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電話で報告


 理事長室は本館と呼ばれる建物にある。中等部校舎からはシャトルバスで行かないといけないくらいの距離だ。


 その帰り道。


 私はシャトルバスに乗って揺られながら先ほどの大男のことを考えてプンスカしていた。


 何が、『子供は黙って大人の言うことに従うのが一番』だっ!


 子供も子供なりに考えているのだぞ!! その考えを抑え付けて大人の思い通りに子供を動かそうとすること自体が気にくわない。


 大男は私の条件が無茶だと言った。取材の事情も、テレビの仕事自体も、私が知らないのは当たり前だ。無茶だと言って子供だと馬鹿にするくらいなら、何が無茶なのか説明すればいいのに。


 抑え付けるだけで説明もしなかったら、子供が納得する訳ないじゃないか。

 あんな高圧的な親の元で過ごしてたら、そりゃ反発する。


 よし、大男の代わりに私が責任を持って弟子を立派な紳士に指導してやる。


 こりゃもう創也への連絡は後だ。気合を再度入れてから、電話をかけた。


 プルル――


『終わったか』


「うん。あいつ、ムカつく」


 速攻で電話に出た弟子に構わず最初の感想を述べる。

 暗黙の了承である「もしもし」もこの際スルーだ。


『ああ。ムカつくだろ。あいつと話してると殴りたくなる』


「小さい頃から、あんな感じだったら耐えられないね」


『あぁ、元からあんな感じだが…俺の母親が死んじまってから余計に止める人がいなくなって、ああなったらしい』


 おっと、重い話をさせてしまった。


「ごめん。無理して話さなくていいよ」


『気ぃ使うな。それに俺も前、荒木が言いたくねぇ話、聞こうとしちまったからな』


 それは屋上での問答の時の話だな。


「それはもう気にしてないから大丈夫」


 そう、これ以上追求しなければ問題ない。


「あの人の所為でテレビ取材を受けることになったんだ。呼び出しの要件はそれだった」


『……お前、もう有名人だな』


「不本意だけど、テレビに出るってことは、そうなるのかな。みんなに言われた通り、早めに防犯グッズとか買っといてよかったよ」


 カツラは特に多用している。カラーコンタクトは言わずもがな。


『だな。…にしても、手っ取り早く学園の評判を高めてぇって魂胆が見え見えだ。そこに荒木を利用しようとしてんだから、益々イケ好かねぇ』


 吐き捨てるように言っているのが電話越しでも伝わった。


「光栄だからってあの人は言ってたけど、この学校、今でも十分有名なんでしょう? なんでもっと宣伝させようとするんだろう。必要ない気がする」


『知名度を上げんのが目的じゃねぇよ。荒木に便乗して世間で話題になれば、評判も上がって、株も上がるだろ。ま、あいつの魂胆が上手くいくかまでは知らねぇが』


 カブ…株式会社の株のことを言っているのだな……将来、株を扱うことはなさそうだから、別に知らなくてもいいやーと思って、さわりのさわり部分しか調べていなかったことが、今裏目に出てきてしまった。


「なるほどなるほど」


 だから適当に相槌をうった。


『―――話が変わるが、前くれた本暗記したぞ』


 お互いの愚痴が落ち着いたところで、私が出した宿題の進行状況を弟子が報告してきた。


「おおお。さすが。感想は?」


『痺れたぜ』


「…え、大丈夫? わざわざ正座して読んでた?」


『ちげぇよ。そう意味じゃねぇ。内容に痺れたつったんだ』


「私は読んで痺れるようなことは起こらなかったけど…病院に――」


『あああ、くそっ。どうして言葉をそのまんまに取んだよ! 内容がかっこよくて痺れたとか言うだろ?!』


 そんな表現使ったことないぞ。でも日本では一般的に使われる表現らしい。


「わかりにくい感想だなあ」


『そう思うのはお前だけだっ!』


「ま、お気に召したようで。選んだ甲斐があるよ。次はそれを実践していってね」


『そのつもりだ』


 と、ここで車窓に映る景色がお馴染みのものになったことに気づいた。


「あ、校舎に到着したみたい。そろそろ電話切るね。また明日!」


『あぁ。じゃあな』


 電話を切り、鞄を持ってバスを降りる。

 切り替えの意味も込めて、寮に向かう前に大きく背伸びをして車内で凝り固まった筋肉をほぐした。


 腕時計を見ると、5時を既に回っている。


 うーん。創也には時間を持ってゆっくり説明したいけど…早めに電話した方が良さそう。


 創也の別れ際の深刻な表情を思い出して、寮へ歩みを進めながら、また携帯を開いた。



 プルルルル――



『もしもし、どうだった?』


 発信音の後に聞こえる創也の声からは、やはり心配していたんだなと感じることができた。


 安心させるように、今まであったことに思ったことを交えつつ要点だけまとめて簡潔に伝えていく。時間がないからね。


「―――というわけで、不本意だけど、今度テレビの取材が来ることになったよ。日にちは決まったら教えてくれると思う。たぶん」


『……テレビまで』


 創也の気持ちはよくわかる。私も、言われた時、同じように思ったから。


「まぁ、さっき言ったように1日だけって条件もぎ付けてきたから、それを乗り越えればまたいつもの日常に戻れるよ」


『…』


「創也?」


『ん? あぁ、ごめん、考え事してた』


「そっか。気にしないでいいよ。実はあんまり長く電話できないの。宿題とか呼び出された所為で全然始められてないし。そろそろ部屋に着くから切るね。また明日!」


『また明日。連絡ありがとう』


 電話を切って、部屋に入りながら頭の中で今からの予定を巡らせた。




 ****




「終わったあああぁぁ」


 椅子の背もたれに背中を倒しながら、ため息混じりで口から思わず言葉が漏れた。


 宿題に、小テストの準備、日課の復習と今日の分の研究を終わらせた私は時計を確認する。


 うむ、まだじっちゃんがギリギリ起きている時間帯だ。なら早速電話をかけよう。


 プルルルル、プルルルル――


『もしもし、道奈か』


「もしもし! じっちゃん! 元気?」


『はっはっは、私は元気さ。学校は順調かい?』


 今まであまり特筆してこなかったが、こうやって、じっちゃんの睡眠時間前までにやる事が終わった日には欠かさずじっちゃんに電話をしていた。


 そして今日は特にその時間に間に合うように頑張ったのだ。

 その理由は然り、あのことについて伝えておくためだ。


 だが、すぐに本題には入らず、じっちゃんの質問に答えるように、まずは今日起こったことを話していく。


「今日の学校もね、相変わらず、色んな人から声かけられてるよ。あ、そうだ。この前話した靴箱に入ってた手紙なんだけど、あれ以来、だんだん数が増えてきてるの」


『そうかそうか。道奈は人気者だなぁ』


「うーん、私のことが憎いって人も沢山いるみたいだから、人気者かどうかは分からないや」


 じっちゃんに心配させてしまうので、殺気が送られる程憎まれていることはずっと伏せている。


「でね、手紙の内容の中には呼び出しのものもあるんだけど、この前話したみたいに、最近とっても忙しから、呼び出しに答えれる時間が無くて『困ったなー』って創也たちに今日のお昼、相談したの」


『みんなは何て言ったんだい?』


 昼休みでの会話を回想しながら伝えた。



「もういっそのこと張り紙でも貼っつければいいんじゃね?」


 最初に私の問いに答えてくれたのは涼だった。


「張り紙! それいいかも!『手紙を靴箱に入れないでください』みたいなことを書けば呼び出しの手紙もなくなると思う!」


 早速解決策が見つかったな、と私が喜んでいると、


「それだと、靴箱以外に手紙を入れそうですね」


 暁人が指摘した。


 それは十分にありえそうだ。その内私の机の中にまで入れ出されたりしたら全然状況が変わらなくて、それじゃ張り紙の意味が無くなる。


 うーん、うーん、と考えたら、閃いた。


「じゃぁさ、張り紙の内容を『勉学と部活と体育祭の準備で忙しいので、ご用のある方は直接教室に来て本人に要件を伝えてください』ってのはどう?」


「ブハッ、道奈ちゃん、それ公開処刑だからっ!」


 暁人の指摘を汲んで内容を変えたのに、涼が食べていたものを軽く吹き出して意味の分からないことを言ってきた。


「荒木…お前、恐ろしい事考えつくな」


 弟子も言い方からして涼と同意見のようだ。けど納得がいかない。


「…いいんじゃないか? それくらい書かないと手紙は増える一方だと思う」


 とここで創也が私の味方についてくれた。さすが我が友だ。


 創也の加勢に乗って、今度は私の言い分を伝える。


「用がある人は、教室で待ち合わせ時間と場所を、私と一緒に決めればいいんじゃないかなって思ったんだよ。手紙で一方的に私の予定も聞かないで『来て下さい』って言われても、困る」


「手っ取り早く教室で告白するように促していた訳ではないんですね」


「いやいや、それでも周りから見たら、あいつ告白すんだってバレバレじゃん。――でもまぁ、道奈ちゃんの言いたい事は分からなくもねぇな。俺も基本部活で殆ど予定埋まってっから、告白の呼び出しとか行けなかったこと結構あるんだ。そん時は友人に頼んで伝言してもらうか、それもできない時は最悪ぶっちしてた」


「ぶっち?」


 涼の話は折りたくなかったが、最後の言葉がわからなかったので聞いてみた。


「…ばっくれるって意味だ」


「ばっくれる?」


 弟子が教えてくれたが、説明の説明がわからない。


「連絡もせずに指定の時間と場所に来ないことです」


 見かねてか、暁人が丁寧に教えてくれた。なるほど、『ぶっち』と『ばっくれる』だな。言語補正が効いてても分からないものって大体この世界特有の俗語が多い傾向にあるみたいだから、あまり聞こえの良い言葉ではないかも。淑女としてその辺りは見極めて使おう。


「涼を呼び出した人たちって、その時間帯は涼が部活してるって知らなかったのかな?」


 言葉を理解してから思った疑問を言ってみる。


「友達に伝言頼んだ時、そいつがそのことについて聞いてみたんだ。そしたら部活よりも自分の告白を優先して来てくれるってのを望んでたらしい。あああ、めんどくせぇ女って基本自分中心だよなぁ」


 涼からしたら嫌がらせにしか見えないね。その人たちは本当に涼の事が好きだったのか怪しくなってきた。


「―――他に良い考えも出ないみたいだから、道奈、さっきの内容でいいんじゃない?」


 話が脱線したところで、創也が軌道に戻した。


「そうだね、もうこれでいくよ」



「――――っというわけで、涼とオニ・ヤマはまだ複雑な顔してたけど、結果、内容は私が考えたもののままで張り紙を靴箱に貼ることにしたんだ」


『はっはっは、私もそれで良いと思うよ。こういうのは度胸がないとね』


 つまり、チマチマと隠れた印象のある手紙ではなく、どどーんっと直接呼び出しの予約をとった方がじっちゃんは好ましいと思うわけだな。


 じっちゃんも私の案に賛成してくれて気分が良くなったところで、本題に入ることにした。


「――それでね、じっちゃんも知ってると思うけど、今日の放課後、理事長から呼び出されたんだけど――」


 大男の愚痴は弟子に聞いてもらったし、何より、じっちゃんには極力心配をかけたくない。


 だから、結果だけ知らせた。


『そうか、道奈はテレビに出ることにしたんだな。…絶対に録画しなければっ!』


 思いの外じっちゃんが喜んでくれた。


「どの番組にいつ出るのか決まったらすぐに報告するね。――ふああぁ」


 伝えること伝えたら見え隠れしていた睡魔が『今だーっ』と襲いかかって来た。堪らず欠伸が一つ溢れる。


『疲れただろう。そろそろ寝た方が良さそうだ』


「うん、また電話する。おやすみ」


『おやすみ、道奈』


 その後の記憶は眠気のせいで曖昧で、ただ、ぐっすり寝れたのは確かだった。



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