ついにまみえる、彼の人
次の日の朝、明菜と創也と3人で昨日と同じように登校して教室に入る。
入って一番に暁人に挨拶してちゃんと手紙を渡してくれたのか聞いてみた。
「はい。渡しました。…ですが、荒木さん。もしかしたら会長が接触してくるかもしれません。警戒してください」
暁人に深刻な感じで言われたら深刻に受け取るしかなくなる。
「わかった。気をつける」
「道奈、今日の放課後は図書室に行かないですぐに寮に帰った方が良さそうだ」
実は今日も創也と図書室で調べごとする予定だったのだが、天雷会長の所為で中止になってしまった。
「まあ、仕方ないかな。寮で調べるよ」
研究も順調に進んでいて、おそらく体育祭前には終わりそうだしね。
「…」
この時の、創也と話している間もずっと無言で私を見ていた暁人の心配そうな顔が心に残った。
****
『一年A組、林道創也。二年A組、鳥羽洋大。至急職員室まで来てください。繰り返します――』
放課後、創也と廊下を通りながら帰っていると、突然放送がなる。学園の施設はこんなこともできるのだな。便利だ。
「…なんか、嫌な予感がする」
放送を聞いた創也の顔が警戒するものになった。
「お、いたいた。林道くん」
そんな状態の創也に突如話しかけてくる生徒一名。
「…あなたは」
「ほら、放送で呼ばれてた、鳥羽洋大。それ俺。会うのが久しぶりで忘れちゃった?」
放送直後に現れるという、なんともタイミングを見計らったような登場。その人は線のように目を細めてニヤニヤとした笑みを浮かべながら近づいてきた。
そしてそのまま腕を創也の肩にがっしりと回す。
「さ、一緒に職員室まで行こっか?」
相手が上級生だからか、創也は大人しくしていた。
「道奈。ダッシュで寮まで戻って。誰に声かけられても急いでると言うんだ」
「…わかった」
「あとで連絡する」
「頑張ってねー、道奈ちゃん?」
この人、名乗った覚えもないのに、私の名前を知っているようだ。噂で知ったのか。でもその一言は、あからさまにこれから何か起きます、と言っているような感じがする。
不安を感じつつも創也と別れた。後ろ髪を引かれるように創也はチラチラと私を振り返っては進む。廊下はさすがにダッシュはできず、そんな創也を尻目に、早歩きで気を引き締めながら靴箱まで向かった。
向かう途中。なぜか人っ子一人。出会わない。
いつもは聞こえるはずの生徒の賑やかな話し声、足音。そう言った日常の音も全くしない。
聞こえるのは私の足音のみ。
…絶対何か起こるぞこれ。
たまらず早足の速度を早めた。
すると目の前に人が現れる。第一生徒発見という感じで、少しホッとした。
そんな小さな安堵もつかの間。
「お前が荒木道奈か」
その生徒に妖しい笑みを浮かべて話しかけられる。しかも私だと断定しているということは、待ち伏せしていたようだ。
速度を落として、距離をだいぶとった辺りで止まる。
存在自体が妖しいな、というのが最初の印象。でもきっとこういう人の顔を妖美と表すのだろう。制服のバッチからして二年だ。
そして、その人の黒い天パの髪型に左目の泣きぼくろを見て、一人、思い当たる人物が。
…もう接触して来たのか。思ったより早かったな。
例の人には絶対に近づくなとみんなから言われているので、横をすり抜けるのは難しそうだ。当たり障りのないことを言って方向転換しよう。
「こんにちは。すみませんが、今日は急いでいるので、失礼しますね」
「待て。これについて話がある。ついてこい」
そう言って掲げる、私が生徒会長に送ったはずの手紙。
妖美な顔に似合わず言動は上から目線だ。相手が上級生だからか?
いやいや、それは今考えることではないな。まずはフェロモンという奴にやられる前に、早速対策を実行に移そう。
「周りからは文通を勧められまして、手紙でお返事をいただけたらなと思います。それでは――――ジュテーム!」
ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ
ミニ爆発マジック(煙多め)を発動!
そして先ほど通ってきたはずの廊下をまた戻る!
スタスタスタスタスタ
と早歩きをする私の足音と、
ダッダッダッダッダッ
と背後からの足音が廊下で共鳴する。
きっと後ろを振り返ったら、そういうことになっているんだろう。確認するまでもないな。でも生徒会長だから、走るとか、学園の規則を破るようなことはしないよね。そう信じる。
現在地は二階の真ん中より少し東寄り。窓の外を見ると中庭にある倉庫の屋根が前方に見えた。
『あの近道は今度俺も使うかな』
涼の発言を思い出す。
『…倉庫の屋根の上を渡んだよ』
そして弟子の発言も思い出した。
ここはその近道を使うしかないのか。良識のある乙女としてそれはどうなんだ。だが、後ろの足音からして捕まるのは時間の問題…
あああ!! もう!!
あそこまでみんなから気をつけろと念を押された上に心配までされているんだ。ここで捕まるわけにはいかない。
「とう!」
足早に歩いていた勢いを使って、ちょうど開いていた窓の縁に体を乗り上げる。
「おい!!」
例のあの人の方から焦った声が聞こえる。飛び降りるとでも思っているらしい。
そんな声には気にせず、屋根に飛び移った。
「そりゃ!」
トンッと軽やかな音がして無事に着地成功。
ドッドッドッドと同時に心臓が暴れ出す。飛び乗るときは結構緊張した。
だがここでもたもたしている暇はない。心臓を無理やり押さえつけて屋根の上を駆け抜ける。
トンタントンタントン
プレハブ工法と呼ばれる簡易な建物のためか、軽やかな足音が響いた。
そして北校舎まで辿り着いたところで空いている窓を探す。
一箇所だけ開いていてホッとした。一か八かだったからね。
もし開いてなかったら…携帯で誰か呼ぶはめになってたか、例のあの人に捕まってたかのどっちかになってただろう。
「とりゃっ」
意を決して窓に飛びうつる。距離はそんなにないのだが、やっぱりここが二階だという事実が緊張させる。
スタッと無事、廊下に足をつけることができた。
「はぁ…はぁ…逃げ切れた?」
例のあの人はどうしたのかと思い、南校舎の方を見る。が、そこにその人の姿はいなかった。
…それは、つまり…ここに向かっているというわけで。
状況を理解してすぐさま次の行動に移す。
適当に開いている空き教室に入って鍵を閉めて、場を凌ぐ作戦に変えた。
入った教室は、どうやら裁縫部の倉庫だったようで。
そこらかしこに、カツラをかぶったマネキンが服を着て並べられていた。
…スライムを隠すにはスライムの中。人を隠すには人っぽいものの中!
なんて頭がいいのだ、私は。たとえこの部屋の鍵を閉めていたとしても、相手は生徒会長と言われる生徒のトップ。鍵を持ってないとは限らない。
よし。急いでとりかかろう。
まず、マネキンが着てる服の中で、自分でも着れそうなものを脱がして着替える。
うーん。どんな時に着る服だろう。黒地のふんわりとしたワンピースに白いエプロン。それと白いカチューシャ? 前の世界にいた使用人達が着ていた服に若干雰囲気が似ている。スカートの丈は格段にこっちの方が短いが。
長い長い靴下も履いて、完了。制服はカバンに入れてしまっとく。
次に、いつ遭遇してもいいようにと、予めカバンに入れて持ち歩いていた茶髪のカツラを取り出す。そして装着した。
全身鏡があったのでそれをみて素早く見栄えを確認する。
うん。ぱっと見分からないだろう。
プルルルル、プルルルル
確認しているところで着信音がなりだした。カバンから携帯を取り出すと画面には『創也』の文字が。それを見てすぐに電話に出た。
「もしもし、創也!」
『道奈、今どこ!』
「えっと、裁縫部の倉庫みたいな部屋。そこで隠れてるの。あの後、天雷会長に会ってしまってここに逃げ込んだんだ」
『っ! 今そっちに行く。その裁縫部の倉庫って場所、詳しく教え――』
創也と通話していた、その時。
タッ、タッ、タッ、タッ、ガチャり、ガララララ
早足の音。どこかの教室の鍵を開ける音。ドアを開ける音。
この三つの音が1セットとなって、遠くの方から聞こえた。もっとよく聞こうと、耳から携帯を一旦離す。
その音は、こちらに段々と近づきながら繰り返されていった。端から順に教室を一つずつ開けているのだと分かる。
…やはり鍵を持っていたか。マネキンに紛れるというのは英断だった。
もう電話してる時間はなさそうだな。
「…ごめん創也。あの人が近くに来たみたい。切るね」
『道――』
すぐさま電話を切ってマナーモードにする。創也のことだから状況を読んで、すぐにかけ直すとかはしないだろうから、携帯はポッケにしまった。そしてカバンを素早く隠してっと、よし。あとは顔が見えないように壁の方をみて直立不動で突っ立つ。
薄暗いし他のマネキンとは見分けがつかないだろう。あの人が通り過ぎるまで、待つことにした。
ガチャリ、ガララララ、ガララララ、ガチャリ
遠くに聞こえていたあの音が、間近でなる。
…ついに、来たか、と思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
カツン
足音が一つ。
カツン
足音が二つ。
一歩、一歩と私に近づいてくるのを背後の音で感じるのと一緒に、
ドクン、ドクン、と心臓も合わせて大きく打つ。
バ、バレないよね。擬態は完璧なはずだ。マネキンの大きさもまばらだし。私だけが小さいとか、大きいとかもないはず。
でも足音が背後でするたびに私の心臓がいちいち反応してしまう!
カツン――
え、今、真後ろで足音がしたんだが。そして足音がそれからしないんだが。
いやいや、偶然。偶然だよ。
お、このマネキン、生きがいいねえ!くらいな軽い気持ちで立ち止まって眺めてるだけさ。それかこの服の完成度が高くて感心して――
「おい」
ひょええええええぇぇぇ!
なぜ話しかけるのかあああ。なぜバレたのかあああ。
背後から耳元に直接囁かれる。声はもちろん例の人のもの。
「随分手こずらせたな。だが、楽しませてもらった」
あ、もう私って分かってる前提で話してるんですね。もしそうじゃなかったらマネキンに話しかける頭のおかしい人だな。
「いつまでそうしてるつもりだ。そのままマネキンらしく運ばれたいか?」
物理的な危機を感じてくるりと振り返った。
「どうして分かったんですか?」
振り返って気づく。距離が近すぎると。
上級生で相手は背が高い。自然と見上げて話した。
「さっきの爆発からでた煙と同じ匂いがした。そして人の匂いも混ざってる」
あなたは犬ですか。
「にしても…やっぱいいな。ニーハイ」
そしてしゃがんで私が履いてる靴下をガン見した。
「…履きます?」
この人は靴下が好きなようだ。全く共感できないが、やはり人によって好みも千差万別。そんなに好きなら貸そう。あ、その前にこれ私のじゃなかった。
「俺は鑑賞専門だ」
なんとまあ、靴下を眺めて楽しむのか。益々理解できない趣味だな。
「時間がない。ここで話すぞ」
そう言って立ち上がり、近くにあった箱にどかりと座った。
逆らうなと声色が言っている。
ここまで会話してしまったんだ。私も観念して近くで座れそうなところに腰掛けた。




