体育祭。体育祭? 3
ブッシャーと離れたところで立派な水の柱が登ると同時に、「うぎゃー」と生徒の悲鳴が聞こえた。
それを尻目に、フィールドに設置してあるバリケードに身を隠しつつ、白いTシャツに赤い鉢巻姿の私は、周りを警戒し続ける。
前方確認!
後方確認!
敵の姿、無し。
「こちら、荒木から副将へ。D-2地点から目標のB-4地点に向けて進行開始します。オーバー」
左耳にはめ込んだ防水のイヤホンを左手で押さえながら、涼に教えてもらった通りの言い方で、無線機を使って基地にいる創也に報告する。
「こちら、井上から荒木へ。A-4地点に敵を確認。攻撃に警戒せよ。オーバー」
そしたら創也から返答が来る前に監視班から情報が入った。今すぐそれに返事したいところだが、ダブりを避ける為に創也からの連絡を先に待つ。
「こちら、副将から荒木へ。了解した。オーバー」
「こちら、荒木から井上へ。情報感謝する。オーバー」
さて、連絡も済んだところで頭の中でこのフィールドの地図を思い浮かべる。A-4地点は…ここから11時方向だな。その辺りに気をつけながら、そして、地面を踏みしめるのにも気を抜かないで素早く進む私。
現在、水合戦の真っ只中。みんなで話し合いとシュミレーションを重ねたにも関わらず、やはりここでも天雷クオリティーが私たちを襲った。
遡ること水合戦開始前。
「設置した水合戦のフィールドには地雷がランダムに埋められてます。踏むと下から水が吹き上げてくる仕組みとなってますが、濡れたからと言って脱落ではありません」
体育委員からの地雷埋めたんだよ発言で、クラスのみんなが、やはりか、大丈夫か、とざわめきだす。
地雷というのは、体育委員が説明したように、設置型の罠だと考える。踏んだら相手チームにも居場所を知られるばかりか、かぶった水で時間を取られるのだな。やりづらくはなったが、今回の天雷要素は創也が予測した三つ目のパターンに該当する。
「脱落はルール通り、Tシャツが相手の色水に当たった場合のみとなります。他に注意する点として、モニター用のカメラには水をかけないように気をつけてください。説明は以上です」
体育委員の話によると、フィールドの各箇所に保護者にも見えやすいようカメラを設置してあるらしい。弁償とかはじっちゃんにさせたくないので言われた通りに気をつけよう。
「全員、注目してくれ」
未だざわめくクラスを静ませるように、弟子が大きめに声をかけた。みんな声のした方に視線を向ける。
「…今んところ、点数は白組が優勢だ。ここで持ちこたえねぇと俺ら紅組は負けが確定する。で、負けたチームにはもれなくペナルティーが待っている。俺はあいつのペナルティーなんざ、ぜってぇ受けたくねぇ。…お前らもそうだろ」
クラスの不安を代弁するかのような言葉に周りが共感を示した。
「んな状況ん中で、天雷はフィールドに手を加えてきやがった。だがまだ勝機はゼロじゃねぇ。こっちはその対策を既に考えてあんだ。使う作戦は、Eで――勝ちに行くぞ」
まっすぐ前を見据え、決意にも似たその最後の一言に重みを感じた。相当天雷のペナルティーというものが嫌だとみる。私も負けたら高等部の生徒会に入る約束をしているので、勝ちに行くことには大いに賛成だ。
「当たり前だ! その為に頑張ってきたもんな!」
涼が弟子の言葉に乗っかって声を上げる。そしてその涼につられるように、他のクラスメイトも何人か水合戦に向けて、声にしながら意気込みを示した。
「…なら円陣、組んどくか」
それを見ていた弟子がポツリと提案、したのは分かった。けど、分からない。
円陣ってなんだ?
こうなったら周りの見よう見まねで合わせて行こう。
見渡してみると、弟子の提案に従って、渋々といったもの、照れ臭そうなもの、ノリノリなもの、決死の覚悟をしたもの等々、様々な顔をしたクラスメイトが、並んで肩を組み円の形になっていく。いつのまにか近くにいた創也を隣に、私も組んで円に加わった。
そして総勢二十九人の大きな円が出来上がったところで、どうするのかと様子を見ていたら、隣の創也が弟子に向かって話す。
「大将、掛け声は頼んだ」
「…あぁ」
なんだ。何を掛け声で言うんだ。その間、私は何をどんな感じで聞けばいいんだ。創也達のやりとりを聞いて不安が募る。
「…創也、オニ・ヤマが掛け声をかけた後、私はどうすればいいの?」
そしてついに我慢できなくなった私は創也に聞いてしまった。非常識のレッテル、これで貼られてしまっただろうか。
「その後は、普通に『おー』とか言いながら気合を入れるだけだよ」
よかった。創也の返答からしてそのレッテルはまだ貼られていないらしい。思い切って聞いてみるものだな。私がホッとしている間に弟子が喉をさりげなく整えて口を開く。
「A組!! 勝つぞ!!」
「「「おおおおお!!」」」
言われた通りに気合を込めて大きく出した私の声は、クラスメイト全員のものと合わさり、より大きなものとなって運動場に響き渡った。
そんな円陣効果なのか、組んだ後のみんなの表情は、する前のバラバラだったものに比べて、統一されたものになった気がした。
そして気合を入れたところで、私たちは水合戦の作戦に向けて準備へと進んで行く。
その作戦Eというものは、最初に弟子が考案したものに、創也の三つ目の天雷対策を盛り込んだものだ。他の作戦と比べ、フィールドに罠を仕掛けられた場合に備えて、犠牲を抑える為に守りの数を多めで設定した。
水風船を多めと、防犯ブザーと、水鉄砲と、それに手作りの罠を忘れずに所持しなければ、と考えている私は、この作戦で錯乱役を担っている。
他にはハシゴの上で周りを見渡す監視班、基地の近くで守備を担う守り班、敵の注意を引く誘導班、その隙に敵の基地へと進む突撃班などなど、細やかな役割で班に別けらている。
そして今現在、私はその錯乱を起こすポイントに向かっているところだ。
背中に背負った水鉄砲の色水と、腰につけたバッグに入れてある色水風船が、進むたびにタプタプと揺れるのを感じる。
ちなみに私たちの色水は赤色。相手は青色だ。今着てる白のTシャツに青色がついたら私は脱落となる。
役割を全うする為にも、できるだけ長く生き延びよう。
と、ここで無線が入る。
「こちら、漆原から全員へ。目標地点に到達。錯乱を開始するわね。オーバー」
言い終わるや否や、けたたましい金切り声がフィールドに響く。
防犯ブザー Anatanokawarini-Sakendeageru0224の威力は相変わらずすごいな!
「こちら、紙川から全員へ。同じく目標地点に到着。錯乱を開始する! オーバー!」
そしてまた別の方向からも金切り声が鳴りだした。
私もモタモタしていられない!
他の錯乱班に遅れを取らないように進行のペースを早めた。
目標地点にある複数のバリケードに自分たちで作った罠を仕掛け、その内の一つに鳴らしっぱなしの防犯ブザーを隠し、自分の身も隠す。
作戦通りに行動した結果。
「そっちに逃げたぞ! 追え!」
あっという間に見つかってしまった。
どうしてこんなに早く見つかってしまったのか。
全ては天雷の地雷を踏んでしまったのが原因だ。
ブッシャーと上がった水の柱に巻き込まれてビショビショ姿のまま、わーわーと言いながら私を探す敵チームをバリケードの陰からそろりと覗いて状況を整理する。
この地雷の所為で、せっかく仕掛けた罠に全然引っかかってくれなかったのは痛い。これは地雷に引っかかった私が鈍臭いと言うことか。ふっ、断じて認めない。
『白組! 2名脱落だああ! そして紅組も1名脱落うう! おぉっとまた別のところで戦闘が始まったぞおお!』
未だあちこちから聞こえる防犯ブザーの金切り声と、時折聞こえる司会の声を背景音楽に、無線からの情報でA組の現状を把握する。
錯乱は一応先ほどのも含めて、効果はあったようだ。そこから誘導班がうまく敵を一箇所に集め、突撃班が動き出すところらしい。
一方の基地では何度か襲撃があったものの、敵チームがまとまって攻撃と言うよりも個々で攻撃していたらしく、防ぎ切れている。
これと言った作戦を向こうがとってないように思えることから、弟子が最初に言っていたように、部活生が多いクラスの敵チームは私たちのことをなめていたようだ。
それは大いに結構。存分になめて負けてくれ。
さて、ここからは時間との勝負だ。いつまでも誘導班が敵チームをまとめていられるかわからない。よって、まだ生き残っている私は、次の段階として、突撃班に加担する。
「こちら、荒木から突撃班へ。錯乱任務完了、そちらに合流する。オーバー」
「こちら、風間から荒木へ。助かる。何名か脱落していたところだ。現在C-2地点を通過中。A-4地点に今から入る。オーバー」
突撃班の班長である涼との連絡が終わった後、地雷を何度か踏んでしまいながら突撃班と速やかに合流した。
そして敵の基地まで走って進む。途中また地雷を踏んだが、絶対気にしてやるものか!
敵チームの基地付近に到着したところで、無線が入る。
「こちら、大将から突撃班へ。敵が総攻撃を仕掛けてきやがった。長く持ちこたえられるかわからねぇ。急いでくれ。オーバー」
「こちら、風間から監視班へ。仕掛けて来た人数は分かるか。オーバー」
「こちら、火宮から風間へ。正確に把握できませんが、十人は超えています。オーバー」
今現在誘導班が相手している敵チームの人数も引くと、基地の守りは少ないとみる。
「こちら、風間から大将へ。今から突撃を開始する! それまで持ちこたえてくれ! オーバー!」
涼の合図で私たちも一気に攻め込んだ。
二人一組になってお互い連携しながら、水鉄砲で撃って、水風船を投げて、と一人ずつ敵を脱落に追い込んでいく。人数的にこちらの方が有利だった所為もあって、敵の勢いもどんどんなくなってきた。
そんな時、突如敵の大将が基地から飛び出して逃亡を図る。
「突撃班! 追え! 挟み撃ちだ! 監視班! 敵将はどっちに向かってる!」
「B-2です!」
無線の言い方なんて忘れて涼が叫びながら無線を入れる。監視班の暁人が同様に答えた。
B-2は私が錯乱作戦を実行したB-4の近くだな。なら、こちらはB-3を通って――と頭の中で地図を思い浮かべ、急いで向かう。
「敵将を見つけ次第、報告せよ!」
「突撃班! まだか! こっちは突破されそうだ!」
「敵将、B-4で目撃!」
「誘導したはずの敵チームがそっちに向かいましたわ!」
「応援を要求する!」
水合戦の山場にさしかかっているのもあって、無線が荒れる。状況の掴めない中途半端な情報は混乱を呼び、統率は保てなくなった。それでも決着が決まる時は確実に迫っている。その決着は、紅組が先に敵将を見つけるのか、白組が先に基地を突破するのか、それで決まるのだ。
敵将を見つける重要な役割を私たちは担っている。それが余計に突撃班を焦らせた。
この状態で、果たして勝てるのだろうか―――。
『決まったあああ! 白組の大将が紅組の罠にかかり、脱落! よって紅組の勝ちだああああ!!』
混乱の中、司会の実況により、紅組の勝利が確定したことを知るや否や、勝利の雄叫びを私たちはあげた。
焦りと不安からの勝利確定は、私の心を跳ね上げさせ、それに合わせて私自身も跳ね上がらせた。
心に湧き上がるのは、興奮。応援団のパフォーマンスでマジックを披露した時とは、また違う種類の興奮。それに達成感と歓喜が合わさって、私の心は大変なことになっている。
さあ、戻ろう。心が喜びで爆発してしまう前に、勝利の喜びを、溢れる感情を、周りと分かち合うのだ。




