弟子の更生デビュー
二話連続投稿です。1/2話目。
月曜日の朝。
賑やかな生徒の話し声がする中、
ホームルームが始まるまで、あと数分という時、
ガラガラとドアが開く音が聞こえて、入ってきたのは、
眉間にシワを深く寄せた鬼。ではなく弟子。
そして先ほどまでの賑やかさが一瞬で消え、しんと静まり返る教室。
それはそうだろう、ドアを開けて入ってきたのが、鬼なのだから。
…女子生徒の中には声を噛み殺しながら嬉しそうに騒いでいる子も何人かいたが、気にせずそっとしておこう。
弟子をもう一度見る。
やれやれ、教室に入るだけで、鬼になる必要性がどこにある。
ゆっくりと端から端まで教室中を見渡す鬼。まるで獲物を探しているかのようだ。
目線の先にいる生徒から順に顔を背けていくのが面白いなと思ってしまった。
まさに、目からでる鬼光線を避ける村人の図だな。
弟子が順に教室を見渡せば、私とも目が合うわけで。
「おはよう、オニ・ヤマさん」
紳士対応でちゃんと挨拶できるか弟子に話しかけてみた。
「ああ」
弟子は少し表情を緩ませただけだった。
ここで紳士なら、『おはようございます。今日もいい空ですね』くらいは笑顔で言えるのだが、二日三日ではさすがにそこまで期待はできないか。
「道奈、いつ鬼山さんと話すようになったんだ?」
「屋上で空を眺めてたら知り合うことになったんだよ」
話すと長いので省略して創也に伝えていると、弟子が創也の真後ろの席に座っている生徒に視線を固定する。
次は何をするつもりだ?
ズンズンと近寄っていき、その席に座っている生徒の後ろ襟首の部分を掴んで持ち上げ――って、こらこら! やめてあげなさい! 全然紳士じゃないぞ!
あああ、持ち上げられた生徒がプルプルと震えて怯えてるよ。小動物を思わせるな。体格差もあってか余計にそう見える。可哀想に。あれ、される方は意外と苦しいのだぞ。テレビ男により経験済みだ、不本意だが。
「おい、その席、変われ」
顔を近づけて凄む弟子。
「オニ・ヤマさん、それは紳士の対応ではありません」
すかさず師匠スイッチを入れる。
「どの辺りが紳士ではありませんか?」
弟子が敬語を使い出した途端に今度はクラス中が騒然となり、それと共にヒソヒソと話す声がそこかしこから聞こえ出す。隣の創也からは驚きが感じられた。
「今回も相手の立場になって考えてみましょう。あなたが席に座っているとします。突然襟首を掴まれて持ち上げられた上にその席を変われと言われました。どう思います?」
「殴りたくなります」
ならするな!
「この時、座って待っていたのがこちらの生徒で、席を突然変われと言ったのがあなたです。相手に殴りたいと思わせるようなことをするのは紳士ではありません」
「では、どのようにすればいいのでしょうか?」
「まず、相手を席におろして、丁寧に自分の要求を伝えます。そして相手の要求を聞いてお互いの妥協点を見つけるのです」
「とても面倒臭せぇですがやってみます」
弟子のお手並み拝見だ。
持ち上げていた腕をおろして、被害者である生徒を椅子にそっと座らせる。
弟子が机に手をつきながらかがんで、その生徒の目線に上から合わせるような姿勢になった。側から見ると顔を近づけて目から鬼光線を当てているようにも見えるが、人の目をみて話すことは大事なので、このまま黙って見守った。
「私はこの席に座りたいです。何か文句はありますか?」
34点。
「は、はい!! か、かわ、変わるから。何もし、しないでっ…!」
哀れな小動物男子生徒は、カバンに荷物を突っ込んで逃げるように去っていった。
代わりに弟子はどしりと創也の後ろの席に座る。
「オニ・ヤマさん、今のは34点です。あとで反省会ですよ」
「厳しいですね」
「おはよう、鬼山さん」
後ろを向きながらダメ出しをしていたら創也が弟子に挨拶をしてきた。
「…ああ」
「珍しいな。今日はこのまま授業も受ける予定?」
「…ああ」
「えー、みなさん、おはようございます。えー、出席をとりますので、えー、席についてください」
創也は笑顔で話しかける一方で、弟子は怪訝な表情で答えていたところに、担任が教室に入り、ホームルームが始まる。
とりあえずは、これから始まる学校の一日に集中することにした。
昼休み。
弟子よ。いい加減に、こっちを、見ないでほしい。朝から昼まで。授業中も。間の休憩時間中も。ずっと斜め後ろの席から眼力を感じた。
なんなんだ。私に何をそんなに伝えたい。
ただでさえ視線が多くてげんなりしているのに、お前まで見るんじゃない! と抗議する為に弟子の方を向く。
「おい、昼飯に付き合え」
抗議する前に弟子から昼食に誘われた。
…昼食か。私は構わないが創也達にも聞いて見るか。
「私はいいよ。けど創也達も一緒に食べてるんだ。先に聞いてみるね。創也、いい?」
「…うん」
微笑み顔で承諾してもらったが、溜めが気になった。
「涼、暁人。オニ・ヤマさんもご飯一緒でいい?」
「珍しいメンツだな。俺は別にいいぜ!」
「私も構いませんよ。鬼山さんと食べるのは初めてになりますね」
「だって。みんなで行こっか」
いつも一緒に食べる3人に弟子が加わった、4人と一緒にテレビ男の部室に向かう。
教室を出る際、いつもより背中にチクチクと視線が刺さるのを感じた。
「というわけで、テレビ男。一名追加で」
「えええ。もう一人増えるのー」
「すでに4人もいるんです。一人も二人も変わりませんよ」
「はー。もう増やさないでねえ。椅子もないわけだし」
よしっ。テレビ男の承諾も貰った!
もらえなかったらどうしようかと考えていたのだ。うまく事が運んで内心ホッとした。
「君、あっちの倉庫から適当な台でも持ってきて使いな? それと、ここで食べるなら僕の手伝いをしてもらうよ。詳しいことは僕以外の人に聞いてねえ、面倒だから」
「…うっす」
テレビ男には歯向かわないのか。また無自覚横暴が炸裂するのかと思った。
まあ、その時はその時で師匠としてなだめるつもりだったが、必要なかったらしい。
それよりも、機械コーナーの方にあるドアは倉庫に繋がるドアだったのか。ずっと気になってはいたが入っちゃいけない雰囲気がしてタイミングを見計らっていたのだ。
弟子が倉庫から座れそうな台を持ってきたところで、料理をテレビ男に頼んでもらっている間に、私たちは日課となったテレビ男の雑務をこなしていった。
弟子も、やはり頭はいい方のようで飲み込みが早くて助かった。
ただ少しテーブルが狭く感じてしまうのは仕方がないかな。
「5人で作業したおかげで、いつもより早く終わりましたね」
「だな。助かったぜ。鬼山、こういう仕事向いてんじゃね?」
「そんなんじゃねぇ。やれと言われたから。やっただけだ」
褒められただけだ。なぜ喧嘩腰になる。
「はははは! 照れんなって!」
涼には効かなかったらしい。こういうところはある意味尊敬する。
「今度もう一つテーブルと椅子を持ち込んでおこっか。テレビ男、余っているテーブルや椅子とかってどこにあります?」
弟子に、いつまでも台に座れせるわけにはいかない。作業用のテーブルも少し狭く感じるしな。
「んー、空き教室にたくさん余ってそうだねえ。適当に探して持って来ればいいよ」
空き教室か。探検の時にたくさん見つけたな。
「今持って来たらどうだ? 料理が来るまでまだかかるみたいだしな」
創也が提案してくれた。確かに、その方がスペースに余裕を持って食べれそうだ。
「……」
無言で台から立ち上がり部室から出ようとする弟子。
今から取りに行くのか。はたまた急な尿意か。
「今からとって来るの?」
振り返って頷く弟子。
ふむ、ちゃんと自分の分は自分で調達するようだな。
だが、
「一人で持ってこれる?」
テーブルと椅子。結構な重さになるはずだ。
「なら、俺も一緒に行くぜ。二人ならすぐだな」
涼が立候補してくれた。
「…」
弟子は無言で涼を見た後、顎でクイっとドアに向ける。
「オニ・ヤマさん、涼は好意で手伝ってくれるのです。こういう時、紳士は感謝の気持ちを伝えるものですよ」
師匠スイッチをオンにして指摘する。紳士でなくとも感謝するものだがな。
「…―――」
声ちっさ。
「ヘヘっ、どういたしまして! 早く行こうぜ! 料理が来ちまう」
え、涼には聞こえたのか。すごいな。波長が合うのかもしれない。
二人が部室を出てすぐ、弟子がいなくなる瞬間を狙ってましたとばかりに創也が私の方にガバリと向き直った。
「それで? 鬼山さんと何があったのか。詳しく教えてもらおうか?」
模範的な笑顔だ。
なのに気のせいか冷気を少し感じる。
そして有無を言わせない圧も感じる。
笑顔なのに。…創也母直伝の笑顔だからか。
逆らわず、今まで起こった流れを簡潔に洗いざらい話したとも。
「はあああああぁぁぁ…」
え、創也はなぜそんな重量のあるため息を吐くのだ。
「…道奈、次探検する時は俺も行く」
「別にいいけど、時間大丈夫? だいたい土曜日の午前中に探検してるよ」
「午前中だけなら大丈夫だ。時間作っとく」
「無理しないでね。詳しい時間とかはあとで連絡するよ。暁人も来る?」
創也だけに言うのもなんなので暁人にも聞いてみる。
「行きたいのは山々ですが、土曜日は予定が詰まってますので。今度また誘ってください」
暁人は多忙だな。普段何をしているのか、気になってしまった。
「そっか。残念だね。暁人は学校以外の時間、何して過ごしてるの?」
「主に学校と仕事の勉強、でしょうか」
学校、と、仕事。
本当に同い年か。
「それは忙しそうだね」
「ええ、まあ。慣れればそうでもないですよ。火宮家の方々には、たくさん学ぶ機会を頂けて、充実した日々を過ごしてます」
自分の家族のことのはずなのに、『火宮家の方々』と呼ぶ暁人の言い方は、自分は火宮家の外側の人間だと言っているように聞こえた。
それに、そんなに忙しかったら、さぞ疲れるだろうな。
「疲れた時は空でも眺めるといいよ! 私はそうしてる。空が疲れを吸い取って共有してくれるんだ」
「はははっ、荒木さんらしいやり方ですね。お気遣いありがとうございます。今度試してみますね」
会話をしていると、コンコンガチャりとドアが開く音がする。
「失礼しまーす。ご注文の料理をお届けにきましたー」
頼んでおいた料理が届いたようだ。
「ちょうどだな! 俺たちも戻ったぜ!」
料理と一緒に涼と弟子も戻ってきた。
「おかえり!」
このままではテーブルの位置が偏ってしまうので、テーブルを先に動かして、配達してくれた青年に料理を置いてもらい、テレビ男から代金をもらった青年はすぐに部屋を出て行った。
「お疲れ! 遠かった?」
食事を楽しみながら、なんとなく涼と弟子に聞いてみる。
「…」
「いや、鬼山が近道とか知ってて、そんなかかんなかったな」
無言の弟子の代わりに涼が答える。
親が理事長だからなのか。弟子は校舎に関して詳しいようだ。
「ためになったぜ! あの近道は今度俺も使うかな」
そんな風に言われたら気になるではないか。
「その近道、私も知りたい!」
「それは俺も気になるな。どの辺りにあるんだ?」
創也も興味があるようだ。
「…渡り廊下との間辺りだ」
今まで校舎と一纏めに呼んできたが、実は北校舎と南校舎に別れてある。
クラスの教室やカフェテリアは基本南校舎で研究室や音楽室など、たまに授業で使うものは北校舎に集中している。
南から北へ向かうとき、渡り廊下を通るのだが、利用しやすいように校舎の両側に一つずつあるのだ。
上から見たら『エエ』のようにカタカナの『エ』を二つ連ねた形に見えるな。
弟子が言っているのは、この二つある渡り廊下の間のことを示しているようだ。
「何かそこにあったっけ?」
中庭と倉庫ぐらいしか思いつかない。
「なあ、鬼山。言ってもいいか?」
「…いや。俺が言う」
「おっけー」
二人とも勿体ぶらないで早く教えて欲しい。
「……倉庫の屋根の上を渡んだよ」
ん?
「ではお二人は…」
「テーブルと椅子を持って屋根の上を渡って来たぜ!」
白い歯を見せながら暁人に爽やかに答える涼。
いやいやいや。屋根は渡る場所ではないぞ!
「よく落ちなかったな」
「創也、そういう問題じゃないよ。落ちるか落ちないかの前に、まず、屋根を近道として使うのはよそう」
「えええ。スパイみたいでかっこよかったのにかー!?」
「それは実際にやってはいけないやつだと私は思う」
「…」
弟子は無言で不満を表す。
それにしても、さっきから弟子がいつもの調子で話さないのはなぜだろう。
なんというか。口数が極端に少ない。まるで警戒している猫のようだ。
さっきから顔や目で色々と私に伝えてくる。
それを汲んでやる側の身になって欲しい。伝わるのに時間がかかる。
「屋根の上を渡るのは君たちの勝手だけど、この部室を使っているこの時間帯に問題を起こすのはやめようね。僕に責任が回るから」
一瞬、先生の立場から真剣な声で注意しているようにも聞こえたが、テレビ男本位の内容だった。さすがエセ教師。
「…うっす」
そして素直に了承する弟子。
なんでテレビ男には素直に従うんだろう。テレビ男に何か弱みでも握られているとか?
…だとしても私にできることは何も無いな。もう気にしないでに目の前の食事に集中することにした。




