菊月の独白、応援団練習
(菊月視点)
憧れと嫉妬は紙一重だ。
「今のバトン渡しはスムーズにいけたね!」
私、菊月明日香は目の前で満面に笑う荒木道奈を見ながら、そう断言する。
「うまくいきましたわね」と当たり障りのない言葉を言う私の頭には、両親から洗脳のように吹き込まれた制約がぐるぐると回り続けていた。
一つ、荊野薫子より目立たず、引き立て役に徹して彼女と仲良くすること。
二つ、その流れで、林道様、風間様、火宮様とお近づきになること。
今までこれが当たり前なのだと思っていた私は、なんの疑問も持たずに従って生きてきた。加えて、荊野薫子の周りは私と同じように生きている子がほとんどだったから、自分だけではないのだと、余計に自分からも言い聞かせていた。
そこに疑問を持つようになってしまったのは、いつからだろうか。
振り返れば、荊野薫子を使って荒木道奈を体育館裏に呼び出した時、彼女が披露したマジックを見たのがキッカケだと思う。
自分が自分であることに、自信を持つ彼女の姿が、
どんな状況でも、自分らしく振る舞う彼女の姿が、
私には眩しく見えた。
私とは、いつも正反対の場所にいる荊野薫子。
彼女と荒木道奈は同じ場所にいるのだろう、とすぐに気づいた。
それを認めたくない自分が、この感情を歪に曲げたのだ。
歪となっても、荒木道奈のように生きてみたいと思う気持ちは消えない。
他人を引き立てるために、私は生まれてきたのではないし、見目の良い彼らと仲良くできたら悪い気はしないが、良縁を結んで家の財布をより潤すことが、私の使命というわけでもない。
考えれば考えるほど、親が与えた制約に反発する自分が大きくなるのを感じた。
そんな時に持ちかけられた荒木道奈からのお誘い。
制約が待ったをかけて、一瞬ひるんだが、受けた。
荒木道奈がどんな人間なのか、より知ろうと思う自分が優って、黒い感情を抱きつつも、これまでリレーの練習に付き合ってあげてきたのだが、
「菊月さんは、やっぱり教えるのがとても上手だね。バトン渡しのコツ、お陰で掴めたよ」
「そんなことありません。荒木さんの飲み込みが早いからですわ」
「学ぼうにも、教える人がちゃんとしてなかったら学べないよ。バトンの握り方でこうもタイムが変わるなんて、思いつかなかったし」
「わ、私は、走るのが特段速いというわけではありませんので、それ以外で工夫できるものはないかと、自分なりに調べたものをそのまま教えただけですわ」
「調べて理解するのと、それを教えるのは別の能力だと思ってるよ。菊月さんは、そのどちらの能力も高いんだね。それに、調べてくれてとても助かるよ。私も何か資料はないかって図書室で探したんだけど、リレー関係の本は全部誰かが貸し出しちゃってて調べられなかったんだ」
「いえ、そんな…」
引き立て役の私は、引き立てる相手が望む情報を先回りして手に入れておいて、相手が必要な時にさりげなくそれを伝えると、感謝されて好感度が上がることを知っていた。
その癖で今回もネットで適当に検索して得た知識をさりげなく伝えただけだ。
それなのに、私がそんな大層なことをしたように言うのだから、荒木道奈と話していると、むずかゆい気持ちになる。
褒められ慣れていない所為かもしれない。
けれども、引き立て役をしていたからわかる。褒められて悪い気になる人は、相当ひねくれた人間でない限り、ほぼいない。その法則よろしく、私も褒められて悪い気分どころか、どう返せばいいかわからなくなって、口ごもってしまう。
「――菊月さんが、リレーのメンバーにいてくれて、本当に良かったな」
そんな笑顔で言わないで。
彼女はいとも簡単に、引き立て役としての私を忘れさせる。
だから、一緒に過ごす時間を重ねれば重ねるほど、この黒い感情も小さくなっていって、同時に、こんな歪な気持ちを隠して仲良くしている私が醜くみえるのだ。
そんな考えも全部表面で隠して、荒木道奈とリレーの練習をし続けるのは、なぜか。
この気持ちを認めたくない自分が大きいから、まだ認めてあげない。けど、少しだけ、この時間が楽しいと思ってしまってるのは確か。
そんなことどうでもいいじゃないか、素直になれよ、と言う自分が少しずつだが、確実に大きくなってきている今日この頃。
私は今日も荒木道奈とリレーの練習を続けるのだ。
****
(主人公視点)
リレーの練習のある火曜日は、その後、応援団の練習に参加するべく、運動場に移動するのがパターン化しつつあった。
この日も団員たちは応援団パフォーマンスの準備に勤しんでいる。
「はい、練習止めっ。では、最初からやりますわよ。いち、にっ!」
雑多に鳴り響いていた太鼓の音が、副団長の水谷先輩の一声でやみ、3拍おいて、揃った迫力のある音に変わった。彼女が太鼓係の団員のまとめ役なのだ。
「この一週間で体に叩き込んだ歩幅を忘れるな。お前たちの役目は動きが揃った時が一番美しく優雅に見える」
「「「うっす!」」」
その向こうでは、旗よりも長くひらひらとした薄い布を一人ずつ手に持った5人の団員が肩で息をしながら俺俺キャラの石川先輩の指示を聞いていた。
そして、私は団長の安倍先輩とマジックの流れをこの日は確認しているところだ。
「秘密裏で依頼していたものも順調に出来上がると美術部から連絡があったから、そこは問題ない。マジックも、この流れでいいな。やはりこれだけの数のマジック道具を仕上げてしまうのは大変だっただろう。約束さえなければ、私たちも手伝ったんだけどな」
「いえ、好きなことなので。それに、勝利のためと思えば、お安い御用です」
「好きなことか。そういうのを今のうちに見つけれてて羨ましいよ」
「団長はないのですか?」
「そうだな…。好きなこと、というよりも、うちの家系はパイロットが多いんだ。血筋的なものなのか、俺は小さい頃から飛行機のプラモデルを集めているな」
パ、パイロット、だとっ。
「それは、つまり、親族には空を飛ぶ機械のスペシャリストがたくさんいるということですかっ」
前の世界にいた時は、ドラゴンに乗ってよく空を近くで眺めていた。
魔法のないこの世界で同様のことをしようとなると、飛行機という魔力なしの燃料で空を飛ぶ鉄の塊と、それを操縦するパイロットが必要になると学習済みだ。
そんなすごい人の関係者がこんな身近にっ。そういうわけで、私は興奮した。
「まぁ、言い換えたらそうなるな。実は空中散歩用の自家用飛行機も所有してるんだ。日本じゃ珍しいかもしれないが、アメリカとかだと結構一般なんだよ」
空 中 散 歩 用 !?
驚愕の発見続きで、私はしばし停止した。
いやいや、落ち着くのだ私よ。今は応援団パフォーマンスの練習中だ。これについてはあとから詳しく聞けば――
――停止した後、自分を窘めていると、それは突然閃いた。
「っ! 団長! 提案があります!」
「ん? どうした」
「それがですね――」
そして、その閃きを私は団長にダメ元で提案してみた。
それにより、マジック準備の段階が終わったこの後は、私も石川先輩の指示のもと、パフォーマンスの練習にとりかかる予定のはずが、団長との話し合いで今日は時間切れとなったのだった。
****
菊月さん、井上さん、坂倉さんとのリレーの練習を終えた次の日の月曜日。
ズバリ、私がテレビに映る日である。
お昼のワイドショーの小さな1コーナーのVTRだと言われていたが、クラスメイトの親は皆みるつもりでいるのは把握済み。なぜなら、みんなから聞かれたからだ。
そういうわけで、現在放課後。
寮に着いてすぐに感想を聞くべく、じっちゃんに電話した。
「もしもしじっちゃん! テレビ見た?」
『もしもし。当たり前だ。録画もしたぞ? 今度家に帰ってきたら見てみるといい』
知らない人が自分を知っていくのは、やっぱり怖いけど、大好きなじっちゃんに私の学校での日常を見せられたのは、嬉しい。
自分の姿をテレビで見るのも、ちょっと照れるな。それでも良い気分の私は元気よく承諾してあげるのだ。
「うん! ちなみに、どんな感じで映っていたのかちょっと教えて?」
『道奈が理科室で授業を受けている風景がまず映っていたなぁ。そのあとは準備室で創也くんともう一人、別の男の子と三人で話しているところと、実験を始めている姿が映って、インタビューに切り替わっていたな』
そのもう一人の男の子は暁人とみたっ。
口調から、変な風に映っていないようで少しホッとする。
創也から言われていたのだ。テレビは編集で悪くも良くも映すことができるんだってね。そんなことは起こらなくて本当によかったよかった。
『…道奈が考えて決めたことにとやかく言うつもりはないが、テレビの所為で困ったことがあったら気軽にいいなさい。私にできることはなんでもするよ。あと、知らない人には注意するようにね。とくにナンパ野郎だ』
創也と同じことを言うのだな。
「うん。気をつける。心配してくれてありがとう。テレビに映った所為で面倒なことが起きないことを祈るよ」
考えつく面倒なことはキリがない。
キリがないから、考えるのはやめて、じっちゃんとの会話を楽しんだ後、いつものルーティンをこなしたのだが、
近い未来、思わぬ形で、テレビの影響を実感することになるのだった。




