朝にて、立花真里亞
次の日の朝、明菜と別れて自分の教室へと向かいながらまた考えていた。
――動画について。
朝食を食堂で食べていた時に明菜から拡散された数字をまた教えてくれたのだが…増えていた。
高級なレストランで美味しい料理を楽しめるくらいの数字に桁が一つ足されていたのだ。
…どこまで増え続けるのだろう。
徐々に増えていく数字は動画を広めた人の人数と同等だと想像してみたら、
ちょっと怖いと思った。
これ以上広まる前に早めに買い物で色々と買っておいた方が良さそうだ。今日の放課後にでも行くかな。
そんなことを考えていると、教室のドアの前に立花さんが立っているのに気づく。
「おはようございます。荒木さん、少しお話しません?」
作ったような笑顔でそう言ってきた。私が来るのをわざわざここで待っていたみたいだ。
「長くなりますか?」
また長々と家族の話をされては困る。それよりも他に考えないといけないことがあるのだ。
「いいえ、そんなにかかりません」
「…わかりました」
渋々了承する。
「ここではなんなので、ちょっと移動しますね」
作った笑顔のまま廊下を進んで行く。
思うところはあったが、私は黙って立花さんについていくことした。
「ここなら良さそうですね」
そう言って立ち止まったのは、人気のない廊下の角を過ぎたところ。
「それで、話というのは?」
早く終わらせて教室に行こう。
「私、荒木さんの動画を昨日見たんです」
立花さんの口から出たのは今先ほど考えていた動画に関してだった。
「あの動画、ネットで反響があるみたいですね。再生回数も伸びて、荒木さんの情報を求める人も出てきてるようです…」
この辺りで立花さんの目からドロドロした感情が少しだけ漏れ出たのを感じた。
「…そんな荒木さんに、有名人である私が一つ、アドバイスをしようと思って話しかけました」
先ほど漏れ出た感情はしまい込んだかのようになくなり、また作った笑顔を私に向けて話し続ける。
「私もそういう世界にいる人がとても身近にいるので、有名になった苦労を知っているんですよ。現に私も雑誌のモデルをしているので、ファンも多いですし。ほんっと、有名になるって大変なんだなーってつくづく思います」
嘘くさい困り顔で誇らしげにそんなこと言われても…説得力がないぞ。
「だから、私、荒木さんにはそんな大変な思いはして欲しくなくて…。でも安心して下さい。今から私が言うことを守ってくれさえすれば大丈夫です」
これ以上動画が拡散されないようにする方法を知っているのか? 広まった動画は私にはどうすることもできないと明菜に言われてある。自分のことを有名人だと言う立花さんなら明菜も知らない方法を知っているかもしれない。
そう思いたいのに、立花さんの本心が全く感じられない表情のせいでいまいち信用できないのだ。
「ちなみに、どんな方法なのか聞いてから決めても?」
「まあ、少しだけなら。まず、今後一切学校でマジックをしない」
えええ。
「存在感をなくすように心がける」
ん?
「周りから――特に林道様達から――話しかけられても無視をする」
…この人は何を言っているのだ。
マジックをするなとか。存在感を消すとか。無視するとか。
そんなの私が学校に行っていないのと同じではないか。
「立花さん、それで動画の拡散が落ち着くとは思えません」
「そのことについて話してるんじゃありません。これ以上有名にならないようにする為の方法を教えてあげてるんです」
ということは、立花さんは学校で私が有名にならないようにしたいようだ。
「私、本当に荒木さんが心配で…。他にもまだあるけど、まずこの三つを守ればすぐにみんなの関心がなくなって落ち着きますよ」
相変わらず言葉と表情があっていない。
それは心配をしている人の顔ではないと思う。
そもそも、学校で支障はまだないのだ。そこから食い違いが起こっているようなので、まずはそれから伝えよう。今は動画の方が心配なのだ。
「学校で有名かどうかは私が気にしなければすむことなので、心配しなくて大丈夫ですよ」
「ふふふ、そんなこと言って本当は有名になれて嬉しいんですよね? その有名になりたいって気持ちの所為で、私の周りにいるの子達が苦しい思いをしたのを私は見てきました。調子に乗りすぎて痛い目みる前に、私の言うことに従った方がいいですよ?」
話が通じていないようだ、もう一度言って理解してくれなかったら教室に戻ろう。
「有名かどうかは気にしてません。それよりも、平和に楽しく学校生活を送れたらと思います」
「平和に過ごしたいのなら、なおさら私の言うことを守れば叶いますよ!」
立花さんの言う通り実行したら『平和に楽しく』の『楽しく』ができなくなるだろうに。
「ね? ほら、早く、守りますって、言って?」
なかなか了承しない私に痺れを切らしたかのように立花さんが迫って私の両肩をガシッと掴む。そして顔を近づて『はい』と言わせるよう、強要してきた。
このまま教室に戻るつもりだったが、この状態ではできそうにないな。しかも何気に肩を掴む握力が強くて痛い。
「…離してもらいます?」
「…守るって言うなら」
またあの作り笑顔で話す立花さんの表情からは、心なしか苛立ちが見え隠れしていた。
離す気はないらしい。
さて、どうするか―――強行突破しかないだろう。
「な!?」
肩を掴む立花さんの手をバシッ!!と私の両手で勢いよく下から持ち上げて離したら、立花さんの口から不意を衝かれたような声が漏れた。
立花さんが驚いてくれている間に、私はスタコラサッサと(早歩きで)この場を去る!
「待ちなさい!」
こっちは早歩きなのに、立花さんはそう叫んで走ってきた。そして私の左肩をガシッと掴む。掴まれた瞬間にすかさずこっちはバシッとはたき落として、なおも足を緩めず前を向きながら注意した。
「あー! 立花さん、いけませんよ! 校則は守らないと! 防犯カメラとかにも映って、先生にバレますよ!」
私の注意で、足音からして一応走るのはやめたらしい。現在お互い早歩きだな。
女子に追いかけられるのは二度目か。漆原さんの時みたいに転んで面倒なことにならないことを祈る。
「今そんなこと言ってる場合じゃないから! 何また勝手に行こうとしてんの!」
立花さんの敬語が崩れた。そこから感情的になっているのが伝わる。
「それは私が遅刻しそうだから。それに立花さん強引なんですもん」
「強引って! 私はただ荒木さんのことを心配して!」
「そんな嘘くさい表情で言われても信用できないですって」
あ、本音がポロっと。
「う、嘘くさい!?」
まあいいや、この際言ってまえ。
「ジュリエッタの演技の時も、立花さんと話した時も、ずっと嘘くさいなあと思ってました」
「はあああ!?」
声だけでも分かる、怒りの感情。
今ので本気で怒っちゃったみたいだ。
「あなたに演技の何が分かるって言うの!?」
「わかんないですけど、ただの素直な感想ですよ。現に私のことこれっぽっちも心配なんてしてないでしょ? 表情でバレバレです」
「これだから素人は! 私のママは日本一の女優よ!? その娘の私の演技が嘘くさいですって!?」
「嘘くさいです」
この間、私たちはずっと早歩きで廊下を進んでいる。
結構な速さで歩いているので髪の毛が揺れる揺れる。
その揺れた髪を立花さんに掴まれた。
「痛っ!」
痛みと同時に歩みも止める。
「……訂正して」
今までの立花さんからは聞いたことのない、低めの声だった。
私の顔の至近距離に立花さんの顔がある。その顔も、今まで見た立花さんのものとは程遠い、無表情。
でも嘘のない、本当の表情。
表情が消えた顔とは対照的に、目が全てを語っていた。
そして、その立花さんの目からはいつの日か感じた一際強い殺気と同じものも感じる。
あの時の殺気は立花さんのものだったのか。
「訂正しません。エンタテイナーの評価は評価する人の自由だと思います」
そんな立花さんの変化は置いといて、立花さんの要求に私は師匠の魔術師キッドが言った言葉で反論した。
「…うるさい。訂正して」
なおも私を睨みつけながら、髪の毛を引っ張る力を徐々に強めてくる立花さん。
どうしたら穏便にこの手を離してもらえるだろうか。
わざわざ朝に教室の前で待って、人気のない廊下にまで私を連れて来たのだ。
他の人には知られたくないのを感じる。なら…、
「…防犯カメラ」
そう私が呟くと、立花さんはギクリと肩を揺らしてハッとしたように髪の毛を離した。
よし! 今だ!
「ではお先に」
足早に立花さんを置いて、教室へと向かった。
立花さん、ついに暴力をふるってしまったな。
弟子とはまた違う感じの暴力だった。
でもさっきの立花さんは、明菜が言ってたように癇癪をあたりつけてくるというよりも、炎のような強い感情で静かに私を燃やそうとするような、そんな感じだった。
クラスの女子からの呼び出しや草野さんの上靴の一件で、こういうことが起ったら事後でも伝えて欲しいと創也に念を押されているのを思い出す。
私はそれに承諾をしてしまってるし、創也を心配させたくはない。だけど、なるべく自分に起こったことは自分で解決したいのだ。
よって、今回の件については創也に伝えるだけ伝えて、それと一緒に、手出ししないようにお願いすることにした。
さて、立花さんのことは、ひとまず置いといて。
それよりも、彼女の動画についての発言が気になる。
『荒木さんの情報を求める人も出てきてるようです』
私の情報を求める…なぜ?
その目的が全くわからないからこそ、怖い。
私の知らない人が私について知ろうとしている。
私が異世界人だと誰かが気づいたのか。
そうだとしたら、知ってどうするのか。
違うな。考えすぎだ。
まず本当に私の情報を求めてる人なんているのか。
この情報の正誤から確かめるべきだな。
そこではたと気付く。
私、パソコンの使い方、知らないぞ。




