学校に行く? 行かない?
今日は1話+少年視点の2話投稿です。
私は今、この前じっちゃんに言われたことについて、真面目に考えている最中である。
『道奈もここに来て2年が経つ。来年で13歳になるな。ここの環境にも慣れた頃だと思うから、そろそろ学校に行ってみるのはどうだ? 広い世界でもっといろんな人と出会った方が道奈の為になるだろう。だが、近くに通える学校はないから、通うとしたら寮付きの学校に移ることになる。今、返事はしなくてもいい。よぉく考えるんだ』
…学校かあ。
正直なところ、行きたくない。ずっとじっちゃんと一緒に過ごしたい。
前の世界では、学校なんてほとんど貴族が行くものだったし、私は商人の子で平民だったし。平民も行こうと思えば行けるが、お金とコネが必要になるので、ほとんど行く人はいなかった。
日本の子供達は皆、6歳から6年間を小学校。その後3年間を中学校で通うのが義務になっているそうだ。そんなに勉強してどうするのか。でもそのおかげで、この国の人は子供でもほとんどみんな文字を読めるし書けるようだ。すごいと思う。本も安くて量も種類も充実してる。私も日本語の文字をスキルで学んで、本の知識に肖ったものだ。
勉強ならここでもできる。学校に行ったら空を眺める時間も減りそうだ。
だから、じっちゃんの提案には消極的だ。
じっちゃんに言われた時、正直に今思ってることを言おうとした。でも、言えなかったのは、じっちゃんがなんだか焦っているように見えたから。
私が嫌だって言いそうで焦っていたのかな? …少し違う気がする。嫌だって言われそうなくらいで焦るじっちゃんじゃないのだ。
もっと別のことに焦っている…ような気がする。
ただの勘。だけど、2年間ずっとじっちゃんの側にいたんだ。
学校について話すじっちゃんがいつもと違ったのは確か。
でも、寮付きの学校に通うということは、つまり、私がじっちゃんの元から離れることになる。
…それが、私と距離をとろうとしてるみたいで、心がちくりと痛むのだ。
どうしてかな。私はこんなに大好きで、ずっと一緒にいたいのに。
『広い世界でもっといろんな人と出会った方が道奈のため』と言ったじっちゃんの言葉が、私には「別の場所でじっちゃん以外の人といる方が私のため」と聞こえた。
寂しい感情も合わさって、じっちゃんから学校の事は言われなかったことにする。あれから何もなかったかのように過ごした。
でも、じっちゃんからよく考えるよーに、って言われてるから、もう一度考えてみる。
じっちゃんと離れるなんて泣きそうなくらい悲しくなるのに、それが本当に私のためになるのかな…。
考えてみたけど、やっぱり分からない。
分からない時は自分で調べて知る努力をする。それでも分からない時は人に聞くと分かるようになる、っていうお父さんのアドバイスをもう一度思い出す。
どうやって調べるのかも分からないから、人に聞くか。
でも誰に?
…じっちゃんには聞きづらいな。
日本に来たばかりの時にお世話になったお医者さん?
いやいや、あの人いつも忙しいから行っても聞けない気がする。
店によく来るお客さん?
いやいや、何か聞けるほど仲良くないから、こっちも聞きづらい。
んー。んー。
そう言えば、親しい人がじっちゃんとお医者さんの二人だけだ。
さ、寂しくなんかないぞ。こういう時は空を眺めるのだ。
眺めていると眠たくなって、そのまま私は寝ることにした。
――――もう。じっちゃんに明日話しちゃおうかな。
道奈はじっちゃんとずっと一緒にいたいです! って。
****
翌朝、ぬるま湯で洗顔した後、冷水をかける。こうすると気分がシャキッとなって気合が入るのだ。
今日、言ってやるぞ。
じっちゃんに言ってやるんだ!
でもいつ言おう…。
大事な話はここぞという時に言うのが商談の秘訣だとお父さんが言っていた。
ここぞという時ってどんな時だ。詳しく聞いておくべきだったと後悔する。
これは私が、今だっ、ていう時に言っていいのかな? よし。いつでも言えるように、今日はじっちゃんの近くで待機しよう。
私は店で働くじっちゃんの手伝いをしながら近くにいることにした。今はお仕事中だから、まだだ。もうすぐお昼の休憩に入るからその時かっ、などと考えていると、
カランコロンと店のドアが開く音がした。お客さん向けのスマイルで対応する。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは。昨日ぶりだね、道奈」
げっ。昨日の少年だ。
そんなに麦茶が美味しかったのか、本当にまた来たぞ。
「一名様でよろしいですか?」
ここはじっちゃん秘伝の無難な客対応で距離をとる!
「この後時間ある? 遊びに行こうよ」
ペカーーーンと少年の顔が眩しいまでに輝き出す。
げはっ。そのLEDスマイルはどうにかならんものか。目に悪い。
「おや? 道奈の友達かい? 初めてだな。道奈にも友達ができたようで私は嬉しいよ。お手伝いはいいから二人で遊んで来なさい」
じっちゃんが私に上着を取って来て渡してくる。
その上着を両手で押し返して反抗した。
「違うよじっちゃん! 昨日、定休日なのにお茶を要求してきた図々しくて失礼で人の話を聞かない異常な少年だよ! そんな子と友達なんてなろうと思わないよ!」
私がこの少年と友達だなんて、断固拒否する!
それに今日はじっちゃんに大事な話をするのだ!
じっちゃんの側を離れるわけにはいかぬのだ!
すると、なぜか少年の笑顔が深まったものに変わる。こんな怖い笑顔、お父さんが商談をしていたのをこっそり覗いていた時に見て以来だ。
「…随分な評価だね。誤解が色々とあるみたい。それを解くためにも一緒に話をするべきだよ。さぁ、一緒に行こう」
おい! 腕を引っ張るんじゃない!
じっちゃん! 私が不審な少年に連れて行かれるのを嬉しそうに眺めてないでっ
私を助けるのだああああ!
抵抗虚しく。連れ出された。そして今は車の中。
「そろそろ機嫌直してよ」
私は今、この世界に来て一番むくれていると思う。
ほっぺを膨らませて、左側にある車の窓からわずかに見える空に集中することにした。
私は何も聞こえないぞ。
「女の子って怒った顔も可愛いよねえ。君のは特に可愛いよ」
言いながら少年は私の膨らんだほっぺをつつく。もう我慢ならん。
ペシっと、つついてくる手を叩き落とした。
「あなたの所為で今日の私の計画がめちゃくちゃ。怒るのは当たり前だよ」
「ふ―ん? どんな計画だったの?」
少年が嬉しそうに距離を詰めて来た。なぜに。
構わずイライラに任せて説明する。
「今日はじっちゃんに私が学校に行きたくないって伝えるはずだったの! じっちゃんから離れて寮付きの学校に通うなんて、寂しすぎて泣いちゃう!」
あぁ駄目だ。思い出して悲しくなる。こんな奴に泣き顔なんて絶対見せたくない。
こんな時は空に集中だ。今日は雲がポツポツ浮かんでるなあ。形を変えていく雲が空を飾り付けているみたいで好きだ。こんな日は森の近くにある小山に寝そべって眺めるのが一番良さそう。
でも行けそうにないな。
今の自分の状態を思い出して目線を空から少年へと移す。
自然と少年を流し目で見る形になった。
「っ」
ピクリと少年の肩が揺れて顔が赤く染まる。
少年が急に目の前で体調を崩し出したようだ。
「…大丈夫? 風邪?」
出会ってから少年の言動は不可解なものばかりで、そのほとんどがムカつくものだが、私は病人を気遣うほどの良識はあるのだ。
ここにお医者さんの持っている体温計があればいいのだけど、今はないので、お母さんがやってくれたみたいに、少年のおでこに左手をあてて、右手を私のおでこにあてて、熱があるか確認した。
またピクリと少年の肩が揺れる。
「う―ん。少しだけ高い、かな? 今日はもう家に帰って寝た方がいいね」
そして、一刻も早くじっちゃんの店へと私を帰して欲しい。
じっちゃんのお昼休憩が終わってしまう。
ん?
そんな感じで帰る流れに持って行こうとしていたら、少年の顔がどんどん近づいて来た。
あれ? なんだか目がギラギラしてるぞ?
これはこの前浜辺で偶然見た獲物に狙いを定める鷹の目と同じだ。
息もなんだか上がってるなあ。これは重症かもしれない。早く家に帰った方がよさそうだ。だから私を店に帰して。
って、おい! それ以上近づくと顔がぶつかる! 熱で私の方に倒れて来たのか!?
そう思っておでこに置いていた左手に力を入れて止めようとする。が、少年が覆いかぶさるように体重をかけて来た。
重い!
思わず右手を少年の口元の部分にあてて、両手で顔の衝突阻止を試みる。
がしかし、ぐわしっと、少年が私の両腕を掴み、顔から引き剥がそうとする。いやいや、顔の衝突を防ごうとする私の配慮をなんだと思っているんだ!
少年の手によって、少しずつ私の手が少年の顔から剥がされる。
あああ最後の砦を失ったお城の主人はこんな気分なのだろう。とても心許ないぞー。なんて私が現実逃避をしている間にも、少年の顔が近づいてくる。
いよいよ衝突か―――
「創也様。到着しました」
運転手さんの一声で意識が戻ったのか、吐息をモロに感じるくらい近い位置のところで、少年の顔がピタリと止まった。
道奈、危機一髪。
運転手さんありがとう。この恩は一生忘れない。
心の中で感謝を示しつつ、少年の体を押して離す。さっきの重さが嘘のように、すんなりと元の位置に少年が戻った。
なんだったんだ。
この日、少年の評価に『不可解』が加わった。
運転手さんに、このままじっちゃんの店に帰してもらうようにお願いしたら、少年が食い気味に食事に誘ってきた。今度はお腹が空いたらしい。一人で食べればいいのに。
少年に車から引きずられながら、態々私を巻き込む理由を考える。
ははん、分かったぞ。こいつ、さては一緒に食べる人がいないな?
私はいつもじっちゃんと食べるからな。
一人で食べるご飯はどんな感じなのだろう―――。
ふと想像してすぐにやめる。寂しすぎて耐えられなくなった。
…しょうがないな、と一緒に食べてやることにした。
少年に何があったのか。真相は次の少年視点にて。