未知な女の子
少年視点で進みます。
俺の好きなもの。
女の子。
俺の嫌いなもの。
女の子。
女の子って可愛いし、笑うともっと可愛いし、泣くともっと泣かせたくなる位可愛いから好きだ。
―――眺める分には。
女の子は口を開くと、うるさい。
全く興味が湧かない話ばかり永遠にされると嫌になってしまうのは仕方が無いことだろう。
だから、クラスメイトに呼ばれて行った別荘でのパーティーで、今日も女の子たちを(彼女たちの話は聞き流しながら)笑顔で眺めていた。
ポイントは笑顔を使い分けることだ。常にニコニコしておけば、たくさん寄ってくる。餌に群がる小鳥のようで、とても可愛い。
「ごめんね、ちょっとお手洗いに行ってくるよ」
少し申し訳なさそうな笑顔でその場を離れる。
笑顔に加えて柔らかく話すことに心がければ女の子は扱いやすい。
「まぁ、わかりましたわ。林道様の好きなステーキがもうすぐ焼きあがるそうですので、私がお取り置きして待っておりますね」
「あらあら、ご存知ないの?林道様が好きなのはステーキではなくて、最後に出てくるメインデザートの苺のムースケーキでしてよ?」
女の子たちがなんだか言い争っていたようだが、気にしない。今日はこのまま会場を抜け出すことにして、主要な人たちとの挨拶を済ませる。
特にお腹も減ってないし、特段食べたい物も無いから、早めに一人で帰っても問題は無いはずだ。
帰りの車に乗り込む途中、確かこの近くに海があったことを思い出す。
今は冬真っ只中。浜辺には人っ子一人いないだろう。たくさんの人と会ってたのもあって、人がいない場所に行きたくなった。
運転手に浜辺へ向かうように指示をして目を瞑る。知らず知らずに大きなため息が出た。
****
「創也様、到着しました」
運転手の声で目を覚ます。どうやら少しの間眠っていたらしい。自分はだいぶ疲れているようだ。
「少し散歩してくる。今日は帰ったらすぐに休むと家に伝えてくれるかな」
「かしこまりました。連絡しておきます。行ってらっしゃいませ」
車のドアを開けると海の香りがした。あぁ、海だな。と実感する。コ―トは着ているが寒い。それでも、今はその寒さがなんだか心地よかった。
しばらく浜辺を歩いていると、遠くの方に人が倒れているのが見えた。
「ええ?!」
砂に足を取られないように急いで向かう。こんな冬に浜辺で人が倒れているなんて、考えつく理由は物騒なことばかりだ。
近づくにつれて、倒れているのが自分と同じ年くらいの女の子だと気づく。しかもとても可愛い。
「青いな青いな、ふんふふーん、お空が青いよ、ふんふふーん」
女の子の上機嫌な歌声が聞こえてきた。もしかしたら、単に浜辺で寝そべっているだけなのかもしれない。冬の浜辺に寝そべりながら歌を歌うとか…
今度はこの子の頭を心配してしまう。
「君、大丈夫?」
そういう意味も込めて、ニコッと笑顔で女の子の顔を覗きながら声をかける。途端に女の子の表情が迷惑なものに変わる。
「見てわかりません? 空を眺めているんですよ」
「こんな寒い冬の海辺に人が寝てたから心配したよ」
空を見てる? なんで? よくわからなかったから、そのまま聞き流して、心配したことを伝えた。それよりも、俺の笑顔を見て何も反応しないこの子に少し興味が湧く。さっきパーティーにいた女の子たちは頬とか赤く染めて可愛かったのに、この子は染めないのか?
「心配して頂きありがとうございます。ですが、これが私の嗜みでして。気にせずそのまま素通りしてくださって構いません。さようなら」
「うわ、驚いた。僕にそんな風に言う人初めてだ」
本当に初めてだ、こんなに突き放すような態度で言われたのは。この子についてもう少し知りたい、そう思って、しゃがみこみ、女の子の顔をもっと近くで覗く。
人形みたいだと思った。
青い瞳には俺の顔が映っている。とてもキレイな色だ。外国の人だろうか。それにしては日本語がうますぎる気がする。ハーフか? それともただのカラコン?
この子の目をもっとよく見てみれば、こんなに近くで顔を覗いているのに、俺のことをただの『視界に入っている物』くらいにしか認識していないのだなと容易に感じた。益々興味が湧く。
青い瞳に白くて滑らかな肌。肩口くらいの長さのサラサラな黒髪。髪に混じった砂が陽の光を反射させてキラキラと光っている。
黒髪碧目の人形見たいに綺麗な女の子。もっと普通な形で出会っていれば、そんな印象を抱いただろう。そんな事をつらつらと考えていた。
「空を眺めるのに邪魔なので、その顔引っ込めてくれません?」
辛辣な言葉と共に、女の子の迷惑そうだった表情が、心底迷惑そうな顔へと進化する。
それが面白くてつい笑ってしまった。
「あははっ、辛口だねぇ。君、一人? 名前は?」
なんだか楽しくなって、思わず名前を聞いた。
一人なら車でこの子の家まで送ってあげよう。
そうすれば、もう少し長く話せ――――
「ふんぬ゛!!!」
この子の綺麗な顔には似合わない声と共に、額に強烈な痛みが走る。
「痛ったあああ!!!」
12年間生きてきて、2番目くらいに大きな声で叫んだ。
額がズキズキする。
何がどうしてこうなった。
全くわけが分からない。
あの子は一体なんなんだ!
額を抑えて痛みで悶えていると、砂の上を走り出す音がシュザザザザザザッと聞こえる。
俺から逃亡しているのか!? なぜだ!
「逃すか!」
ムキになって反射的に女の子を追いかける。ひたすらに左手で額を抑えながら走り続けた。
「名前くらい教えろよ!」
怒るトコそこかよっ、と後で冷静になった時、時間差で自分にツッコミを入れた。
その後は、走って走って走り続けた。
額はまだ若干痛いが、気にしない。それよりも、女の子相手に、一向に距離が狭まらないのはなぜだろうか。俺の足が劣ってるのか、あの子が単に異常なのか。うん、後者だろう。
少し遠くで女の子が喫茶店の中に入って行くのが見える。息も絶え絶えにその喫茶店を目指して必死に走り続けた。
カランコロンとドアにつけられたベルが軽快になって、喫茶店に入る。
…いた。
あたりを見回して、肩で息をしながら近づいた。
女の子の手にある空のコップと、テ―ブルの上にあるお茶の入った入れ物に気づく。
俺も飲みたい。そう思って女の子に視線を移す。
「今日は定休日ですので、日を改めてお越しください」
「僕もっ、はぁはぁ、お茶をっ、はぁっ」
何か女の子が言った気がしたが、スルーした。
今の俺の頭はお茶でいっぱいで、全く耳に入ってこない。
「どうぞ」
お茶が注がれたコップを手に取り、一気に飲み干した。あ、麦茶だ。うまいな。
「もう一杯」
追加を要求した。
「はあああ。生き返ったー。こんなに必死に走ったの初めてだよ。君、足速すぎ」
麦茶を飲んで落ち着いたところで話しかける。走った後だからか、なんだか清々しい気分だ。
「もしかして…あなたは先程の顔…ですか?」
女の子の走りについて話題にしようと触れたはずが、よく分からない事をまた言い出した。
「先程の顔ってどんな顔?」
表情について何か言いたいのだろうか。
「さぁ、よく見てないので覚えてないです。先程、浜辺で私が空を眺めて楽しんでいたところに、いきなり私の視界を顔で埋め尽くした輩がいたんですよ。しかも、それが実は『ナンパ野郎』だったみたいで、自分のおでこを犠牲に逃げてきたところなんです」
…もしかすると、この子はさっきの俺のことを「顔」と呼んでるのかもしれない。その上ナンパされたと思っているらしい。
…違う。断じて違う。
だが、説明しても誤解がとける気が全くしない。嘘をつくのはあまり好きではないのだが、ここは仕方ない。
「…そう、なんだ。それは災難だったね。僕はその人ではないよ。たまたま必死に走ってたら、君がすごい速さで喫茶店に入って行くのが見えたから、思わず追いかけてしまったよ」
たまたま必死に走るって、どんなたまたまだ!
思わず追いかけてしまう速さって、どんな速さだ!
苦しすぎる嘘に内心大荒れだが、そんなことを表情に出すほど俺は子供じゃない。
「でも女の子が一人で海辺に行くのは危ないよ? 次に行くときは誰かについてきてもらった方がいいね。また変な人に絡まれたくないでしょ?」
苦しい嘘を相手を心配しているという親切心で誤魔化した。
「ふむ。それは後で対策を立てることにします。先程の顔は私の予想だと、体の90%が下半身で残りの10%が顔面の『ナンパ野郎』という人外だと思うのです」
なんだその化け物は。
「あなたでは無いだろうなぁとは思ってたのですが、擬態してる可能性は捨て切れません。念の為に確認しました。『ナンパ野郎』は主に夏の海辺で活動するそうです。偶にですが冬でもこの辺りに出ると、じっちゃんが言ってました。遭遇するのはこれが初めてです」
この子にとって、さっきの俺は人ですらなかったらしい。
おかしい、なぜだ。
俺は普通に話しかけただけだ!
「ハハハハハ、ここはそんな生き物がうろつくんだね。僕も気をつけるよ」
思わず、笑えてない笑いが出る。この子も機嫌がいくらか悪くなっているようだし、これは話を変えるのが先決だな。
「それより、ありがとう。麦茶、とても美味しかった」
麦茶のお礼くらい言わなくては。とびきりの笑顔で感謝を伝えた。が、なぜ眉間にしわを寄せる? なぜ半目になる?? なぜ顔を背ける???
この子の感性を心底疑ってしまう。
「お気に召された様で、よかったです。当店自慢の麦茶になります。もっと召し上がられたければ、後日はお金を持ってお越しください」
表情が一変して、笑顔になった。やっぱり女の子は笑うと可愛い。が、言っている内容が内容だ。嫌味にしか聞こえない。
なのに女の子はとても誇らしげだ。まるで、褒めろと言わんばかりの表情をしている。
どうやらこの子は喫茶店の関係者で、接客をしているつもりらしい。
「あははははっ、こんなに失礼な対応は初めてだよ! 君面白すぎ!」
そんな女の子の滅茶苦茶な接客がツボにハマってしまい、我慢できずに思い切り笑い出してしまった。
「あー、笑った笑った。僕、君のことがもっと知りたくなったよ。名前を聞いてもいいかな?」
気軽に名前を尋ねたはずなのだが、女の子は右手を顎に添えて難しい顔で考え込んでしまった。そんなに悩むほど、この子にとって俺は不審な人なのだろうか。
「道奈です。どうも。そして、さようなら」
店の奥に行こうとする女の子――道奈――の腕をとっさに掴んで引き止める。
「いやいや勝手に行かないでよ。僕の名前は知りたく無いの?」
そうだ。なぜ聞かない。初対面では名を名乗り合うのが普通なはずだ
「いえ特に」
この子に常識は期待しないことにしよう。一方的に名乗って次会う約束を取り付けてやる。
「僕は創也。林道創也だ。また明日来るね。その時ゆっくりお話しよう」
俺が言い終わるや否や、道奈は腕を振り払って店の奥へと逃げるように立ち去った。
少し名残惜しいが、そろそろ俺も戻らないと運転手が心配するな。
カランコロンと鳴らしながら、ドアを開けて外に出る。携帯で運転手にここまで迎えに来てもらうことにした。
無我夢中で走って来たので、そういえば、ここがどこなのか分からない。喫茶店の方を振り返り看板をみると、『喫茶店』と書かれていた。
そのまんまの名前だった。名をつける努力はしても良いと思うが、『喫茶店』という名前の喫茶店で運転手に伝わるだろうか。伝えるだけ伝えよう。
車を待つ間、振り返る。
―――道奈か。
思考回路が全く分からない、未知な女の子だった。
早くまた会いたい。
久々に感じる高揚感に締められた。自分は今、気分がとてもいいことに気づく。さっきまでの疲れが嘘のようだ。
浸っていると、連絡した通り、車が迎えにきて乗り込んだ。
バックミラー越しに映る俺の顔には、楽しそうな笑みが浮かんでいた。
裏設定:
少年は潜在的なスケベ心から女の子が好きになります。それと同時に嫌いでもあるので、相反する気持ちの葛藤の末、女の子を人としてみてないです。女の子に対して無自覚ちょいゲス。主人公と出会って成長と共に直る?
実はこの連載は以前投稿した短編を肉付けしたものとなってまして、短編の方では主人公視点で書かれてます。
興味と時間がありましたら、そちらもぜひ。
次回、学校の話が出てきます。主人公視点に戻る予定。少年もまた現れます。