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荊野薫子、頑張る。


「ここが、談話室…」


 探検をした時、談話室の受付のところまで入ることはできたが、部屋の中は入れなかったのだ。今日初めて入ってみたが、思ったよりも簡素なものだった。


 いや、お父さんの職場の談話室と比べてはいけないか。

 世界自体違うのに、なぜか漠然とお父さんの談話室のような作りだと思っていた。


 部屋の中にあるのは、簡易な折りたたみの大きめのテーブルにパイプ椅子が6つ。


 今日使用するのは私を含めて5人なので、6人用の談話室を借りたようだ。


 ドア側の壁は曇りガラスになっていて、部屋の中に人がいるのか外からでも分かるようになっている。


「まだ荊野さんは来ていないようですね」

「早く来すぎたみたいだ」

「待ってればくるだろ」


「座って待ってよっか。創也達は荊野さんと向かいになるように座った方がいいのかな?」


 部屋に入って上から暁人、創也、涼、私の順に話していたら私の携帯のマナー音がブブブとなった。


 画面をみると『荊野薫子』と書かれている。


「荊野さんから電話だ。出てみるね」


『…もしもし、荒木さん?』


「もしもし、荊野さん。私たちはもう部屋につきましたよ。いつ頃これそうですか?」


『…実は談話室の受付にいますの。ですが…緊張して中に入れませんわ!』


「…なら私がそちらに向かいます。一緒に中に入りましょう」


『荒木さん! ありがとうございます!』


 今回がきっかけで荊野薫子に少しでも創也達に対して耐性がつければいいなと思った。




 私は今、荊野さんの隣に座って、荊野さんの手を握っている、テーブルの下だが。


「ほ、本日は私事のために、じ、時間を作って頂き、ま、誠にありがとうござま、ございます」


 荊野薫子よ。どもり過ぎだ。そして最後、噛んでるぞ。


 そして、なんだその表情は。


 怖い。


 目に無駄な力がこもっているからか、目が合ったらギョッとするレベルだった。これが荊野薫子の虚勢を張っている時の顔のようである。


「荊野さん、それじゃあ確認できるものもできませんよ。まず私を見て下さい」


 今の荊野薫子の顔はいただけない。この表情の所為で創也達、特に涼を戸惑わせている気がする。


 荊野薫子がゆっくりと私を見る。手がさっきから震えているから、本当に緊張してるのだろう。それでもめげずにこの席にいるのだ。やはり、力になってあげたくなる。


「荊野さん、力を抜いて下さい。今、目の前にいるのが創也達だと思うから緊張するのです」


「き、緊張なんてしておりませんわ」


 おいおい、創也達の前で見栄を張るのか。もうこの際良いではないか。


「荊野さん、目をつぶって息を大きく吸いながら、この前一緒に行ったケーキ屋さんのケーキを思い出しましょう」


 まずは創也達のことを頭から出すのだ。代わりにケーキで埋め尽くそう。


「え? 『シエル』のケーキ?」


「そう、あの苺のハーモニーを思い出すのです。はい、吸ってー、すううううう」


「す、すうううううううううう…」


 目を瞑って息を吸う荊野薫子の表情がだんだんと柔らかくなった。


「次は、『シエル』で食べた中で一番美味しかったケーキを考えながら息をゆっくり吐いて下さい」


「はああああ…」


 ちらりと創也達を見て、目でもう少し待ってねと伝えた。


 苦笑いで返事をしてくれたから、もうちょっと待ってくれるだろう。


 すると、涼の表情が驚きの顔になった。何を驚いているのか。見てみると、涼の視線の先には幸せそうに微笑む荊野薫子がいた。さっきの怖い顔など微塵も感じさせない、ケーキを愛する乙女の顔だ。


 『シエル』のケーキは緊張を忘れさせてしまう程、美味しいということだな。


「落ち着いたところで、そろそろ創也達に確認しましょうか」


「はっ、確認…」


 目をパチリと開けて、現実に戻った荊野薫子。


 ああ、ダメだ表情がまたこわばり出した。


「本当に男性が苦手なようですね」


 暁人がポツリと荊野薫子に対してコメントした。

 男性全般というようりか、荊野薫子が思う王子限定だがな。


「なら俺たちは後ろを向いてようか?」


 創也、さすがだ。良い提案をしてくれる。それなら荊野薫子もそこまで緊張しなく済むだろう。


「それでやってみよっか。お願いしてもいい?」


「いいぜ。このままじゃ昼休みが終わりそうだしな」


 3人が後ろをむく。


 客観的に見たら談話しているようには見えないな。


 談話を拒否する3人の男子に向かって必死に話しかけ続ける2人の女の子の図だ。


「荊野さん、これならどうです?」


「…ありがとうございます。ではこのまま、確認を始めさせて頂きますわ」


 顔はまだこわばり気味だが、さっきの怖い顔よりはましか。


「それでは、いくつか質問致します。その質問に、右にいる暁人さんから順番に嘘偽りなくお答えくださいませ」


 やっと始まった。


「まず、荒木さんとはどのような関係ですの?」


「一緒にいると楽しい友人です」

「すっげー面白い友達だ!」

「僕にとって大切な存在だね」


 3人とも、照れるではないか。

 嬉しさで思わず顔がにやけてしまった。


「荒木さんから所有物のように扱われたことは?」


「ありません。誰がそのようなことを?」

「そんなことされてたら友達やってねぇよ」

「道奈はそんな人じゃないよ」


 うむ。友情に所有もなにもないのだ。


「あとで詳しく説明しますわ。次に、荒木さんから脅されたことは?」


「先ほどと同じで、ありません」

「ねえよ」

「脅す目的もないだろう」


「最後に、最近困ってることなどありますか?」


「学校では特にありません」

「俺もねえな」

「僕も今は特にないね」


「林道様、『今は』と言うことは『前は』ありましたの?」


「学校とは関係ないことだから気にしなくて大丈夫だよ」


 たぶん、創也母関係ではないかと、私は予想している。

 暴走は落ち着いたということか。


「質問は以上ですわ。一つ一つ答えて頂きありがとうございます」


「荊野さん、創也達に対して少し慣れたのでは?」


 握っている荊野薫子の手に震えも感じない。

 まだ顔はこわばり気味ではあるが。


「そう、ですわね。たぶん目を見なければ幾分か私の心臓がましになるようですわ」


 目を見たら緊張して心臓が暴れ出すとかそういう意味なのか。


「では、創也達には元の体勢に戻ってもらって、次は目を合わせないように気をつけながら話して見ましょうか」


 徐々に慣れていかせて耐性をつけさせる魂胆だ。


 題して、ぬるま湯から徐々に熱くしていこう作戦!


「え」


 荊野薫子の表情のこわばりが進行しだした。


「今から創也達に説明するのですよね? 説明するのに、後ろを向かせたままではさすがに失礼です」


「そう、ですわね。わかりましたわ」


「目を見ないようにすれば大丈夫ですよ」


 荊野薫子の手をぎゅっと握って力を少し分けておいた。


「というわけで、荊野さんが説明するから、もう後ろ向かなくていいよ」


 3人には元に戻ってもらった。


「さ、先ほどは気を使って頂き、ありがとうございます。確認に至った事情を説明いたしますわ」


 うむ。


 まだ少しどもるし、顔もさっきよりこわばったが、最初の怖い顔していた時に比べると改善された方かな。


 そして、荊野薫子がこれまでの経緯を私に言ったように順を追って説明していく。


 途中で女子生徒から呼び出された私が体育館裏でマジックを披露したと説明した辺りで、涼が笑い出したこと以外は順調に進んで行った。


「――――ということがありまして、林道様、風間様、火宮様にも直接聞いて確かめた次第ですわ」


 説明が一通り終わって一息ついた後、荊野薫子が私に向き直った。


「今回の確認で私たちの誤解だったと分かりました。それなのに、あの節は呼び出してしまって申し訳ございません」


 丁寧に深々と謝られた。こっちまで居た堪れなくなってしまうのは、なぜだろう。


「いえいえ、誤解がとけただけで私は十分ですよ。顔をあげてください」


 申し訳なさそうに眉を下げながら、荊野薫子は顔をあげてくれた。


「あの時は漆原さんがとても失礼なことを言ってしまいましたね、あとで彼女や他の方々にも事情を私から説明しておきますわ」


 漆原さん…?


「漆原さんって、もしかしてあの時のたて巻きカールの女子生徒のことですか?」


 めちゃくちゃな言い分で喚き散らしていた女の子だな。


「ええ。そうですわね。いつもその髪型をしてますわ」


 漆原と言うのか、あの失礼な女子は。


「…なるほど、周りの女子生徒たちから荒木さんはそのように見られていたのですね」


 二人で話していると、暁人の呟きが聞こえた。


「…道奈はすでに女子生徒から呼び出されてたんだな」


 そして創也もぼそりと呟く。

 ここは荊野薫子と二人で話している場合ではない。創也に説明しなくてはっ。


「呼び出されてた時、女子達はこっそり私のマジックを見たいと思ってたから創也には黙ってたんだ。結局違ったみたいだけど、終わった事を創也に言っても意味ないかなと思って言ってなかっただけだよ」


「意味なくなんかないよ。これからは終わったことでも俺に言ってくれ」


 それで創也の心配が収まるなら。


「わかった。次からはそうするよ」


「それにしても、道奈ちゃん。女子からの呼び出しでマジック披露しちゃうなんて、ほんとブレねえなあ」


 それは褒めているのか? バカにしてるだろう。


「女子たちから呼び出される前に涼達に体育館裏でマジックを披露したから、流れでそうなのかなって思っただけだもん」


 そんなことがあったら誰だってマジックの依頼だと思うはずだ。


「あははははは、女子達もびっくりしただろうなあ。そん時の顔は見てみたかったかも」


「た、確かに、とてもびっくりしましたわ。でもとても素敵でしたのよ? たんぽぽは押し花にして、まだ大事にとっておりますわ」


 荊野薫子はいい子だな。誰かさんと違って失礼じゃない。


「まっ、道奈ちゃんのマジックがすごいのは俺も同感だな! あの爆発マジックはかっこいいぜ!」


 ふふふ、そうであろう。失礼ではあるが、やはり涼の見所は的確だ。


「この中で荒木さんのマジックを見ていないのは私だけのようですね。機会があればぜひ見てみたいものです」


「今度テレビ男に披露する予定なんだ。よかったら見においでよ!」


「そういえば言ってましたね。披露する日時が決まったら連絡してください。時間を空けておきますので」


「俺もみたい!」

「私もまた見たいですわ」

「道奈、昼休みに披露するのはどう?」


 ふむ。全員の要望をまとめて考える。


「そうだね、昼休みにマジックをするとして、日にちは準備できてから連絡するよ」


 こんなに期待されては、少し大掛かりなマジックをしたくなってしまう。


「ありがとうございます、荒木さん」


「へへっ、また道奈ちゃんのマジックが見れるんだな。楽しみだぜ」


「楽しみにしてて!」


「さて、そろそろ、教室に戻ろうか」


 新たなマジックの披露について話が流れたところで創也が時間だと教えてくれた。


「そうだね、荊野さんの確認も終わったことだし、行こっか」


 それにのって私もみんなを促す。


「今日は本当にありがとうございます」


「気にすんな。誤解をとくきっかけになれてよかったよ」


 談話室を出る頃になると、荊野薫子が少しだけ微笑むことができるくらいには創也達に慣れることができたようだ。


 まだ目は合わせられないようだがな。


 それはこれから話していけばできるようになるだろう。



 そんなことを考えながら、5人で教室に向かった。


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