マジック効果?
結局、集中できないまま歴史の授業が終わった。
終わった途端に、私の席はみんなに囲まれてしまい、現在身動きが取れない状態である。
「荒木さん! あのマジックどうやったの?!」「浮いてたよね!? 本当に浮いてたの!?」「あの爆発で登場すんの、かっこよかったなー!」「猫さんはっ? ねえねえ猫さんはっ?」
わーわー。がやがや。きゃーきゃー。
よってたかって話すクラスメイトたち。
…それじゃ、分からないよ。
と言っても聞いてくれる状態ではないだろうから。少し困ったように眉を下げ、でも私のマジックを褒めてくれているのは伝わっているので、微笑みでやんわりと対応した。
創也ごめんよ、輪の中に巻き込んでしまって。
そう思って隣に座る創也の方を見る。
創也は笑顔を絶やさず、私を見ながら大丈夫だよ、と表情でそう伝えてくれた。
さすが、創也。
やっぱりそういう優しいところが好きだな。
そんな状況の中、創也と一緒に次の授業が始まるのを待っていたところで、パン、パン、と輪の外から手を叩く音が大きめに響く。
なんだ? とみんながその方を向いた。
「皆さん、いっぺんに荒木さんに話したら、困ってしまいます。せめて一人ずつ話しましょう」
暁人おおおおおお!
さすが紳士!
助けてくれてありがとう!!
という思いを込めて、視線で伝えたいところだが、人の輪の中にいるせいで暁人の姿が見えないのが残念だ。
「じゃあ、僕から! 爆発で出てくるやつ。めっちゃすごかった!」
暁人の指摘通り、一人ずつ話すことにしたようだ。これで何を言っていたのか分かるようになった。私もそれに一つずつ感謝の気持ちを込めて返すことにする。
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいな」
「マジックよかったよっ! 猫さんはどこから連れてきたの?」
「校舎の裏庭にいた野良猫なんだ。仲良くなって、協力してくれたの」
「ノーって鳴いてたよ! あの眉毛が、忘れられないっ!」
太眉猫さんのファンが今日を境に急増したな。
「ねえねえ、荒木さん。ずっと浮いてたけど、あれどうやったの?」
「ごめんね、タネは教えられないんだ。でも楽しんでくれたみたいで、嬉しいよ」
そう、タネも仕掛けもあるから、マジックは知られたらダメなのだ。知った瞬間に、夢が覚めてしまうという感じだな。せっかく、楽しんでくれたのだ。記憶の中では魔法のままでいてほしいというマジシャン心…ふっっふっっふ。私も言うようになったな。
だがしかし!
今日の夜、反省会だ。
私はここで満足しない。
日々成長していくのだっ!
マジックの情熱も再燃させつつ、一人一人に返事しながら、わいわいと授業の合間の休憩時間は過ぎて行った。
実は、昼休みが終わって教室に入った時から、一際強い殺気をずっと放つ生徒の存在に気づいていた。だからと言って今私にできることは何もないので、気づかないふりをしていた。…これは、遅かれ早かれ、何か起きそうだな。
その予感は小さなシコリとなって心の隅に残った。
****
放課後。
「荒木さんっ! 放課後暇? よかったら遊びに行かない?」
気軽に、自然に。遊びに誘われた。
こんなこと初めてだ!
「誘ってくれてありがとう。けど、今からマジック道具の片付けがあるんだ。また今度誘ってくれたらとっても嬉しい」
そう。後始末がまだなのだ。
太眉猫さんへの報酬を渡すのも忘れない。
「あ、そうだよね。じゃあ、また今度誘うよ。また明日っ!」
「また明日!」
小さく手を振って、彼女が教室を出ていくのを見送った。
「道奈、一気に人気者だな」
隣で創也が感想をこぼした。
「人気者、なのかな? マジックの後、教室に帰ってきてびっくりしたよ」
「俺は道奈のマジックにびっくりだよ。浮くとか、消えるとか。本物のマジシャンみたいだった」
おうおう。また褒めるなんて、調子に乗ってしまうぞ。
「道奈ちゃん! さっきは言えなかったけど、お疲れ! 最高のマジックだったぜ!」
少しだけ離れた席にいる涼からも労いの言葉と一緒に褒めてくれた。
そしたら暁人も来てマジックの感想を述べてくれる。
「荒木さん、素晴らしいマジックをありがとうございます。とても楽しめました」
本当に楽しんでくれたようだ。マニュアル通りのコメントではなく、素直な暁人の気持ちを言葉から感じる。しかも、褒めてくれた。
暁人の話を聞いていると、今度は薫子が私の元に来て話しかける。
「道奈さん、マジックとてもすごかったですわ。前回見た時よりもさらにキラキラしていて…王子様のようでした」
創也達が周りにいて緊張するはずなのに感想を言いにわざわざ来てくれたのか。薫子のこういうところが好きだな。
それにしてもキラキラ王子か…体が発光するようなマジックはしてなかったはずだが。まあ、薫子も褒めてくれたというわけで。
「ヘッヘッヘッへ」
創也、涼、暁人、薫子、と連続で褒められまくりの私である。嬉しくないはずがない。思わず高らかな笑いが漏れた。
「道奈ちゃん、すげー顔してる。得意げな顔ってこんな顔なんだな」
涼に言われてハッとする。
また感情が顔からダダ漏れに!
「荒木。いつからマジックしだしたんだ?」
表情管理の見直しをしていると、後ろの席から弟子が質問してきた。
「この学校に合格した後から始めたよ」
「え、道奈ちゃん、マジック初めてまだ2ヶ月!? 2年の間違いだろ!?」
「まあ。元からマジックの才能がおありでしたのね」
私の返答に涼は驚きを、薫子は感心を表した。
んー。涼の言う2年前はまだこの世界にいるかいないかの時期だから、ありえないな。薫子の言う才能も、スキルもたまに使いながらひたすら練習しただけなので、これも違う。
「てか涼。ここで喋ってていいのか? 部活に遅れるぞ」
創也の指摘にバッと時計を見る涼。
「やっべえええ! 俺行ってくる。道奈ちゃん、明日の昼に話そうぜ! みんなも、また明日!」
「私も習い事がございますの。また明日お会いましょう。ごきげんよう」
部活に急ぐ涼に促されたように薫子も習い事に向かう旨を伝えた。それぞれが涼と薫子に別れの挨拶をしたところで、弟子が話を戻す。
「ほんとすげぇな。ちょっと荒木のこと尊敬したわ」
「ちょっとと言わず、どーんと尊敬しても良いよ!」
その後は軽い冗談を交えながら、創也、弟子、暁人の三人と一緒にマジックの話で盛り上がった。
「荒木さん」
会話が弾んでいたところに、女性生徒から声をかけられた。振り返って見ると、どこかで見たような見てないような顔だ。
誰だったか…。
茶髪ふわふわカールの髪型を見て、思い出す。
テレビ男から入部で失格にされた女の子だ。
「今日の昼休みにマジックを披露したそうですね。残念です。私は見れませんでした」
そう言って、女子生徒が残念そうな表情を作り出した。
…この嘘っぽい表情。
ジュリエッタだ。
この瞬間『茶髪ふわふわカール女子=ジュリエッタ』の方式が頭の中で成り立った。
「よかったら今、何かマジックを見せてくれませんか?」
今度は友好的な笑顔を作って言われた。
「いいですよ。簡単なものになりますが」
嘘っぽい表情は気にしないことにして、いきなりの要求だがいいだろう。減るものでもないので、涌井先生に見せたように、シンプルなコインマジックを披露した。
コインを消して、出して、消して、出して。
「すごいですね。手つきが慣れていて、とても練習したのがわかります」
暁人は目の付け所が同年代のものとは思えないな。
「ありがとっ。そうだよ。たくさん練習したんだ」
「思っていたよりも地味ですね。もっとすごいのはないんですか?」
褒めてくれた暁人とは違ってジュリエッタは満足しなかったようだ。
んー。まあ、簡単なマジックはこんなものだと思うのだが。そこまで言うのなら、もう少しアレンジきかしたものにするか。
コインを自分の手で消して、創也の耳の裏から出す。今度は弟子の肩の後ろで消して、指先を弟子の肩からジュリエッタの制服のポッケへと放物線を描くように移動させる。
「ここにコインが移動しました。ちょっと失礼しますね」
ジュリエッタのポケットからコインを出した。
「すげぇ。本当にコインが消えて移動したみてえだ」
弟子はお気に召したみたいだな。
「ふふふ、やっぱり素人だとそれが限界のようですね。この程度のマジックにみなさん大騒ぎしすぎです。私は小さい頃から芸能界にいたんですよ? こんな地味なものよりも花のある、すごいものをたくさん見てきました」
ジュリエッタの発言で弟子の片眉がピクリと動いた。
何かしでかす前に手でさりげなく制しておく。
それにしても、ジュリエッタの発言で気になることがある。
『小さい頃から、芸能界に』…?
明菜の情報が頭を過ぎった。
「もしかして、あなたは立花さんですか?」
「え?! 今まで私が誰だか分からなかったんですか!?」
驚愕の表情になる。これは本当の表情だな。体の芯から驚いているようだ。
「まあ、名乗ってこなかったので」
『茶髪ふわふわカール女子=ジュリエッタ』の方程式に『=立花』が加わった。
「ど田舎から来たど田舎者なんですね」
また弟子に動きがあったのでもう一度手でさりげなく制しておいた。その間に創也が口を開く。
「その言い方は――」
「親切な私が教えてあげましょう。私の母はあの日本アカデミー賞を何度も受賞している女優の羽柴みのり。父はあの大物ミュージシャン、立花まさる。現在は全国ツアーを周って――」
立花が創也の言葉を遮り、急に自分の家族の紹介をしてきた。
心底興味ない。
創也と弟子と暁人に目配せをする。
3人とも聞く気がないことを確認した。
「――私の姉の立花茉莉花はパリコレモデルを経験したこ――」
「ああああ!」
と大げさに叫びながら自分の腕時計を見る。
「もうこんな時間! 後片付けに行かないと!」
「ああ、もうそのような時間でしたか。私はこれで失礼しますね」
「暁人、また明日!」
「俺も帰る」
「またね! オニ・ヤマ!」
「道奈、途中まで一緒に帰ろうか」
「うん! 立花さんも部活に遅れちゃいますよ! じゃあ私たちはこれで!」
皆、足早にその場を去った。
残された立花はあっという間の出来事にぽかんとしていた。
「…立花さん、道奈に失礼だったな」
「そうだった?」
靴箱までの道すがら、創也の発言に疑問を持った。
「マジックをして欲しいって、要求した割に感謝もなかった。むしろ道奈のマジックを地味だとか言ってバカにしてたな。その上、道奈が自分のことを知らなかったからって道奈を田舎者って決めつけた。失礼だろ?」
おお、創也が女子に対して不満を言うなんて、珍しい。女子を人として見れてきていると思っていいのかな?
でも、立花さんが失礼かどうか、に関しては。
「じっちゃんの店がある町は確かに田舎だし、マジックの評価は人それぞれだと思うから。失礼だとは思わなかったかな。ただ、自分の家族の情報をペラペラ言い出したのには勘弁してほしいって思ったよ。興味無いものをじっと聞いているほど暇じゃ無いからね」
「道奈が失礼だと思わなくても、俺は思うよ。道奈の努力にケチつけた感じがして、聞いていて嫌だと思った」
私のために怒ってくれているのか。
「創也、ありがとう。その気持ち、すっごく嬉しい」
薫子の時もそうだが、私の代わりに悲しんだり、怒ったりしてくれる人の存在は私に喜びを与えてくれる。
改めて考えても、不思議なことだと思う。
「立花さんのことよりも、今は片付けだな。よかったら、俺の車で荷物運ぶの手伝おうか?」
え、い、いいのか!?
「それはとっっても助かるけど、時間大丈夫?」
「むしろ、先週から手伝いたいって言ってるけど?」
爽やかな笑顔でそんなことをさらりと言える創也は将来良い紳士になれるな。非常識で不可解なところさえ直せば。
「ありがとう! じゃあ、劇場の裏に車を止めてくれる? 控え室のロッカーから道具を運び込むから」
「わかった。運転手にそう伝えるよ」
携帯を出して連絡する創也。
このまま一緒に付いてくるようだ。
「今はまだ演劇部の人達が控え室を使っているから、本格的に練習が始まったくらいに荷物を取りに行こうかな。劇場の裏で少し待つことになるんだけどいい?」
「うん。話しながらのんびり待とう」
二人でゆっくり歩いて向かった。
先日まで忙しない日々だったからか、このゆっくりさが新鮮に感じた。




