勘違い令嬢野郎(♂)リターンズ
2/2話目です。
キイイイイイイィィィィと、屋上の重い扉を開けると、この前みた空色と灰色の光景に雲の白色が足されていた。
やはり、この場所だけは好きだな。
見とれていると、シュタッと目の前の光景を眺めて和んでいると上から勘違い令嬢野郎が飛び降りてきた。
うわ、でやがったぞ。
この心底迷惑なおまけが付いているのが本当に残念でならない。
勘違い令嬢野郎の表情を見て思い出す。私はこの顔を知ってるぞ。節分と呼ばれる日本の二月の行事で見たのだ。
そう、鬼だ。
「おい、ツラ貸せ」
ツラというのは面のことだと予想する。そしてたぶん、日本独特の言い回しか俗語だ。言語補正でもこれは補正されない。意味はよくわからないけど、なんとなく拒否した方がいいのはわかる。よって、
「断固拒否で」
「ああ゛?」
伸びてきた腕からすかさず逃げた。
「また胸ぐら掴むんですか?! シワになるのでやめてください!」
前回の二の舞にはなりたくないのだ!
これ以上近寄ると豆を投げるぞ! パンしかないがな!
「お前、いちいちズレてんな。逃げる理由がシワってマジか。くっくっく」
笑いながら追いかけてくる! 怖っ!
「逃げんな、追いかけたくなる」
「追いかけなければ逃げません!」
誰か、誰か通訳を!
逃げながら瞬時に回避策を考える。よし、囮作戦だ。
「獲物はここですよ! ほれ!」
カバンからパンを一つ取り出し、投げた。
豆でないのが残念だ。
「おいっ、てめっ」
条件反射でか、パンが投げられた場所へと素早く移動してキャッチした。
…面白いな。
「もういっちょ! それ!」
「くそっ、普通に渡せ!」
ほうほう、次のは取れるかな?
「最後に、鬼は外!」
めちゃくちゃに投げたのでめちゃくちゃな方向に向かってパンが飛んで行った。
「てめぇ! 覚えてろよ!」
そんなことを言いつつも律儀に取りに行く勘違い令嬢野郎。
今のうちにハシゴを登るかっはっはっは。
素早くハシゴに向かって上に登った。
「ふうううううう」
やはり、いいな。ここ。
寝そべりながら空を眺める。前回とは一味違った空の表情もあってか気分が上がる。
「荒木道奈…てめぇに言いたいことが山ほどある」
身の毛もよだつような顔って初めてみるな。
視界いっぱいに勘違い令嬢野郎の顔が埋め尽くされる。
さっきまで上がり気味だった気分が一気に下がった。
「鼻息があたります。離れてください」
「唾も飛ばされたくなけりゃ、起きろ」
不潔だな。仕方ない、起き上がるか。
上半身を起こして座る。
「言いたいことというのは?」
早めに終わらせて欲しい。
勘違い令嬢野郎が私の正面にしゃがんで顔を近づけた。眼力がすごい。
「てめぇ…電話のことといい、パンのことといい、あんま嘗めたまねしてっと痛い目みんぞ」
これは、脅されているのか?
ふむ。横暴な人に脅された時の対処法…は知らないから、一クラスメイトとして対等に話すか。
「調子にのるも何も、お互い平等に横暴なことをやり合ってるだけじゃないですか」
「はあ?」
「だから、突然胸ぐらを掴んだり、追いかけたり、使用料を要求したり、横暴なことをあなたは重ねてきたでしょう? 私をそのように扱ったのですから、私もそれ相応の対応をしただけだと言っているのです。だって、私たちは同じクラスメイトなんですから」
少し屁理屈だったか?
本当は相手にするのが面倒だったから投げやりに接してただけだ、なんて今の鬼顔の勘違い令嬢野郎には言わないぞ。
「…同じ、クラスメイト」
え、どうして少し嬉しそうになるのか。鬼顔でなくなるのは助かるが、感情の変化についていけない。
「そうです。同じクラスメイトです。なので、あなたが横暴な態度を改めるのでしたら、私もまたそれ相応の態度に改めます」
なぜ嬉しそうなのかは分からないが、この際その感情を利用させてもらう。
「…」
勘違い令嬢野郎が、
じっと私を見つめる。
じっと私は動かない。
あれだな、メデューサに睨まれて石になった哀れな人間状態だ。
早く何か反応を示してくれ。石になるくらいなら空を眺めたい。
「…やり方がわかんねぇ」
やっと絞り出した言葉は途方に暮れていた。
「なんのやり方が分からないのですか?」
「…俺は今まで通り普通にお前と話しただけだ。それがお前にとって横暴だと感じんなら、どうすれば横暴じゃねぇ対応ができんのか全く分かんねぇ」
無自覚横暴か。タチが悪いな。
やはり、こやつの親に問題がありそうだ。今まで注意してくれる人が周りにいなかったのだろう。
そう思ったら、勘違い令嬢野郎が少しだけ可哀想に思えてきた。このままでは立派な紳士になれないな。冒険者崩れのようなダメな大人になってしまう。
よし、これから平和にここで空を眺める為にも、この私が直々に紳士とは何か教えてやろうではないか。
「ではこれから私のことを師匠と呼んでください」
「ああ゛?」
ほらまた凄み出す。
「私があなたを紳士にしてあげます。紳士になれば、横暴ではない対応なんてなんのそのですよ! そしたら私も一人の淑女として対応しましょう」
「おい、クラスメイトはどこいった」
「紳士と淑女が同じクラスメイトになれないとでも?」
「…同じクラスメイトとして教えてくれんのか」
同じクラスメイトにやけにこだわるな。
「ええ。もちろんです。同じクラスメイトとして、師匠と呼んでください」
「…なんか腑に落ちねぇ」
「漢が廃りますよ。これから紳士の卵として頑張るのです。腹、くくってください」
勘違い令嬢野郎、もとい、弟子。覚悟は決めてもらうぞ。
「…くそっ、わぁったよ。腹、くくってやる」
「では、まず、言葉遣いを直しましょう。敬語は使えますか?」
「ああ、一応使えるな」
「使ってみてください」
「このような感じでよろしいですか?」
なんか気持ち悪いな。
ドワーフが9頭身になってモデルをしてるみたいだ。
「なぜ敬語が使えるのに、ガラの悪い言葉遣いをしていたのですか?」
「当たり前のこと聞くんじゃねぇ、ですよ。言葉を崩した方が話しやすいからです。そして周りから嘗められません」
最初がおかしかったぞ。
「まあ、いいです。まず始めに、紳士は相手のことを考えて行動します。私とあなたが出会ってからのあなたの行動を振り返ってみましょう」
「昼寝をしに屋上に向かったら、いつも俺が使っている場所をお前がとっていてムカついたのが始まりですね」
「はい、そこであなたはそのムカつきをそのまま私にぶちまけた。これは紳士の対応ではありません」
「なぜですか? ムカついたらムカついたと表現することに問題が見当たりません」
「では、逆の立場になって考えてみましょう。あなたが歩いているとたまたまいい昼寝スポットを見つけたとします。とても心地が良くてそこで気持ちよく休んでいたら、急に人が現れて、そこは私の場所だ。どけ。と言われます。ムカつきませんか?」
「殴りたくなりますね」
「ですがここで、その急に現れた人がそう言わずに『こんにちは、ここ、いい場所ですよね。私も良く来るのです。邪魔をしないので隣を使ってもいいですか?』と代わりに言ったとします。これはムカつきますか?」
「…殴ろうとは思いませんね」
お前の基準は殴るか殴らないかの二択しかないのか。
「ここでいう、急に現れた人というのが、私たちが出会った時のあなたです。そして、気持ちよく休んでいたのが私です」
「…」
「逆の立場になって考えると、相手の気持ちが分かるようになります。その気持ちを汲んで行動することができれば紳士への道を5歩ほど進むことができるでしょう」
「そしたら、同じクラスメイトとして、その…仲良くなれんのか」
弟子と仲良く、か。
紳士な人は嫌いではない。むしろ歓迎する。
「ええ、すぐにでもお友達になろうと思います」
「友達…!」
顔がパッと明るくなった。
…友達がいないようだな。ますます可哀想に思えてきた。
「約束しましょう。あなたが紳士になれた日に、あなたと友達になることを」
「その言葉、忘れんなよ」
えっと、この場合は日本だと小指を絡ませるんだっけか。
そして、あの、脅しの歌を、歌う。
「はい」といって右手の小指を差し出す。
「ん?」
「指切りですよ」
つくづく恐ろしい名前だと思う。
「あ、ああ。指切りか」
お互いの小指を絡ませた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。指切った」
おお、怖い。日本では特にできない約束はしないようにしよう。
指切りをした後も弟子は自分の小指を眺め続けた。
「ところで、なぜあなたは授業に出ないのですか?」
「あ? そりゃあ、ゴホン。それは授業が簡単すぎて退屈だからですよ」
…柄が悪い言動に反して頭はいいようである。
「出席日数は大丈夫なんですか?」
「親父がこの学園の理事長なので、融通が聞くのです」
親の力か。それよりも、弟子の親が理事長だったとは。そういえば明菜がそんなことを言ってたような、ないような。
「そのお父さんには、いつまで甘えるつもりですか?」
「ああ゛? 甘えてなんかねぇよ。誰があんな野郎に」
すぐに化け猫の皮が剥がれるなあ。
それにしても実の父親を『あんな野郎』ね。
「それでもあなたのお父さんが理事長のおかげで、出席日数が足りなくても大丈夫なんですよね? お父さんがいないと今頃留年だということになりますよ。甘えているじゃないですか」
「…」
「お父さんのことがあまり好きではないのなら、お父さんがいなくてもなんとかやっていけるくらいまでになりましょう。授業が簡単だと思うくらい頭はいいみたいなんですから。すぐに独り立ちできますよ」
「…独り立ち」
「といっても、日本での成人年齢は二十歳から。それまでに、親に頼らずともやっていけるようになれば、『親に甘えてる』を卒業できるんじゃないですか?」
まずは学校での態度を改めさせる。
まさに、冒険者崩れを更生させるには日々の習慣から、だな!
「まずは授業に毎日出ればいいのですね」
「そうですね、出席だけでもしましょう。授業が楽しくないなら、本でも持ち込んでみては?」
「本…ですか」
「好きなことや、気になることなど、ありません? 私は空が好きなので、なぜ空の色が変わるのか、本で調べているところなんですよ。とても楽しいです」
「調べるのが楽しいのですか?」
「はい、知りたいという気持ちに身を任せて、調べていくのです。あなたの好きなもの、気になるもの。一つくらいあるのでは?」
「…ありません」
「一つも?」
「…ねぇな」
えええ。そんな人いるのか。本当はあるけど、まだ自覚してない可能性もあるぞ。
というわけで、
「楽しいと思うものはありますか?」
荊野薫子は王子について考えるだけで楽しいとか言ってたかな。そんな流れで興味があるものを自覚させていく作戦だ。
「楽しいと思うものなら、先週の屋上で…」
そう言って、私の顔をじっと見る。
「…あります」
なんだ今の変な間は。
私の顔を見て何かを思い出したような言いぶり。
だが楽しいと思えることはあるらしい!
「では、そのことについて調べてみましょう!」
よかった! 弟子よ! それが興味のあるものだぞ! 自覚しろ!
「えっ」
内心喜んでる私とは違い、今度は私の顔を伺いながら、本当にいいのかと表情で訴えかけてくる。
「…その楽しいと思うものというのは、何か調べてはいけないようなものなんですか?」
思わず聞いてみる。
「調べてはいけない、というよりも、調べましょうと言ってくれたので、調べようと思います」
何を言ってるのかさっぱり分からない。
他に興味のあるものもなさそうだし、もうそれでいいかな。
「ちなみに、俺はどうやって調べればいいのでしょうか」
弟子が質問してきた。
どうやって、か。
「ふむ。私は今まで本や資料を読んで調べてきました。あなたが調べようとしているものは本などでは調べられないものですか?」
「…そうですね。確実にないと思います」
言い切れるのか。なら私はお手上げだな。研究対象を資料以外で調べるすべを知らない。
そんな時には、
「専門家に聞いてみましょうか」
携帯を出して『テレビ男』に電話をかけた。




