落ちたら日本でした。
ブクマ、ありがとうございます!
最初の話なのでシリアスめになってしまいました。
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この章では次の章と比べてシリアス多めとなってます。悪しからず m(_ _)m
光に導かれて少女と出会う数時間前――――。
荒木修造、68歳。
今日は私が営んでいる喫茶店の定休日。
店の2階が自宅になっていて、私はそこで昔みたSFの映画『宇宙人――未知なる遭遇をあなたにも』をもうー度観ていた。
この映画は良作だ。本当に宇宙人にあったような気になってくる。特に、腕が実は足で頭を歯の中に入れると尻尾がでてきて世界を叩き潰してしまうという展開に、最初は驚かされたものだ。いやー、よく作り込まれている。
映画がクライマックスに差し掛かかり、興奮している時に異変は訪れた。
ピッカアアアアアアアアアアアアン
7秒くらいだろうか。窓から見える森がその間白く光り続けた。
そして瞬時に理解する。
「これはユーホーだ!」
こうしちゃおれん!宇宙人に会いに行くぞ!
急いで森の方へと向かう。映画で興奮していたのもあってか、全く怖くはなかった。
出会ったらどうするか。まず腕が足なのか確認して、歯に頭を入れないように説得する。
光っていたであろう場所まで向かうと、小さな少女が倒れているのが見えた。
纏っていた水色のドレスはボロボロで、半袖から見える細くて小さな腕は痣まみれ。おまけに靴は片方しか履いていなかった。
死んでいるのか?!
これは、遊んでいる場合ではない、と判断して慌てて駆け寄った。
「嬢ちゃん、大丈夫か!?」
ぐったりした様子の少女の口元に手を当てる。わずかに息をしているのを感じ、即座に少女の体勢をあまり変えないように抱きかかえ、病院に向かって走り出した。
これが、私と少女――道奈――の出会いである。
****
この日、久々にお父さんがお休みを取れたので、両親と一緒にドラゴンに乗ってピクニックに行った。私は調子に乗って立ち乗りとかしたのが悪かったようだ。突然風に吹かれてバランスを崩しドラゴンから落ちてしまった。
この瞬間、私にとっての「当たり前」が終わったのだ。
気がつくと真っ白な部屋の中にいた。
腕には細い銀色の針のようなものが刺さって固定されている。その先から管のようなものが繋がっていて得体がしれない。一体誰が刺したのか、とても痛々しく見えた。それに、薬の匂いが強い。身体中は包帯まみれで、見知らぬ服を着ていた。
私を助けたいのか、痛めつけたいのか、よく分からなくて混乱した。
そしたら、扉が横に動いて老人が入って来た。
異国っぽい顔立ちで白髪。
「よかった。意識は戻ったようだな。日本語はわかるか?」
話からして、意識のない私をここに連れてきた張本人らしい。
「あぁ、話すのが辛いなら、話さなくていい。今は無理をするな」
混乱しているのが表情に出せないくらい、今の私はボロボロのようだ。私は虚ろな目で老人を見ているのだろう。お言葉に甘えてそうさせてもらうことにした。
「今はゆっくり休みなさい。詳しいことは、また今度話そう」
そう言って、そっと頭を撫でてくれた。硬くて無骨な手だが、そこから優しさが伝わる。そしたら、無性にお母さんとお父さんに会いたくなって、悲しくなった。
「くっ、ひっく、ひっ…」
泣く反動で体が少し上下に揺れる。そのせいでまた痛みがぶり返してきた。これ以上痛みが強くならないように必死で泣くのを我慢しようとしても、涙だけはポロポロと次から次へと流れていく。腕が上がらず、拭くこともできない。だから、流しっぱなしの涙を老人が代わりに拭ってくれた。
それは、私が泣き疲れて眠ってしまうまでずっとしてくれていたと思う。
お父さんとお母さんはどこだろう?
騎士さんたちと一緒にまだ探してる途中なのかもしれない。
大丈夫、大丈夫。
――また、会えるよね?
次に意識が戻ると、先程の優しい老人だけでなく白い上着を着た人が私を見ていた。
あ、私と同じ黒髪だ。珍しいな。でも瞳は私と違って黒色だ。
「…だれ?」
優しい老人と一緒にいるから変な人ではないみたいだけど、知らない人と話すのはなんか怖い。そう思って出した声は掠れていた。そういえば、最後にお水を飲んだのはいつだったかな。お腹も空いてる。
「おはよう、私は君のお医者さんだ。ひどい怪我をしていたから、治療しておいたよ。具合はどうだい?」
白い上着の人が目線を合わせながら穏やかな声で教えてくれる。
お医者さん、か。初めて聞くけれど、魔法で傷を治さないところを見ると、薬師みたいな人っぽい。
でも、腕に針を刺して治療するなんて聞いたことがない。
ここは相当な田舎なのかな?
うー、分からない。念のために、少しだけ警戒しておこう。
「…あんまり…痛くないです。……お水」を頼んだらくれるかな。でもお金持ってないし…。あ、治療代どうしよう。
そんな心配が頭をぐるぐる回って、遠慮がちに俯いて目線だけお医者さんを見てしまう。
「君は三日寝てたんだ。喉も渇くさ。お腹も空いたよね? 遠慮しなくて大丈夫。水とご飯はもうすぐ看護師さんが持って来るからもう少し待ってね。急に食べるとお腹がびっくりしてしまうから、ご飯はお腹に優しいものにしたよ」
驚いた。三日も寝ていたらしい。
それは喉もカラカラになるしお腹もペコペコになるな。
水もご飯も遠慮しなくていいなんて、なんて太っ腹な人なんだろう。
それより、また初めて聞く言葉だ。
看護師さん、か。お医者さんの助手みたいな人だろうか?
「骨折したところは幸いなかったけど、身体中に打撲がたくさんできているから、まだ動くと痛いよ。しばらくはこのまま安静にね」
「ありがとうございます」
打撲は木登りをして落ちた時にできて以来だな、なんて思いながら、お礼を伝える。私はちゃんとお礼が言えるいい子だからだ。よくお母さんもそう言って褒めてくれるのだぞ。
「どういたしまして。ちゃんとお礼を言えるなんて、偉いねえ。おっ、看護師さんが来たみたいだよ。ご飯を食べてから、またゆっくり話そう。いくつか聞きたいこともあるからね」
この人も偉いって褒めてくれた。いい人そう、などと、褒められただけですぐに好感度が上がる単純な私である。
宣言通り、食べ終わった頃にまたお医者さんが来てくれた。
そこで私について色々なことを聞かれた。
名前、ミリエル・バーンズワイト。
年齢、10歳。
出身、サフィア共和国プレナイト領。
出身について答えた辺りで同情を孕んだ目線を感じた。後から考えると、まだ混乱から抜け出せていないと思われていたかもしれない。そんな国名は地球上に存在していないのだから。退院してもしばらくはカウンセリングと言われる診察を定期的に受けていたし、その可能性は高い。
私について話した後に、何があったのか覚えている限り伝えた。
『ドラゴンで立ち乗りをして落ちた。気づいたら身体中が痛かった』
そう説明したのはここが異世界だとまだ気づかなかったせいもあるけど、今考えると冷や汗ものだ。私がまだ子供で厨二病と診断されなくて本当によかった。事故のショックで物語と現実をごちゃ混ぜにしていると思われたのも幸いだったな。
ミリエル・バーンズワイト、なんて名前の戸籍(日本の民は皆持ってるものらしい)もない上に、そんな名前の女の子が入国したという記録もないことから、私は何らかの事件か事故に巻き込まれて日本に連れてこられた迷子として、大人たちから判断された。
とりあえずは日本で保護という形で、しばらく滞在することになった。
少し回復したあたりに、警察と言われるこの世界での騎士みたいな人からも、お医者さんと同じようなことを聞かれた。2回同じことを説明するのが面倒になって、「覚えていない」「分からない」を繰り返す。
そのお陰で「黒歴史」とか言う歴史を余計に作らずにすんだ。
順調に怪我も治り、無事に退院した後、施設に行くかどうかの時、あの優しい老人――じっちゃん――が私を預かってくれることになった。
「きちんとした自己紹介がまだだったな。私は荒木修造。これからよろしく」
この時は、アラキ・シュウゾウなんて聞きなれない名前だな、とか。
やっぱり異国の人なのかな、とか。思ってた。
何はともあれ、荒木修造、もとい、じっちゃんには本当に感謝している。
知らない人しかいない場所で心細い思いをせずにすんだのだから。
****
ここが異世界だと気づいたのは、じっちゃんの家に慣れた頃だ。
きっかけは、じっちゃんのお手伝いで魔法を使おうとした時、使えないことに気づき、じっちゃんに慌てて魔法が使えなくなったと伝えたのだ。
「私は元々魔法が使えないから分からないなあ。でも使えなくても不便ではないから慌てなくても大丈夫」
今思うと、話を合わせて答えてくれたんだと思う。じっちゃんは本当に優しい。
異世界かもしれないと気づくまで、見たこともない物がたくさんあるなあ、ここは本当に田舎なんだなあ、と思っていた。けれど、魔法が使えないなんてありえない。魔法が使えないということは、ここには魔素がないということだ。そんな場所聞いたこともない。
だから、最初は受け入れられなくて、混乱するよりも恐怖を感じた。
ここは一体、どこなんだ…。
治らない胸騒ぎを無理やり押さえ込みながら、前いた場所と今いる場所を比較する。
前いた場所には、お母さんがいて、お父さんがいて、仲のいい友達がいた。
――――でもここにはいない。
それを明確に気づいてしまった私の心からぶわりと感情の波が押し寄せるのを感じた。
家に帰れない。
声も聞けない。
二度と会えないかもしれない。
そんなのいやだ。
抱きしめたい。
声が聞きたい。
みんなに会いたい。
抑えていた蓋が一気に開いたように、頭の中が考えないようにしていた言葉たちでいっぱいになって、涙となって流れていく――。
気づくと、この前じっちゃんの家で見つけたお気に入りの場所に立っていた。
知らず知らずに足が向いていたようだ。
歪んだ視界のまま、力なく倒れて空を見上げる。
そしたら、灰色の雲から雫がポツリポツリと降って来た。
なんだか一緒に泣いてくれてるみたいだ。
私は一人ではない、と言ってるようで、少しだけ悲しくなくなる。
そうだ。私には大好きな空がまだ側にいるじゃないか。見上げれば、いつも側にいてくれる。
一人じゃない。一人じゃない。一人じゃない。と、呪文のように心の中で何度もそう唱えながら空を見つめた。
そしたら、少しだけ元気が出た。空のおかげだ。
元気が出たら今度は冷静になれた。
これからどうなるのかは、もう少し後で考えることにする。
ここがどこなのか、私は何も分からない。
まずはそれから調べるんだ。
商人をしていたお父さんが言っていた。分からない時、まずは自分で調べて知るように努力する。それでも分からなければ、人に聞いてみる。人に聞いても分からなかったら、今度は自分で予想してそれを試してみる。そうすれば、分かるようになる。
こうして、唯一使えた私の力、スキル「超集中」を使って私は様々な情報を調べ集めることにしたのだ。
情報を集めると同時に、この世界の子供達がやっている勉強も同時に終わらせた。なんか、じっちゃんが教科書とか問題集とか言う名前の本をたくさん用意して来たのだ。用意して来たのだから、やるしかない。
勉強し始めの時は、この世界の子供達はこんなことまで習うのかっ、と前の世界で家庭教師が教えていた内容よりもずっと幅が広くてびっくりしたのを覚えている。
びっくりはしたが、「超集中」を使って勉強したので、そこまで苦ではなかった。スキル様様である。
また、使用する時は手元には必ず食べ物を置くように注意した。あの極度の空腹はあまり味わいたくないくらい、とても辛いのだ。
あれからしばらくして、じっちゃんに新しい名前をつけて欲しいとお願いしたのは、日本について大まかなことを調べ終えた後になる。
「電力」とか「燃料で走る乗り物」とか「機械」とか。
この世界の「社会の仕組み」とか「宗教」とか「生態系」とか。
調べれば調べるほど、自分がいた世界との違いを知って、
やっぱり戻れないのではと思ってしてしまう。
そこで閃いたのだが、ミリエルとして調べるからそう思ってしまうのではないか。
ミリエルじゃなくて、じっちゃんにお世話になってるただの子供として調べるなら、後ろ向きな気持ちにならなくてもいいかもしれない…。
だから、ミリエルの名は心の奥にしまっておくと決めた。いつか戻れるかもしれないという希望がまだゼロではないから。戻れた時に使うんだ。
じっちゃんに名前を決めてもらう時、不安になっていたのを覚えている。
だって、お願いして最初に「うーん。新しい名前かぁ…。私は名前を考えるのが苦手なんだよ」
などと言われたら、変な名前とかだったらどうしよう、と不安になるのは仕方ないと思うのだ。
「…不明…宇宙人……と未知なる遭遇……未知なる…未知な…」
その後はブツブツ何か言っているが小さくてきこえないし、
「みちな」
しばらく呟いていたと思ったら、じっちゃんがはっきりとそう言った。
みちな、か。うん。いいと思う。ヘンテコな名前じゃなくて、と安心したのはじっちゃんに内緒だ。
「漢字は当て字でいいだろう。道に奈良の奈で、道奈。どうだ?」
「道奈だね! ありがとう! 今日から私は道奈!」
道奈として、とりあえず日本で生きることにしたのが1年前。
その時、戸籍の都合上、保護者としてじっちゃんが親になってくれることになった。道奈の苗字が荒木になった瞬間である。
そんなこんながあって、現在。
日本に来て2年が立った。
これからどうするか―――。
そろそろ考えないとな。考えないといけないのに、まぶたが重くなって目を瞑る。
「こんなところで寝ると風邪を引くぞ」
じっちゃんの声がする。んー後少しだけ。
「やれやれ」
柔らかい毛布を感じる。じっちゃんがかけてくれたらしい。大好きだ。
とりあえずは、寝よう。そして、考えよう。
次回、少年と出会います。
ここまで読んで頂きありがとうございました!