タイ料理屋で。
会話文で『』表記は外国語を話してます。
「ハイ、ナニスルデス?」
店員が注文を聞きにきた。
「トムヤムクン、パパイヤサラダ、パッタイを一つずつお願いします」
「『海老の混ぜ込み煮』、イチ。パパイヤサラダ、イチ。『タイ炒め』、イチ。カラサ、ナニスルデス?」
ここも辛さが決めれるようだ。
それにしてもこの店員の日本語は聞きづらい部分と、そうでない部分が混ざっている。
発音が得意な言葉とそうでない言葉がごちゃごちゃになっているようだ。
しかもトムヤムクンとパッタイをわざわざ日本語で訳して話すなんて…?
「普通の辛さはどれくらい辛いですか?」
私が疑問を抱いている間に、創也がこの店の『普通』を聞いた。
「フツウハ、フツウデスネ」
『普通』の説明になっていないぞ。
辛さの基準として唐辛子の数で聞いてみるか。
『ここの普通は唐辛子いくつ分ですか?』
『あら、あなたタイ語が喋れるのね。助かるわ。私、日本語まだ勉強中なのよ。タイに住んだことがあるの? とても上手だわね』
店員に尋ねたらとても流暢な日本語(?)で返ってきた。
ん? いや、日本語ではなく私たちは今タイ語で話しているのか?!
創也を見ると驚いた顔をしている。突然私がタイ語を話し出したから驚いているようだ。
…言語補正か。
先ほどの流暢な日本語だと思っていた部分、『海老の混ぜ込み煮』と『タイ炒め』もタイ語だったらしい。
日本語だと思って話していた言葉も、もしかしたら今まで知らずに外国語を話していた可能性があるな。
…タイ語が話せる理由は何となくごまかしておこう。
『住んだことはないのですが、習ったことがあります。ところで、この店の辛さの基準が分からないので教えて欲しいです』
『そうねえ。あなたたちが辛さにどれくらい強いか分からないけど、この前ここで「辛め」を頼んだ日本人客がヒーヒー言ってたわ。無難に「少しだけ辛め」にしといた方がいいかも。あと、辛さが怖いなら保険に乳製品のデザートを頼んどくといいわよ。辛すぎて口が痛くなってもそれを食べればすぐに治るの』
タイ語炸裂と言うところか。
だが、そのおかげでこの店の「普通」の辛さを知ることができたな。
「少しだけ辛めにするのがオススメだって。辛さが心配なら乳製品のデザートとかを頼むといいとも言ってるよ。どうする?」
「道奈ってタイ語話せたんだ。驚いたよ。いつ習ったんだ?」
創也が驚きで私の質問が耳に入っていないようだ。
「小さい頃かな? それより、先に注文を頼まないと。店員さんが待ってるよ」
「あ、ああ。そうだな。じゃあ、それで頼もうか」
『少し辛めで、デザートは後に食べるか決めます』
『了解。すぐに持ってくるわね』
とても気楽に話す店員さんだなと思った。
「以前はタイに住んでたとか? 発音も店員さんと大差なかったな。でも道奈はタイ料理は知らないみたいだし、どういう――」
「住んだことはないかな? 習っただけ? 小さい頃だからどうやって習ったのかは覚えてないな」
やばい、どう説明していいか分からない。動揺して創也の言葉にかぶせるように話してしまった。
ここは話を変える作戦で。
「それより、創也、じっちゃんの手伝いどうだった? なれなくて大変だったんじゃない?」
「……とても勉強になったよ。後、道奈のお気に入りの場所ってところで休憩をとったんだ。あそこ、いいな。考え事にちょうどいい」
「私のお気に入りの場所に行ったんだね! 私も考え事とか、悩み事がある時とかにそこで空を眺めるんだ。まあ、なくてもそこでよく空を眺めるんだけどね」
「ははっ、道奈は空が好きだよな。なら学校の屋上には行ってみた?」
学校の屋上と言うのは昨日発見した空見スポットだな!?
「うん! 昨日学校探検した時に見つけたんだ! すっごく気持ちがよかった!」
昨日の見つけた時の興奮を思い出してテーブルに少し身を乗り出しながら話してしまった。
「なんだ、もう行ったのか。行ってなかったら一緒に行こうと思ってたんだけどな」
「行ったことあるけど、また行きたくなったな。今度一緒に行こう?」
あのハシゴの上に行かなければ、勘違い令嬢野郎に使用料を払わなくてもいいだろう。
つまりは連絡もしなくて良いと言うことだ。またあれと話すのは疲れる。
「うん、行こう。それと話が変わるけど、道奈は部活の研究どれくらい進んだ?」
あ、色々あってすっかり忘れてた。
「全然進んでない。空のどんなところについて調べるかは決まってるんだけどね」
「そっか、この前一緒に図書室で調べようって言ったの覚えてる? 来週辺りとかどう?」
「もちろん! 宿題が少ない日だったら助かるかも! 創也はいつが忙しくない?」
「時間がないなら作ればいいだけだから。俺のことは気にしないで」
そんなことをサラリと言ってしまう創也は、なんでもそつなくこなせるタイプなのかもしれない。
『はい、お待ちどう。これで全部ね。ごゆっくりー』
創也と話していたら店員さんが料理を持ってきてくれた。
『ありがとうございます』
どれも見たことのない料理ばかりだな。
「創也、創也! どれから食べる!?」
やはり、前菜としてサラダからか!?
「ははっ、道奈、料理は逃げないから慌てなくても大丈夫だよ。サラダから食べてみようか」
創也もそう思うか!
サラダをよく見てみる。黄色いフルーツは見当たらない。代わりに白っぽい千切りにした大根のようなものが目立つ。パパイヤはどこだ。
とりあえず、食べてみよう。
「いただきます!」
「いただきます」
サクリ。
全くデザートの要素がない。
もう一度聞く。パパイヤはどこだ!?
「これって本当にパパイヤサラダ?」
「たぶん、これは熟してないパパイヤを使ってるんだよ。この千切りされた白いものがパパイヤだと思うよ。初めて食べたけど、ピリ辛で甘酸っぱくて箸が進むな」
そうなのだ、辛くて甘酸っぱいタレとこのあっさりサクサク食感がよく合うのだ。
上にまぶされた砕いたナッツのコクも口の中で足されて箸がよく進む。
「美味しいね。これはアタリだ!」
あえて邪道のものを頼むと案外美味しい、と言う私の理論がまた証明された。
そのあとも、トムヤムクン、パッタイの順に試していく。
トムヤムクンは食べても病まなかった。酸っぱいスープが新鮮でエビと一緒に美味しく頂いた。
パッタイの見た目は太麺の焼きそばに似ていた。味は全く違ったけど。夏バテの時とかに好まれそうな酸味のある味付けだった。
「ふううう。お腹いっぱい。デザートはいらないかな。創也、どれも美味しかったね!」
「うん、道奈と食べると俺も新しい料理を試せてすごく楽しいよ。また一緒に食べに来よう」
創也も満足のようで何よりだ。
食事も会話も落ち着いた頃、創也が真剣な表情で話し出した。
「…道奈。聞きたいことがあるんだ」
「どうしたの?」
さっきまで和やかだった空気が一変して、こちらも真面目に対応しないといけないような空気になる。
大事な話しみたいだ。
背筋を伸ばして、私も真剣な姿勢で聞く準備をする。
「草野さんについてだ」
ああ。そのことか。
映像を見た後、私に任せて、と言った所為か、一度もこのことについて創也は触れてこなかった。むしろ何もなかったかのように過ごした創也を見て、創也の中で、あの事件はどう処理されたんだろう、って私も気になっていた。
「俺、あのあと考えたんだ。なんで草野さんは道奈の上靴を捨てるようなことをしてしまったのか。道奈があの学園に入学するように説得したのは俺だから、通うなら道奈にも楽しんで欲しいと思ってる。けど、こんなことが起こるなんて、全く予想できなかった。これ以上道奈に被害が及ぶようなことは起こってほしくないんだ」
創也の優しさをあらめて感じる。
「でも、どうすればいいのか分からない。草野さんの動機も思いつかない。女の子が何を考えているのか、今まで考えたことなかったから、余計に分からない。女子の道奈なら何かわかるかもしれなくて、聞いてみようと思ったんだ」
どうすればいいのか。
正直言って、私も草野さんの動機は分からないし、同じ女の子であるクラスの女子でさえ何を考えているのかも分からない。
私も分からないことだらけで創也になんて答えればいいのか迷う反面、創也が女の子に対して、『可愛いお花』ではなく『意思を持つ人間』として考え出していることを嬉しく思う自分がいる。
いい傾向だな。この調子で創也の考える女子がお花から卒業できれば上靴事件も無駄ではなかったということか。
さて、そろそろ本題について考えよう。
まず、草野さんの動機。
これについては今度聞く予定だから保留で。
次に、どうすれば私に被害が及ばないか。
この場合、女子からの被害ということでいいのだろうか。
殺気もバンバン送ってくるし、呼び出されていちゃもんをつけられたし、私に対して変な誤解もあるようだし。
いつか草野さんのように私物に危害を加えてくる可能性は少なからずある。
ふむ。
こういう時はお父さんの、自分で調べる→人に聞く→自分で試す、の法則に当てはめてみよう。
自分で調べるには一人一人の女子に聞いてまわらないといけなくなるな。それは気が遠すぎる。そこまでする時間も余裕も学校生活にはない。
なら、人に聞くか。
すると人選が大事になってくるが、誰かいないものか…。
―――いた。
女子の先輩が一人、いるではないか。
「創也、私も草野さんが何であんなことをしてしまったのか分からないんだ。それは今度聞く予定だから、それまで待ってて。あと、これから同じようなことを起こさないために、どうすればいいか、については創也のお母さんに聞いて見るのはどうかな?」
「え? 俺の母さんに? …母さんは女の子って言うよりは―――」
「創也ストーップ! それ以上は紳士として言っちゃダメだよ!」
「あ、え、ごめん?」
「私は創也のお母さんのことを『頼もしい女子の先輩』って思ってるんだ。創也のお母さんも学生だった頃があると思うし、その時の女子の考え方とかも覚えてるはずだよ」
「…言われてみれば確かに」
「よし、今から電話して聞いてみよう! あ、今は創也のお父さんとお取り込み中かな?」
話中とか、食事中とか。色々とタイミングが悪かったらどうしよう。
「大丈夫だと思う。イチャイチャはしてもさすがに人前で電話に出れないようなことはしないよ」
人前ではできない電話に出れないことって逆に気になるな。
まあ、それは置いといて。
「じゃあかけるね!」
そして、携帯で創也のお母さんに電話をかけた。




