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「これから」とその準備

日曜日にだいぶ書き溜めれたので、

今日は3話連続投稿です。一気に入試終わりまで進みます。

1/3話目。


 カランコロンと聞き慣れた音を鳴らしながらドアが開く。


「ただいま!じっちゃん!」


 じっちゃんを見つけて駆け寄り抱きついた。


「おかえり、友達と楽しめたようだな」


 頭を撫でながら自分のことのように嬉しそうな声で私を迎えてくれた。


「あのね、お仕事が終わったら、大事なお話があるの。いい?」


「わかった。終わったら向おう」


 少しだけ真剣な表情で、そう言ってくれた。

 私の覚悟、感じてくれたのかな?


「いつもの場所で空を眺めながら待ってるね!」


 これ以上はお仕事の邪魔になるから店の奥へと向かった。


 本当は小山の方で空を眺めたかったが、今日は仕方がないのだ。

 じっちゃんと話すことを優先する。


 じっちゃんを待つ間、お気に入りの場所で空を眺めながら、じっちゃんにどう言おうか頭の中で整理することにした。



 ****



「待たせたな」


「全然待ってないよ」


 じっちゃんが来た。起き上がって、部屋へと一緒に移動する。


「あのね、私、学校に行こうと思う」


 椅子に座るやいなや、話し出す。少し気が急ぎすぎてしまった。


「…そうか、よく決断したね」


 ホッとしたような、寂しいような。そんな表情でいつものように優しく頭を撫でてくれた。


「うん。私、自分のことしか考えてなかった。じっちゃんの気持ちを無駄にしない為に、奨学金をもらえるくらいお勉強、頑張ることにしたの。……だから、学校の寮に入っても電話とかかけるね。手紙も送るね。返事とか来たらすっごく嬉しいな。長い休みの日とかにはじっちゃんに会いに行くね。その時は一緒にご飯を食べて―――」


 じっちゃんにギュッと抱きしめられて、その後の言葉が出てこない。


「いつもありがとう」とか。

「じっちゃん大好き」とか。


 他にも言いたいことはたくさんあったのに、言おうとしていた言葉は出ずに涙が出てしまう。


 言葉じゃなくて、涙で伝えているみたいだ。でも、じっちゃんなら伝わりそう。

 今はとりあえずこのままで。後で落ち着いた時に言葉に気持ちを乗せて伝えればいい。


 今日は良く泣く日だな。せっかく目の腫れがおさまったのに、また腫れてしまう。



 じっちゃんの心地よくて温かい胸の中で、ありったけの感謝の気持ちと愛情分の涙を私は流し続けた。



 ****



「お邪魔します」


 翌日も創也が店に来た。今日は私が招いたのだ。

 今は二階にある私の部屋に入れたところである。


 昨日の帰りに、車の中で試験の為の問題集や参考書を創也が家から持って来てくれると言ってくれたのだ。いいやつだな。ついでに分からないことがあったら教えてくれるらしい。

 これはお茶とお菓子も出さねば。と、私の良識が言っている。


 部屋に人を招くというわけで、昨日のうちに、そこら中にちらばっていた本たちを隅に寄せて置いた。その所為で少し狭く感じるが座って話をするだけだから問題ないだろう。


「椅子に座ってて、お茶とお菓子持ってくる!」


「別にいいのに。ありがとう」


 にっこり上機嫌な創也。さては、麦茶が飲めると思って喜んでるな?

 リクエストにお答えして、麦茶を持ってこよう。


 麦茶とせんべい(私は醤油派)を何枚かお皿に入れて持って行く。


 部屋に入ると、私の部屋の椅子に創也が座っているのを見て、見慣れない光景に不思議な気持ちになった。


「はいどうぞー。麦茶はいくらでも飲んでいいからね」


「あの時の麦茶だね。いただきます」


「召し上がれっ。――ねえねえ、問題集、さっそく見てみてもいい?」


「もちろん。はい、これで全部だよ」



 ドスンヌッ



 上品そうなカバンが上品なドスンの音をたてて机の上に置かれた。



 わお。重そうなカバンだとは思っていたが、中身が全部本だったようだ。どうりで重そうなわけだ。


 適当な一冊をとって軽く流し読みをする。


 前から思っていたことだが、日本の勉強に使う本は品質が高いものが多い。

 高品質で丈夫な紙、わかりやすく整理された項目、読み手を考えて使い分けられた大きさの違うキレイな文字、それに加えて精巧な挿絵までついているのだ。お陰で、とても読みやすい。


 ふむ、この本も良質な方に入るな。これなら、スキルを使いながらひたすら頑張れば大丈夫そうだ。


 当分は空を眺める頻度を抑えなくてはいけなくなるが、これもじっちゃんの為だ。腹をくくろう。


「どう? 難しすぎるかな?」


「ううん。ひたすら集中して頑張れは大丈夫かなって感じ」


「そっか、どうする? 一緒に勉強しようか?」


 一緒に勉強かあ。してもいいが、勉強をする時はなるべくスキルを使いたい。でも使うと感情は抜け落ちるし、集中しすぎて創也の存在を忘れそうだから、遠慮しておこう。


「勉強は一人でやる方が集中しやすいんだ。分からないことがあったら今度聞くね。その時はよろしく」


「わかった。じゃあ次はこれ」


 もう一つの小さめのカバンから薄い冊子を数冊渡される。一番上にある冊子には『鳳凛(ほうりん)学園―中等部入試の案内―』と書かれていた。


「学園のパンフレットと入試案内、そしてこれが寮について書かれたものだよ」


「何から何までありがとう」


「気にしないで、僕が道奈と一緒に学校に行きたいだけだから」


 本当にいいやつだ。今度何かお礼をするべきだな。


「それよりも、出願の締め切りがそろそろだから、今日中に入学願書を郵送した方がいいよ」


「ほうほう」


「あと、道奈の学力がどれくらいか知っておきたいんだ。無事に合格できるように僕も全力でサポートしたいからね。今度、知り合いの先生が学力テストを僕の家に持ってくるから、それを受けてみてよ。自分の苦手を的確に見つけることができるから、勉強しやすくなると思う」


 …至れり尽くせりだな。その親切心は本当に感謝するけど、同時に私の良心が少し痛む。


「わかった。いつ行けばいい?」


「明日の朝8時に迎えに行くね」


 早っ。学力テストというのはものすごく時間がかかるものなのだろうか。テスト中はスキルを使いたいから、明日はつまめるものをたくさん持って行こう。テスト中に空腹で倒れるわけにはいかない。


「了解。じゃあ、私は今から勉強するかな。今日は色々と持って来てくれてありがとう。外まで見送るね」


「え、あ、うん。そうだね。道奈は勉強しないとね。一人の方がやりやすいんだっけ…」


 おう。目に見えて創也の気分が落ちた。もう少し一緒にいたいのかな?


 ふと、持って来たお菓子と麦茶をみる。


「まだせんべいと麦茶が残ってるね。残すのは勿体無いから、もしよかったら全部食べて行ってよ。私は横で勉強に集中するね」


「…はは、気を使われちゃったね。ありがとう、そうする。邪魔にならないように気をつけるよ」


 はっはっは。これぞ良識のある淑女。気遣いが粋だろう?


「さて、私は食べ物を持ってくるかな」


「ん?」


 立ち上がった私に、キョトンとする創也。


「ちょっと行ってくる。ゆっくりしてて」と言い残してから、キッチンに言って、食べ物を両手いっぱいに抱えながら部屋に戻る。


「え、僕にそんなにいて欲しいの?」


「へ? なんのこと?」


「気持ちはありがたいけど、そんなに食べれないよ」


 なぜ照れる、なぜ創也が食べる前提なのだ。


「違うよ、これは私が食べる用。勉強してるとお腹が空くから、無いと集中できないの」


「あ…そう、か。…うわ恥ずかしい」


 今度は真っ赤になる創也。もうよくわからん。ほっとこう。


 両手いっぱいの食べ物を机の横にかけてあるカゴに入れる。

 そばにはゴミ箱もスタンバイ済みだ。鉛筆よし。消しゴムよし。ノートよし。


 明日いきなりテストをするみたいだから。この量の問題集と参考書を全てやるのは時間的に不可能。だから、


 スキル「超集中」を使う対象を本に載ってる基礎のみに設定。

 そして、それでも時間が余るなら、応用に設定を切り替えることにする。



 スキルも設定したところで、さあ、始めるとしよう―――。






「道奈、いい加減ご飯を食べに―――道奈?」



 じっちゃん…お腹…空いた…死にそう…。


 食べ物がいつのまにか尽きていたのだ。おおう、またやってしまったぞ。

 だが、空腹と引き換えに順調に勉強を進めることができたようだ。


 ご飯の時間というと、夕方の5時くらいだ。それを知らせにやってきたじっちゃんに、なけなしの力を振り絞って伝える。


「今…いく…」


 死にかけの掠れた声が出た。とりあえず動く。ご飯、ご飯、ご飯、とご飯を食べたい一心で食卓のテ―ブルへ向かった。



 この調子で勉強を進めれば、基礎はあと少しで終わるな。

 以前からコツコツ勉強をしていたお陰だ。


 あ、そういえば創也はいつのまにか帰っていた。スキルを使ってたから挨拶した記憶が無い。集中の対象から除外されたものはいつもこんな感じで覚えてないのだ。一応明日謝ろう。


 ご飯を食べながらこれからの予定を立てた。


 そして、入学願書について、勉強ですっかり忘れていた私の代わりに、創也がじっちゃんと一緒に出しておいてくれていたと知るのは、もう少し後。


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