入学式。入学式?2
退場して、すぐにステージ裏に逃げた。
その辺に積み上げられていた箱の上に座って身体中の力を抜く。
「はああああ」
――――じっちゃんのとこに、帰りたいな。
「道奈!」
おもむろにじっちゃんからもらった首飾りのガラス玉を制服の上からいじりながら、ぼーっと空中を眺めて学校から逃げ出そうか、まで考えていたら、創也が慌てた感じでステージ裏に現れた。
観客席から抜け出して様子を見に来てくれたようだ。
「創也!」
先日あったばかりなのに10年もあっていない気がした。
思わず駆け寄って抱きついてしまう。
困惑混乱という名の怒涛の暴れドラゴンに乗ったような後の、友との再開は心にくる物があった。
「創也! 聞いて! 入学式に向かう途中迷ってしまって、さまよってたら、テレビから男が出て来て、車で送ってくれるって言って、そしたら合格だって言われて、気づいたらステージの上にいて、わけがわからなくてえええええ!」
聞いてほしい、私がここまで来るのにくぐり抜けて来た数々の出来事を!
感情に任せて出た言葉は支離滅裂で創也に全く伝わらない。
それがもどかしくて、創也を抱きしめている腕に力が入ってしまう。
まだ私よりほんの少しだけ背が高い創也に抱きついて喚くと、自然と耳元の近くで喚くことになるのに気づいた。
あ。声大きすぎるとうるさいよね。
耳元でごめん。
なのに、ずっと黙って聞いてくれる創也は本当に優しい。
言葉を口に出したら少しだけ落ち着けたので、さっきより冷静になった。
「ちょっと落ち着いた。…来てくれてありがとう、創也」
本当は迷子になった時からとても心細かった。
もし、道に迷ったまま入学式が終わったらどうしよう。とか。
本当は人が一人もいなくなってしまったのでは。とか。
また急に別の異世界に飛ばされるのでは。とか。
起こりそうな可能性も、起こるはずのない可能性も。
振り払うように、とにかく歩き続けたのだ。
ポンポンと創也が私の背中を優しく叩いてくれる。
イタリアンのレストランで泣きついてしまった時もこんな感じで慰めてくれたな。
「入学式なのに、ここにいていいの?」
抜けて来てくれたのはとても嬉しいけど、そんな事して大丈夫なのか。
「それはこっちのセリフだ。式が始まっても一向に道奈が見当たらないし、携帯にも出ないから心配したよ。俺は学年代表でスピーチをする予定だったから、たまたまステージに近い場所に座ってたんだ。おかげでこっそり抜けて来れた」
「心配かけてごめん。スピーチはもう終わったの?」
「理事長の挨拶の次くらいだったから、式の序盤の序盤でとっくに終わってる」
「そっかあ、残念。創也のスピーチ聞いてみたかったな」
「…別に大したことないよ。それより、今回の迷子と不破間圭とどんな関係があるのか、もう一度説明してくれ」
真剣な表情で創也が言った。背中に周っていた創也の両手が私の肩の上に置かれ、私たちは正面から見合う体勢になる。
「うん。実は私でも何が起こったのか、よくわからなくて。起こったことをそのまま話すと、道に迷っていたら、建物を見つけて、中に入って道を聞こうと思ったら、いたのがあのテレビ男…不破なんとかって人だったの。そしたらその人が車で送ってくれて、そこまではよかったんだけど、その後なぜかステージの上まで引きずられた感じ」
「その人のスピーチでは道奈に才能を感じたから第一部員にするとか言ってたけど、何かテストとか受けたわけじゃないんだな」
「もちろんそんなことする暇も余裕もなかったよ。あの人、言動が意味不明だったし。あ、車の中でいきなり『合格だ』って言われた…それかな?…やっぱりわけがわからない」
「…とりあえず、俺もその部に入るよ」
「本当に!? 創也がそばにいてくれると心強いよ! でも私、何部なのかもわからないんだよね。その部に入るって私が言った訳でもないし、強制参加な感じがして、とにかく逃げたかった」
「はああ。道奈、不破間圭のスピーチ聞いてなかったろ」
「現実逃避してひたすら終われえええって念じてた」
「それにしては、堂々としてたな。肝が座ってるのか座ってないのか」
「あれはもうどうにでもなれえええって開き直ってただけ」
「はいはい、お疲れ様。道奈が入ることになる部の名称は『探究部』だ。好奇心を鍵に対象を探求して研究しいく部だそうだ。不破間圭がスピーチで、自分の役目は授業をするのではなくて、生徒たちの探究心のサポートにまわるだけだとか言ってたな。ただ面倒だから授業したくない、って俺には聞こえたけど」
「なんであんな人が学園にいるんだろう。来る途中、職員があの人に畏まってたんだ。偉い人なのかな?」
「そうだな。不破間圭が出す研究の論文は全て話題になってる。俺もその内の一つをたまたま読んだことあるけど、独特な着目点で興味深かった。それでいて賞もたくさんとっていて、なのにあの若さだ。まだ伸び代がある天才とか言って、スポンサーとかいっぱいいるんだろう。それに、あの見た目だからメディアにもよく引っ張り出されてるな」
そんなにすごい人ならなおさら、なんで中等部で部活の顧問なんだろう。
何かわけがあるのかな。
「詳しいねえ。有名な人なんだ。あの奇怪さからは想像もつかないよ」
「奇怪? 道奈には不破間圭が奇怪に見えるのか?」
「建物の中であの人、どこにいたと思う? 割れたテレビの中にいたんだよ。テレビの中にいる男の人と話すなんてそんな奇怪なことがあったら誰だってそう思うよ」
「それは…俺でも目を疑うかな。てか、そんな人によく話しかけられたな」
「私もいつもならスルーするけど、あの時は一刻も早く会場に行きたかったし、余裕がなかったの。でもまあ、色々あったけど、創也がそばにいてくれるなら、なんとかなるような気がする。へへへ」
創也には助けられてばかりだな。
創也が大変な時、次は私が助けよう。
そんなことを思っていると、肩に置かれていた創也の手がまた背中に周り創也が私を抱きしめた。
「…わかった。なるべくそばにいる」
耳元でそう囁く創也の声は、いつもより低くて真剣だった。
待ちに待った入学式は出た気が全くしなかった。
それでも、じっちゃんにはこの制服姿を見せてあげたい。
式が終わると振り分けられたクラスへと向かい、教室で担任の挨拶と簡単なこれからの説明をして今日の学校は終わりだ。
じっちゃんとはその後に会えることとなる。
「えー、私がこの一年A組の、えー、担当になります、えー、鷲崎慎之介です」
やたら「えー」を繰り返す担任の鷲崎先生。
本当に鷲のような顔をしているが、声に力がない所為で迫力に欠ける。
おじいちゃん先生だ。
今私が座ってる席は廊下側の前の方。
窓際がよかったのだが、席は名前順で決められていた為、仕方がない。
私は荒木の「あ」から始まるので、廊下側。
創也は林道の「り」から始まるので窓際の後ろの方に座っている。
私の苗字も「り」の近くの文字だったら窓際になれた上に創也と近い席に座れたのだが、名前は変えれないので断念する。
「えー、では、順番に自己紹介から。えー、始めましょうか」
鷲崎先生に言われて、私の前の子が席を立ち、みんなに向かって、名前、好きなもの、趣味を伝えて座った。なんとも無難な自己紹介だなというのが、その子の印象。
「はい、それでは、えー、次」
私か。
席を立って教室にいる生徒を見渡した。
創也、火宮暁人、失礼野郎こと風間涼と順番に目が合う。
「荒木道奈です。好きなものは空。趣味は空を眺めること。よろしくお願いします」
「はい! 質問です!」
座ろうとしたら失礼野郎が挙手をした。
なぜ私を見ながら挙手をする。
ここは気にせず、そのまま座っていいだろうか。
「えー、風間君、何でしょう」
鷲崎先生、律儀に失礼野郎に返事をしなくても大丈夫だ。
「爆発マジックを披露したってのは本当ですか? 今できますか?」
目をキラキラさせて私のことを見る失礼野郎。
何だ、私のマジックが見たかっただけか。
なかなか見所があるな。
「本当です。準備がいるので今はできません。機会があればやりましょう」
私が肯定するとクラスがざわついた。
「わーやっぱり!」
「あれ本当だったんだ」
「野蛮だわ」
「荒木道奈って言ってたからもしかしてって」
「すっげー爆発だったって」
「顔に似合わず大胆だなー」
「はしたないわ」
様々な感想が飛び交う。
あの爆発マジックは賛否両論だということか。参考にしよう。
爆発マジックを披露した後、部屋で反省して考えた結果、
『場所がよろしくなかった』
という結論になった。
散らかるし、本物の爆発と間違えられるかもしれない。
よって、必ず屋外で、大人たちに予め伝えてから、あの爆発マジックを披露することにする。
今は爆発マジックの爆発の威力を極限まで抑えたプチ爆発マジックが完成間近なのだ。
これが完成すれば屋内でも披露が可能になるであろう。実に楽しみだ。
ところで、何でみんなが爆発マジックのことを知っているのか。
「ちなみに、その情報はどこで知ったんですか? 寮の親睦会で一度披露しただけのはずですが」
「え? 学年中の噂になってるぜ? 爆発マジックをする過激な生徒、その名は荒木道奈!」
え、爆発マジックを1回披露しただけでそこまで大事になるのか。
では他の秘蔵のマジックを披露した日には私はどうなるのだ。世紀のマジシャンと言われるようになるだろうか。
いい! かっこいい!
やる気が湧いてきたぞ。
今日も部屋で練習だ!
「えー、みなさん、静かにしましょう。荒木さんも学園内ではくれぐれもしないように。えー、では次」
鷲崎先生、安心してくれ。必ず許可を得てから披露するつもりだ。
着々と進んで、クラス全員の自己紹介が終わった。
中でも、創也、失礼野郎、火宮暁人、そしてもう一人、鬼山という生徒(鬼山としか言ってなかったから姓字が『鬼』で名前が『山』かな。)の時になると、クラスの女の子たちが騒ぎ出した。
今更になって気づいたのだが、彼らはこの世界ではモテる部類に入るようだ。
でも、みてくれが整っているぐらいで、騒ぐ意味がよくわからない。
騒いでどうなるというのだ。
明菜に今度聞いてみようかな。
「えー、というわけで、説明は以上です。えー、明日からは本格的に、えー、授業が始まるので、えー、くれぐれも教科書等を忘れないように。では、えー、さようなら」
終わった!
あとは、じっちゃんがいるであろう場所に向かうだけ!
がばっと音を立てて立ち上がり、教室から速やかに出た。
途中で何度か私の名前を呼ばれたような気がしなくもないが、
それよりもじっちゃんだ!
軽快な足取りで中等部の門へと向かった。
なのにじっちゃんが見当たらない。
「はぁ…はぁ…じっちゃん! …はぁ」
肩で息をしながら門で呼んでみた。
じっちゃんらしき人はいなかった。
全速力で校舎から門まで走って来たのに。
ここではなかったのだろうか。
どこにいるのかな。
「道奈!」
考え込んでいると後ろの方から創也の声が聞こえてきた。
振り返ると創也が走ってくるのが見える。
「はぁ…はぁ…道奈…待ってって…さっきから…はぁ、呼んで」
なるほど、名前を呼ばれた気がしていたのはそういうことか。
「ごめん、はぁ、はぁ、じっちゃんのことで、はぁ、頭がいっぱいだった」
私の話を聞きながら、創也が一際大きな深呼吸をして息を整えさせた。
「…今道奈のおじいさんと俺の母さんがお茶してるんだ。終わったら道奈と来るようにメールで言われてる。それを伝えるために追いかけた」
だからここにいなかったのか!
「ここまで走らせてごめん! 教えてくれてありがとう!」
創也には悪いことしたな。
「道奈、これから携帯は絶対持ってて」
「本当にすみません。気をつけます」
切実にもう一度謝る。
「それと、昼一緒に食べよう」
「あ、ご飯食べに行くなら、その前に寮によっていい? 食堂でご飯いらないって伝える」
「わかった。まず車に向かおう」
そして私たちはじっちゃんと創也母がいる学園の近くにあるカフェに向かった。




