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目指すは、紳士。


 プル――


『もしもーし。道奈ちゃん? 珍しいねえ、僕に電話するなんて。恋しくなったのかなあ?』


 ゾワワワワッ


 ワ、ワンコールで出てきたぞ。相変わらず得体がしれなくて背中に悪寒が走る。


「…もしもし。テレビ男、昨日ぶりですね。研究に関して質問があるので電話しました。今お時間大丈夫ですか?」


『いいよお。何が知りたい?』


「研究対象が資料に載っていない物の場合はどうやって調べるんですか?」


『資料に載っていない未知の物の場合は、その対象を推測、観察、実験、考察の順に調べていくのが基本だ。対象に関して思う疑問の答えを、推測の段階で予想する。推測の正誤を立証する証拠を観察、または実験で収集。考察の段階で、その収集した証拠を元に推測の正誤を判断する。考察の段階になってもまだ疑問が晴れない、または別の疑問が生じるのなら、また新たな推測から順に進める。この3ステップのサイクルを何度も繰り返して対象について少しずつ知っていくんだ』


 テ、テレビ男が真面目に話している…驚愕の域だ。


 つまり、簡単に言い直すと、


 対象物の分からないことに対して答えを予想する。

 予想した答えがあっているのか、観察や実験で確かめる。

 その結果を元に、予想が合っていたのか、間違っていたのか、判断する。

 間違っていたり、別の答えの可能性が生まれたりしたら、また一から予想する。


 でいいのかな。


「説明して頂いて、ありがとうございます」


『どういたしましてー。そういえばマジックはいつ披露してくれるのかなあ? 僕待つの嫌いなんだあ』


「準備中です。大掛かりなものにしようか計画もしています。いいものを期待しているのでしたら急かさないでください」


『くっくっく。ハードルを自分であげちゃってるねえ。じゃあ、ゆっくり楽しみにしてるよ。またねえ』


「失礼します」


 ああ、なぜテレビ男と話すとこうも疲れるのか。


「テレビ男というのは誰ですか?」


「不破なんとかっていう私が半ば強引に入れさせられた部活の顧問です」


「…不破間圭か。あいつをテレビ男なんて呼ぶやつ初めてみたぜえええました」


 最後が明らかにおかしい。


「聞いたところ、資料にない未知の物が対象な場合は――――」


 テレビ男からされた説明を弟子に伝えた。


「推測、観察、実験、考察…か」


 なぜか私を見つめながら呟く弟子。


 そんなに私の顔を見ても何も答えは浮かばないと思うぞ。あとまばたきもした方がいいと思う。


「できそうだ」


 おおお、更生への一歩を弟子は踏み出すことができて師匠の私はとても嬉しい。ただ一つ疑問が。


「それって、授業中に調べれることなんですか?」


 本来の目的は授業の時間つぶし。観察とか実験とか。本で調べるならともかく、授業中にできることでなければ意味がない。


「十分にできます」


 そうか。なら私から言うことは何もない。


 さて、キリのいいところで、時計を見てみる。


 もう食堂が開いている時間帯だ。そろそろ行かないと閉まるな。


「私は寮に戻りますね」


「え、もう戻んのか」


「確かに、この場所を離れるのは名残惜しいですが、お腹も空きましたし、やっておきたい勉強もあるのです。教室に顔を出せば私もいるので、続きは月曜日にでも」


「…教室に行けば会えんだな」


「はい、同じクラスメイトですから。ではでは私はこれで」


 そしてハシゴを降りた。


 シュタッと別の位置に弟子が飛び降りる。


 …前から思っていたが、弟子はハシゴを使わずによくそんなことできるな。普通ならこの高さから飛び降りたら足がじんじん痛くなるものだぞ。


「途中まで送る」


 お、紳士っぽい。頭がいいのか、成長が早いな。師匠離れもすぐできそうだ。


「ありがとうございます。では校舎の玄関までお願いしますね」


「…その敬語ってずっとやんのか?」


「ん? 師匠として当たり前では?」


 紳士のなんたるかを教えるのだ。お手本となるために礼儀はきちんとしてないと。


「その、なんだ。敬語だとすんげぇ距離感じっから、紳士ってやつになるために色々と教える時以外は普通に話そうぜ。…お、同じクラスメイトだろっ」


 最後は照れながら顔を赤らめる姿は年相応の同年代の男子生徒に見えた。


 そうだな。レクチャー中だけ敬語にするか。


「わかった。同じクラスメイトとしてそれ以外の時は普通に話すね」


「…ああ」


 照れ隠しか、そっぽを向いたまま、そう呟く弟子。

 めちゃくちゃ嬉しそうだな。


「じゃ、一緒に行こっか」


 二人で並んで靴箱に向かった。


 これまで屋上でしか会ってなかったのもあってか、弟子が階段を降りている姿に違和感を感じた。


 まあ、これも慣れるだろう。




 靴箱について、気づく。


「あ、そういえば」


 カバンから、野菜ジュースを取り出した。


「はい、これも買ってたんだ。あと、お金ちょうだい。これがレシート」


「わりぃ、忘れてた」


 弟子からお金を渡される。


「ちょうどだね」


 財布にそのままお金を入れた。



 タタタタタタッ―――。



 すると誰かが走り去る音が聞こえる。


 間近で聞こえたから、すぐ近くにいた誰かが用事を思い出して急いで走り去ったのかな?


「…」


 弟子を見ると無言で足音が聞こえた方を睨んでいた。表情が鬼に戻ったな。


「どうしたの?」


「…なんかあったら俺に言え。同じクラスメイトの(よしみ)で力になる」


 急に頼もしい発言を言い出すのはなぜか。

 わからないけど、ここは軽く流す。お腹が空いたから早く寮に戻りたいのだ。


「そっか。その時はよろしく。じゃあ、次は教室で会おう! またね!」


 横暴だが根は悪いやつではないのだな。これからの弟子の頑張りを応援する意味も込めて笑顔で手を振りながら、ついでに教室に来いと念を押した。


「ああ。…またな」


 別れ際にみた弟子の顔は今まで見た中で一番少年に近い表情だった。



 ****



 夕食時。



 勉強も一通り終わったので、いつもの時間帯に食堂へと夕飯を食べに向かう。


 料理が乗ったお盆を持って明菜がいる席まで行く途中、いつもの視線に恐れが混じっていた。



 今度はなんだ。



 視線に関しては鬱陶しいくらい散々浴びて来たので、うんざりする気持ちが大きくなる。


「明菜、今日は夕飯食べるの早めだね」


「明日のケーキの為に準備しててお腹がいつもより早く空いてしまっただけよ。それよりも、道奈。あなた、今度は何をやらかしたの?」


「へ? 思い当たるのは何もないけど。どうしたの?」


「これは、いつもの無自覚暴走なのか、ただの見間違いなのか。どっちか分からない反応ね」


 もったいぶらずに教えて欲しい。


「あなたの新しい噂が寮で流れてるのよ。あの鬼山様を喝上げする爆発女、荒木道奈ってね」


 は。



 喝上げ:恐喝してお金を奪うこと。(隠語) ※辞書より抜粋



 もう一度。


 は。


「その反応だと、やっぱり何かの間違いのようね。聞いた時は耳を疑ったわ」


「……私も今自分の耳を疑ってるとこ」


 おかげで空腹感が一瞬吹き飛んだ。一瞬だけね。


「何か誤解されるようなことした?」


 弟子を恐喝してるように見えるようなことしたか?


 逆に鬼顔の弟子から恐喝される図の方が絵面的にあってるように思うのだが。


 そもそも、弟子と人前に出たのは今日が初め……て。


 弟子からパンとジュース代を靴箱でもらっていた時、走り去る足音が聞こえたのを思い出す。



 ―――あの時か?



「…今日は弟子、じゃなかった、オニ・ヤマさんの昼食を私が代わりに買って来てあげる約束をしてたの。売店で買った昼食代を靴箱で請求したんだけど、たぶんその時かも」


「…あの鬼山様と何があってそんな関係になったのかは、ひとまず置いといて。それ以外に心当たりがないのなら、それが原因ね」


「うん、その時誰かが走り出す足音も聞こえてたから。間違い無いと思う」


「で、あらぬ噂をまた立てらてたわけだけど、道奈はこれからどうするのかしら?」


 どうするも何も。


「ほっとく」


「あなた、本田さんの時といい、他の女子の反感を買った時といい、このまま放置して置くと事が大きくなって、収集がつかなくなるわよ?」


「収集をつける必要性を感じないかな。恐れられるだけで害は今のところ無いみたいだし。何より、本当の私がどんな人なのか、私の周りにいる人だけ知ってれば今のところ問題ないね」


「あなたねえ。ただ面倒がってるだけじゃない」


「明菜も私がそんな事する人じゃないって信じてくれた。確認もしてくれた。それで私は十分かな」


「…そう」


「さあ、食べよう。お腹すいた! いただきます!」


 スキルを使って勉強したのだ。

 私のお腹はペコペコ状態でこれ以上のお預けはきつい。



 もぐもぐと今日も美味しく夕飯を頂いた。




 夕食も食べ終わって、明菜と一緒に部屋に戻る途中、本田優香が待ち伏せしていたかのように、現れた。


「あら、荒木さん。聞いたわよ? あの鬼山様にたかるなんて。さすが、林道様や風間様、火宮様を侍らせているだけあるわあ。その図太い神経ってどうやったら―――」


 また始まった。今日はいつ引き上げるかな?

 本田優香の話は右から左に流しながら、明菜と会話を続ける。


「あ、そうだ。明菜、明日は昼の何時に出発する? 荊野さんに聞いたらバスで―――」


「ちょっと! 無視しないでよ! 失礼だわ! あなたのように失礼な―――」


 そしたら私の話に被せるように叫んできた。耳がキンキンする。だがほっといて明菜に明日の予定を確認する。


「――10分くらいのとこだって。風香は部活を抜けれるのが―――」


「わああああああ!!!!!」


 気にせず話を流していたら急に本田優香が叫び出した。



 ついに言葉を放棄したか。



 明菜と私、そして周りにいた通りすがりの女子生徒たちが皆、ギョッとした顔で本田優香を凝視する。そして急な叫び声で辺りがしんと静まった。


「…あなた、むかつくのよ。さっきから私のこと無視ばっかりして。どれだけバカにすれば気がすむの?」


「バカにするも何も、バカにしているのは本田さんですよ」


「はあ? 私が? いつ! どこで!」


「私に友達になろうと言った、その時からずっと」


「友達になろうって言ったことのどこがバカにしてるのよ!」


「あの時、私は風香と話している途中でした。話に割り込んで、謝罪もなし。自分の用件だけ押し付ける。相手をバカにしていないとできないことです」


「それは! たまたまで! 気づかなかったの!」


「そして、何よりバカにしてると思ったのが、私と友達になろうとした理由。本田さんは私が創也と親しいから、友達になりたいと言ってましたね。そんな理由で言われても、(はな)から私には興味はなかったと言っているようなものです。バカにするにもほどがあります」


「…そんなこと言った覚えないわ」


「本田さんに言った覚えがなくても、私はそう聞いて覚えています。本田さんからバカにしてきたんです。そんなあなたの話を聞く時間が勿体無い。なのでいつも意味のない言葉と判断した瞬間からずっと聞き流してました。これからもそうすると思います。私から言えることはそれだけです。では、さようなら」


 明菜の腕をとって三階へと向かう。


 本田優香は追いかけては来なかった。


「すごかったわね」


 三階に着いたところで明菜が口を開いた。


「これで少しは落ち着くといいな。急に本田さんが叫び出した時は、さすがに驚いたけど」


「私もあれにはびっくりしたわよ。というか、周りにいた人全員そうだと思うわ」


「ははは」


 乾いた笑いが出てしまう。


「…道奈は基本、面倒なことだと思うものは流すけど、言う時はちゃんと言うのよね。そういえば、あなたは出会った時からそんな子だったわ」


 今更何を言うか。


「言うタイミングがあれば、言うよ。言っても無駄だと思う時は言わないだけ。本田さんの場合はやっと聞いてくれそうな状態になったから、言ったんだ。あのまま意味のない言葉を言い続けてたら、最後まで流してた」


「そう」


「で、話を戻すね。バスで10分かかるみたい。予約は余裕を持って昼の1時半にしてあるよ。風香が部活を抜け出せるのは1時からって言ってたから、寮の玄関口前に1時10分くらいに待ち合わせしよう? そして一緒にバス停に向かえばちょうどいいと思う!」


「バス停の時間は確認したの?」


「もちろん! 抜かりはないよ! ケーキ食べに行くのに遅刻は厳禁だもん」


「ふふふ、あとで風香には私からメールで伝えておくわ。あなた、メール苦手でしょ?」


 バレてる。


「あはは、わかる? 苦手って言うか、いちいち打つのに時間がかかって、最終的に電話をかけて済ませちゃうんだ」


「ガラケーのおじいちゃん携帯だと、私たちには余計使いにくそうよね。スマホだともっと気軽に使えるわよ」


 スマホ、スマートフォン。

 創也を始めとする、私の周りの同年代が皆持っている携帯の種類。


 側から使っているところを見ただけだが、私が持っている携帯よりも数段高度な技術が使われていると予想される。


 どんな使い勝手なのか、興味はある。あるが、じっちゃんが買ってくれたこの携帯がご臨終するまで使うと決めているのだ。


 よって、機種変更する予定は今のところ、無い。


「電話ができれば、それでいいよ」


 不便に思うことも今のところ、無い。


「やっぱりあなた、変わってるわ」


 明菜の言い方からして『あなたは非常識人』という意味ではなさそうだ。


「じゃあ、私は部屋に戻って、ケーキを食べる準備でも続けるわね」


 気合が入っているな。どれだけ食べるつもりだ?


「無理しないようにね。じゃ、おやすみ。また明日」




 明日、楽しみだな。



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