恋とは、そして、つかの間の平穏
二話連続投稿。2/2話目。
自分の寮に帰る途中、頭の中は先ほどのことでいっぱいだった。
去り際に見えた草野葵の目が印象的だったな。
後悔と。
自責と。
怯えと。
憎しみ。いや、あれは嫉妬か?
これら全部が混ぜこぜになった感情が目を通して伝わった。
ベスから聞かされる噂話で、恋愛のもつれの末に、女性側が男性側の女性の友人に危害を加えてしまったという話を聞いたことがあるようなないような。
その時は、盛りに盛られた噂話程度で受け止めていたが、草野葵の、あの強い感情と浅はかな考えを引き出すのが恋だとしたら、あながちありえそうな話だったのかもしれないと思った。
彼女はこれからどうするのだろう。
創也から、何をしでかすかわらかない危険な女子と思われていると知ったら、私でも嫌だな。
…うん。想像してみたが、やっぱり嫌だな。
これは彼女の問題だから、私には関係ないことだと思う反面、いつかは私も恋をして彼女のように浅はかなことをしてしまうのではと考えてしまう。
そうはなりたくないな。
今日話してみて、
彼女自身が自分がした行動に対して後悔している感じがした。
話の中でその後悔の気持ちを私に八つ当たりするような部分もあったな。
それはどうかと思ったが、彼女が冷静ではなかったから、そのまま流した。
まあ、後悔できるくらいには自分のことを客観的に見れる子なのだろう。
「あ、部屋についてる」
いつ間にか自分の部屋にいた。
考えに耽りすぎて気づかなかったようだ。
…創也に連絡しないとな。
空が見える方の窓を開けて、空を眺めながら創也に電話をかける。
プルルルル、プルルルル
『もしもし、話し合いは終わった?』
創也の声だ。
聞いて安心するのはなぜだろう。
「もしもし。終わったよ」
『だいぶ疲れた声してる。何かされた?』
そうか、私は疲れているのか。
「特に何もされなかったよ。ただ、話し合いと言うよりは、お互い言いたいこと言って終わった感じ」
『何があったか詳しく教えてくれ』
大まかに、何を話して、何を聞いたのか、創也に伝えた。
『…母さんが言ったみたいに恋心から生まれる嫉妬が原因で間違いなさそうだな』
「そうだね。草野さんがこれからどうするかは分からないけど、もしかしたら、創也に話しかけてくるかも。その時創也はどうする?」
『…上靴についてはもう終わったことだから、ぶり返すつもりはないよ。俺の言いたいことは道奈が代わりに言ってくれたからな。だから、もし話しかけられたら、まずその話を聞いて、そのあと俺が思ってることを伝える。それくらいだ』
「…………そっか」
『…道奈、今何考えてる?』
創也に、聞いてもらおうかな。
「…草野さんと話した後、ずっと恋について考えてた」
『恋?』
「恋って楽しいことだと思ってたんだ。創也も楽しいって言ってたし、他の人もそう言ってたし。でも草野さんの恋はとても、苦しそうで、悲しそうだったの。…それに伴う言動も浅はかだと思った」
『…』
「いつか恋をした時、私はどっちなんだろう。草野さんのようになるかもしれないのかな。それとも創也達みたいに楽しむのかな。はあ。なんなんだろうね、恋って」
『…俺も恋についてはよく分からない。けど、恋をしていて楽しいことばかりではないんだなってことは気づいた』
「え?」
『楽しい時もあれば、もどかしい時もあるよ。これから時間が積み重なれば、もっといろんな恋の一面を知っていくんだと思う』
「そう、なんだ。恋って大変そうだね。楽しいなら一時的にしてみたいなって思ってたけど、それならしたくないな。面倒くさそう」
『確かに大変な時もあるな。けど、その分、今まで経験したことがないくらい毎日が楽しいって思えるよ』
「うーむ。楽しさか、面倒くささ。どっちを取るかだね」
『いやいや取捨選択みたいな難しく考えるようなことじゃないよ』
「じゃあ、どういうこと?」
『母さんの言葉になるけど、恋をするかしないか選ぶ以前に、いつのまにか恋に落ちてしまってるものらしい。俺はそうだった』
「落ちる…」
痛そうだ。…落ちたら抜け出せるのか?
『俺は落ちてから気づいたな。振り返って見て、ああ、これが恋か、って感じで』
こっそりと忍び寄った落とし穴さんに気づいたらハマっていた。そういうことだな。
「暗殺者みたいだね」
『物騒な表現だな』
「いつのまにか落ちてるなら、その時が来てから考えるのも遅くないかな。創也、聞いてくれてありがとう。少しスッキリした!」
『いつでも聞くよ。俺、もっと頑張るから』
またでた、創也の頑張る宣言。何を頑張るのかは言ってくれないのだ。
挨拶がわりに使っているのか?
「うん! 私も頑張る!」
どうだ、創也流の挨拶だぞ。
「じゃあ、また明日ね! 頑張ろう!」
『…また明日』
もし、恋というのが落ちたら抜け出せなくなる深い落とし穴のようなものなら、一生落ちなくてもいいと思った。
元いた世界に戻れるかもしれないという希望がまだ捨てきれない限り、私はそう思い続けるだろう。
そしてその思いは、恋を楽しんでいる創也には伝えることができなかった。
****
草野葵に突撃した3日後の金曜日――。
「荒木さん、一緒にペアになりましょう?」
今は体育の時間。
「はい、荊野さんでよければ」
柔軟体操と呼ばれる筋肉をほぐして伸ばすことを重点にした動きは二人でした方が効率がいいようだ。
授業が始まって早々、二人一組になるように指示を出されて私は荊野薫子と組むことになった。
体育の授業は基本、男子生徒と別れてするものらしい。
「では、私から補佐いたしますわ。どうぞお座りになって?」
まずは前屈のストレッチからだそうだ。
言われた通りに体育館の地面に足を伸ばして座る。
「押しますわよ?」
荊野薫子が背中を押すのに合わせて、自分も前に上半身を倒す。
うーん。倒せるのはここまでか。つま先に手が届くくらいで止まった。
「痛かったらおっしゃってくださいね?」
息を吐きながらゆっくりと筋肉を伸ばす。
ストレッチをしながらこれまでのことを考えた。
あれから周辺で変わったこと。
まず、草野葵はちゃんと学校に出席するようになった。時々彼女から視線を感じる、私が目を向けると背けるが。特段話しかけられる訳でもないので、気にせずいつも通り過ごした。
次に、視線。
荊野薫子が他の女子生徒に説明してくれたのかは定かでないが、殺気は減った。
…減っただけで無くなった訳ではない。
あの、失礼なたて巻きカールの女子――漆原――や他の女子数人からも未だに殺気を感じる。
殺気は減ったが、代わりに視線の量は増えた。
なぜ見るのか。
これに関してはお手上げで、ほっといている。
最後に、荊野薫子に関して。
談話室で協力した日から、頻繁に話しかけられるようになった。
一緒にいて楽しいし、もっと仲良くなった気がして嬉しい。
気がかりなことは、彼女がいつも一緒にいた女子生徒達と距離を置いている気がすることだ。彼女達と全く話さない訳ではないようなので、喧嘩したとかではなさそう。
だが現に、先週の体育の時間では別の子と一組になっていたが、今は私と組んでいる。
気にしすぎか?
機会があれば、それについて今度確かめてみようと思う。
「交代ですわ」
あ、柔軟体操の途中だった。
立ち上がって、荊野薫子の背中をゆっくり押した。
ここ数日、概ね平和だ。いや、最初が色々とありすぎたのか。
このまま平和が続けばいいなと思いながら体育の授業を全うした。
放課後。
「創也! この後空いてる? 図書室に行こうよ!」
平和な内に部活の研究に取り掛かろう。
「空いてる。行こう」
返事早っ。
待ってましたと言わんばかりにカバンを持って、早く行こうと私を促す。誘った私よりもやる気に満ち溢れてるな。そういえば、創也の研究対象が何かまだ聞いてなかったことを思い出した。
「創也は結局、研究対象は何にしたの?」
廊下を歩きながら創也に聞いてみた。
「男と女の脳の違いだ」
え、違うのか。
「男も女も同じ人間なのに?」
「聞いた話になるけど、違うそうだ。だからこそ、男女で考え方も変わって来るのかもしれない。興味深いだろ?」
なるほど、それは気になるな。
「面白そうな研究結果になりそうだね!」
それに、男と女の違いを調べるなんて、女の子を人として知ろうとしている姿勢を感じる。
いい傾向だ! この調子で女子達をお花から卒業させるぞ!
「そうだな。ちょうど知りたいと思ってたことでもあるから、楽しく研究できそうだよ」
この世界の学問は前の世界にいた時のものよりもずっと広い分野を扱っているなと思う。男と女は頭の作りごと違うということが分かったのも、その広い分野のおかげかな。
図書室に到着して、空いているテーブルにカバンを置いた後、まずお互い必要だと思う資料をそれぞれ探すことになった。
私は、空の色の変化について調べようと思っている。
なんで色が変わるのか。
色が変わって当たり前だと思っていたが、よく考えてみると不思議なことである。
「空…宇宙…光の波長…色の捉え方…」
どの本がどこにあるのか分からなかったので、図書室の受付カウンターで人に直接聞いて本の候補を私の代わりに選んで紙に書いてもらった。
どの本も難しそうだ。
今回は創也と調べごとということで、スキルは一時封印する。せっかくだから楽しみながら調べたい。スキル使用中は楽しむ感情すらごっそり消えてしまうのだ。帰りに本を借りて、一人部屋で調べる時にスキルを使おう。
「よいしょっと」
本を集めてテーブルに置く。
数冊だが、一冊一冊が分厚いので結構な重さとなった。
「おかえり」
創也はすでにテーブルで調べごとを始めていた。
「テーブルの上が難しい本だらけだね」
「ははっ、文化祭までには間に合うさ」
文化祭は確か十月頃だったかな。
後6ヶ月。
平和で余裕のある内に終わらせたいものだ。
「さて、私も始めるかな」
ノートと筆記用具を出して、一番上にあった本を適当に手にとって読み始めた。
読みながら、必要だと思ったこと、新しく知ったことをノートに書き込んでいく。
勉強関係でスキルを使わずにするのはこの世界に来て初めてかもしれない。
自分が知りたいと思うことを調べているためか、とても楽しい。
好奇心に任せて探検するのとはまた別の好奇心が湧き上がる。
そうか、これが、探究心。
「楽しそうだな」
正面に座る創也から声をかけられた。
「わかる?」
「まあな。道奈、調べながら笑ってる」
なんと。気づかない内に笑っていたようだ。
一人で調べながら笑うって、怖っ。
ほっぺに両手をあててほぐした。これで表情をリセットする。
「ブハっ」
創也が私の顔を見て顔を背けてしまった。
これは、笑っているな。
てことは、また変顔をしてしまったようだ。暁人から白椿をもらった時もこんな感じで笑われたのを思い出す。
私、案外学習能力が低いのかも。
ショックだっ。
次は絶対にしないぞ!
気を取り直して調べごとに集中した。
「…奈……道奈?」
「ん?」
肩を揺すられて創也に呼ばれていたことに気づく。
「そろそろ図書室が閉まるから、この辺で片付けを始めよう」
もうそんなに時間がたっていたのか。楽しくて夢中になっていた。
「教えてくれてありがと! 帰りにこの本借りて行こうかな」
「なら今行って来た方がいいな。受付、もうすぐ閉まるんだ。俺も借りておきたい本があるから一緒に行こう」
二人で本の貸し出し手続きを済ませに受付に向かう。
本の表紙裏についている連なった黒線――バーコードと言うらしい――と私の生徒手帳についているバーコード。この二つに機械からでる赤い光にあててピッと手続きを完了させた。
スーパーで買い物しているみたいだ。
バーコードを初めて見た時、珍しい魔法陣だと思ったのはいい思い出である。
「返却は二週間後のこちらの日にちまでにお願いします」
受付の人――図書委員と呼ぶらしい――から返却日を教えてもらって二人でテーブルに戻った。
「創也は調べごとどれくらい進んだ?」
「まあまあかな。道奈は?」
「まだ調べなきゃいけないことがたくさんある感じ。調べれば調べるほど疑問が出て来て知りたいの気持ちが止まらないの」
「はははっ、見ててそんな感じがしたよ」
「え、見てたの?」
「…見てたというか、見てしまうというか…」
「ちゃんと集中しないとダメだよ!」
さては、あんまり進んでないな?
友達と調べごとするからって主旨を忘れてはいかぬぞ。
「もちろん集中してたさ。ほら、俺のノートもこんなに埋まってる」
創也が弁解として自分のノートを見せて来た。
…確かに進んでる。
「まあ、ちゃんとしてたならいいよ。途中まで一緒に帰ろ?」
「言われなくても、そのつもりだ」
そして、二人で並んで廊下を歩き出して玄関の靴箱に向かった。
今日の放課後は有意義に過ごせたな。
スキルばかりに頼らずに時にはこんな風に調べるのも悪くないと思う。
明日は土曜日。
少しだけ学校の探検の続きをしてから、屋上で空を眺めるか。
とても素敵な予定だが、あいつに会わないといけなくなるのがとても残念だと思った。




