
拓哉死ぬな!
目を覚ませ!これは夢なんだ
俺はお前とまた喧嘩がしたいんだ…
拓哉は機体の中から涙を流し私を見つめてました。
正広、人生とはこんなにも美しい…
じゃあな…
拓哉は海面すれすれを飛び敵戦艦の中央部に激突し命を散らせました。
そして私は小百合にメールを返信したのです。
さようなら
夢が覚めたら又逢おう…
終わり