水合戦準備 1
創也視点で、途中から主人公視点に切り替わります。
体育の時間。以前暁人が言ったように、水合戦練習の為、俺たちA組は運動場に集められた。
副大将に、渋々なってしまった俺と、俺を副大将にした張本人である大将の鬼山は、このまとまりのないクラスメイト全員を引っ張っていかなければならない。先生はいるが、あの鷲崎先生だ。今もボーッと空中を眺めて時間が過ぎるのを待っているように見える。とても頼りない。鬼山も鬼山で、最近は大人しくなったが、皆をまとめていけるようにも思えない。
せっかく道奈が提案した種目なんだ。こうなったら俺だけでも引っ張っていくしかないな。人をまとめるのは、父さんを参考にすればできないこともないだろう。
道奈を視界に入れながら、まずは水合戦で使うフィールドについての説明から始めようか、と頭の中で段取りを決めていると、隣に立つ鬼山が急に声を張り上げる。
「全員、注目してくれ」
鬼山の方を見ると、通常の険しい顔に真剣味を滲ませた迫力のある表情をしていた。
「…今回大将を務める鬼山だ」
周りの視線が集まる中、急に自己紹介を始めたぞ。俺もする流れか、これは。
「ここにいる中で、天雷考案の種目を警戒してる奴は手をあげてくれ」
自己紹介をするかどうかで悩んでいると鬼山が天雷について触れてきた。俺を含めた全員が手をあげる。普段はバラバラなクラスだが、天雷に対する姿勢は同じということが見て取れた。
「この種目。確かな情報によると、十中八九、天雷が関与している」
それは俺も同意見だ。道奈が天雷に提案した時点でそれは確定している。
だからこそ、対策を立てて回避に力を入れるべきなのだが、そう考える俺とは裏腹に、練習を始める前から諦めムードに入りだしたクラスメイトがちらほら目についた。
これはまずいな。このままでは取れる対策も限られてくる。
…なら、この状況を作り出した張本人にまず聞いてみるか。
「鬼山さんは、その情報を俺たちに伝えた後、大将として、どうするつもりなんだ」
そんなに大きく声を出した訳でもないのに、俺の問いはやけに響いた。周りからの視線を感じる。
鬼山はクラスメイト一人一人の顔を確認するようにゆっくりと見渡してから、口を開いた。
「このまま何もせずに、やられっぱなしで終えるか。足掻きまくって、ペナルティ回避に貢献するか。―――俺ができるのはこの二つのどっちかだ」
ふぅん、意外だ。
鬼山の印象が俺の中で変わるのを感じた。
「はい! 私は二つ目に賛成!」
手を挙げて元気に主張する道奈に続き、涼や暁人、数人のクラスメイトが賛同に加わった。いい流れだ。このままいけば諦めムードもなくせるかもしれない。
「…足掻いたところで、何が変わるのさ」
そこで流れを止めるような発言が入る。基本が勉強ばかりしてきた生徒が集まるA組。そこに体育祭、しかも天雷主催のときたら後ろ向きな考えになってしまうのは分からなくもない。だが、
「それは、してみないと分からないことだ。鬼山さんは具体的に何か策とかあるのか?」
鬼山自身があそこまで堂々と発言したんだ。それなりに何か考えてきてあると踏んで尋ねた。
「あぁ。作戦ってほどでもねぇが、いくつか考えてきたものがある。談話室を予約してあっから。興味のある奴だけついて来い」
まじか。やるじゃないか、鬼山。
正直今の一連のやり取りで見直した。初等部の頃は何か気に入らないことがあればすぐに手を出していたあの鬼山が、周りをわざと煽るような発言をしたり、クラス対抗の種目の為に前もって作戦まで考えて来るなんて。
『覚えてる? オニ・ヤマを紳士にする為に指導することになったって話』
そこで道奈の言葉が頭を過ぎる。鬼山の為に本まで買ってたな。
つまりこれは、道奈の影響…?
そこまで考えたところで中断する。
今考えることではないな。まずは談話室でどれくらいのクラスメイトを説得できるかだ。現に半分は、興味があってついてきているよりは、ただ周りの顔色を伺って、流れに合わせているだけのように思う。
そんな状況を変える為にも、談話室に向かいながら、副大将として大将とお互いの考えを予め交換することにした。
三十人が余裕で入る大きめの談話室で、鬼山がホワイトボードに書き込みながら作戦を話す。
「――ってぇわけで、俺らの対戦相手は部活生の多いC組だ。体力や運動神経に自信のある奴ばかりで、一見こっちが不利に見えなくもねぇが、それを逆手にとれば俺らにも勝機はある。例えばだ――」
それを俺も横で立ちながら聞いた。
要約すると、誘導させて相手の隙を作る作戦、偽の情報を流して相手チームを騙す作戦、この二つを考えて来たようだ。
どれも悪くない。詳しいことは後から話し合って決めれば良い。他にもフォーメーションや誰が守りを誰が攻めをするか等も決めることはたくさんあるが、今の鬼山となら二人ですぐにすみそうだ。
けれども、これではまだ全員を説得するには足りない。天雷対策に触れてないからだ。
よって、ここからは俺が話す。
「今までの天雷の傾向からすると、後付けルールを投下して場を混乱させるものが多い。今回の水合戦もその傾向に沿ったものになると予想する」
クラスメイトの反応を見て、俺の分析に心当たりのある者が多いことを確認しながら話を進める。
「だが、ルール変更という事態は今まで確認されてない。そこから取れる対策は――」
俺が今までの天雷が主催した運動会や体育祭を参考に、導き出したものを一から順にクラスメイトに説明していった。
要は、既存のルールに沿った後付けルールはどうしても数が限られてくる。ならば、天雷が考えそうなことを出来る限り予想し、こちらで予め大まかに準備しておくというものだ。
ポイントは『大体』で『大まか』にすること。本番で臨機応変に対応する為だ。
「――よって、今なら天雷攻略にまだ間に合う。俺はその可能性に賭けた方が何もしないよりも賢明だと判断した」
さて、これを聞いて他はどう反応するか。今のうちになるべく多く説得しておきたいところだが…。
「林道の話を聞いても、まだ無意味だって思ってる奴は、10数える、それまでにこの部屋から出てけ」
クラスの反応を伺っているところで鬼山が急かし出した。
いやいやいや、それを言われて今から談話室を出れる人なんていないから!
そんな強引なやり方では、先ほどのように周りに合わせただけの生徒を把握できにくくなってしまう。
…はぁ。やってしまったものは仕方ない。ここは鬼山に合わせよう。
そして案の定、誰も談話室から出るものはいなかった。
だが、諦めムードはほぼなくなったとみていいと思う。
その後、順番に決めるべきことを決めて、フォーメーションや作戦の肉付けに進んだが、俺の予想に反して徐々に話し合いは白熱したものになってきた。特に男子。
あぁはどーだ、こぅはどーだと興奮しすぎた生徒をなだめる方に俺は周り、鬼山は話をまとめて進行させる方を務めた。途中、暁人がホワイトボードの書記を、道奈がノートに話し合いの記録を書き込むのを、それぞれ買って出てくれたりとサポートもあって、スムーズに進んだ。
最初は副大将に乗り気ではなかった俺が、いつのまにかこの時間を楽しんでいるのに気づく。
楽しいと思う感情は時間をあっという間に過ぎさせるもので、体育の授業が終わる時間になり、まだ話し合いを続けたい気持ちを抑えて切り上げた。
****
(主人公視点)
ホームルームが終わって、すかさず私は三人の名前を呼んだ。
「菊月さん、井上さん、坂倉さん、ちょっといいかな?」
突然呼ばれて私の方を見る三人と、なんだなんだという風に周りのクラスメイト達も私に注目した。
「リレーのことで話があるんだ。ちょっとだけ時間いい?」
そう言って教室の後ろに三人を集めた。
「リレーって、実は私、初めてなんだ。本番前に確認も兼ねて都合の良い時間に一緒に練習しようと思って呼び止めたの」
「……えぇ、是非! 私も練習には賛成ですわ。お二人もそう思いますわよね? ね?」
変な間を開けたかと思いきや、とても乗り気な反応を見せた。よかったよかった。
気のせいか、後半は井上さんと坂倉さんに圧力をかけているみたいだけど、仲が悪いのか?
「えっと、ぼ、僕は、放課後は5時から塾があるの。それまでなら時間空いてるよ。土日はお昼から塾なんだ。だから午前中なら練習できるよ」
おどおどと、小柄な体をより縮こませて、上目遣いで伝える井上さんの姿は小動物を彷彿とさせた。
「俺は月水金は無理だね。それ以外の日にちは井上さんと同じ感じさ」
前髪をフサリと右手で揺らしながら言う坂倉さんは少し気取った印象を受けた。
「なるほど、菊月さんはスケジュールはいつが空いてる?」
「私は家庭教師が6時にいらっしゃるのでそれまでには。土曜日はお稽古事がございますの。日曜日でしたら一日中空いておりますわ」
とくに反対されることなく円滑にリレーの練習を取り決めることができた。
ちなみに言うと、火曜と木曜の放課後に1時間だけと、日曜の午前中だけ練習をすることになった。
突然行けなくなった時の連絡用に三人と携帯の番号を交換して、解散する。
「道奈、ちょっと教室で待っててくれる? すぐ戻ってくるから」
鞄を取りに自分の席に向かったら、私と一緒に帰るために待ってくれていた創也が笑顔でそう言って、井上さんと坂倉さんに話しかけに行った。
その後三人で廊下に出て行ってしまったので、何の用だったのかサッパリ見当がつかない。
宣言通り、すぐに戻ってきた創也に聞いてみる。
「何話してたの?」
「んー、リレーの練習に向けた協力をちょっとね。―――さ、俺たちも帰ろう」
おおお、リレーのアドバイスをしてくれていたのだな。男子には男子なりのコツがあるようだ。なら、女子には女子なりのコツもあるはずっ。今度の練習で菊月さんに聞いてみよう。
そんなことを思いながら、いつもと同じように二人で下校した。




