テレビが来た 1
第一理科室で、これから行われる実験の説明を先生から受ける。話に集中しているのは、おそらく私とわずかな生徒のみ。もしかしたら、先生本人も授業に集中できていないのかもしれない。緊張からか、顔にはぎこちない笑みを貼り付けているし、先ほどから言葉が噛み噛みなのだ。
先生と生徒の集中を削いでいる最大の理由、
それはあちこちに向けられているカメラにある。
クラス全体を、先生を、そして私を撮る何人ものカメラマンたち。加えて大きなマイクを掲げる人たち、カメラに映らない位置に佇む人たち、教室には入れず、廊下で待機する人たち。合計約三十人以上の知らない大人たちが、周辺に居座る中、集中するのはやはり難しいだろう。
現に、先ほどまで授業に集中していた私も、こうやって別の思考に浸ってしまっている。
大男のやつめ。こんな異常な空間を何度も作り出そうとしていたのか。これでは私だけではなく周りの生徒の勉学が疎かになってしまうではないか。
出そうになるため息を喉奥でかき消しつつ、実験をするのに必要なことだけはきちんとノートに書きながら、授業前の出来事を振り返った。
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「荒木さん、こちらが今日取材する方々です」
そう言って、授業開始前の休憩時間に呼び出されて先生から紹介されたのは、四つのテレビ局から来た、六つの番組の取材班と二組の雑誌の取材班だった。
それぞれの番組の代表者みたいな人たちが一人ずつ自己紹介をしてきた。人数の多さに内心ビックリしつつも、強がって平静を装い、丁寧に一人一人相槌をうちながら返事をしていく。
だって、見知らぬたくさんの大人にビックリしただなんて、恥ずかしいではないかっ。
「初めまして、荒木道奈です。今回は無理な要望に応えて頂き、ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
「はっはっは、それを言うのは私たちの方ですよ」
「逆に、無理をしてでも取材を受けてくれて、こっちは助かる」
自己紹介を終えた私に、そんなどうでもいい理由で装った平静を、大人たちは感心するように私を褒める。
「それにしても思ったより、しっかりしたお嬢さんだな」
「落ち着いていて、花がある」
「やはり実物で見る方が可愛いですね」
代表者とはいえ、それでも合わせて八人もいるのだ。次から次へと話す人が代わり、忙しなく視線を動かして追いかけた。
会話の内容も、褒め言葉から授業中に撮る内容へと移り、実験が早めに終わると、他の生徒たちにも簡単な質問をする予定と、普段と一番近い状態を撮りたいから自然にいてくれと伝えられる。
別にそれぐらいならと、承諾して理科室に向かった。この人たちと共に。
私を先頭に、後ろからついてくる大人数の大人たち。もはやちょっとした軍団だな。すれ違う生徒や先生が立ち止まり、目を大きく開けて凝視されたが、私は心の目を瞑って見なかったことにした。
一週間前からお知らせのプリントで予め伝えられていたクラスメイト全員の視線が私に当たる中、自分の班の席に座り、そして、現在に至る。
「――で、では、早速、実験を初めてみましょうっ」
声を上ずらせながらの先生の一言に生徒たちがわらわらと動き出す。
「俺は実験に必要な器具や道具を取って来るかな。道奈、一緒に行こう」
「うん、行こっか」
「荒木さん、私も手伝いますわ!」
「私も!」
「なら私は材料を取って来ますね」
「…雨倉、俺も手伝おう」
私の班は、器具調達に創也、私、菊月さん、石森さんの四人、材料調達に真子と紳士な行動で真子に助っ人を申し出た弟子の二人、となぜかとても偏ったものになった。
ただ実験道具を持って来るのに四人もいるか?
疑問に思ったが、やる気のある様子だし、使う材料もそんなにないから、何も言わなかった。
「荒木さん、今度のリレーの練習ではバトンの受け渡しに集中してみるのはどうでしょう」
「そうだね。この前は受け渡しミスが何回かあったもんね」
「道奈ちゃん、今日のヘアゴム可愛いー! 超似合ってる! いいなあ」
「ありがとう。今朝創也から貰ったんだ。石森さんのヘアピンも可愛いよ」
理科準備室に向かう途中、こんな風に菊月さんと石森さんから頻繁に話しかけられる。内容が二人ともバラバラだから、同時に二つの会話をしているようでこっちは大変だ。でも何より、リレーの練習を始めて少し仲良くなりつつある菊月さんはわかるが、石森さんが私にやけに親しげに話しかけてくるのには戸惑った。
挨拶するくらいだったのに…私の腕に自分の腕を絡ませてきたりと、まるで私たちが友達であると錯覚する勢いでボディタッチが多いし、親しげだ。
二人の勢いに押されて隣にいた創也は割り込まれ、いつの間にか私の両側は二人に陣取られていた。
居心地が悪いと感じながらも、がっしりと絡まれた腕を無理矢理解く術もなく、無難に対応してたら理科準備室につながるドアに到着する。
そしたら前方を歩いていた創也が振り返った。
「僕と道奈は顕微鏡を取ってくるよ。石森さんと菊月さんはビーカーを―――お願いするね?」
最後の一言に若干の冷気を感じた所為か、二人は大人しく私から離れてくれた。
「僕らのことは待たなくてもいいから。ビーカーを探したら先にテーブルに戻って準備しててね」
こうして、創也の指示により私たちは二手に別れることになった。
創也母スマイルでちょっと怖かったけど、結果助かった。
居心地が悪いと感じていたのに気づいてくれたのかもしれない。さすが我が親友!
友情に感動しつつ、ドアをくぐると中には他の班の生徒もいて、わりと賑やかだった。
なおもカメラが付き纏う中、二人で顕微鏡を探していると、両手で顕微鏡を抱える暁人と鉢合わせになった。
「暁人、それどこで見つけたんだ? いつも置いてあるところになかったんだが」
隣にいる創也が暁人に聞いた。
「向こうの棚にありました。新しい備品を入れるために整頓し直したようですね」
「あっちだね! ありがとう」
お礼を伝えて暁人とは別れて棚に向かい、望みのものを手に入れてテーブルに戻った。
この時は、暁人との何気ないやりとりだと思っていたのだが、これが原因で後々、大変な騒動に巻き込まれることを、私はまだ知らない。
****
(雨倉真子視点)
…なんなの、この状況。
用意された材料を使う分だけ容器に移している私の隣で、鬼山が別の材料を容器に入れている。
なんで私はよりによって鬼山と実験の準備なんかしてるの…目立つじゃない!
しかもなんでテレビが学校に来る事態になってるのよ!
それもこれも、原因は一人しか思い当たらない。
荒木道奈。
昼休みにマジックを披露したあの日を境に、学園内から、学園周辺、そして全国へと尋常ではないスケールで日に日に目立っていく彼女。
ついにテレビまで連れてきてしまったのね…。
理科室を見渡すと、カメラに緊張してぎこちない人たち、逆に調子に乗っておちゃらける人たち、良く映ろうと、わざとらしい程に普段よりも愛想を振りまく狩り人たちが目に入った。
あ、立花は一人得意げにテレビ関係の人と話をしてる。
何を話しているのか聞こえないけど、なんとなく察しがつくわ。ゲーム通りの立花真里亞なら、粗方、両親の話を餌にして自分に少しでも注目してもらおうと足掻いているか、プライドの高い立花真里亞が荒木道奈に嫉妬して根も葉も無いことをバレない程度に吹き込んでるか、逆に菊月さんや石森さんのように親しいアピールをして後でカメラを独占する算段か。三つ目はありえそうにないけど、このどちらかね。
前世は職を転々としてたお陰で、テレビ事情も少しだけ把握してるから分かるけど、撮影中に関係ないことで話しかけて来る部外者ってほんと、邪魔なのよね。相手が無視できない女優と歌手の子供だから余計にタチが悪い。
仕事中に横槍を入れるようなものだわ。
「はあぁ…」
「…これは俺が持って行く」
異常な状況に、思わずついてしまったため息に、何を思ってか鬼山が私の分までテーブルに持っていった。鬼山の後につくように自分の席に座りながら改めて気づく。
そうよ。テレビはもうしょうがないとしても、この鬼山の態度が一番異常だわ。
さっきのは、ため息をつく私を気遣ったの? そうなの!?
もう、ゲームと違いすぎるわよ…キャラ崩壊しつつあるじゃない…。
あなたの持ち前は、他人には容赦無く噛み付くくせに、時折ヒロインにだけ甘えた表情を見せてキュン死させることでしょう?
誰これ親切にしちゃったらレア度が下がるじゃない。
それに、この前の体育祭種目決めでは大将に立候補するわ、ゲームでは苦手意識を持っていたはずの林道創也を副将に選ぶわ、水合戦の練習ではちゃっかりクラスを引っ張っていくわっ!
そんなことするキャラじゃなかったでしょう!?!?!?!
思い返してますます内心取り乱した私はいつのまにか鬼山を怪訝な目で見つめていたらしく、鬼山が眉間にシワを寄せて話しかけてきた。
「…言いたいことがあんなら、顔じゃなく、口で言え」
「…ありがとう、といいたかっただけです」
ここで素直に言いたいことブチかましたら、平和なモブの立場から引き上げられること間違いなし。だから、当たり障りのない言葉で濁してプイっと目を逸らして会話を終わらせた。
早くこの時間がすぎることを祈りながら、全ての元凶と同じ班の生徒が戻って来るのを待っていたら、狩り人の菊月さんと石森さんがビーカーを持ってきた。
え、二人だけ?
あなたたち、さっきはカメラ意識して荒木道奈にべったりくっついてたじゃない。それに仮にも狩り人の一員でしょう? 林道創也に近づく滅多にないチャンスを無駄にしてのこのこ戻って来たっていうの?!
「…荒木さんと林道さんは?」
普段獲物に話しかける隙を伺っている狩り人の行動にはありえなさすぎて思わず聞いてしまったわ。
「…お二人は顕微鏡を持って後から来ますわ」
「…先に準備しててだって」
顔を一瞬青くして妙な溜めを作った後、話す二人にますます何があったのか分からなくなる。
でもこれ以上はモブとして深入りできないと判断して追求はせず、材料をビーカーに移した。
「待たせたね」
「ごめん、これを探すのに少し時間がかかっちゃって」
ここで顕微鏡を持った林道創也と荒木道奈が戻ってくる。
テーブルに顕微鏡を置いた後、さりげなく荒木道奈の椅子を引いてあげてから、隣の席に座る林道創也は、まるで彼女をエスコートするような振る舞いだった。
明菜っていう荒木道奈の友人が林道創也にちょっかいかけてくれたお陰で私は把握してるから、これが牽制だって分かるけど…今日は一段と気合いが入っているようね。
側から見たら、もはや恋人同士にしか見えないわ。
これもテレビが原因ね。
学園内だけでなく学園外に対しても牽制するつもりなのよ。
「はあああぁぁぁ」
また一つ、大きなため息が出た。
まったく、既にどっぷり執着しちゃってるわ、これ。
どうするのよ、ヒロイン来た時。
って、私には関係ないわね。所詮モブだし。
私が目立たないなら、もうどうなってもいいじゃない。
「雨倉さん、大丈夫?」
投げやりに開き直っていたら、荒木道奈に気遣われてしまった。
「荒木、こいつさっきからため息ばっかついてんだ」
しかも、鬼山が堂々と私のさっきまでの行動を告げ口しだした。
「なるほど。こんな時、紳士ならどうすると思う?」
「考えつくのは、悩みを聞いてやるか、体調が原因なら保健室につれてくか、だな。だが、どれもこいつは嫌がりそうだ」
ご名答、と言いたいところだけど、話の内容を全て理解するのにもう少し時間が必要だったから、ただ交互に二人の顔を見るだけしかできなかった。
「あー、うん。私も嫌がると思う。雨倉さんは目立つのが死ぬほど嫌いみたいだから、授業の後にさりげない感じで気遣うのが妥当だと思うよ」
「わかった、後でやって」
「やらなくていいです私は大丈夫です早く私たちも実験を手伝いましょう」
荒木道奈とキャラ崩壊した鬼山の会話があらぬ方向に落ち着きだしたとモブの神様が警告を鳴らしたので、慌てて拒否を唱えて話を変えた。
危なかったわ。
次危険な目に合わないように、これに関しては後で荒木道奈に問い詰めてやるんだから。
この後は、黙々と実験に集中して煩わしいものから目を逸らした。




