裁縫部でお詫び
休憩に入った後、私に休憩に入るまで待つようにと伝えた男子(?)生徒が代表となって、私がここに来た要件を聞いてくれた。
そこで判明したのが、彼は三年の先輩で、名前が星元理玖、裁縫部部長だそうで、しかも、私が勝手に着てしまった服の製作者でもあるそうだ。
「―――ということがありまして……勝手に倉庫の服を着て、すみませんでした!」
目を見て謝罪してから、腰掛けていた椅子から立ち上がり、日本流に腰を90度折り曲げて相手に向かって頭を下げた。この頭は相手が許してくれるまであげてはならない、だったかな。じっちゃんから教えてもらっておいてよかった。
「え?! ちょ、ちょっと頭を上げてちょうだいっ。あの天雷会長から逃げてたんでしょ?! 仕方ないわよっ。それに、ワタシは全然気にしてないんだからっ」
星元先輩に言われて頭を上げた。
考えていた職人気質の性格からは程遠い反応だな。
「でも人の作品を断りもなしに勝手に着てしまうのは、やはりいけない事なのかなと思ったので、お詫びをと…これ、よかったら皆さんと召し上がって下さい」
「堅い堅い! お願いだからその堅っ苦しい敬語やめて!」
なんでだろう。丁寧にお詫びをしているのに、私が彼を困らせているみたいだ。ここは相手の要望に素直に答える。
「わかった。敬語やめるね。はい、アーモンドチョコだよ。甘いものは好き?」
「渋るかと思ったら、あっさり敬語やめちゃうのね。甘いものは好きよ。ありがたく頂くわね」
アーモンドチョコ3箱を両手で手渡した。そしたら、心が幾分も軽くなった。
「やったー!」
「差し入れだー!」
「ねぇねぇ、握手してもいい?」
「あ、私も私も!」
「おちょこちょこちょこ♪」
「チョコありがとねー」
と、謝罪が終わってひと段落ついたところで他の部員がわらわらと群がってくる、主に私とチョコに。拒否する理由もないので、私に話しかけてきた部員に応えて握手をした。最近はこう言って私に握手を求める生徒も多くなってきたのである。
「あなたって、今ネットで話題になってる魔法少女よね」
「できれば、マジシャンと言って欲しいかな」
キッドがシイッター拡散した時、私のことを魔法少女とか言った所為で、そのまま真似てそう呼ぶ人が増えてしまったようで、時折学校でも呼ばれるようになった。正確に言えば、前の世界にいた時は確かに魔法少女だったが、今は魔法が使えない。それに、私がここで目指すものは、世紀の無敵でカッコ良いマジシャンなのだ。
よって、星元先輩の発言に訂正を入れた。
「ふふふ、魔法少女は流石に恥ずかしいのね」
口に片手を添えて笑う星元先輩の仕草はとても優雅なのだが、如何せん肩幅とか低い声だとかがどうしても違和感を覚えさせる。
ま、いずれ慣れるか。
「荒木さん、経緯はどうあれ、チョコありがと。美鈴もありがとうって言ってるよ」
集まってきた部員の中にはもちろん早乙女先輩と落合先輩も居て、私に話しかけてくれた。
「いえいえ、それよりも先輩方がまさか裁縫部に入っていたなんて知りませんでした」
「そうだね、寮ですれ違い様に挨拶するくらいで、あんま話してこなかったもんね」
「ちなみに、今は何を作っているんですか?」
「応援団の衣装だよ。今は白組の方ね」
「え、でも…、」
体育祭はまだ一ヶ月以上先なのに、先ほどの作業風景は締め切り間際のような勢いだったぞ。それにまだ団員の人数まで決まっている段階ではないはずだ。
「ここは塾と両立してる生徒が多く所属している上に少数だから、少ない時間で一気に仕上げるのがワタシ達のやり方なのよ。早めに始めて損はないでしょ?」
私の反応から察してか、早乙女先輩の代わりに部長である星元先輩が答えてくれた。
「なるほどなるほど」と言って頷く。
「―――荒木さんは応援団には入らないの?」
気のせいか、早乙女先輩のこの問いに、私の返答を固唾を呑んで周りが注目しだす。
落合先輩と星元先輩からは特に眼力さえ感じた。
「…き、今日のホームルームで応援団に関して聞いたばかりなので、まだ決まってないです」
「なら是非入るべきだわ!!」
くわっと目を見開き、右手で拳を作って力説しだした星元先輩。
「応援団のパフォーマンスも点数に加点されるのは知ってる?」
そうなのか!?
全然知らなかった事なので、驚きながらフルフルと首を横に振った。
「荒木ちゃんのマジックを取り入れればワタシ達紅組は得点が入ったも同然! 中等部最後の体育祭くらいは天雷のペナルティーから逃れたいんだ!」
力み過ぎた所為か、女口調が後半崩れた。
この人、わざと女っぽく振る舞ってるのか? なんで?
という疑問がポコんと頭に浮かんだが、すぐに流れて行った。
「アタクシからもお願いしますわ!」
「私も紅組なのっ!」
「一緒に少しでも勝率を上げましょう!」
という感じで、星元先輩が着火剤となって他の部員も加勢してきた為である。
着火剤本人も、もちろん説得を止めない。
「それに、カッコ良い衣装とか、可愛い衣装とか、着てみたいと思わない? 荒木ちゃんなら着せ替え甲斐があるし、いくらでも注文してちょうだい! ワタシは大歓迎よ!」
「荒木さん、私も荒木さんが応援団に入ってくれたらって思う! 美鈴もそう言ってるよ!」
早乙女先輩に落合先輩まで…。
ものすごく期待されているのは感じた。ここまで言われると無下にできなくなるし、話を聞いてみると、天雷会長から体育委員に入れと言われた時と比べて全然こっちの方がやり甲斐がありそうだなと思った。
まぁ、体育委員の場合は、色々な理由があったけど、体育祭で何をする委員なのか、よく分からなくて準備とかで余計な時間を強制的に拘束させられそうだなというのが拒んだ第一の決めてだった。
それに比べて、応援団はパフォーマンスで自分の味方を応援すれば良いだけみたいだし、シンプルでとても分かりやすい。
あとはスケジュールの問題だが、実は探求部の研究がもうすぐ終わりそうなのだ。急ピッチで進めれば、今週の土曜日昼までにはまとめられるだろう。
「前向きに考えてみます」
でも確実に研究が土曜日までに終わるかは分からないから、曖昧に返答しといた。
「ありがとう! ―――ついでだから、もうここでサイズ測っちゃいましょ」
「え?」
まだ応援団に入るとは決して言ってないのだが、気が早過ぎないか!?
「そっか。そういえば、荒木さん、文化祭の演劇部の劇に出るんだっけ。その時どうせ衣装作りでサイズ測らなきゃダメだから、ちょうどいいね」
あ、確かに。演劇といえば衣装だ。話からして、その衣装も裁縫部が全て製作しているようだ。
「では折角なので、お願いします」
部室の隅にカーテンが敷かれて、その中で早乙女先輩に測ってもらった。
「それで、荒木さんは主役の王子に抜擢されたんだよね」
測ってもらう間、王子役について聞いてきた。
「はい、演劇部に入ってる訳でもないですし、演技に興味があった訳でもなかったんですが、流れでそういうことになりました。――――ちなみに、早乙女先輩が思う理想の王子はどんな人ですか?」
私は日本が考える王子像というものを未だ分かっていない。今の所、情報は薫子から聞いた、
・白馬を所有している
・格好良い
・笑顔が素敵
・頼り甲斐がある
・体が発光している
の5点しか把握できていないのだ。
まず『王子』についてきちんと知らなければ、王子の演技など到底できないだろう。
よって、ついでに王子像に関して聞いてみた。
「そりゃあもう、宝塚に出てくるような人たちよ。―――ちょっと腕上げてもらっていい?」
「あ、はい。―――たからづか?」
「ええ!? 知らないの!? あの宝塚だよ!」
こ、これは常識なことのようだ。
どうしよう……世間知らずと軽く遇らわれるか、
それとも異端だと怪しまれるか…。
どう返事したものか、としばし考えて、
「…知りません」
誤魔化せる程の情報がなかった為、止む終えず正直に答えた。
「あ、もしかしてずっと外国に住んでたから分からなかった感じ?」
「そんな感じです」
勝手に都合よく解釈してくれたようなので、それに便乗した。
「なら仕方ないか。じゃぁさ、今度宝塚のDVD貸してあげようか?」
D・V・D!!!
それなら知ってるぞ!
じっちゃんが宇宙人映画をよくそれで見ていたのだ!
だがここで一つ問題がある!
「とても嬉しい提案なんですけど、DVDを入れる機械を持ってないです」
そう! DVDのディスクだけでは映像を見ることはできないというのは学習済みだ!
「パソコン持ってないの? それともディスクが入らないタイプのノートパソコンしか持ってないとか? ―――あ、もう腕は下げていいよー」
どうやらパソコンで代用できるようだ。
新しいことを知ったとしても、パソコンの使い方すら知らない私にとって、DVDが見れないという事実は変わらない。
ん? 待てよ。
「私は持ってないですが、明菜が確か持ってたと思います。もしかしたら貸してくれるかもしれません」
しゃがんで私の脚の長さを測る早乙女先輩を見下ろしながら答えた。
あわよくば、明菜からパソコンの基本の操作も教えてもらおう。
「泉さんね。もしダメだったら、私の部屋のテレビ貸すよ。どうせ同じフロアに住んでるんだから、部屋で一緒に見ればいい訳だし」
や、優しい!
親睦会の時は明るい印象だったが、そこにとても気さくな印象が加わった。
「ありがとうございます。ダメだった時はお言葉に甘えてお邪魔するかもです。でも早乙女先輩の予定とかもあると思うので、その時は連絡しますね。携帯の番号を聞いてもいいですか?」
「もちろん! ―――よし。これで終わり。部長にサイズのメモ渡すついでに携帯持ってくるね」
こうして、番号を交換した後、部員の人たちに挨拶をしてから部室を出た。
裁縫部へのお詫びは無事に成し遂げたが、最終的に早乙女先輩と距離が縮むきっかけになった気がした。




