初授業、初学食
三話連続投稿です。1/3話目
早朝6時
眠たい目をこすりながらベッドを降りて、空が見える方の窓を開ける。
冷んやりした空気が一瞬で体を包み、目を覚させた。
いつも身につけているじっちゃんから貰った首飾りのガラス玉を手でいじりながら空を眺める。
本日の空は曇りのようだ。
モクモクと灰色の雲が空を覆っている。
雨もあとで降りそうだ。
今日は曇り空だけでなく雨空も見れそうで、嬉しくなる。
よし、今日も頑張るぞ!!
日課の「空を眺めて元気をもらう」を終えてから、私の朝が始まる。
まず、洗面台で洗顔、歯磨き。その後、身支度をする。
終わったら机で予習の続きをスキルを使って進める。
この時、「○時まで」という風に時間を設定する。いつもは「〜まで終わらせる」という風に設定していたが、時間に縛られる学校生活には向いていないので、最近は時間で設定しているのだ。
終わりを決めておかないと力が尽きるまでやり続けてしまうがこのスキルの怖いところ。
黙々と予習を進めたあとは、食堂で明菜と一緒に朝食を楽しむ。
風香は陸上部の朝練で既に寮にはいない。
食べ終えたら、明菜と一緒に登校することになった。
入学式もこうやって誰かと一緒に行けば迷わなかったかもしれないが後の祭りである。
「じゃぁ、あたしはこっちだから。またね」
「うん、またね」
階段を登った後、廊下で明菜と別れた。
明菜はB組で結局同じクラスにはなれなかったのだ。
腕時計を見ると、8時15分。
8時半には席についていなければならないと鷲崎先生が昨日説明していたのを思い出す。ちょうどいい頃合いに教室に着けそうだ。
A組の教室に入ると、ちらほら既に生徒が来ていた。
創也と火宮暁人も来ていたが、女の子たちに囲まれている。
取り込み中に見えたので挨拶をしようか迷っていると創也と目が合った。
「おはよう、道奈」
女の子に囲まれながら私に笑顔で創也が挨拶をして来た。
途端に、周りの女の子が私の方を振り返る。
視線が痛い。視線で攻撃するとは何事か。
「おはよう、創也」
いつものようにそう挨拶を返しただけなのに、痛かった視線に殺気が加わる。
挨拶をしただけで殺そうとするとは、なんて無茶苦茶なんだ。
創也とパーティーに行った時にいた野蛮な女の子たちをなんとなく思わせた。
「おはようございます、荒木さん」
「おはようございます、火宮さん」
今度は火宮暁人も挨拶をして来たので私も挨拶を返す。
ただそれだけなのに、火宮暁人の周りにいる女の子たちも私に殺気を投げつけてきた。
ふむ。このクラスの女の子たちは挨拶が嫌いな人が複数いるようだ。
少なくとも、女の子全員からは殺気を感じないことから、私はそう分析した。
私はただ挨拶をしただけだ。
何も悪いことはしていない。
私は殺気を送る女の子たちをほっといて席についた。
1時限目の準備でもしておこうかな。
「おはよう、荒木さん」
「おはよう」
隣の席の男の子も挨拶をして来たので、返す。名前は覚えていないので省いた。
「井上さん、僕と席を変わってくれないかな? 実は黒板が見えづらくて困っていたんだ」
女の子たちから抜け出したらしい創也が私の隣の席の男の子に話しかけた。
どうやら井上という名前だったようだ。
また忘れそうだな。
「え…? あ、それなら一番前の席の方がーー」
「この席が一番見やすいんだ。井上さんは視力いい方だったよね? 変わってくれるととても助かるな」
穏やかかつ、有無を言わせない笑顔。
丸々創也母の手口だぞ。
「わ、わかったよ」
「ありがとう」
しぶり気味だった井上は創也の笑顔に負けたようだ。
「林道様、私の隣の席の方が黒板がよく見えますよ? 席を変えるのなら、どうぞこっちに」
「いえ、立花さんのところよりも、私の席の隣の方が見えやすくってよ!」
井上が負けたと同時に、女の子たちが騒がしくなる。
いやいや、君たちの隣の席の人がびっくりしてるから。
勝手にそういうことを決めるのはその席に座ってる人に失礼だ。
「創也、視力悪かったんだ」
元いた机から荷物を持って私の隣の席へと移動した創也に聞いた。
いつもはコンタクトレンズとやらを使っているのか?
カラコンもそうだが、目玉に直接レンズを入れるなんて発想、よく思いついたなと思う。
思いついたとしても実行しようとは思はないかな。怖い。
「まあ、ね」
「それより、いいの? 後ろほっといて。なんだかずっと騒いでるよ」
そうなのだ。さっきから後方がうるさい。女の子たちがまだ席で騒いでいた。
「何が? あ、そろそろホームルームが始まるな。俺も1限目の準備をしとくか」
いやいや、あなたの耳にはこの騒がしさが聞こえないのか。
視力だけではなくて聴力も悪いと大変だぞ。
「これから、道奈の隣で勉強できるんだな。毎日が楽しみだ」
「私も楽しみ。これからよろしくね!」
周りは騒がしいが、爽やかな笑みでそんな嬉しいことを言われたら、私まで笑顔になってしまう。
「よっ。なに二人で見つめあってんだ?」
二人で微笑みあっていたら、失礼野郎がニヤニヤしながらやって来た。
「おはよう。相変わらず遅めの登校だな」
時計はホームルーム開始の1分前。
遅めというよりは、ギリギリの登校だな。
「おはよう。早く席についたら? ホームルーム始まるよ」
「うはあ、まだあのこと根に持ってんの? あん時謝ったじゃーん。そろそろ許してよー」
あれは謝罪に入らない。
大目に見ても…やはり入らないな。
ぷいっと外方を向く。
「おはようございます。えー、出席をとります。えー、席についてください」
ちょうどいいタイミングで鷲崎先生が教室に入って来た。
「ほーい。道奈ちゃん、あとでお願いがあるんだ。また話そうな!」
私は話すことないがな。
そして、ホームルームが始まり、その後初めての授業を受ける。
授業中にスキルを使うかどうか。
考えた末に使わないことにした。
スキル使用中に周りのペースと合わせながら授業を受けられる気がしないのと、授業が終わるたびに食べ物で補充するのは非効率的だという点が決め手だ。
代わりに試験等の一人で黙々とできるものにはスキルを使おうと思っている。創也の家での学力テストをした時のように、休み時間に食べ物を口にかき込めばお腹も持つだろう。
予習をしていたこともあり、授業は概ね滞りなく終わった。
休み時間は授業の合間の10分間休みと4時限目の後に40分の昼休みがある。
昼休みの間に昼ごはんを済ませるようだ。
学食とやらがとても楽しみである。
そして、今がその昼休みだ。
「道奈、一緒に食べよう」
創也が学食に誘ってくれた。
誘われなくてもそのつもりである。
「うん。どんな料理が出るのか楽しみだね」
「俺も一緒に行くぜ! お願いしたいこともあるしな。食べながら話すよ」
失礼野郎再来。
なんなんだ、そのお願いというのは。
面倒なものでないことを祈ろう。
「暁人も来いよ。一緒に食おうぜ」
「はい、ぜひ」
火宮暁人も来るのか。
まあ、大勢の方が賑やかで楽しそうだ。
「偶然! 私も今日は学食なんです。一緒食べましょう?」
今朝殺気を送りつけてきた子と思われる女の子が話に入って来た。
ふんわりとした茶髪のカールが印象的だな。
「わりー、ちょっと大事な話をする予定なんだ」
他の人には聞かせられないお願いなのか。
ますます怖くなる。
今からでもお断りしたくなった。
「大事な話? それは私には聞かせられないものなんですか? 相談事なら、私の方が力になれると思いますよ」
「お気持ちは嬉しいですが、風間さんが困っているような話ではありませんので」
ふむ。火宮暁人は失礼野郎のお願いとやらが何かすでに知っているらしい。
「じゃ、行こうか」
創也に促されて、私を含む4人は学食を食べにカフェテリアと呼ばれる学校の食堂へと向かう。
そして教室から出るまで女の子たちからの視線は絶えることはなかった。
気に触るようなことを何かしてしまったのだろうか。
さっき、一緒に食べようと誘って来た女の子と去り際に一瞬だけ目が合った。
鋭くメラメラと燃えるような目。
それは情熱や熱意の類ではなく、怒りに近い感情。
なぜ、怒っていたのだろう。
私が「殺気」と称して呼んでいる彼女たちの私への視線には、純粋な殺意というよりも、そういったドロドロしたものを感じた。
創也の家族とカレーを食べた時に創也父が『普通』は環境によって違う時があるという話を思い出す。
「普通」が環境によって違ってくるのなら、「怒り出す基準」も環境によって違ってくるのかも知れない。
「道奈? 聞いてる?」
創也の声で、いつのまにかカフェテリアの中にいることに気づく。
考え事に没頭しすぎて全然気づかなかった。
「うん、ちょっと考え事してた。あ、ここは一度に色々な料理が頼めるんだねえ。レストランみたいだ」
「何食べる?」
「んー、迷うなあ」
ここはパネルで先に買う形式のようだ。食券機みたいでじっちゃんと行ったことのある定食屋を思い出すな。
見ると、和食、洋食、中華、イタリアン、フレンチ、などなど。私が最近知った料理から知らない料理までありとあらゆる料理が揃っている。
寮の食堂とは大違いだ。
なんというか、格の差を感じる。校内の食堂の方がお金がかかってる気がするのだ。
値段も安いものから、買えないくらい高いものまで。
す、すごいぞ、学食。想像以上だ。
「創也は何食べるの?」
「俺はイタリアンのこれするかな」
どれどれ。
イタリアンの…たっか。
そういえば、創也の家はお金持ちだったな。
「じゃあ、今日はこれにしようかな」
カフェテリアにこれから毎日お世話になるだろうから、手始めに一番安いものからまずは制覇していくとしよう。
「おーい、先に二階に行って座ってるぜー。早くこいよー」
失礼野郎と火宮暁人はすでに注文を終えて食べ物が乗ったお盆を持っていた。
二人が階段に向かうのを目で追ったついでに、カフェテリアを見渡す。
学食をとるスペースはおしゃれで快適な場所だなと思った。
たくさんの生徒がテーブルを囲んで食事を取りながらおしゃべりしている。
だが、教師は一人も見当たらなかった。
先生たち専用の食べる場所があるのかな?
そんな些細な疑問は置いといて、私たちはパネルで買ってカウンターへと移動した。
料理が出るまで待っていると複数の視線が私たちに集まっているのを感じる。
今朝から見られてばかりいるような気がするぞ。
なんで見るんだろう。
正直、疲れる。
「どうした? 疲れた顔してる」
「はあぁ、人にずっと見られるのって疲れるんだなって知ったとこ」
この疲れは何と言う疲れなのだろうか。
私が名付けるとしたら…見られ疲れか。
まんまだな。
「ははっ、そのうち慣れるよ」
え、その言い方だと日々視線を受け続けてきた猛者のようではないか。
視線を受け始めて、慣れてしまうくらいの年月が経ったというのか。
「創也ってすごいんだね」
「え、や、まぁ、普通だよ」
照れ出す創也。普通ではないと思う。
「あ、料理できたみたい。行こっか」
「うん」
二人で料理を持って、火宮暁人たちがいる場所まで移動した。
二階は案外広かった。
テーブルとテーブルの間が広い。
スペースを存分に使ったような配置だ。
「おせーよ。もう食べてるぞ」
ご勝手にどうぞ。
「いただきます」
一番安い料理だったが、味は美味しかった。
次も期待である。
「で、お願いなんだけどさ」
ついに来たか。
無理なお願いだったらすぐに断ろう。
「お願いだ。道奈ちゃんの爆発マジックを見せて欲しい!」
…え、あ、マジックか。
なんだ、それならそうと早く言ってくれれば良いものを。
私のマジックが見たいと言われて悪い気はしない。
失礼な奴だが、やはり見所はいいようだ。
「いいよ。でも先生の許可がいるのと、屋外でなら披露できるよ。準備が予め必要だから明日からならいつでも大丈夫。いつにする?」
「実はバスケ部にも見たいって言ってる奴らが何人かいてな。部活の練習後とかに来てくたら助かる!」
ふむ。出前マジックか。
「部活はいつ終わるの?」
「部活はだいたい朝と放課後にあるんだ。放課後はだいぶ遅くまでやってっから、朝練の後とかはどうだ?だいたいホームルームが始まる15分前には終わるんだ。許可はバスケ部の顧問に頼んどく」
ホームルーム15分前。
時間配分を考えてマジックをしよう。
「朝練のあとでいいよ。ただ、部活の場所から教室までどれくらいかかるの? 私なるべく遅刻したくないな」
「走って5分だぜ!」
「歩いて何分か教えて」
なぜ走る前提なのか。
「歩いてだと、10分くらいか」
歩いて10分か。
ならマジックを披露して片付けるまでの時間は最大で5分。
うーん。帰ったらもう少し考えよう。
「わかった。日にちに希望はある?」
「できるだけ早くがいいな。明日は?」
明日か。
なら放課後、綿密に計画を立てなければ。
「いける。明日の8時にはそっちに向かうよ。あ、でも場所が分からないや」
「俺が一緒に行くよ」
失礼野郎と出前マジックの打ち合わせをしていると創也が入って来た。
「いいの?」
「道奈のマジック、俺もまた見たいと思ってたんだ。バスケ部が使っている体育館もどこかわかるから。明日の朝、寮に向かうよ。一緒に行こう」
そうかそうか。
創也も私のマジックが見たかったのか。
「ありがとう! 寮からその体育館までどれくらいかかるかな?」
「歩いて15分くらいだな」
「じゃあ明日は7時45分くらいに寮の前で待ち合わせでいい?」
「うん、楽しみだ」
「暁人、お前もせっかくだから来いよ」
「行きたいのは山々ですが、明日の朝は生徒会室に用事があるので行けそうにないです。荒木さん、別の機会がある時にまた誘ってくれますか?」
火宮暁人は行けないようだ。
残念だが、仕方あるまい。
「もちろんです。その時は連絡しますね」
私のマジックの評判は良好だな。
かくして、初めての学食で私は出前マジックの依頼を受けることとなった。




