演劇部と交渉
「おお、ロミオ。ロミオ。あなたはなぜロミオなの」
放課後、薫子にもマジックの披露日を伝えた後に、劇場に向かうと、ステージの上で生徒が演劇の練習をしていた。恋愛劇のようだ。
「ロミオでは不満かい。ジュリエッタ。結婚してくれ」
「レオンハルトの方がかっこいいわ。改名して」
「君がそう言うなら、レオンハルトに変えよう。結婚してくれ」
するとシュタッと上から別の男役が降りてきた。
「私もレオンハルトになろう。結婚してくれ」
「まあ、ジャック。いつから屋根裏に?」
「君が生まれたその瞬間からさ。結婚してくれ」
するとバタンッとセットの食器棚が開いて、また別の男役が出て来た。
「俺っちもレオンハルトになろっかなあ。結婚しよ?」
するとひょっこりとセットの窓からまた別の男役がのぞいて来た。
「じゃ俺もついでになろうかな。結婚してくれ」
「あ、僕も実は。結婚してくれ」
「俺も。結婚してくれ」
「私も。結婚してくれ」
「なんだなんだ? 俺も結婚してくれ」
次から次へと男役が現れる。ステージの上は男だらけになってしまった。
「そんなっ、私。選べないっ。みんなを平等に愛してるもの!」
目を潤ませて戸惑うヒロイン。
目は潤んではいるが、涙に見えないのが不思議である。
ただ目から水が出ているように見えるな。
それよりも、
―――何股したんだ、ジュリエッタ。
「カット! そこまで」
ステージからそこそこ離れたところに座っていたそこそこ老けた女性が立ち上がって演劇を一時中断させる。
見た目からして真面目そうなメガネの女性教師だ。髪型も一本の毛も残さずピッチリ一つにまとめてある。
「立花さん、ジュリエッタの感情がまだ理解できていないようね。そこは、もっと悲劇のヒロイン並みに嘆くところよ。見ていて主人公に全く共感できないわ」
この女性教師はジュリエッタに理解が深いようだ。
「今日のところはこのシーンは終わりです。シーン4に移ります。セットを取り替える間に、シーン4の登場人物たちはスタンバイするように」
きりきりと無駄なく場を監督している。この人が演劇の顧問で間違いないな。
メガネ教師の元まで向かった。
「こんにちは。初めまして。一年A組の荒木道奈です。お話があるのですが、今お時間大丈夫ですか?」
「今は忙しいわ。話があるなら、部活が終わった後にしなさい」
台本に目を落としたまま、返事をされた。効率重視の厳しそうな先生だな。
仕方がないので待つことにする。
「わかりました。終わったらまた来ます」
メガネ教師から近めの観客席に座って、カバンから筆記用具やノートを出した。
待つ間、スキルは無しで、ここできる宿題を進めとこう。
****
「はい、今日はここまで。後片付けが全て終わってから皆、帰るように」
「「「お疲れ様でしたー!!」」」
やることも無くなり、ボーっと演劇の練習風景を眺めていたら、メガネ教師の号令により本日の部活が終了した。
ガヤガヤと生徒たちがそれぞれ話しながら後片付けをしているのを横目に、メガネ教師に再度話しかけに向かう。
「先ほど来ました。一年A組荒木道奈です。お話があるのですが、よろしいでしょうか」
「あら…あなた…」
ここで初めて、メガネ教師が私を見た。
いや、『見た』というよりも。これは。全身を見尽くすような――。
「入学式で不破間先生と一緒にステージに上がってた生徒ね」
思い出したくないことまで言わなくて良い。
「…次の主人公のイメージにぴったり…あなた、演劇部に興味は?」
なんだなんだ。私をみて何を感じたんだ。
平静を装って勧誘してきた、目が燃えている。ごまかせていないぞ。
グイグイきて少し怖いと思ったのがこの時の彼女の印象だ。
「興味はありません。私はお願いがあって来たのですが」
「なら、一回だけでも部活に参加してみなさい。やってみれば興味が出てくるはずよ」
この人、人の話を聞いているのか。さっきから自分の話ばかりだ。
交渉の切り札に私のマジックを披露するとか、お手伝いを少しするとか考えていたが。
こうなったら、この人の要求を使って交渉することにする。
…演劇か。1回だけ体験するくらいなら我慢できるな。
「こちらの条件を飲んでくれるのなら、一日だけ体験してみてもいいですよ」
「主人公になりたいのね? あなたにぴったりの役があるわ」
「違います。私の望む条件は、ステージ裏に私のマジック道具を来週の月曜日までに保管していただくことです。誰にも触れられないように保管できる場所はありますか?」
「マジック? あなたがする役はマジックはしないわ」
演劇から一旦離れて欲しい。
「来週の月曜日の昼休みに私がマジックを披露する予定なんです」
「あなたが? …見せてみなさい」
急なリクエストだが、いいだろう。
「簡単なものなら今できますよ。ちょっと待っててください」
カバンから500円玉を出す。
「コインマジックです」
コインをに持って、消したり、出したり、消したり、出したりを繰り返す、とてもシンプルなマジック。
シンプルだからこそ、技を極めればかっこよく見えるというものだ。
私も練習に練習を重ねて、今ではアレンジを加えて披露できるようになっている。
「結構本格的にできるのね。…次の作品に使えるかしら」
また演劇が入って来た。ここは強引に進めよう。
「それで、ステージ裏に保管してもいいんですか? 安全な保管場所はあるんですか?」
「ステージ脇から控え室に繋がっているわ。そこの鍵付きのロッカーを使うことを許可します。鍵はあとで渡すわ」
やったね!
「でもその前に。こちらの条件といて、1回の体験だけではなく、次の作品に取り掛かってる間は参加してもらうわ」
うわ。要求を強めてきたな。
「そうしたいのは山々ですが、時間が取れません」
「何か用事が?」
「すでに探求部に所属している身でして、研究をしているのです」
嘘ではない。嘘では。
「活動報告を職員室会議で聞く限り、あの部はそんなに忙しいとは思えないわ」
ぎくり。
「生徒主体で活動するのが基本の部なんですよ。文化祭で研究結果を発表しないといけないので、毎日コツコツ研究してます」
「6ヶ月もずっと同じ研究をするつもり?」
え、えっと。
「今練習しているものは七月に文化センターで披露するものよ。それが終わり次第、文化祭に向けて次の作品に取り掛かるわ。それまでに研究を終わらせればいいでしょう」
えええ、控え室のロッカーを借りたくらいで、私の研究のペースを指図されるなんて納得いかない!
相手側の要求の方が強すぎる。今のところ、この交渉は対等ではないな。
私の要求も強めさせてもらう。
「ちなみに、ロッカーの大きさは? 小さいと入らないかもしれません」
「大きさはこれくらいよ」
両手を使って大体の大きさを教えてくれた。
「それでは足りないですね。複数のロッカーの使用許可を要求します。あと、来週のマジックの披露後の片付けの手伝いも要求します。これらを飲んでいただければ、みなさんが次の作品に取り掛かるまでには研究を終わらせましょう」
私の要求が通らなければ、最終手段として、創也達の手を借りて当日にマジック道具を運ぶことにする。だが創也達は観客でもあるのだ。
だからなるべくさせたくない!
「…わかったわ。ロッカーは空いてるものを複数貸しましょう。それと来週の月曜日、数人生徒を送るわ。いつ頃片付けに向かわせればいいのかしら」
やったあああ! これで片付けも楽になる!
「マジックを披露するのは昼休みが終わる20分前になります。それくらいの時間帯に向かわせてください。人数は2、3人いれば十分です」
「わかったわ。文化センターでの発表は七月の一日。次の作品に取り掛かるのはその次の日よ。夏休みも使って準備していくことになるわ。あなたは寮生かしら?」
夏休みも奪われるのか。じっちゃんの店で過ごす予定なのだが。
「はい、ですが夏休みは帰る予定です」
「学校から家は近いのかしら」
「今住んでいる所から学校まで車で2時間です。そこから通うこともできます」
あ、そしたら毎日タクシーで学校に通うことになるぞ。
タクシー代が重なってしまう。
これはじっちゃんに後で相談せねば。
「そう、なら問題はないわ」
これで交渉成立だな。コテンパンまではいけなかったが、望む結果は得られた。
「ちなみに、あなたがする役は王子だから、夏に髪を切る機会があったらベリーショートボブも考えてみてちょうだい。これは無理にとは言わないわ」
え。
なるべく楽な役だったらいいなとは思っていたが、斜め上を行ったな。
地球に来て本格的な男装をする羽目になるのか。
…もういいや。望んだ結果に伴った代償だ。覚悟を決めよう。
「髪型を変える予定はありません」
長い方が結びやすくて慣れている。
「ところで先生、お名前をお伺いしてもいいですか?」
私は名乗ったのに、このメガネ教師は名乗らなかったのだ。
淑女として失礼だと思う。
「二年D組の担任の涌井よ」
「では涌井先生、これからよろしくお願いします」
少しの間、顔を合わせることになるのだ。挨拶くらいしておこう。
名乗らない上に、条件の割に合わない要求をするメガネ教師。
今のところ、印象はいい方ではないな。
次の作品とやらが終わったら関わることはないだろう。
こうして、交渉の結果。
夏から一時的に演劇部を掛け持ちすることになった。




