お礼3
2/3話目。
「ここで座ってて!」
創也に店のテーブルの席に座ってもらって、私はキッチンへと駆ける。
肉じゃがをまず温めるのだ!
温めてる間に麦茶をテーブルに持っていく。
「はい、麦茶。昼に準備したお礼を今温めてるとこ。すぐに持ってくるね!」
言い残してまたキッチンへパタパタと戻り、白ご飯をお椀につぐ。お腹が空いてるだろうから多めに入れた。
肉じゃがと白ご飯だけでは物足りないので、お味噌汁を準備。これは袋に入った粉にお湯をかけるだけだから簡単。日本の料理は簡単に作れるものが多くて助かる。
――――そして、テーブルに置かれたものが、こちら。
大皿に入った肉じゃが。ホクホクで味がたっぷり染み込んであるよ!
味噌汁。本当にすぐにできた! 簡単!
大盛り白ご飯。今朝多めに炊いたのだ!
フルーツの盛り合わせ。サラダ同様、切って乗っけただけ!
主役の肉じゃがが引き立ってなかなか豪華ではないか。
この出来に私は満足である。うむ。
テーブルに創也の分の箸を置いて私も席に座った。
「ははっすごい量の肉じゃがだ。これ全部道奈が作ったんだ」
顔をくしゃりとさせながら、良い笑顔で創也が言ってきた。
「うん! 初めて一人で作ったんだ。じっちゃんが作る肉じゃがと比べるとまだまだだけど、美味しくできたと思う。食べて食べて!」
「じゃあ。いただきます」
創也が箸を持って、肉じゃがを一口食べた。
なんだかドキドキしてきた。
味見した時は大丈夫だった。
でも創也の口に合うかまでは分からない。
どうしよう不安になってきたぞ。
お願いだ。早く何か言ってくれ!
「美味しい」
やったあああ!!!
「あははははっ、道奈可愛すぎ。そこまで喜ぶなんてっ」
思わず両手をあげて喜んでしまった私を見て笑い出した創也。
なんだか恥ずかしい。
でも、じっちゃんにもお医者さんにもお礼をあげた時、もらった本人たちよりも私の方が嬉しいと思ってしまったのは事実。
今回、誰かのために、心を込めた物をプレゼントすると言うのは自分の心にも喜びをプレゼントするような物なのだと知った。
じっちゃんが私に合格祝いをプレゼントしてくれた時、私よりも嬉しそうだったのも、そういうことだったからなんだな。
今は創也のために頑張って作ったお礼をあげたから、私の心は喜びでいっぱいだ。
「お代わりもあるから、たくさん食べてね!」
ここでやっと私も食べる。美味しさプラス喜びでもっと美味しい。
それに、タキシード姿の創也、ドレス姿の私。
外行きの格好で食べる肉じゃかというのもあってか新鮮な感じがした。
遅めの夕食になってしまったが、創也は終始笑顔だった。
「改めてまして、色々と助けてくれてありがとう! 創也のおかげで無事に学校に合格できました。学校でもよろしくね!」
ご飯も食べて落ち着いた頃に、改めて創也にお礼をちゃんと伝えた。
「俺が手助けしたいと思っただけだから。でも本当に道奈が合格できてよかった。俺も嬉しいよ」
「へへへ、やっぱり創也は優しいなあ。一緒のクラスになれるといいね」
「たぶん同じクラスになれると思う。クラスは成績で分けられていて、成績上位組から順番にA、B、C、Dと続づくんだ。俺と涼と暁人はA組で、入試で奨学金をもらえるくらい上位の点数を収めた道奈なら同じA組になれると思う」
「そっか、勉強を頑張った甲斐があるよ。そのおかげでみんなと同じクラスになれるんだもん」
奨学金をもらえた上に、一人にならなくてもよくなりそうだ。勉強は頑張っておくもんだなあ。
「いつぐらいから寮に移る予定?」
「案内によると、入学式の4月7日より1ヶ月前の3月7日から入寮できるみたい。じっちゃんと話し合って、4月1日に移ることにしたよ」
「なら、その日に車で向かうよ。学校まで送ってあげる」
「え! それはすごく助かる!」
当日はタクシーで行く予定だったのだ。
じっちゃんは車を持っていないので、移動はもっぱらバスだったが、学校までバスで行くとなると遠回りで時間がとってもかかってしまうことにこの前調べて気づいたのだ。知らない人が運転する車に一人で乗るのは初めてだったから創也の提案は嬉しい。
それにタクシー代も浮くぞ!
「でもいいの? その日予定が入ってたとかない? あんまり気を遣わなくてもいいんだよ?」
創也は優しすぎて無理していないか時々心配になる。
「春休みだし、それまでにやることを終わらせればいいだけだから。気にしないで、俺が道奈に会いたいんだ」
「無理しないでね? でも、ありがとう! 持つべきものは友達だ!」
「…」
「…創也? どうしたの?」
急にピタリと創也が固まった。本日二度目か。今回のは、心なしか笑顔が貼り付いてる感じがする。
私は感謝を示しただけなのだが。
どこかで創也の固まるスイッチをまた押してしまったようだ!
「…道奈ってさ。恋とかしたことある?」
再起動した創也から突拍子も無い質問が飛び出してきた。
コイ…こい…来い…恋…あぁ、恋か。
久しぶりに聞いた言葉だ。
私が恋をしたことあるか。んー。
前の世界で一番仲が良かった同年代のベスから恋愛に関した噂話を聞いたくらいだな。
身近なものからお城での噂話まで。ベスのお母さんがお城で働くメイドさんだったこともあって、それ関係の話を豊富に知っていたのだ。
正直に言うと、興味は全くない。
誰々が付き合っているとか。
不倫をしたとか。
駆け落ちしたとか。
勝手にどうぞって感じだ。
ベスの噂話も右から左にほとんど軽く流しながらよく空を眺めていた。
ベス、元気にしてるかなあ
……いかんいかん。今は浸っている場合ではない。
「恋はしたことないし興味もないかな」
「…じゃあ、道奈はどんな人が好き?」
どんな人を好ましく思うか。それはやっぱり、
「優しい人!」
じっちゃんもお医者さんも創也も、私が好きだと思った人はみんな優しいのだ。
「そっか、それなら俺、もっと頑張るよ」
何を?
創也の優しさに忘れがちだが、不可解なところがあるんだった。
考えても無駄だな。
「創也は恋したことあるの?」
急に恋の話をしだしたってことは、それについて話したいってことだと予想する。
興味はないがベスみたいに少しだけ付き合ってやるか。
「たぶん、今してる。自覚はまだあまりないんだ。でも自分の行動を冷静に振り返ったら、恋、してるんだと思う」
「ふーん」
やっぱり興味ない。
でも、創也楽しそうだなあ。
恋をすると楽しくなるってベスが言っていたっけ。
「創也、今楽しい?」
「うん、すごく楽しい」
そうか、楽しいか。それはいいことだ。頑張れ。
「もっとたくさん話していたいけど、明日も学校があるから、そろそろ帰るよ」
時計を見ると夜の9時を過ぎていた。私もそろそろ寝る時間だ。
「もうそんな時間かあ。外までお見送りするよ」
と言って、二人で外に出る。
外は真っ暗な空にポツポツと小さな星が輝いていた。
「今日はありがとう。とても楽しかった。気をつけて帰ってね」
「俺も。道奈のおかげでとても楽しい一日になれたよ。おやすみ」
「おやすみなさい!」
創也を見送った後、日課となった一日の振り返りをベッドの上でする。
今日はたくさんのことがあったな。
予定を全て遂行できたという達成感に包まれる。
疲労感が心地よいと感じることがあるのだと知った。
今夜はいつもより良く眠れそうだ。