レディース、エーンド、ボーイズ!
月曜、マジックの披露日。
この日が来るまで、勉強とマジックを両立するのに多忙を極めた。
劇場の控え室に置いてあるマジック道具と全く同じ練習用のものを使って空いた時間に繰り返し練習したのだ。いつのまにか、寮の裏が私のマジック練習場と化した。
ゆっくりできたのは、ご飯を食べている時と就寝中のみ。
それもこれも、全ては成功を収める為―――。
ステージ脇のカーテンから観客席を覗く。思っていた倍の人が集まった。
人の口から口へと情報が渡っていきこのようなことになったらしい。
観客の姿を見ていたら、ばくばくと心臓が暴れ出した。
集まってくれたのは嬉しいが、さすがにこれは緊張する。
しかも、本物のマジシャンがする時のようなライティングを担当してくれる人や効果音を出してくれる人もいない。
いるのは、ステージの上に私一人。
…純粋に私のマジックの腕が問われるな。
そう思ったら、
緊張感にやる気が足されて、うるさかった心臓の音が逆に心地よく感じだした。
不思議な気分だ。
創也から借りたタキシードは少し大きめだが、袖をめくったから遠目からは全く気にならないだろう。
太眉猫さんもスタンバイ済みだ。
マジック道具の確認も三度してある。
マジックの披露開始まであとは待つのみ――――。
ボフーーームッ
「「「わあああああ!!」」」
爆発マジックの緩やかな風圧で一つ結びにした髪を揺らしながらの登場。
観客席からは私が煙と共に忽然と現れたように見えただろう。
「え、嘘」「どうなってんだ?」「すげー!」
会場が驚きでざわめく。
観客がざわめくのは何も爆発とともに現れたからだけではない。
私は今、浮いている。
ように見えるのだ。
タネはマジック生命上、教えられないが、ヒントは足元に仕掛けがあること。それ以上は教えられない。
「レディース、エーンド、ボーイズ!」
体を浮かせたまま観客の注目を一身に集める中、師匠の魔術師キッドに習って、はっきりと力強く声を張り上げた。
「まずは、本日忙しい中来て頂けたことに感謝を示して。贈ります」
両手を広げる仕草とともに、あの呪文を唱える。
「ジュテーーーーム!!」
ブワンッ!
ひときわ大きめの風と共に、私の懐からたんぽぽ等の野花とクローバーが舞い上がる。
爆発マジックに使う材料の分量をまた変えて、音よりも風圧を重視したものを作り出すことだできたのだ。日々の実験の成果だな。
「「「うわあああ!!」」」
観客の特に女子からの反応に好感触を感じる。
だが、これはまだ始まりにすぎない。
「今日は特別なお客様がお見えになりました、みなさん、温かい拍手でお迎えください。太眉猫さんです!」
仕掛けを施してある右隣の床を向きながら呪文を唱える。
「ジュテーーーーム!!」
ボフーーームッ
私が登場に使った爆発マジックで、煙と共に太眉猫さんが現れた。
「「「キャーーー!!!」」」
「見ろよ!」「ゲジ眉だ!」「本物か!?」
様々な反応をよそに、太眉猫さんはただただ鎮座している。
「ノー、ノー」
「「「可愛いー!」」」
女子の黄色い声で、心なしか太眉猫さんがキメ顔をしているように見えた。
「太眉猫さんはただの猫ではありません。ジュテーーーーム!!」
ボフンッ
煙で、太眉猫さんがいたはずの場所に現れたのは、小さく切れらた黒紙二枚を目の上にのせた白い猫のぬいぐるみ、白玉さんだ。
「「「わああああ!」」」
「ぬいぐるみだ!」「ぬいぐるみになった!」
「太眉猫さんの特技は変幻自在にぬいぐるみになること!」
次が一番練習を重ねた今回の山場。
声を張り上げ、呪文を繰り返す。繰り返す度に起こす爆発と煙で、白玉さんから太眉猫さんに戻る、今度は太眉猫さんを消す、その後再度出現させる、そしてまた白玉さんに戻す、を連続でボフンッボフンッと一度も失敗せずに披露できた。
「「「わああああああ!!」」」
パチパチパチパチパチ!!
歓声と拍手で感情が高揚するのを感じながら、最後の仕上げに取り掛かる。
ぬいぐるみの上の方に手をかざし、浮かせた。ように見せた。
「「「おおお!」」」
浮かせたぬいぐるみを手にとって、脇に抱く。
「とても名残惜しいですが、時間が来てしまいました…」
「「「えええええ!!」」」
「もっと見せろよ!」「アンコール!」「まだ10分あるぜ!」
観客のマジックをもっと見たいという気持ちが伝わって、高揚した感情がより高まる。
その気持ちは嬉しいがこれ以上は片付けの時間がなくなり、授業に遅れてしまうのだ。もともと披露できる時間が少ないので披露できるマジックも少ない。それが今回の残念なポイントだ。
「みなさま、授業に遅れないように。またステージの上で会いましょう」
腕を開きながら、最後の呪文を唱える。
「ジュテーーーーム!!!」
ボフーーームッ
爆発と煙。それに加えて花々が舞い上がる中、私はステージの上から颯爽と消えた。ように見せた。
「「「わあああああ!!!」」」
パチパチパチパチパチ!!
これにて全てのマジックが終了した――――。
――バクン。
――ドクン。
――バクン。
――ドクン。
ひときわ大きく主張する心臓を手で抑える。
やり遂げた…
大成功だ!
身に沸き起こる達成感。歓喜。高揚感。
これらが全て合わさって、私は今、とても興奮している。
額から一筋汗が伝った。
ステージの上で、暑さも忘れて披露していたようだ。
火照ったほっぺを両手で抑える。
「くーっ!」
ステージ上での出来事をもう一度振り返って余計に溢れた興奮にたまらなくなって両手をほっぺにのせたまま、言葉にならない声をあげながら足踏みをジタバタとさせてしまう。
ああ、これは、癖になりそうだ。
こんな感情は初めてだな。
初めてだからこそ、心にくる威力も凄まじい。
この後の授業。集中できるか?
「荒木さん、ですね?」
ステージの余韻に浸っていると、声をかけられた。声のした方を振り向く。
「マジック、見てました!」
「すごかったよ!」
「本物のマジック生で見たの初めてだ!」
3人の見知らぬ生徒が私を褒める。
「ありがとうございます!」
とりあえず、頑張ったものを褒められて、嬉しくないはずはなく。満面の笑みで返した。
「「「――っ」」」
なのにピタリと固まってしまった三人。
「…あの?」
「え、あ、えーっと、私たちは涌井先生から頼まれて片付けに来たの」
「そ、そうそう。授業まで後少ししかないし、早く片付けよう!」
「片付けるのは床に落ちてる草花と、色々と置いてある道具でいいでしょうか?」
涌井先生は約束を守る人らしい。助かる。これは余韻に浸っている場合ではないな。
モタモタしてると、授業が始まってしまう!
「来て頂いて、ありがとうございます。道具は私が一人で片付けますので、床に落ちた花々をお願いしてもいいですか?」
「了解! 私、向こうでほうきとちりとり取ってくるわね!」
「僕はゴミ袋を用意してくるよ」
「私は一旦ステージのカーテンを閉めますね。まだ観客席には生徒がいるので、見られながらの片付けはやりづらいでしょう」
テキパキと自分のできることを探して行動に移す助っ人の方々。
なんて頼もしいんだ!
「ありがとうございます! 私は急いで制服に着替えて来ます。マジック道具にはなるべく触らないように気をつけてください」
頼もしそうだが、初対面だ。すぐには信用できない。
できるだけ早く着替えてマジック道具の安全を確保する。
ちなみに、太眉猫さんはステージの上で退場した後、どこかに行かれてしまわれた。
放課後、裏庭で報酬の猫缶とささみを渡す予定なのでまた会えるだろう。
その後、それぞれがそれぞれの役割で片付けたのだが、マジック道具をロッカーにしまうのに時間がかかってしまった。
止むを得ず、パッと見仕掛けが分からないものは助っ人の三人に手伝ってもらって控え室まで運んだ。
そのおかげで授業開始までにはギリギリ教室に戻ることができた。昼休みが終わる間際まで手伝ってくれて本当に助かった。助っ人の方々にお礼を再度伝えた後、お互いの教室に急いで向かった。
そして教室に入ると、歓声で迎えられた。
「「「わあああ!!」」」
「お疲れ!」「すごかったぜ!」「私も見たわ!」「猫さんはいないの?」
びっくりしてドアの前で状況を飲み込むのに少し時間がかかる。
遠巻きに見られるだけだった私が、みんなから気軽に声をかけられている、だとっ。
「荒木さん、席につきましょうか。皆さんもお静かに。歴史の授業を始めます」
いつのまにか後ろに立っていた先生から促されて席に着く。
着くまで、いつも感じていた視線にも変化を感じた。
感嘆と感興。
この二つが新しく加わった気がする。どれも友好的な感じだな。
安定の殺気が健在なのはこの際スルーで。
「(道奈、お疲れ。かっこよかった。)」
創也が小声で労ってくれた。創也の笑顔は見ていて癒される。
「(ありがとう。服は今度返すね、今日洗う予定だから。)」
「(…いいよ。こっちで洗うから、今日はゆっくり休みな?)」
いやいやいや、汗をたくさんかいたのだ。絶対汗臭い。
「(気持ちだけもらっとく。ありがとう。)」
創也と話していると、パシッと背後から何かを軽く投げつけられた。
後ろを振り返ると、弟子と目が合う。
「(荒木、お前、やばいな。)」
弟子流の褒め言葉らしい。
「(へへへ、やばいでしょ。)」
弟子流で返答した。
「そこ、授業中は私語を慎むように」
おう。注意されてしまった。大人しく元の体勢に戻って、授業に集中するように専念する。
本当に集中できたかは、言わずもがな。




