入学式。入学式?
真っ青な空色を背景に薄ピンク色の桜が咲き誇るように。
肩下まで伸びた髪の毛を揺らしながら、
真っ白な制服を纏って堂々と学園内を渡り歩く私は、
―――今道に迷っている。
なんてことだ。
入学初日から迷子だなんて、そんなポカを私が犯してしまうだとっ。
とりあえず、そんな自分が恥ずかしすぎるので、迷っているのを微塵も感じさせないように、優雅に歩く。とにかく歩く。
そして、入学式がすでに始まる時間になってしまった。
やばいぞ。じっちゃんに晴れ姿を見せる私の予定がっっっ!
中等部の校舎の門をくぐったのは確かなので、中等部の敷地内であることは間違いないのだ。
ただそれでも広すぎてお手上げ状態なのが今の状況。
迷子になった時、日本の人はまず携帯を確認するだろう。
もちろん私もしようとした。
案の定、携帯を携帯していなかった。
携帯を持ち歩く癖を入学までにつけることができなかったのが悔やまれる。
現実逃避はこれくらいにして、ここはどこだか、考えよう。
まず、私は未だに建物の中に入れていない。ここは外である。
入り口ですら見つけることができなかったのだ。
ああ。情けない。
右を見ると、大きな建物がある。たぶん校舎だ。
左を見ると、フェンスの向こうに桜の木が覆い茂った山が見える。
後ろを見ると、建物の外壁とフェンスに挟まれた広めの空間が見えるだけ。
前を見ると、後ろと全く同じような光景が見える。
ん? いや、小さな建物が見えるぞ!
あの中に人がいたら道を聞こう!
先程、小さく見えた建物は、全然小さくなくて、ただただ遠かっただけだった。
その建物に着くことはできたが、歩き疲れてドアに寄りかかる。
「うわっ」
すると、ドアが体重で開いて、私は建物の中に倒れてしまった。
「痛たたた」
ドアをちゃんと閉めないなんて、なんて不用心な!
そのせいで私が痛い目を見る羽目に!
中を見渡すと、見たこともない奇妙なもので溢れていた。
二本足で立つ椅子。どうやって座るんだろう。
車輪と時計が組み合わさった台(?)。何かの道具かな。
植物の一部と化したピンクのスリッパ片方。もう片方の行方が気になる。
割れたテレビから覗く人。…人?
「…こんにちは」
とりあえず話しかけた。
幽霊だったらどうしよう。
お願いだ。
返事をしてくれ。
人でいてくれ。
無害でいてくれ。
「こんにちわん」
…………よし。幽霊じゃないのは分かった。
とりあえず、
「道をお聞きしてもいいでしょうか?」
「いいですよん」
…………人語も、一応、通じるみたいだ。
割れたテレビの中にいる謎の男と話す乙女という目を疑う光景が広がってしまっているが、この際気にしない。
せめて入学式には出れなくても、会場にはたどり着きたいのだ。
そして待っているであろうじっちゃんに制服姿を見せてから、近くにいるはずの職員に私のクラスを聞いてその教室に向かう。完璧な作戦だ!
「入学式に行きたいのですが。会場がどこかわかりますか?」
「それよりも、僕を見て君は何も思わないのかなん?」
ニッコリと良い笑顔でそう言うテレビ男。
あなたの『それ』に関して何か思う気力はとうに尽きてます。私は早く戻りたい。ここまでだいぶ歩いてしまった。軽く汗もかいている。
「私にもっと元気があったらって感じですね。まあ、あっても全力で関わりたくないと思いますけど」
「あっても関わろうとしないんだねん」
それよりも質問に答えていただきたい。
「それで、会場までの行き道は教えていただけないのですか?」
少しイラついた言い方になってしまったが仕方ない。
「あぁそうだったねん。今から歩きで向かうと式が終わってしまうから車で送るよん」
車があるのか!!!
「いいんですか!? ありがとうございます! 助かります!!」
「どーせ、僕もそろそろ会場に行かないと行けなかったしねん」
とても関わりたくない類の人だが、一気に好感度が増す。
よし、当面の問題はこれでほぼ解決した。
次は入学式に遅刻した理由だが、…素直に迷ったと言おう。
無断で休んだと思われるよりは正直に話した方がましである。
「よっこらせんっと」
テレビの裏から男が現れた。いや出てきたのか。
意外と身長が高かったようで、立ち上がったテレビ男を見上げる体勢になった。
「それにしても、ここにあるものぜーんぶ無視しちゃうんだから、さすがの僕でも傷ついちゃうなん」
ここにあるどの物体よりもテレビ男が一番気になる存在なのは確実だ。
だが、あえてそれは口には出さない。出したが負けってやつだ。
「まぁ、次頑張ってください」
よくわからないが、この変な物体に対して情熱を注いでいるみたいだ。
私が何か言うほどの仲でもないし、当たり障りのない返事で流す。
そして本題に話を戻そう。
「車だと会場までどれくらいかかりますか?」
「うーんん。今は始まって30分てとこかなん、ちょうど式の半分が終わったところだねん。ここから車で10分だよん。さあ、おいでん」
私はテレビ男についていった。
ついて行った先に現れたテレビ男の車。
…私はこの車を見たことがある。
写真でだが。「燃料で動く乗り物」を調べている時に本に載っていた。
これはスポーツカーというやつだな。
とてもお高い乗り物だと記憶している。家よりも高いとか。
テレビ男の存在が益々謎に包まれた。
だが、ここはあえて聞かない。
好奇心よりも警戒心がまた優っている。
このお互い踏み込み合わない状況を保とうと思う。
「それでん? 君の名前は何かなん?」
うはっ、お互い踏み込まないのではなかったのかっ。
「…荒木です」
「それは苗字でしょん? 僕が聞いてるのは、な・ま・え・だよん」
ゾワん
一瞬寒気がしたのはなぜだろう。
「…テレビの中で過ごしているような謎の人に名前を教えようとは思いません」
ここは本音で却下の旨を伝えた。
「あはははは、確かにねえ。僕もそう思うよ」
あ、喋り方が普通になった。
さてはこいつキャラを作ってたな。
「僕は不破間圭。さあ、僕は名乗ったよ。君の名前は?」
「…荒木道奈です」
「一年何組?」
「まだわかりません」
「じゃあ、あとで聞いとくよ。君は僕に聞きたいことはない?」
急に何かを見定めるような目で聞いてきた。が、
「特にありません」
外方を向いた。
あらゆる好奇心に負けそうだ。警戒心よもっと働け!
「くくくくっ。そっかああああ。いいのかなあああ。あとで後悔しても知らないよおおお」
言い方がイラつく。
余計に聞きたくなくなった。
「それじゃあ、君、合格ね。おめでとう。詳しいことはあとで分かるよん」
は?
もはやついていけない。
こんなに意味不明な人初めてだ。
頭がおかしくなる。
お願いだ。早く会場についてくれ…!
会場に、ついた。
ここまで来るのに本当に長かった。
「君は僕と一緒に来るんだよん」
車からおりて感情に浸っていると、制服の後ろの襟首を掴まれて引きずられる。
私は猫ではない!! 制服がよれる!!
「自分で歩けますっ。離してください!」
テレビ男め、私の扱いが雑だぞ。
手を襟首から引き剥がそうにも、離れない。
足りないのは私の握力かっ。
余計に疲れるだけだと判断して、襟首を掴まれたまま、引きずられるのだけは阻止しようとテレビ男の歩調に合わせて動いた。
テレビ男の1歩が私の3歩くらいなので自然と小走りする形となる。
レディのエスコートが全くもってなっていない無礼な男だな!
ガララララと音を立ててどこかの裏口の戸が開かれた。
「不破間先生! どこにいらっしゃったんですか!? もう出番ですよ! 今すぐステージに上がってください!」
慌ただしく職員がテレビ男に詰め寄る。
「やったね。無駄に待たずにすんでよかった」
「いいから急いでください! ん? 不破間先生、こちらの生徒は?」
「僕の第一部員だよ」
「もう部員をとってくださったんですね!? 上のものも喜びます!」
「うん、せっかくだし、一緒に連れてくね」
待って、
待って、
待って。
誰も私に説明をしてくれない。
いつから私はテレビ男の部員になったんだ。何部だ。奇妙奇天烈テレビ部か。そんな部こちらから願い下げだ。
そしてなぜこの職員はテレビ男にこんなに畏まっているのか。そんなに偉い先生なのか。
全く信じられん。私の頭が理解することを拒否している。
そもそもなぜこうなったのか。私が迷ったからだな。
元を正せば私が原因なところがなんとも言えない。
などと、ぶつくさ困惑と後悔を交えつつ考えている間に、ステージ脇に着いていた。
もしかして……
もしかしなくとも…?
私はこのテレビ男と一緒にステージに上がるのか。
………は、はははははははははは――
人は混乱しすぎると笑ってしまうのだと、知った。
「――――それにあたり、研究の傍、次世を率いるであろう新しい研究者を育てるためにも、この鳳凛学園で生徒たちを指導していただく最初の試みであります。彼は新たに作られる部活の顧問として鳳凛学園にしばらく在籍していただくこととなりました。数々の賞を受賞したことのある、とても名誉ある先生です。そのような方を我が学園に迎えることができ、大変嬉しく思います。それでは来ていただきましょう。不破間圭先生です!」
「「「キャーーー!!」」」
パチパチパチパチ
歓声(?)と拍手の中、ステージに現れるテレビ男。と私。
一礼をして笑顔で会場を見渡すテレビ男。と私。
私、いるか?
場違いな感じが否めない。こんな時どうすればいいか。
答えは開き直る、である。
私がこの場にいること自体がおかしいのだから、何をやってもおかしいのだ。
なら、堂々と微笑みでも顔にバシッと貼り付けて構えていよう。
そして早くこの瞬間が終わることを切実に祈るのみ。
「――――――。―――」
テレビ男が何か演説をしているが、耳に入れている余裕はない。
こういう時は空を眺めるとあっという間に時間が立つのだが、屋内なのが悔やまれる。
そうだ、知り合いを探そう。
観客席に目を向ける。
あ、創也だ。
一番前の客席に創也が見えた。
驚きの表情が見て取れる。そういえば、制服姿の創也をみるのは初めてだな。パーティーの時のタキシードとはまた違った凛々しさを感じる。
知り合いの顔を見れて、少し心が落ち着いた。
ほんの少しだけだが。
今は創也に事のあらましを説明できる状況ではないので困ったような笑顔で返しておいた。
じっちゃんはいるかな。
次に生徒の親たちがいる場所に目を向ける。
客席が遠目なこともあり、よく見えなかった。
と、思ったら。
パチパチパチパチと観客がまた拍手をしだした。
終わったか!
意識をステージに戻すと、紳士のような笑顔のテレビ男が音を大きくする道具――マイク――を差し出して来た。
「意気込みを言って」
そう私に小声で伝えてくるテレビ男とマイクを何度も交互に見る。
状況がまだ理解出来ていない私に見かねてテレビ男が私の手を掴んで強引にマイクを渡してきた。
意気込み?
なんの?
学校の?
学校の意気込み? を言えばいいのか。
「―――楽しみます」
一言でも意気込みだ。
言い終えたのだからもういいだろう。
マイクを押し付けるようにテレビ男に返してステージ脇のカーテンの裏へとスタスタ一人で逃げるように向かった。




