警戒女、突然のなぞなぞ
パタパタと猫缶を片手に無言でうちわを仰ぐ真剣な新海さん。
ジーっと私を警戒した目でずっと見つめてくる無表情の雨倉さん。
太眉猫さーん、とその視線になるべく構わないように呼び続ける私。
……このバラバラな状況はなんだ。
全く楽しくないぞ! なぜこんなに居心地の悪い思いをせねばならんのか!
心の中でブツブツ言っていると天の助けとばかりに太眉猫さんの鳴き声が聞こえてきた。
「ノー、ノー」
「あ! この声は!」
いち早く反応を示した新海さんは声のする方へ、ダダダダダダダッとものすごい速さで駆けて行く。
「し、新海さん!」
この警戒女と二人きりにしないでくれ!
新海さんを追いかけようとしたが、私の腕をガシッと掴んで引き止める警戒女。
警戒はするのに引き止めるのかっ。
もうわけがわからないぞ。
こうなったら言ってやる。
「雨倉さん。私、雨倉さんに何かした? ずっとそんな風に見られたら居心地が悪いよ」
ふうう。ずっと思っていたことを口にしたらスッキリした。
「…」
スッキリはしたものの。警戒女は黙ったまま。
未だ腕は掴まれてるし、ここは警戒女が何か言うまで待つしかないようだ。
「…」
待つと決めたものの。未だ警戒女は沈黙を続ける。いつまで黙ってるつもりだ。引き止めるからには何か言いたいことがあるのだろう。こうなったら30数えても何も言わないなら新海さんのところに強引にでも向かおう。
そう決めた私は心の中で数を数え始めた。1、2、3、4――
――28、29、…29.1、29.2、29.3――
「…今から私が言う言葉に心当たりがあったら言って。正直に」
特大サービスで数えてあげてたところで、やっと口を開いてくれた。
突然の要望に戸惑ったが、大人しく聞くことにする。
「わかった」
私の返事を聞いた警戒女が息を一度大きく吸う。それから私の目を探るようにじっと見つめ、言葉を述べていった。
「乙女ゲーム、ヒロイン、悪役令嬢、攻略キャラ――風林火山」
…んんん?
この時の私は、人生で一番のポカン顔をしていただろう。
な、なぞなぞ、かな?
えっと、このなぞなぞの問いは確か『今から言う言葉に心当たりがあるか』だったな。うん、全くない。むしろ理解できた言葉が悲しいくらいに少なすぎる。私も日本にだいぶ慣れてきたと高を括っていたが、甘々のあまちゃんじゃないか。
今のままでは、なぞなぞの答えに一生たどり着けなさそうだ。
「…心当たり…ないようね。…ふうううぅぅ」
私の表情を読み取ってか知らないが、警戒女の警戒が少し緩んだ。そして疲れたように息を吐く。
なんで警戒女がため息を? 疲れているのはこっちの方だ!
文句はいっぱいだが、ここは我慢する。そして答えを教えてもらうのだ。気になるし、答えがわかったら日本について知れた新しいことがまた一つ増えると思う。
「それで、なぞなぞの答えは?」
「え?」
私の問いに疲れた顔からポカン顔になる警戒女。なんだ、さっきの私のポカン顔が移ったのか。私の質問が伝わらなかったかもしれないので、もう一度言い直す。
「なぞなぞの問題出したのなら、ちゃんと答えを言わないと。答えは結局なんなんですか?」
「えっ? あ、えっと」
私の指摘に先ほどまで警戒していた面影は完全に無くなり、私から目をそらしながら戸惑い出した。その姿は私の目には誤魔化しているように映る。
…私のことを警戒するだけして急になぞなぞの問題を出す。その上、答えを言わずにすます気か。
それは自分勝手すぎないか。そもそもさっきからこの人は何がしたいんだ。
先ほどから積み上がっていた不満が溜まって、ムカッとした。
「怒りますよ」
一言、元警戒女を睨みつけながらそう言った後に、言いたかったことを続ける。
「警戒はあからさまにするわ。なのに引き止めて急になぞなぞは言い出すわ。答えも言わないわ。勝手すぎると思いませんか? 私は新海さんが太眉猫さんと会えるように協力をしているだけなんですけど」
あ、私は怒ると敬語になる人のようだ。思っていたことを口に出して冷静になったら、自分の発言を振り返ってそう気づく。今とは全く関係ないことを考えながら元警戒女の返答を待った。
「…ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったのよ。…わかってはもらえないだろうから理由は言えないわ…」
「その理由というのは警戒をしていたことに対しての? それともなぞなぞの答えを言えないことに対しての?」
「……えっと」
せめて動機だけでも教えてもらおうと問い詰めていたら、だんだん彼女の目が潤んできた。
え、
これって、
まさか。
「…ひっ…くっ…」
げっ。泣いちゃった。私、そんなに強く怒ったか?
泣かせてしまった罪悪感がなぜか凄まじく私の心の中で沸き起こる。
解せぬ。向こうからやってきたことなのに! なんで私が泣かせた悪いやつみたいな図になるのだ!
という不満は置いといて、慰めた方が良いと私の良識が言っている。
はああ。とりあえずそうするか。
「…くっ…」
「はいはい。どうしたの。なんで泣く」
少しだけ投げやりにな言い方になりながらも優しくあやすように背中をトントンと叩いてあげた。
「…ひっ…私だって…くっ…好きで警戒してた訳じゃ…」
「うんうん」
「…言ったって…どうせ…信じてもらえるわけ…ひっく」
「そうかそうか」
「…それに…ゲームには…ひっ…こんな裏設定なんて…」
ゲーム? 裏設定?
また突拍子も無い言葉を言い出したが、状況が状況なので、そのまま流してあやし続けた。
「落ち着いた?」
「…ええ」
しばらくして元警戒女は正常の無表情に戻った。
「これ使って?」
正常に戻っても顔は涙でぐしゃぐしゃだったので、見かねてポケットから取り出したハンカチを渡す。
「…ありがとう」
そう言って元警戒女は顔を拭く。それを見て、自分勝手だがちゃんと謝るし感謝もするのだなと思った。
「…ハンカチは、洗って返すわ」
「うん、待ってる」
ハンカチをぽいぽいあげれるほどお金に余裕はないからね。
元警戒女が落ち着いたところで、私も一応謝っておくことにする。自分はそのつもりじゃなくても相手によっては受け捉え方が違うのは薫子の件で学んであるのだ。
「私もそんなつもりはなかったけど、強く言い過ぎたかも。ごめんね」
「いいえ。荒木さんは全然…私が勝手に誤解していただけかも」
誤解が原因で警戒していたようだ。
「そっか、その誤解は解けた?」
「ええ。たぶん解けたと思うわ。疑ってごめんなさい」
一体何と疑ってあそこまで警戒してたのか。
気にはなるが、
「解けたんなら、それでいいよ。もう何も聞かない」
言えないわけがあると言っていた。泣くほど切羽詰まらせるような理由なのだろう。そっとしておいてあげよう。
ここら辺が汲み取れるあたり、やはり私は良識のある乙女だな。
「…あなたって噂と違うのね」
「雨倉さんも思ったより、ちょっぴり泣き虫でびっくりしたかな」
「それは忘れてっ! いつもは泣かないんだからっ! 今回が特別なだけなんだからっ!」
さっきの事は泣くほどのことで、さらにそれは顔が真っ赤になるくらい恥ずかしいことでもあると主張したいらしい。ずっと無表情だったから、それが新鮮に見えた。
でも、元警戒女の主張が正しいのかどうかは今決めることではないな。
「それはこれから仲良くしていく内にわかる事だよ」
元警戒女の自分勝手な言動に怒ってしまったが、今のやりとりで悪い子では無いのは分かったし、これから仲良くしていけるかなくらいは思っている。
「…私と?」
「そのつもりだけど、ダメだった?」
「…別に、ダメじゃ、ないわ」
否定の否定は肯定なので、
「これから、真子って呼ぶね。私のことも好きに呼んで」
これから仲良くなる人は名前呼びなのだ。
「…わかったわ。でも人前ではやめて」
「…なんで?」
「あなたと仲良くすると目立つからよ」
「なんじゃそりゃ」
「とにかく、人前じゃないんだったらいいわよ」
「まあ、そこまで言うなら。納得いかないけど」
「そうしてちょうだい」
よくわかんないけど、頑なだ。今は引こう。
さて、一段落ついたところで、
「そろそろ新海さんのところに行こっか」
「…そうね」
二人でわーわーやっていただけで本来の目的が達成されていないのだ。
「新海さんの携帯知ってる?」
「かけても無駄だから、このまま瑞樹が向かった方向に進むわよ」
少し疑問に思ったが、真子の言葉に大人しく従った。
「あ、いた」
少しの間進むと新海さんが鼻息を荒くさせながら太眉猫さんを撫でまくっている姿が目に入った。
「…瑞樹は猫が病的に好きなのよ」
「うん、そんな気がしてた」
言動から薄々感じていたことだ。今更驚くまい。
二人で瑞樹の元まで向かう。
「この状態になった瑞樹は気がすむまで何も聞こえないから、しばらく待つわよ」
「そっか、なら私も太眉猫さんを撫でるかな」
「それもやめたほうがいいわ」
「なんで?」
「瑞樹は猫と戯れると猫になるの」
「…ん?」
聞き間違いかもしれない、もう一度言ってもらおう。
「瑞樹は、猫と戯れると、猫になるの」
「それは…また…難儀な」
そんなバカな。と言いたかったところをすんでのところで止めた。
「ふっ。難儀、ね。本人はそれで幸せみたいだから、難儀では無いかも。難儀なのは私の方よ」
あ、少し笑った。疲れたような笑いだけど、真子が笑うのをみるのはこれが初めてだな。
「なるほど、真子も色々と大変な訳だね」
「そんな感じよ」
「でも瑞樹が猫になるのと私が太眉猫さんを撫でちゃダメなのとどんな関係があるの?」
「猫以外は警戒心剥き出しで威嚇するのよ」
…威嚇。
今、私たちは本当に一人の女子生徒に関して話しているのだろうか、疑問になる。
「…試してみていい?」
「どうぞ」
真子の承諾を聞いて、新海さんの近くへと向かう。
そもそも人間が猫になるなんて。
獣人ならまだしも、人族が主にいる地球でそんな―――
「フシャーーーッ!!」
威嚇された、新海さんから。
「ね、言ったでしょ」
「…」
心なしか、猫が2匹いるように見えた。
「真子、これからも頑張れ」
二人は初等部からの親友と言っていたな。
きっと、真子は新海さんの面倒を見てきたに違いない。
猫化する親友。
うん、一緒にいて疲れそうだ。
「…これから私と仲良くするつもりなら、あなたも頑張ることになるかもしれないわね」
え、不吉なことを言わないでほしい。
人語が通じるかもわからないではないか!
「その時は、その時で」
先ほどの真子の発言は流して、二人で話しながら、新海さんが正気に戻るまで待つことにした。




