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ケーキって、偉大よね。

 資料によれば、


 地球で『ケーキ』と言う言葉が出始めた言語は、


 1200年ー1250年の間のミドル・イングリッシュと、オールド・ノーズと呼ばれる、昔の英語とドイツ語だとされている。


 そして、一番歴史の古いケーキは現代のケーキからかけ離れていたらしい。


 そこから1世紀、2世紀と緩やかな時間をかけて、調理器具の発達と共に、私たちの知るケーキへと進化を遂げたそうだ。



 つまり、何が言いたいかと言うと。




 ケーキ・イズ・プライスレス―――。






「はっ」


 記憶がまた飛んでいた。


「風香! 明菜!」

「へっ?」

「あっ」


 私と同じく飛んでいたであろう二人を現実に戻す。


「…やられたわ。またケーキに意識を持って行かれた」


 うむ、暴力的なうまさであった。


「はぁ。はぁ。はぁ。ケーキ。可愛いぃ。ケーキ。美味しいぃ」


 風香は後遺症を患ってしまった。


 時間が薬になるだろう。


 3人でケーキ屋『シエル』で今日出たばかりとメニューに書いてあった新作のケーキの感想をそれぞれが言い合っていると、


「あら、荒木さん?」


 背後から聞き慣れた声が聞こえた。


「荊野さん?」


「荒木さんも『シエル』の新作を食べに来たのですか?」


「新作が出ていたのは来てから知りました。先日持ち帰ったケーキを食べたこちらの二人と一緒にケーキを食べに来たら、たまたま新作が出ていたんです」


「初めましてぇ」


「こんにちは」


 風香、明菜の順に挨拶をする。


「こんにちは、荒木さんと同じクラスの荊野薫子と申します。ふふふ、私は新作が出ると聞いて駆けつけたのですわ」


「よろしければ一緒に食べません? 私たちも、もう一つ頼む予定なので。明菜も風香も、いいよね?」


「うん、というか、荊野さんが道奈に紹介したおかげで私たちがここにいるんだがら、断るわけないよぉ」


「風香に同じくだわ」


「まあ。ではお言葉に甘えて、お邪魔しますわね」


 もともと四人がけのテーブルに座っていたので、荊野薫子は私の右隣の空いていた席に座った。


 荊野薫子が店員さんから渡されたメニューを開いて新作がどれか確認する。


「どんなケーキか楽しみですわ。えっと、新作の名前はーーー」



 ケーキ・マザー

 母なるケーキより、ケーキを愛する子羊達よ、すくすく育て。



 説明と言うよりも、ケーキからのメッセージという感じだな。だが、食べるとケーキの起源を感じさせる歴史の深い味わいなのだ。マザーの名は伊達ではない。



「私は早速新作を頼みますわ。皆さんは何を頼まれますの?」


「私はすでに目をつけているものがあるのでそれを。明菜と風香は?」


「ああああ。悩む! 絶対どれも美味しいよぉ! 選べない!」


 そんな人生の終わりのような形相で言わなくても。


「あたしはこれにするわ。とりあえず、左端のメニューから攻めるの。ここに通いつめて右端まで制覇してやるつもりだわ」


「明菜。あなたが天才か。私もそれで」


 戦場で攻め抜く揺るぎない信念を瞳から感じる。


 ケーキのためなら戦士にもなれる、か。


 女子の鏡だな。


 メニューに乗っているケーキは軽く50を超えているが、頑張って欲しい。


「もしかして、荊野さんは制覇済みですか?」


 荊野さんは何も言わず、ただただニコリと笑顔で返した。


 …制覇済みのようだ。



 店員さんに注文を頼んでから自己紹介を改めてする。


「自己紹介がまだでしたね。B組の泉明菜です」


「私は小川風香。よろしく! それと、美味しいケーキ屋さんを道奈に教えてくれてありがとぉ!」


「気に入って頂いたようで、私も嬉しいですわ。泉さんに小川さんですわね。皆さんはどういったご関係で?」


「明菜と風香は三番寮で私が一番仲良くしている寮生です」


「よく一緒に食堂でご飯を食べたり、ですかね」


「私は部活があるから、明菜と道奈とはあんまり会えないけど、たまに楽しくおしゃべりとかする感じだよぉ。今みたいに!」


「寮生活は楽しそうで羨ましいですわ。私は家が近くにあるので自宅通いなんですの」


「確かに楽しいですけど、面倒な面もありますよ。道奈なんて現に昨日、噂が原因でまた厄介な人に絡まれた感じです」


「あっ、あの噂だねぇ! 私も聞いた! 聞いて笑った!」


 笑ったのか。

 でも確かに、ありえなさすぎて笑えるものなのかも。


「まあ、荒木さん、何があったんですの? また何か誤解が?」


 荊野薫子がとても心配したような表情で聞いてきた。


「そんな感じです」


「どんな噂なのか聞いてもよろしいかしら?」


「大したことではないですよ。聞いても『は』しか出てこないような内容です」


「『は』…?」


「私がオニ・ヤマさんを喝上げしたと噂で流れてるんです」


「…それは。また」


「逆ならありえそうなんだけどねぇ」


 風香に同感だ。今は私の弟子で更生中だが、元が無自覚横暴野郎だからな。


「何が原因でそのような話になりましたの?」


「私がオニ・ヤマさんから昼食を買って来るように頼まれていたんです。靴箱の前でその昼食代を請求しているところを見られたみたいで」


「あの、鬼山様から? 一体どのような経緯でそのようなことに?」


「屋上で空を眺めていたら、オニ・ヤマさんに絡まれたんですよ。屋上の使用料として食料をよこせと凄まれまして。お金がないので代わりに私が買って後でその代金を支払ってもらうという話で落ち着きました。まあ、そのあと色々あって今は紳士になるために私が指導中です」


「ちょっと待って。道奈。あなた、あの鬼山様に何をしてるって?」


「ん? 明菜、どの部分のことを聞いてるの?」


「最後に言ったところよ!」


「私がオニ・ヤマさんを紳士にするために指導してるってとこ?」


「…どうしたらそんなことになるの…。道奈、あなたやっぱりおかしいわ…」


 明菜が脱力している。なぜだ。

 そして今回の『おかしい』も言い方からして『非常識人』と言っている感じではないな。


「鬼山様に何かされませんでしたの? 彼は初等部の頃から…その…有名でして。鳳凛学園の理事長のご子息ということでなければ、すでに退学になったかもしれない事が何度かございましたわ」


 予想を裏切らない過去だな。


「安心してください、私が彼を一人前の紳士にしますので。まずは日々の習慣から更生中です。月曜日は出席をとりに顔を出すと思いますよ」


「「え!?」」


「え!?」


 明菜と荊野薫子が急に大声で驚くから、私もつられて驚いてしまったではないか。

 ちなみに、風香はぽかんとしている。私と同じで弟子についてあまり知らないようだ。


「…中等部が荒れると予想してはいたけど、これは予想外だわ」


「明日、来るのですね? あらかじめ教えていただいてありがとうございます。心の準備ができますわ」


 え、そこまで反応されると逆に弟子が可哀想に思えてくる。

 荊野薫子の発言に至っては、台風が来る前の日のセリフだ。人として認識されていない!


「私、頑張ってオニ・ヤマさんを立派な紳士に仕立て上げるね!」


 師匠としてこれはどうにかしなければ!


 まずは私でも知らない『紳士としての極意』みたいなものが載っている資料を探そう。

 幅広いジャンルがある日本の本なら1冊くらいあるはずだ。

 弟子は頭は悪くないのだから、その資料を渡して内容をまず暗記させる。


 私はあくまでも淑女の方だからな。

 指導できる部分は限られて来る。


 こういう時の本頼みだ。



 これ以上弟子の可哀想な部分を見るのは忍びない。話を変えよう。


「クラスといえば。荊野さん、最近他の女子生徒と何かありましたか?」


「…何かと言いますと?」


 平静を装っているが、少しだけぎくりと肩を揺らしたのを私は見逃さなかった。


 これは、何かあるな。


「最近、荊野さんが他の女子生徒と距離を置いている気がするのです。同じクラスメイトとして気がかりに思ってました」


「……」


 テーブルに目を伏せて、俯き出す荊野薫子。


「話しづらいことでしたら、無理にとは言いません。ただ、私が心配しているということだけは知っていてください」


 結構言いにくいことのようだ。場の空気が重くなってしまったな。ここで聞くべきことではなかったかも。少し後悔。


「…いえ、心配して頂くそのお気持ちが、嬉しいですわ。荒木さん。泉さんも小川さんも。私事になりますが、少し悩みをこぼしてもよろしいでしょうか。私、せっかくの美味しいケーキ屋でのひとときの邪魔はあまりしたくありませんの。嫌だと思いましたら、気軽におっしゃって下さい。日を改めて荒木さんにお話ししますわ」


 眉を下げて、申し訳なさそうに。それでも目はきちんと私たちを見つめて、言葉を紡ぐ荊野薫子。


 彼女の私たちへの配慮に好感が持てた。


「私のことは気にしないでぇ! 可愛いケーキを愛する同志だもん!」


「悩みは吐き出せるときに出す方がいいですよ」


 快く構わないと伝える風香と明菜。

 二人の言葉は素直にそのままの意味を成していた。今日話したばかりの人に、外交辞令などではなく、本心で構わないと言っていたのだ。


 そんな二人の姿をみて、


 いい子たちだな。

 友達になりたいな。


 そう思った。


「…ありがとうございます」


 そして座ったままぺこりとお辞儀をする荊野薫子。その一つ一つの好意にきちんとお礼を言う姿にも、また好感を持った。


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