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創也、焦る。疲れる。

道奈が喚かれている頃、創也は。

創也視点になります。


※シリアスではない。


 その日、父さんからのメールに気づいたのは、放課後になってすぐだった。


『母さんが倒れた。病院に向かってくれ』


 読んで一瞬、思考が止まった。



 倒れた。誰が。母さんが。



 理解して、すぐに教室を出る。


 道奈に詳しい説明をしている余裕はこの時なかった。

 ただ、用事ができた、先に帰る、と伝えた。



 向かう途中、

 頭に過るのは、悪い未来ばかり。



 茶化すし、からかうし、言い返しても丸め込まれるし。

 でも、憎めない。唯一人の母さん。


 今日も家に帰ったら、勉強部屋にひょっこり菓子を持って現れて、いつものようにからかって俺が嫌がるのを見て満足したらいなくなる。


 そんな一日になるのだと、思っていた。


 だがそうは、ならなくなった。


 メールには約2時間前の時間が表記されている。

 病院に運ばれて、2時間は経ったということだ。


 病院に向かう車の中で、運転手になるべく早くと伝えた。

 すると車のバックミラーに映る俺の顔が目に入る。



 なんて顔をしてるんだ、俺。



 当たり前だと思っていた存在が、そうではないと気付かされた時、人は不安定になるんだな。



 心もぐしゃぐしゃだ。



 早く。何があったのか知りたい心。

 いや。知りたくない。悪い未来が本当だったらどうしようと思っている心。


 相反する心が鬩ぎ合う。



 病院に到着するまで、俺は悶々と自分の思考に嵌っていた。





「母さん!」


 病室まで走っていた勢いのまま突っ込むように中に入った。



 中にいたのは、両手にピースサインを作って俺を迎える母さん。


「創也、家族が増えるわよ。ふ・た・り・め」


 幸せの絶頂にいるかのような満面の笑顔。



 それを見て、体に入っていた力が全て抜けた。

 そのままその場にへたり込む。



「…」



 なんだったんだ。今までの葛藤は。


 これぞ悩み損。



 どっと疲れが押し寄せてくる。

 それと共に、今までのぐしゃぐしゃだった心は嘘のように解けて、代わりにムカつきが募ってきた。



「…倒れたって聞いて、すごく心配した。大したことないなら先にメールで知らせろよ」


 声も自然とイライラしたものとなる。


「あらまあ、ちゃんと知らせたと思ったのだけど。なんて伝えたのかしら?」


「父さんからメールで、母さんが倒れた。病院に行けってだけ」


「あらあら。私はただ貧血で倒れただけよ? 病院に運ばれる際に渡辺さんが創次郎さんに伝えたと聞いているのだけど、情報が混乱しているようね」


 渡辺さんは家で働く使用人の中で一番の古株だ。


 みんな母さんが倒れたことに、それくらい動揺したんだろうな。


「念の為、創二郎さんにもう一度連絡を入れてちょうだい。私の携帯は家に置いてきてしまったのよ」



 バンッ



 背後から勢いよくドアが開く音がする。


「結衣子!!」


 連絡の必要はなかったようだ。


「創次郎さん!」


 ダッダッダと風を起こしながら近づき母さんを抱きしめる父さん。


「ああ、結衣子!! 大丈夫なのか!? 倒れたって聞いて、俺は。俺は!」


「創次郎さん、落ち着いて? 貧血で倒れただけよ?」


「…っ! …そうか…無事か…よかった…本当に、よかった…」


「創次郎さん、苦しいわ」


 俺はいつまでこれを見せられるんだ。


「父さん。あんま強く抱き締めない方がいいよ。母さん、妊娠したって」


「っ!? それは本当か!?」


 バッと体を離して、母さんの肩を両手で掴みながら顔を正面から見る。


「ええ。妊娠1ヶ月目だそうよ。貧血を起こしたのもその所為じゃないかってお医者様が言ってたわ」


 頬を赤らめて嬉しそうに父さんに伝える母さんの姿は本当に幸せそうだ。


「二人目か! よくやった結衣子! 愛してる!」

「私もよ! 創次郎さん!」


 固く抱きしめ合う二人。



 …今すぐにでも帰りたいところだが、母さんにはまだ言えていないことがある。



「母さん、妊娠おめでとう」


 祝福はしといた方がいいだろう。家族が増えるのは喜ばしいことだ。

 現に俺も少し楽しみである。妹が生まれるのか。弟が生まれるのか。


「ありがとう、創也。創也も抱きしめて欲しい?」


「いらない。見てるだけで十分だ」


 そんな恥ずかしいことできるわけがない。


「はっはっは。創也、照れているのか? 今のうちに素直になってないと、後から後悔するぞ?」


 本当に。見てるだけでこっちはお腹いっぱいだ。


「それはその時考える。それより母さんは、いつ退院するんだ」


「今日は念の為に一日病院で泊まって様子をみることになってるわ。だから明日退院ね」


「家に子供部屋の準備もしないとだね。女の子か男の子。とりあえずはどっちでも大丈夫なように準備しよう」


「もう、創次郎さんたら。気が早いんだから。ふふふ、まだ9ヶ月先のことよ?」


 なんやかんや言いながら嬉しそうな母さん。


「いや、もう9ヶ月しかないんだ。今日中に業者に電話しておくよ」


 本当に気が早いな。9ヶ月先は来年だぞ。


「ふふふ、創也の頃を思い出すわ。その時は、妊娠する前からすでに準備を初めていたわね」


 いやいやそれは気が早すぎる。

 でも、二人にそれくらい望まれて生まれて来たんだなと実感して、照れ臭くなった。


「ははっ、そうだったね。あの時は何もかもが初めてのことだったから、不安で何かしてないとおかしくなりそうだったんだよ。万全の準備をしておけばいくらか心が楽だろう?」


 子ができるというのは、そんなに不安なことなんだな。

 まあ、俺にはまだ早いか。



 そこで道奈の顔が浮かんで、幸せそうな母さんに姿を重ねた。



 顔が熱くなる。

 俺は今何を想像した。


 恥ずかしすぎる!

 無しだ無しだ。今の無しで!


「どうした創也。顔が赤いぞ」


「…なんでもない。俺帰るわ」


「あら、もう帰っちゃうのかしら?」


「父さんはまだいなよ。俺はやらないといけないことがあるから」


「創也、今日の夕食は二人でどこか食べにいくか」


「…うん」


 先々週の日曜日、タイ料理屋で道奈と一緒に母さん達に電話をした時、父さんが後で詳しく説明すると言っていた話。


 それが今晩、できそうだ。


「店は私が決めておこう。先に私の車に乗ってなさい。すぐに向かう」


 すぐ来そうにないな。賭けてもいい。


 俺は車の中で終わらせられる簡単な宿題はなかったかと考えながら車に向かった。






『居酒屋ばばば』


 珍妙な名前の居酒屋の暖簾(のれん)を父さんの後に(くぐ)る。


「らっしゃーい! 林道さん、今日は一人じゃないなんて珍しいですねぇ」


 父さんが一人でよく来るところなのか。


「ええ、今日は息子と一緒に夕飯をここで食べようと思いまして」


「おっ。息子さんですか! どうりで似てるなぁと思ってました。坊主、よく来たなっ。いつもうちを利用してくれる林道さんとの(よしみ)だ。サービスするぜ!」


「ありがとうございます」


 少し荒々しいが気さくな印象で、大将という言葉が似合いそうだ。


「奥の座敷が空いてますんで、そこを使ってください。後で水とお通しを持って行きます」


 大将(仮)に言われるがまま、奥へと進んで個室に入っていった。





 お互いの近況を話しながら食事を進める。


 父さんと二人きりで食べるのは本当に久しぶりで初めはそわそわしていたが、美味しい料理もあってか中盤にはこの時間を楽しんでいた。


「――それで、父さん。この前道奈と電話でした話の続きが聞きたい」


 直球で父さんに尋ねた。


「はっはっはっ、この人だと思ったら一直線なところ。林道家の血を色濃く引き継いでいるようだね」


 急に家の血筋の話になってしまって困惑する。


「創也、林道家の家訓が何か、知ってるか?」


 家訓。初耳だ。


「即興で作ったとかそんなんじゃなくて? 正式に代々伝わる感じの?」


「はははは! 林道家の家訓の存在を初めて聞いて疑ってるのか。創也も林道家の男として家訓を教えてもいい時が来たと、私は思う。そこに正座しなさい」


 え、父さん。急にどうした。酒が入って酔ってるのか。

 だが父さんは酒豪並の強さだと知っている。


 …ここは大人しく従おう。


 渋々立ち上がる。

 空いた皿が目立つ座卓の脇に移動して畳の上に正座した。


 父さんも立ち上がって、俺の正面に正座する。



 …なんだこの状況は。



 側から見ると、とても滑稽だ。


「林道家の家訓その一」


 おおお。前置きもなく勝手に始まった。


「自分の伴侶は自分の目で見定めるべし。

 

 林道家の家訓その二。


 見定めた伴侶を周りに認めさせるべし。


 林道家の家訓その三。


 周りから認められなかった場合は家を出るべし」



 …これは父さんなりの冗談、なのか。



 そうであってほしい内容だ。

 ここは空気を読んで笑った方が良さそうだな。


「ハ、ハハ、ハハハ。林道家ジョークってやつ? まあまあ、おもしろかったよ」


「…」


 父さんは何も言わず、真剣な目でただただ見つめた。


 なんだ。

 冗談ではないのか。

 本気で言っているのか。


 いやいやいやいや。


「…まず、周りから認められないといけない、の『周り』って誰のこと?」


 一つ一つ、疑問を消化していこう。


「創也を中心にした二親等以内の人達だ。だから、私と結衣子。結衣子の母親と私の両親。今のところ、この5人になるけど、もう一人生まれる予定だから、その子供も含めた6人に認めさせることになるね」


 6人だけか。俺の知ってる人全員に――とか、そんな無茶な話ではないようだ。


 認めさせる云々は別に構わない。

 俺の家が周りと違うことも、俺が誰と結婚するかは俺一人の問題でないことくらい、薄々気づいている。

 無理矢理どこぞの知れない令嬢とかとお見合い三昧で選ばせられるより、自分が自分で一緒になりたい人を選べるという点では、賛成だ。


「…家を出るっていうのは?」


 でもこれが一番の爆弾。


「そのままの意味だ。創也、私の兄にあったことあるだろう?」


「う、うん」


 今はアメリカで家庭を持って暮らしている、父さんの兄の創一郎叔父さん。


「創一兄さんとは血は繋がっているけど、戸籍上、林道家の者ではない。婿養子として出ていったんだ」


 …まさか。


「婿養子になった理由って…」


「創一兄さんが連れてきた女性が認められなったからだ」


 家訓は冗談ではないのだと。理解させられた。


「創一兄さんの奥さんはハーフの方だけど穏やかで優しい人だった。私はもちろん賛成したんだが、当時のお祖父様が反対したんだよ。説得も虚しく。創一兄さんは家を出ることになった。まあ、だからといって会ってはいけないという話ではないのだけどね」


 本当に家を出されるのか。うちの家訓おかしいぞ。誰がこんな物作ったんだ。


「…この家訓はいつから?」


「そこまでは父さんも分からない、代々引き継がれているという事しかね」


 歴史は深そうだ。


「家と嫁、選ぶなら嫁と決断をしてしまうのが林道家の男だ。それがこの家訓ができた背景なんじゃないかと私は考えている」


 つまり代々林道家の男は女好きということか。否定はしない。


「こういう家訓があって、林道家は親同士が決めた婚約とかもないんだ。この時代、婚約をさせる家は少ないけど、全くないという訳ではないからね。何度か創也にも婚約の話は来ていたんだよ。もちろん全て丁重にお断りしたから安心しなさい」


 俺の知らないところでそんなやりとりがあったらしい。

 道奈に出会った今では、この家訓が俺を助けたことになるのか。


 それにしても。


「この家訓のせいで跡取りがいなくなるとか、そういうことは?」


 一人っ子の代もあっただろう。

 そこで家と嫁の決断で、家を捨てざるを得ない場合があったはずだ。

 すると林道を継ぐものがいなくなる。


「その時は分家から一番血筋が強い者が本家に養子に出されることになっている」


 スペアみたいで、あまりいい印象が持てない。


「養子に出される人に選択肢は?」


「昔はわからないけど、私はちゃんと聞くようにするよ。その人の人生が変わってしまう訳だからね」


 今は強制という訳ではないようだ。


 その後も家訓について詳しく聞いていった。





 質問が落ち着いた辺りに、


「創也は、道奈ちゃんが好きか」


 父さんのまっすぐな視線を全面に受ける。


「うん。好きだ」


 それにまっすぐ答えた。


「この人だと思う女性に会えたのなら、全力で行け。林道家の漢を見せてみろ」


 スッと右手を出された。握れと言っているらしい。


「言われなくても」


 ガシッ!と俺も右手を出して力強く握った。そして俺の覚悟を伝える。


「そのつもりだ!」


 これが、男同士の絆というやつかっ。



 ガララララ


「失礼します。林道様、こちらご注文の軟骨揚げになります。空いたお皿をお下げしますね。では失礼します」


 ガララララ



 店員が引き戸を開け、頼んでいた料理を持ってきて、そして退室した。


 その間も、俺と父さんは座卓の脇で正座して、見つめ合いながら、右手でがっしりと握りしめ合っている。



 …見られた。…恥ずかしすぎる!



 この後、家訓の存在を知ったことよりも、恥ずかしいところを見られたダメージで、父さんがどうやって母さんを口説いたかなんて全然耳に入らなかった。



 今日ほど疲れた日は初めてだと、帰って思った。


家訓の歴史は案外浅いかもしれません。

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