上履き事件、犯人は。
三話連続投稿です。1/3話目。
翌日の朝、いつものように明菜と学校に向かおうとした。
「ごきげんよう、荒木さん」
「おはよう、荊野さん」
なのに今、私は、荊野薫子の車の中にいる。
なぜこうなったか。
道を歩いていたら、車が横に止まって、窓から荊野薫子が出てきたのだ。
話があると言って、車に連れ込まれ、明菜には先に行ってもらうことにした。車のドアが閉まる間際に明菜から励ましの言葉を言われたような気もするが、はっきりとは聞こえなかった。
まだ私に用があるのか。
昨日、言いたいことは言ったはずなので、私から言うことは何も無い。
「昨日はたんぽぽの花束を、ありがとうございますわ。今は自分の部屋に飾ってますのよ」
昨日とは違って、穏やかな令嬢っぽい雰囲気だ。
そして、あげた花束は大事にしてくれているらしい。悪い気はしない。
「昨日に関して確かめたいことがありますの。今日の放課後、お時間を作って頂けないかしら」
確かめたいことか。私は無いのだが。
「おすすめの美味しいケーキ屋さんが学園の近くにございますのよ? そちらでケーキを食べながらというのはいかがでしょう」
ケーキ、だとっ。
「今は春限定のいちごフェアを開催しているようですわ」
いちご、だとっ。
「荊野さん。放課後、(ケーキを食べに)行きましょう」
ケーキのついでに確認とやらと付き合うか。新しい地球のケーキに出会えるかもしれない。
「ふふふ、それでは。放課後にここでお待ちしてますわ」
そう言って、車から降ろされた。校舎まで送らんのかい。
まあ、別に構わないのだが。
面倒なことにならければいいなと、この時は思っていた。
****
教室で席に座って朝のホームルームの時間になるのを待つ。
教室に来る途中、昨日の体育館裏にはいなかった別の女子たちから数人声をかけられて友達になろうと誘われた。寮の失礼な女子――本田さん――の時もそうだが、私は初対面で友達になれるタイプではないのだ。どんな子かまず知りたい。というわけで、全て丁重にお断りした。そしたら、怒る子。驚く子。ポカンとする子。様々な反応をされた。
私、そんなにおかしなこと言ったかな。
それに、昨日の体育館裏の出来事があってか、これまでの視線に異変が起きているのだ。殺気がいつもより増した視線もあれば、熱のこもった視線も混ざっている。
「おはよう、道奈」
視線に関して自分なりに分析していると、創也が教室に入ってきた。今日はいつもより遅い登校のようだ。
「おはよう、創也。今日は遅いね」
「まあな」
疲れ気味だ。心配になる。
「何かあったら言ってね? 創也が私を助けるみたいに私も創也の力になりたいって思ってるんだから」
「ありがとう、嬉しいよ。でも深刻なことじゃ無いんだ。ちょっと母さんがまた暴走して、抑えるのに苦労しただけだよ…」
おう。その光景がたやすく想像できてしまうのがこの親子だ。
「お疲れ様。そうだ、話が変わるけど、昨日テレビ男から連絡があったよ。文化祭の時に私たちの研究結果を発表するんだって。頑張れって言われた」
「テレビ男……不破間圭のことか」
「私は『空』について研究するんだ。部活動の内容は好きな物や気になる物の探求でいいみたいだから問題無いよね。私、空が好きだし! 創也は何について研究する?」
「好きな物や気になる物…。あるにはあるけど…」
「けど?」
創也は私をじっと見つめた。急にどうしたんだ。
そして口を開く。
「たぶん、研究する許可はもらえないと思う。もしもらえたとしても、俺以外の人に発表はしたくないな。俺だけが知っていたい」
「何だそりゃ。逆にその研究対象が何なのか気になるよ」
「ははっ、いつか絶対分からせるよ」
そっか、いつか教えてくれるようなので今はいいか。
「部活の研究は適当な物にしとくかな、不破間圭も真面目に顧問をしてる訳でもないから」
それもそうか。
だが、私はテレビ男との取引で研究を頑張ると宣言したのだ。できるだけちゃんとしたものを発表できるようにしよう。
「それと、上靴探し何だけど、テレビ男に協力してもらって、今日の昼休みに防犯カメラの映像を見せてもらうことになったんだ」
言った途端に、ガコンッと突然後ろの方から机に足をぶつける音が聞こえた。
振り返ると、二つ後ろの席でおさげの女の子が膝あたりを抑えながら机にうずくまっている。
誤ってぶつけたのかな?
「え、不破間圭がそんな権限まで持ってるのは知らなかったな。教師だとしても防犯カメラの映像を確認するには2名以上いないと駄目とか色々他にも条件がついてるんだ。基本的にそういうものは中央管理室にいる警備員さんの管轄だからな」
…テレビ男が知人に頼んで中央管理室のシステムをハックしたなんて言えないや。
「そ、そうなんだね。それよりも、昼休み一緒に確認しに行こう?」
「もちろん」
さて、事件の真相はどうなるのか。やさぐれ刑事だとクライマックスを崖で迎えるのだが、やはり現実はそうは行かないようだ。少しがっかり。
そうこうしていると、ホームルームの時間になった。
昼休みまで、今日も授業を真面目に取り組もう。
「ここが不破間圭の…。こんなところに部室があるなんて知らなかった」
創也がドアの上の方を見上げながら呟いた。
ドア上には『探求部室』の名札がかかっている。事務室で場所を聞いて教えてもらった通りに向かったのだが、ここで間違いないようだ。
「私、もっと遠いかと思ってた。カフェテリアから案外近くてびっくりしたよ。そんなに急いで食べなくてもよかったかもね。ただ、壁の出っ張りの影にちょうど隠れてて自力じゃ見つけれないかも」
「いいさいいさ。今はそれよりも防犯カメラ映像ってのが気になってしょうがないぜ。スパイ映画みたいでなんかワクワクすんな!」
目的が若干ズレている風間涼。
「風間さんは昔からアクション映画が好きでしたからね」
火宮暁人も着いてきたのだ。
なんだかんだ言って男子は防犯カメラが好きなのかもしれない。
念の為、ここに来る前に二人にはテレビ男がどんなやつなのかを予め説明しておいた。
説明を聞いた二人は「本当か?」という顔をしていたが、テレビ男は予告なしに対面してはいけない部類に入るのだ。あとで私の説明に感謝するだろう。
「入って」
コンコンドアをノックすると中からテレビ男の声がした。昨日言った通り待ってくれていたらしい。
開けて部屋の中に入るとテレビ男が職員室に置いてあるような机で昼食をとっているところだった。
「「「失礼します」」」
「かっけえええ!」
風間涼が部屋の左側を見ながら感嘆の声をあげる。
「早かったね。しかも色々とくっついてきてる。ま、騒がないっていうなら別にいいけど」
「はい! 俺は、騒ぎません!」
すでに騒ぎ気味だ。
部屋は応接間、職員室、機械室を3つくっつけて一つにしたような空間だった。
ドアから入って右の方が応接間っぽいところ。低くて横長めのテーブルとそれを囲むようにソファーが置かれていてた。その端には簡易給湯室も見える。いつでもお茶を準備できそうだ。
ドアから入って正面にはテレビ男が今使っている机とその横に本棚が置いてある。ここが職員室っぽいところ。
部屋の左側がパソコンと、わけのわからない機械、それとコードやケーブルでごった返し溢れている機械室っぽいとこ。勝手に触るといけない雰囲気がプンプンする。そして、その奥にまたドアが見える。どこに繋がっているのだろう。
だがそれよりも、
「それってカフェテリアの料理ですよね」
「気になるところそこかよっ」
風間涼からすかさず突っ込まれた。
そう、部屋の内装よりも気になったのはテレビ男が学食の料理を部室で食べていたこと。ここからは近めだが運ぶのは面倒だ。それに、カフェテリアで食べてる教師は一人もいないなと思っていたから余計に気になる。
「出前システムを使ったからね。僕は運んでないよ」
まるで私の思考を読み取ったかのような返事にびくつく。
「みっちゃんって気を抜いたら考えがもろに表情に出るタイプだよね」
やはりそうか! 白椿を火宮暁人からもらった時もそんな感じのことを言われたのを思い出す。気をつけるようにしても気を抜いてしまったら意味が無いではないか。
改善が難しそうでまた考え込んでしまう。
「くっくっくっく、今も難しそうな顔してどうしようかって考えてるでしょ」
いかん、どんどんテレビ男のペースに乗せられている気がする。話を戻そう。
「出前システム、私も使いたいです」
学食を出前してくれるサービス! これを使えばわざわざ視線が集まる場所で食べなくても自分の教室で食べれるではないか!
「これは教師特権の一つなんだあ。みっちゃんは生徒だからだめえ」
不公平だ! 私も出前したい! しかも言い方がムカつく!
思わずほっぺを膨らませてテレビ男を睨んでしまう。
「あはははは、そんなに出前頼みたかった? そうだねえ。明日からここで僕と一緒に昼食を食べるなら僕が代わりに出前を頼んでやってもいいかなあ?」
テレビ男とご飯を食べるなんてっ、潜在的な部分の私が警告を発している。
その反面、人の視線に疲れている別の部分の私はそれでも構わないと言っている。
どうするか…。
「…じゃあ、みんな一緒にこの部屋で食べよう!」
一人じゃなければ怖くない! どうせ創也たちとは毎日一緒に食べているのだ。場所が変わるだけで問題はないだろう。
「ええええ。面倒だから嫌だなあ」
くっ、こうなったら。最終手段だ!
「とっておきのマジックを今度テレビ男のために披露するよ! だからその代わりに、お願い!」
テレビ男に二礼二拍手一礼をして目をつぶりながら願う。日本流だ。
「「ブハッ」」
複数の方向から吹き出す声がする。目をつぶっているのでどんな状況かはわからない。
「あははははははは!! 道奈ちゃん!!! それ神社でするやつ!! あはははは!!」
風間涼の大笑いがパーティーぶりに聞こえてきた。私に対して笑っているらしい。失礼野郎にまた格下げしてやろうか。
「くっくっくっく、やっぱりいいねえ。拝まれてしまったし、考えてみようかな?」
やった! 願いが届いた!!
喜びが溢れて思わず両手をあげる。
「そんなに嬉しい? くっくっく、じゃあ、こうしようか。昼休みになったら僕のところでお手伝いをすること。研究との両立を理由に、僕がするのは部活の顧問だけって契約でここにいるけど、面倒な仕事はゼロじゃないんだよねえ」
え、手伝い。私一人なら別にそれでもいいが、創也たちまで手伝いをさせるわけには…
それと、後半のテレビ男の言い分。
この人は何で中等部の部活の顧問なんかしてるんだろう。研究だけできる場所で研究だけ勝手にしてればいいのに。
「じゃあ何でわざわざ学園にいるかって顔だね」
よくお分かりで。
「それはねえ、鳳凛学園が僕の一番のスポンサーだからだよん」
理由は金か。
「そして中等部の部活の顧問を選んだのは、一番生意気な時期のガキばっかなら部員が集まらなくて楽だと思ったんだ。部員が集まらないなら研究に集中できるしね」
教師の風上にもおけぬやつだ。
「で、そんな不純な動機で部活の顧問をしている僕を手伝う気、君たちにはあるかな?」
テレビ男が私、というよりも私以外の3人。風間涼、火宮暁人、そして創也を見る目線に既視感を感じる。
これは、あれだ。私に質問をさせようとしていた時の目と似ている。
また、試しているのか。
「僕は構いません」
一番最初に発言したのは創也だった。
「俺も別に構わねえぜ。この部屋面白そうだしな!」
「生徒会の活動が忙しくならない限り、私もいいですよ」
…元はと言えば、私の我儘が発端なんだよね。巻き込んだ上にこれから毎日テレビ男の手伝いをさせる羽目になってしまった。
「みんな、ごめん…。後先考えてなかった」
配慮も足りてなかったな。また自覚してしまった自分勝手な言動に嫌悪して落ち込む。
「いいってことよ、俺がこの部屋で食べたいと思っただけさ」
「みなさんと食べると楽しいですからね」
「気にしてないよ。道奈のそばにいるって言ったしね」
……みんな、いい人たちだな。
自分の中で、風間涼と火宮暁人はまだ友達とは位置づけていなかった。
風間涼は失礼で礼儀知らずだが好きなことには真剣なクラスメイト。
火宮暁人はマニュアル人間でつまらないが紳士なクラスメイト。
そう思っていた。
けど、今、友達になりたいと思った。
「風間さん、火宮さん、名前で呼んでもいい?」
これから仲良くなりたいと思うような人――明菜や風香――や、友達になると決めた人には、名前呼びと決めている。
「お、急にどうしたんだ? 俺は全然構わないぜ!」
「えへへ、今まで二人とも私の中ではただのクラスメイトだったんだけど、友達になりたいなって思ったの」
「私も構いませんよ」
「涼に暁人だね! これからよろしく!」
「…」
この時、創也は少しだけ複雑な表情をしていた。
「友情劇はおわったかなあ? そろそろ防犯カメラ確認しないと時間がなくなっちゃうよ」
あ、本題を忘れてた。
テレビ男が立って、機械室コーナーへと近づいた。
そしてパソコンを少しの間いじる。
「いつの分の映像が見たい?」
「えっと、昨日の朝8時半より前の時間帯で一年A組の靴箱を映している防犯カメラの映像が見たいです」
「ほいほいっと」
数あるパソコンの中で一番大きなパソコンの画面に、靴箱を映している映像が流れ出した。
左下には『08:27:15』と時間が表記されている。たぶん8時27分15秒ということだろう。
少し早めに映像が遡っていく。
『06:24:42』
私の靴箱の前に立つ女の子の姿が映る。
「この女の子が靴箱に来た辺りから再生してください」
「はい、ここからだねえ」
『06:03:23』
女の子が靴箱に現れた。私の靴箱を凝視している。防犯カメラの位置的にまだ顔は見えない。
何をしているんだろう。
『06:15:22』
10分以上私の靴箱の前に来たりいなくなったりを繰り返している。それが奇行に見えて少し怖い。
「こいつ、ついに上靴とったぜ」
ギョッとする。本当に私の靴なんぞ欲しがる人がいたのか。
靴をカバンで隠して移動する際に顔がカメラに映った。
メガネとおさげが特徴的だな。
「同じクラスの草野葵さんですね」
暁人が女の子の名前を教えてくれる。
「草野葵さん…」
「荒木さんの二つ後ろの席にいる女子生徒ですよ」
え、その子って今朝、膝を机にガツンと大きく打ったおさげの女の子のことだろうか。
「この子が向かう先の映像に切り替えるよん」
廊下、裏庭、ゴミ置場と場面が切り替わっていく。
そして、上靴を捨てる姿が映った。
「捨てちゃったねえ」
やっちゃっいましたかと副音声で聞こえるような言い方でテレビ男が呟いた。
「昨日のゴミならすでに業者が持って行っただろうから、もう上靴は戻ってこないなあ」
そうか、上靴は戻ってこないのか。
「…」
創也を伺うと無言でメガネおさげの女の子、草野さんを信じられないという顔で見ていた。
「女子ってやっぱ怖ええなあ。こそこそ他の人のもん捨てるとか」
「これはいただけませんね」
涼も暁人も草野さんの行為に批判している。
靴を捨てられたのは私だ。せっかく買った上靴を勝手に捨てられたのだから、それに対して怒る感情はある。
だが、その怒りの感情よりも「なぜ」という疑問の方が優っていた。
記憶を掘り返しても、草野さんと会話をした覚えがない。もっというなら、今の今まで存在すら知らなかった。それくらい関わりがなかったのだ。
草野さんを怒る前になぜ私の上靴を捨てるようなことをしたのか、聞いてから怒っても遅くないと思う。
「道奈ちゃん、これからどーすんだ? 警察呼ぶのか?」
いやいや、そこまで事を大きくしたくはない。
「警察は呼ばない。まずは草野さんになんで捨てたのか理由を聞いてから、怒って、そのあと弁償してもらう」
「冷静ですね」
「そうじゃないよ。今まで草野さんは私と全く関わったことがないのに私の上靴を捨てる理由が全然わらかなくて、気になる気持ちの方が今は強いだけだよ」
…創也がまだ復活できていない。どうしたものか。
「創也、創也」
「…うん?」
「とりあえず、このことは私がなんとかやってみる。上靴一緒に探してくれてありがとう」
「…わかった。その後どうなったのか、今度聞かせて?」
「いいよ」
「じゃあ、確認は終わりだね。約束どおり、文化祭の発表、マジックの披露、それから昼休みのお手伝い。頑張ってねん」
自分で言い出したことではあるが、防犯カメラと出前システムの代償は大きかった。




