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おめでたいニュース


「来年、弟か妹ができることになった」


 昼休みに創也の口からおめでたいニュースが飛び出した。


「え、新しい家族ができるの!?」


 驚きがそのまま言葉に出る。


「マジか! おめでとう!! 俺は弟がいるけど、暇しなくて楽しいぜ!」

「おめでとうございます。出産予定日はいつですか? お祝いを送りますよ」

「…よかったな」


 それぞれが、それぞれなりのお祝いを伝える。


「おめでとう! 創也のお母さんにも伝えたいな」


「みんなありがとう。出産予定日は来年の一月辺りだ。弟でも妹でも俺はどっちでもいいな。道奈、母さんには俺から伝えとく」


「わかった。本当は電話で直接伝えたかったんだけど、誰かさんの所為で携帯が今ない状態だからね」


「あれえ? 呼んだあ? 携帯はまだまだかかるよん。そこの君、おめでとう。生意気じゃないといいね」


 エセ教師は黙ってて欲しい。そして、こいつに家庭は向いていないな。


「不破間先生も、ありがとうございます」


 嫌味にも取れる発言をさらりと笑顔で流す創也はすごいな。


「それとみっちゃん、劇場が使える日、決まったよん」


 ついに来たか!


「いつになりました?」


「来週の、月曜日」


「来週の月曜だな! みんなに言っとくぜ!」


「私も伝えておきます。楽しみですね」


 他のみんなが各々反応を示している間に、私は頭の中で計算していた。


 …今日を含めて六日後か。


 放課後を使って劇場に道具を運んだり、下見をしたりせねばな。


「放課後、ステージの裏などに予め置いておきたい物があるのですが、いいですか?」


「んー。放課後は演劇部が使ってるから、邪魔にならない程度なら問題ないと思うよ。詳しくは、演劇部の顧問の先生に聞いてねん」


 今は体験入部期間も終わり、生徒たちは皆、本格的に部活に取り組んでいる時期だ。

 と言っても、涼と風香を除いた私の友達はみんな帰宅部であるのであまり関係ないな。


 それよりも、面倒だな。

 人が行き来するのか。マジックの仕掛けを勝手に動かして壊されたりしたら、たまったものではない。


 その演劇部とやらと話し合いが必要だ。


「演劇部の顧問が誰か教えてください」


「行けばわかるよん」


 こいつ。投げやりか。


「はいはい、行けばいいんですね」


「くっくっく。返事が雑だねえ」


 理由は自分の胸に手を当てて聞いてみよう。

 いや、それで気づくテレビ男ではないな。


「道奈、俺もついて行こうか?」


「ううん。今は大丈夫。ありがとね」


 この前同様、マジック関連は基本一人でこなしていきたいのだ。


「あと、知らせておきたい人は、薫子と。風香と明菜も呼ぼうかな」


 あの3人ならきっと見に来てくれるだろう。ついでに友達も呼んでくれると助かる。


「クラスの奴らも呼ぼうぜ」


 ふむ。入学式の日の自己紹介でクラスの生徒が爆発マジックに反応していたのを思い出す。


「来てくれるかな?」


「ただでさえ目立ってんのに、もっと目立つことすんだから来んじゃね?」


 不本意だが。目立っているのは否定ができない。

 だがそもそも、目立つと人は集まるものなのか。


「まあ、その時はその時かな」


 無理やりこさせるようなことはしたくない。

 来たい人が来れば良い。

 たくさんの人に見てもらって、私の暴君な印象を変えるのは、あくまでも、ついでだ。


 最大の目標は来て来れた人、全員に満足してもらう、である。


 さて、そのために。

 劇場に行って、交渉するとするかな。



 ―――交渉か。



 この前弟子に妥協点について少し教えたが、『妥協点』がなんたるかを知ったきっかけは、お父さんが調子にのってペラペラと商談の秘訣を話したことだった。交渉でコテンパンに勝つにはどうするんだっけ。勝つためにも、もう一度思い出して復習だ。



 回想リプレイ。



 家族団欒の夕食が始まって、賑やかな会話と美味しい料理で場が温まった頃、


「ミリエル! 父さんは今日、また一つ大きな商談で勝利を収めてきたんだ。すこいだろう?」


 お父さんがボカタス酒の入ったグラスを片手に上機嫌で話し出した。


「お父さんすごーい! かっこいー! ねえねえ、どうやって相手をボコボコにしたのか教えてー?」


「ミリエル? 女の子がボコボコなんて言葉を使ってはいけませんよ?」


 お母さんがすかさず私の言葉に注意する。


「はっはっは! そうだろう。父さんはすごいだろう。どれくらいすごいのか、ミリエルは知りたいんだな。いいだろう。父さんの商談の秘訣を特別に教えよう」


 お父さんは私のボコボコ発言よりも褒められたことが嬉しくて気にしていないようだ。


 ため息をつくお母さんを横に、お父さんは持っていたグラスをテーブルに置いて、ナイフとフォークを両手に持った。


「商談は基本、交渉をする場だ」


 表情が少しだけ仕事のものになる。

 こういう話をする時のお父さんはいつもより大きく見えるな。


「こうしょうってなにー?」


「ミリエルには難しい言葉だったか。交渉は簡単に言うと『人と人が納得するために話し合うこと』だ」


「ふむふむ」


「交渉はいくつかの事に気をつけさえすればうまくいく。その一つが『妥協点を探す』だ」


「だきょうてんってなにー?」


「わかりやすく言うと『少し我慢して納得できる事』だな。例えば、ここにステーキがある。私は全部食べたい。ミリエルもこのステーキを全部食べたい。このままいくとステーキの取り合いになるな? だから、お互い納得するように半分こする。この時、『半分こする』が私とミリエルの妥協点だ」


 そう言いながら、お父さんがステーキを半分に切った。


「ほーほー」


「全部ステーキを食べたいと思う気持ちをお互い少し我慢して、半分で満足する。そうすれば喧嘩にならないだろ? これで交渉成立だ」


「なるほどー」


「ここで大事なことは、お互いが同じくらい我慢することだ。ステーキを切る時、父さんの分だけ大きめに肉を切ると、ミリエルは怒るだろう?」


「うん! ずるいって思う!」


「そうすると交渉は失敗だ。商談で勝つにはその『ずるい』と思う気持ちを成立させる前に相手に持たせてはいけないんだ」


「そしたらボコボコにして勝てるのー?」


「ミリエル?」


 二度目のお母さんの注意。注意されても『ボコボコ』の代わりの言葉を知らないのだから仕方ない。


「まだ他にもあるが、これが一番な大事なことだな。他はミリエルがもっと大きくなったら一つずつ教えよう」


「わかった! じゃあミリエル、これ食べて、今! 大きくなる!」


「はっはっは! ミリエル、そんなに急がなくていい。ゆっくりと、大きくなってくれ」


 お父さんの優しくて少しだけ寂しそうな眼差しを私は見つめ返す。


「んー。わかった。ゆっくり食べる。約束だよ? 絶対大きくなったらどうやって商談でボコボコにするか教えてね?」


「ああ、約束しよう」



 この時のお父さんの表情は今でも忘れない。



「ミリエル? この後お部屋でお話ししましょうか?」


 三度目のお母さんの注意。


 この後、部屋で話し合った結果、『ボコボコ』の代わりに『コテンパン』を使うことになった。



 回想終了。



 約束、果たすことができる時はくるのだろうか。



 …またあの感情が来たな。襲いかかってくる前に、考えるのはやめよう。



 今は目の前のことに集中集中集中!


 えっと、お互いが同じくらい我慢するのがポイントだな。そのためには――




 昼休み後半は、頭の隅でずっと交渉について考えた。



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