油断ならないテレビ男
「まず、みっちゃんが知ってることはどれくらいなのかな?」
私が知ってるあの動画に関する情報。
「動画が広まりつつあることと、その広まり具合が早いこと。…あと人から聞いた話ですが、私について知りたいと思ってる人がいるそうです。私が把握しているのはこれくらいですね」
「なるほどねえ。みっちゃんって、パソコンとか持ってないのかな?」
「持ってないです」
使ったこともない。とはテレビ男に言わない。
「なら一緒に確かめながら話そっか。こっちに座って?」
そう言われてパソコンが置いてある机の椅子まで移動させられた。
私がパソコンを操作するのか!?
パソコンが使えないのがバレてバカにされたらどうしよう。
「なに突っ立てるのかなあ? 早く座ろうねえ」
椅子を凝視していたら肩を掴まれて強引に座らされた。
テレビ男は待つのが嫌いだったっけか。でも私は横から見るだけでいいのだ。バレてない内にテレビ男に任せよう。
「テレビ男が操作してください」
そう言って、椅子から立ち上がろうとしたら上から肩を押し返された。反動でトスンと椅子の上に落ちる。
再度チャレンジしようとしたが、今度は肩を押さえつけられた。
立てない。
「…なんなんですか。テレビ男が座って私が横から見てます」
「そしたらみっちゃんに見えるように僕がよけながらしないとダメでしょー?」
「それぐらいいいじゃないですか!」
「だーかーら、こうすればいいよ」
名案でしょ?とでも言いたげな言い方でテレビ男が言い終わるや否や、ゴツンとした音と共に頭上に重さが乗っかった。
「…何してるんですか」
「んー? 僕がパソコンをいじってる」
そこじゃなくて!
「私の頭の上に顔を乗っけながらしないでください。重いです。痛いです。そして狭いです」
話すたびにテレビ男の顎が頭の頂を刺しているようで重みと一緒に痛みを感じる。
しかも、テレビ男が私を背後から半分覆いかぶさるような体勢で両手を伸ばし、キーボードとマウスコントローラーを操作しているのだ。
閉じ込められていると錯覚しそうで耐えられない。
「じゃあ選んで? このままか、僕の膝に座――」
「このままでいいです」
頭上の重みと痛みと閉所感をとった。悩んだ時間、コンマ1秒。
「くっくっく」
ああ、重い、痛い、狭い。早く終わって欲しい。
「ほら、これだよ」
言われてパソコンの画面に注目する。
それは明菜が見せてくれた私が映った動画を視聴できるページだった。明菜のスマホで見たときよりも大きな画面で見るせいか、動画に迫力がある。そしてテレビ男が操作してか、画面が下にスライドされて別の画面に移っていく。
そこには文章が一定の間隔を空けて並べられてあって、内容は…動画のコメント?
テレビ男がより下に画面をスライドさせるのに合わせて、
一つ一つ読んだ。
概ねマジックの評価は上々だった。中には私の容姿に関する内容もあったが、魔術師キッドもテレビで似たようなことを言われていたので気に留めずに読み流した。
それよりも、分からない単語が所々出てくるのが気になる。
「テレビ男、この単語の意味、知ってますか?」
「あぁ、ネット用語だよ。みっちゃんはまだ知らなくてもいいものだから、気にしない気にしない」
ネットにはネット独自の用語が存在するのだな。勉強になる。
「いつぐらいに知った方がいいですか?」
その時がきて非常識とは思われたくないのだ。
「そーだねえ。大人の階段を登ったくらいかなあ?」
だいぶかかりそうだな。
「それよりも、ほら。ここ読んでみて?」
テレビ男が指さしたところを読んでみた。
『 太陽之介 2日前
この子の情報求む!
127件の返信を表示 ↓ 』
「…え?」
「返信を表示させるねえ」
そう言って青色で書かれた『127件の返信を表示』に矢印を合わせてカチリと音がした途端に隠れていたコメントが一気に出てくる。
目をせわしなく動かしながら読み進んだ。
その中の一つに目が留まる。
『 通りすがりの豆腐 2日前
太陽之介 鳳凛学園中等部1年A組 荒木道奈
俺この子のマジック間近で見たったwwww
まじやばかったww 』
「うそ…」
情報が、漏れてる。
「このままだと、みっちゃんの情報がどんどん広まってくねえ」
私を知っている私の知らない人が増えていく。
私がいる場所も、名前も、知られてく。
全容が掴めなくて、得体が知れなくて。
怖い。
ドクンと心臓がさっきよりも大きく鳴った。
「ねえ、みっちゃん。僕ならこの動画、今すぐにでもネットから消せるよ」
そんな状態の私にテレビ男が優しく囁く。
「そして広まってるみっちゃんの情報も止めることができるよ」
私の感情を見透かしたように、私の欲しい言葉をくれる。
「その代わり、みっちゃんのこと。僕に教えてくれるかな?」
…は?
突拍子も無い話に急に変わり、感じていた怖さが飛んだ。
テレビ男の意図が掴めない。
頭に乗っていた重みがなくなったこともあり、体ごと振り返ってテレビ男を見上げる。
「僕、気に入ったものはなんでも調べちゃうタチでね。みっちゃんの素性も調べたんだ。だけどほとんど調べられなかったんだよねえ」
…研究者体質、という言葉で片付けてもいいものなのだろうか。
「まず出身」
その言葉を聞いて、いつもの悪寒ではなく、嫌な汗が背中をゆっくりと伝う。
「警察の記録によると、みっちゃんは約二年半前、森で負傷してるところを発見されてる」
ドクン――と、テレビ男が今から何を話すのか予想がついてしまって心臓がまた大きく鳴った。
「その時の事情聴取では、ミリエル・バーンズワイトと名乗る」
ドクン、ドクン――と、続けて鳴る大きな心臓の音と共に、久しぶりに聞く自分の名前にピクリと小さく肩が反応した。
そんな私の一挙一動も見逃さないよとでも言いたげに、テレビ男は射るような目つきで私を見ながら話し続ける。
「調べたところ、『ミリエル・バーンズワイト』という名前の戸籍は日本に存在しない」
ドクン、ドクン――
「だが入国記録もない」
ドクン、バクン――
「そこから君は日本人でないと推測できる。さらに、『荒木道奈』の戸籍は日本で過ごす為に、その後作られたと考えられる」
バクン、バクン――と、テレビ男が話を進めるのに合わせて、心臓の音が段々早まっていく。いつのまにか強く握りしめていた手には汗がぐっしょり溜まっていた。
「ではどこの出身か。考えられるのはまず英語圏の国。英語担当の志摩先生の証言によると、読みは不得意だが、ALTのイギリス人の教師との会話はネイティブ並だそうだね」
ドッ、ドッ――と、大きすぎる鼓動とその早さに、ついに耐えきれず、テレビ男から目をそらして逃げ、ようとした。
立ち上がった私の肩をテレビ男が再度掴み椅子に押し付ける。私を乗せたままの椅子は勢いよく引かれ、正面にテレビ男が回り、行く手を塞がれた。片方の手で私の肩を上から押さえつけながら、もう片方をぐいっと私の顔を掴んでテレビ男自身に向けさせる。
痛い。とか不満の一つでも言えばよかったと後から後悔したが、この時の私は動揺しすぎていてそんな余裕はなかった。
「まだ僕の用事は終わってないよ? 目はそらさないでねえ。大人しく僕を見ながら話聞こっか」
私の反応も一つ残らず貴重な情報だと言っているようで、強引だ。
顔を固定されてテレビ男を見るしかなくなった私に向けるテレビ男の表情はとても楽しそう。
捕まえた生き物を無邪気に観察する少年をそれは思わせた。
「先ほど英語圏とは言ったものの、みっちゃんが話す日本語も外国の人が話すそれとは全く違う。幼少期の頃から日本語を聞かされて育てられたと推測される」
言語補正の所為だとは口が裂けても言えない。
「それは英語も同様に考えられる。英語圏出身の可能性、英語を聞かされて育っただけの可能性、加えて別の言語を話せる可能性もある。結局はどこの出身なのか、分からずじまい。情報が足りなさすぎるんだよ。この僕が調べても、あの二年半前の記録より以前の情報はどうやっても見つけることはできなかったんだ」
心臓は暴れても、反応はしてしまっても。絶対に言ってやるものか。
「そんな人、この時代じゃありえないんだよねえ。何かしらその人が生きてきた跡っていうのは残るものなんだ、ある一部の人は除いて」
一部の人…異世界人とか?
「みっちゃんがその一部の人の可能性はゼロに近いから、それは違うって言えるよ。もしそうだとしても、こんなところでのんきに学校に通えるはずないもんね」
一部の人がどんな人なのかは詳しく説明してくれないのだな。
「そういうわけで、みっちゃんについて教えてくれるなら、動画の件は僕が解決してあげる」
これぞ、悪魔の取引。
取引と知って、幾分か落ち着いた。
それはつまり取引に乗らなければいいだけの話。
だからそんなもの、秤に掛けなくても決まっている。
「お断りします」
まっすぐテレビ男を見て伝えた。
「えええ。気になるよお。どうしたら教えてくれるのかなあ?」
「一生教えることはないです」
「…そんなこと言っちゃうと、別の方法に切り替えるよ?」
ゾワワワッ
来た、この感覚。ダメなやつだ。
そっちがその気なら、こっちは一か八か、嘘でもないけど核心でもない返答で誤魔化す作戦に切り替える。
「言っても信じてもらえないと思います」
「それを決めるのは僕だよ」
「…一番気になる質問は出身でいいですか?」
「そーだねえ。まずはそれかなあ?」
「――――私が生まれた国は地球上にありません」
言ったぞ。言ってやったぞ。
さあ、どう捉える!?
「………嘘じゃなさそうだね」
信じたあああああああああ!!
正気かあああああああああ!?
「……え、じゃあ、みっちゃんって」
今のでバレるのか!? バレてしまうのか!?
「…宇宙人?」
「違います」
よかったああああああ。
テレビ男の発言に一喜一憂してる自分が気にくわない。
「…ホッとしてるところを見ると宇宙人の可能性もなしだね。うわあ、どうしよう。ますます気になる。久しぶりだよ、こんなにワクワクする対象物!」
私は人としてではなく、研究対象物として見られているようだ。
テレビ男らしいいかれた感性だが、取引に乗ってあげたのだ。まず報酬を要求してみる。
「教えたので、動画の件、よろしくお願いします」
「それはダーメ。みっちゃんの情報量と僕の量力がまだ合わないからねえ」
だめ押しで言ってみたら案の定却下された。
「ちなみにどうやって解決しようとしたんですか?」
「それは僕の人脈をフルに使ってね。あとは内緒」
何が自分の量力だ。結局は人任せではないか。
「はああぁ。テレビ男は結局何もしないってことがわかりました。それと、私の詮索は切実にして欲しくないです」
「その理由を聞いてもいいかな?」
「テレビ男も人から詮索されるのを嫌と思うように、人には人の事情があると思うんですよ。これ以上私の詮索を続けるなら、私にも考えがあります」
なるべくしたくないことだがな。
「そっかあ。なら直接詮索しないならいいんだね?」
なぜ自分の都合のいいようにしか解釈できない。
「そんなこと一言も言ってないです」
「じゃあ僕のこの気持ちはどうするのさ。ああ、気になりすぎておかしくなりそうだ」
そんなこと言われても。私にどうしろと。これに関しては一切妥協できない。
少しの間考えて、ふと気づく。
「これから時間をかけて会話をしながら知ればいいのでは?」
別にテレビ男は過去の私だけを知りたいとは言っていないのだ。それに相手を調べるだけが知る方法ではない。私が人と会って、話しながら相手を知っていったように、テレビ男も私と話していけば私について知っていけるのではと思いつく。
その場合、私は極力話さないように立ち回るがな。
「対話によって調べていく方法ならしてもいいんだね?」
「その言い方だとこれから尋問されそうなのでやめてください」
こいつならやりかねない。
「テレビ男が入学式の日に私と会ってから今まで話してきた中で、私に関して気づいたこととかありますよね? そういう感じで、何気なく会話しながら知っていくのではダメですか?」
「えええー………じゃあ、それでいいよん」
待て待て待て待て。
なんだ今の間は。今の数秒で何を企んだ!?
溜めの前と後で表情が違いすぎる。不満げな表情から笑顔に豹変して妥協するなんて。何か良からぬことを謀っているようにしか見えないぞ!
怪訝な表情の私の顔は見たくせに、それには全く触れず、テレビ男は片手で掴んでいた私の顔をやっと解放させただけだった。
「僕の用事はこれで終わり。おいで? 車で送るよ」
そして話を早々に切り上げ、一階へと向かうテレビ男。
これ以上ここで話したくないのは私も同じなので、大人しくついていく。
だが!!
これまで以上に警戒が必要になったと確信した私であった。
****
携帯を奪還(?)した翌日の金曜日の放課後。
「道奈、今朝のことなんだけど――」
明日の探検について話が終わり、寮の前で別れるところで、創也が真剣な表情で切り出した。
「道奈の靴箱に手紙が入ってたんだ」
今日は創也の靴箱を使う日で、代わりに私の靴箱を使っていた創也がそう教えてくれた。
そして、カバンから手紙を取り出す姿を見ながら疑問に思う。
「なんで靴箱なんかに? 汚くないのかな?」
『靴』はキレイなものとは日本で思われていない。その証拠に、日本の室内は靴を脱いであがるのが礼儀となっている。『土足』という言葉がわざわざ存在してるくらい、その辺りは厳しいと認識しているのだが、その靴を入れる靴箱に人に読ませる手紙を入れるなんて。これは失礼なことをされているのではと考える。
「…さあ。それは出した本人しか分からないことだよ。でも封筒を見た限り、差出人が書いてないんだ」
靴箱なんかに入れた挙句に自分の名前も記さないなんて。この手紙を書いた人は心底失礼な輩なのだな。それにその人の狙いも分かりかねる。
「…とりあえず読んでみるね」
創也から手紙を受け取り、封を開けた。
「…伝えたいことがあります。今日の放課後、裏庭の池の前で待ってます。だって」
そこに書いてあったのは呼び出しの内容だった。そしてやはり本文にも差出人の名前は見当たらない。文字からして男子なのか女子なのかも分かりかねた。
「今、その人はそこで待ってるってことか」
手紙の内容を聞いた創也が険しい顔で確認するように呟く。
「そういうことになるね。…でも誰が書いたか分からない人の呼び出しには行きたくないな。ちょっと怖いかも」
相手が知らない人なのかも、知ってる人なのかも分からない。なぜ名乗らないのか。失礼だと思う反面、そこが一番分からなくて怖い。
テレビ男に頼んでまた防犯カメラの映像を見せてもらえれば誰が入れたのか知ることはできそうだけど、今はテレビ男警戒強化期間に入ったところだ。あれと関わる方がより怖いことになりそうなのでこの案は却下した。
「そうだな。これは行かない方がいいと、俺も思う」
創也も賛成してくれて、行かなくてもいいのだ、と少しだけ安心する。
「でも、裏庭でずっと待ってたらどうしよう」
「呼び出しに道奈が応じなくても、それは向こうが匿名で手紙を送るなんて怪しいことをした所為だから道奈に非はないよ」
確かにそれもそうか。
「創也、ありがとう。気が楽になったよ。手紙も教えてくれてありがとね。これは私が処分しておくかな」
「どういたしましてって程のことでもないけどな。それよりも、これから靴箱に手紙を見つけたら俺に報告して欲しい。動画の件もあって最近騒がしいからな。余計に心配なんだ」
「わかった。そうするね」
こうして創也の心配を和らげる為に承諾したものがまた一つ増えた。
「じゃ、宿題もあるし、そろそろ部屋に戻るかな。また明日! ここで!」
「うん。また明日」
創也と寮の前で別れた後、手紙は前の世界でお父さんがやっていたようなやり方で処分することにして、部屋に戻って宿題をまず終わらせることにする。
終わって時間が余ったら、携帯も戻ったことだし、早速真子にクラスの現状を聞きに電話しよう。




