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学校に行く?行かない?2


 連れてこられた先は、じっちゃんの店から車で少しかかるくらいのところだった。ここはイタリアの料理が食べられるらしい。食べたことがあるイタリア料理と言えば、じっちゃんがたまに作るミートスパゲティくらいか。


 店内は前の世界で両親と外食をした時に行ったレストランに雰囲気が似ているな、というのが第一印象。


「何食べたい? お金は僕が払うから、なんでも頼んでいいよ」


 ふん。


 食事代を払ったくらいで私の機嫌が直ると思うなよ。

 この店で一番高いものを…と考えたところで、私の良識がそれを止める。

 それは大人気ないかな。普通に頼もう。


 …メニューを開くと、どれも初めて聞く料理ばかりで戸惑う。じっちゃんがいつも作ってくれるものが一つもない。


 こうなったら、少年と同じものを頼もう。

 食べ方が分からないものがあるかもしれない。

 日本に来たばかりの時に箸の使い方が分からなくて苦戦したことがあるのだ。同じパターンになる可能性があるため、少年の食べ方を参考に誤魔化すことにした。


「あなたと選んだものと、一緒のものにするよ」


 メニューから顔をあげて少年を見ると、すぐに目があった。

 …ずっと私のことを見ていたらしい。そんなに人と食べるのが新鮮か。


 この少年がどんどん可哀想になってきたぞ。


 こんなに問題のある性格になったのは、ずっと一人だったからかもしれない。

 誰も注意してくれなかったんだな。私は何かいけないことをしたら、お母さんとかじっちゃんが叱ってくれた。お陰で良識のある淑女に育ちつつある。


 友達かぁ…。可哀想だから、なってあげてもいいかなくらいには少年のことを受け入れた。


「それで、学校に行きたくないんだっけ?」


 注文を執事のような店員に頼み終えた少年が、突然話をぶり返す。


「…じっちゃんの店から通える学校がないの。今までも家で勉強できたから別に学校に行かなくてもいいと思うし。空を眺める時間も少なくなりそうだし。寮付きの学校なんかに行ったらじっちゃんと離れ離れになっちゃう。それが一番嫌」


 心にあった自分の思いを初めて口に出す。


「じっちゃんとずっと一緒にいたい、って今日じっちゃんに言う予定だったのを、あなたに無理やり連れて来られたの」


 口に出して少しスッキリしたから、ついでに少年に嫌味も言ってやった。


 店員さんが大きさや形が少しずつ違うナイフとフォークとスプーンを複数テーブルに速やかに置いていくのを横目で見る。前の世界で使っていたものと形が似通っていて少し安心した。


「じっちゃんって人と、ずっと一緒って、いつまで?」


「え?」


「道奈はいつまでじっちゃんって人と一緒にいるつもりなのかな?」


「…いちゃだめなの?」


 一緒にいてはいけないと言われているようで腹が立って睨みながら答える。


「一緒にいてはダメだとは言ってないよ。ただ、いつまで一緒にいる予定なのか聞いてるだけさ」



 一瞬思考が止まった。



 いつまで。じっちゃんと。一緒に。いるか。――――いれるのか。



 漠然と永遠にじっちゃんと一緒にいる気でいた自分に気づく。じっちゃんが焦ってた理由。分かったかもしれない。どんなに一緒にいたいと願っても。残酷な時間が老いとなって、永遠の別れを訪れさせる。


 その時、一人残してしまう私が孤独で壊れてしまうかもしれなくて、焦っていたんだ。


 永遠の別れが来るその日までに、たくさんの人に出会わせて、私が独りぼっちにならないように―――。



 …あぁ、私はなんて独りよがりなんだ。もっとじっちゃんの身になって考えれば気づけたはずだ。


 じっちゃんの気持ちに気づいて、

今まで心の隅に絡まっていたものが(ほど)けてく。一緒に涙も流れ出た。


 流れる涙が温かい。

 じっちゃんの優しさが私の心を温めてくれたからだ。


 顔に柔らかい感触を感じる。顔をあげると、正面に座っていた少年がいつのまにか隣にいて、私の濡れた顔をハンカチで拭いてくれていた。


 誰かに涙を拭われるのは日本に来て二度目になるな。


 少年は柔らかくて優しい目をしながら、私の頭をそっと撫でた。


 そんなの反則だ。こんな時に優しくしたら、もっと泣いてしまうではないか。


「ふわあああん」



 涙腺完全決壊。


 我慢できなくなって隣にいた少年に泣きつく。服が濡れるのに、少年は何も言わずに手を背中に置いてトントンと優しく叩いてくれた。


 図々しくて失礼で人の話を聞かない異常で不可解な少年だと思っていたが、いいところもあるのだな。友達になってもいいかなぐらいだったが、前言撤回だ。

 

 この少年と友達になろう。優しい人は嫌いじゃない。


「…すううう、はあああ」


 涙を流し尽くした後に、少し目が腫れぼったいのを感じながら深呼吸をする。


「落ち着いた?」


 少年の声に返事をするために俯いていた目線を上にあげる。


「うん。落ち着いた。慰めてくれて、ありがとう」


 落ち着いたら、泣きわめく自分の姿を少年に見られたことに対して恥ずかしくなった。

 羞恥で顔を赤らめながらも、きちんと目をみて笑顔でお礼を言う。感謝の気持ちはきちんと伝えなくては。


「…いや、別に」


 ふいっと、そっぽを向かれた。

 あれ、気に触ること言ったかな?

 優しい面があっても、不可解なのは変わらないようだ。


「林道様、料理をお持ちしました」


「…待たせて申し訳ない」


 少年が私から離れて元の席に座る。


「いえ、ちょうど出来上がったところでございます。前菜のサラダとスープです」


 気を使って、待ってくれたのだな、と私も気づいた。この店の接客はなかなかやりおる。



 その後は暫く食事を楽しんだ。テーブルマナーもだいたい前の世界に似ていたので苦ではなかった。


「それで、結局学校はどうするの?」


 おおう。泣いて食べて満足して、すっかり忘れていた。


「…行こうとは思う。学校を勧めるじっちゃんの気持ちに気づいたから」


「そっか、僕もその方がいいと思うよ」


「でも、どこの学校に行くかは決めてないの。じっちゃんの店からあんまり遠くないところがいいなあ」


「――学校は僕が通ってるところなんかどう?」


「あなたが通っている学校?」


「施設が充実してるし、寮付きだ。君の家から車で2時間くらいのところかな?」


「車で2時間…それは遠い方な気がする」


「いやいや、君の家からよりも遠いところから来て寮生活してる生徒もいるよ? 沖縄とか、他県からきた生徒は基本飛行機だから、彼らに比べたら全然遠くないよ」


「あの空を飛んでいく機械で!? それはまた遥々遠くから来る人もいるんだね」


「そう言うわけだから、どう? 小中高一貫で、中等部に入学した後は、成績さえ維持できれば入試なしでそのまま高等部に上がれるよ」


 えっと、入試と言うのは確か学校に入学するために必要な試験だったかな。

 高等部に上がるかどうかは、後で決めるとして、もし行くと決めた時、試験を受けなくていいのは楽でいいな。


「って言っても、中等部に入る時に入試がいるけどね」


「結局一度は試験を受けないとダメなんだ。ちょっと面倒だな」


「でも、その試験で上位の点数を取れれば奨学金がもらえるんだ。学校に通うにはいくらかまとまったお金がかかるからね。じっちゃんって人に負担をかけずに済むよ?」


「奨学金制度!」


 学力や競技などで優秀な生徒が学費を払わずに通えるシステム! 日本の教育制度の情報を集めていた時に知ったことが、ここで役に立ったな。


 優しいじっちゃんにあまり負担はかけたくないのは確かだ。


「ね? 僕の学校においでよ。そして一緒に学校に通おう」


「いいかも! じっちゃんに聞いてみる!」


 思い立ったが幸福日。席を立ち、店を出ようとする。


「今から!? 僕はもう少し君と話していたいな」


 引き止められたところで、忘れていたことを一つ思い出した。


「あなたの名前、教えてくれる?」


「え?」


「あなたの名前、覚えてないの」


「…。林道創也(りんどうそうや)


「林道創也。創也が名前で林道が苗字ね! これからよろしく、創也!」


 日本に来て初めてできた友達だ。

 嬉しくなって、思わず今日一番の笑顔が出た。


「…っ。うん、よろしく、道奈」


「ご飯に誘ってくれてありがとう! ごちそうさま! じゃぁ先に車に戻ってるから! 早く来てね!」


 なぜか動揺気味の創也を置いて店を出る。不可解なところが創也らしい。


 なんだかんだあったけど、一緒にご飯食べれてよかったな。


 じっちゃんに伝えたいこともたくさんできた。

 


 早く会いたいな、そんな思いを胸に車に向かった。



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